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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
生徒会動乱編
178/410

158 信任と承認

 選挙の結果が表すことはつまり芽榴が再び役員になることを意味していた。


 芽榴が役員になることをここで許してしまえば、もうそれを覆すことはできない。役員信者にとって、この機会を逃すことはできなかった。


「ちょっと、待ってよ」


 一人の声はとても小さい。静かに紡がれたそんな言葉じゃ騒がしい周囲を黙らせることなどできない。

 けれど、束になればすぐに大きな塊となって、力を持つのだ。


「まだ……。まだ決定じゃない! こんなの死票だらけじゃん!」


 そう誰かが叫んだ瞬間、生徒たちは次々に口を閉じる。

 その女生徒の言葉は間違っていないのだ。1000人近い生徒たちによる選挙の結果、芽榴が得られた票数はその1/10程度だ。確かに芽榴のことを認めた人はいるのかもしれないけれど、結果として出てきた数値はかなり少ない。


「結局、キングの特権使ってあの子が自分を役員に仕立てあげたいだけじゃん!」

「自己満のくせに!」

「みんな、騙されちゃダメ!」


 3学年のほうから数名の女子が叫ぶ。もちろん彼女たちは風雅ファンクラブの一員だ。ファンクラブの上級生が叫んだ言葉が口火となり、2学年や1学年のファンクラブメンバーも次々と声を上げ始めた。


「102人しか納得してないのに、正式とか言えないよ!」

「どうせ、選挙すること言って根回ししたんでしょ!」


 次々に文句を並べていく。その文句が必ずしも間違いと言いきれないところが悔しい。


 自分たちの意見を正当化するために作り上げたグループで、今まさに高等部生全員を味方につけようとしているのだ。「そうだそうだ!」という賛同の声に、芽榴の両隣の有利と風雅は複雑な表情を浮かべた。


「ほら、みんなも今文句言わなきゃ、撤回できないよ!」


 死票を投じた生徒たちの力を借りる。そうすればファンクラブの矛と盾は完璧になるのだ。ファンクラブのメンバーの顔に醜い笑みが浮かぶ。


「……」

「お前らバッカじゃねーの?」


 颯が何かを言おうとするのと同時に、その男子がとても大きな声でそう言った。もちろん、そんなことを全校生徒の中心で堂々と言ってしまったのは滝本だ。


「おいっ、滝本! 黙れって。俺たちまで何かされちまう」

「遅い遅い。楠原さんに投票した時点で俺ら同罪だっつの」

「お前ら、俺を守ってくれよな?」


 F組の男子生徒たちは昨日の件で役員信者にかなりビビっているらしく、そんなふうに耳打ちしあっている。


「芽榴は根回しなんてしませんよ。あの子そういう回りくどいこと嫌いですから」

「でも、楠原さんのことよく知らないなら、この情報知らなくても当然じゃない?」

「そうそう。楠原さんがインチキなんて言っちゃうんだから何も知らないんだよ」

「それなのに知ったようなこと言って、おかしいと思わないんですかねぇ……」


 舞子と委員長を筆頭にF組の女生徒たちもファンクラブのメンバーに反論し始める。


「な……っ! ふざけんな!」

「あたしらのこと馬鹿にしてんの!?」


 信者たちが2年F組の列を睨みつける。

 それを見ていた翔太郎は、演台にあったマイクを手に取る。そして両者が激突する前に口をはさんだ。


『少し落ち着いたらどうだ。冷静に考えていくといい。選挙をする前に神代は根回しをしていいと宣言したはずだ。ならばたとえ根回しがあったのだとしても問題はない。ここで全校生徒の動きを見ていたが、各々自分に票を入れるように懇願していただろう?』


 翔太郎の意見に女生徒たちも口を閉じる。メールで親しい友人や後輩に票を入れるよう頼む文を送ったり、周囲にいる人に自分の名前を書くよう頼んだり、そういう人たちは大勢いた。


『それでも楠原以外まともな票を得た人間はいない』


 そう言って翔太郎は、票集計に使ったメモ紙をスクリーンに映した。芽榴のところに書かれた票以外はほとんどすべて1票。みんな根回しをしたにも関わらず、得られた票は自分が自分に入れた1票のみ。芽榴のようにクラスの人からの支持や人望で本当の票を獲得した人もちゃんといたが、それでも多くて30票程度。50票以上入った人はまずいない。


『楠原が仮に根回しをしたとして、それでも票を獲得したのは事実だ』


 根回しをしたところで、票を稼げるわけではない。自分が自分に投票することを可能にした選挙で、本来全員1票しか入らないのが当然なのだ。そんな中で、芽榴ほどの票数を得ることは本当にすごいことだった。


「でも、死票は……高等部生全員の承認がない子に、役員の座が与えられていいわけない! こんな選挙無意味だよ!」


 それでも、偽らざる数値上の事実は、彼女たちが反抗する糧になる。


「……ほんと、無意味だよな」


 ファンクラブの女子の発言に周囲も同意する。信者たちが高等部生を味方につけた――――そう思ったのはほんの一瞬のこと。


「楠原さんが役員やめる必要なかったし、別に」

「どうせなら、楠原さんがやめるとかじゃなくて……もう1席役員枠を作るための選挙のほうがこっち的に嬉しかったんだけど」


 ファンクラブ女子の言葉を打ち砕いたのは同じ3学年の生徒たちだった。


 芽榴を擁護する彼らの発言に、ファンクラブの女生徒たちは自分の耳を疑っていた。


 芽榴も役員も、予想していない助けの声に瞠目していた。


「死票死票言ってるけどさ、みんな自分に票入れてる中で自分以外にいれてるヤツがいるとか超すげぇって」

「クラス委員の俺でさえ、30票くらいしかもらえねーんだから、楠原さんの票数はすごいんじゃん?」

「あの票数は、それだけ信頼できるって証拠でしょ」

「そそ。てゆーかあたしが役員になれないなら誰がなっても一緒だし?」


 上級生たちは次々に言葉を述べていく。ファンクラブの女生徒たちは騒いでいるけれど、周りはこの選挙結果をある程度予想していた。それでも芽榴にあれだけの票が入ったことには驚いたが、いずれにせよ芽榴が当選することはみんな分かっていたのだ。


 今年のキングは他でもない芽榴だ。さすがにキングの座がインチキで勝ち取れるような簡単な地位でないことくらい普通の生徒は分かっている。それに、今では学年の首席を会長である颯と争うくらいの人物で、役員の仕事も頑張っていることは周知の事柄だった。


「楠原先輩、化粧したら超可愛いし……俺、結構応援してんだけど」

「実は、俺も……」


 文化祭の一件以降、男子の間で芽榴の隠れファンが出てきたことも事実。


 トランプ大会のインチキ疑惑が尾をひいていたけれど、文化祭で芽榴がキングを獲得してからは確実に芽榴を認める声は増えていた。

 芽榴は、理事長や教師陣、生徒たちからの信用を着実に集めていたのだ。


 それを掻き消して芽榴があたかも誰にも認められていないと思い込ませていたのは、百数十人いる風雅ファンクラブのメンバー。


 確かに自分が役員になれなくても芽榴を役員にしたいという人は千人の中の1割程度だ。しかし、芽榴が役員になることに異議を唱える人もまた千人の中の1割程度しかいないのだ。


 自分が役員になれることに越したことはないけれど、だからといって芽榴が役員になることに異議などない。そういう人たちがほとんど。今はもう誰も、芽榴が自分より劣っているなどと言えない。


「……なっ」

「それより、こんなふうに文句言って……役員に迷惑かけるの本当やめてほしいんだけど」

「役員のこと好きとか言っといて、こんなふうに迷惑かけてたら話になんないよね」

「あたしたちまで一緒にされたらたまったもんじゃない」


 ファンクラブに属していない、穏健派の役員信者が次々に声をあげ始めた。本当に役員を慕っている信者たちにとって、何より優先すべきなのは役員に迷惑をかけないこと。それこそが主に颯のファンや翔太郎のファンたちの中でのルールだ。


 芽榴が役員になった当初は、芽榴が彼らの足を引っ張ると考えて、非難していた。けれど今、彼女たちはその口を閉ざしている。不服ながらも、芽榴が役員としての力量を備えていることを認めたからだ。


 風雅ファンクラブに属しているような過激派の信者たちのすることは、穏健派信者たちの美徳をも穢す行為。


「つか、昨日のオリエンの話も含めて楠原さんの悪い噂めちゃめちゃ聞くけどあれもお前らの嘘なんじゃねぇの?」


 その発言にファンクラブ女子の肩がビクッと揺れる。それは何より分かりやすい自白だった。


「いい加減やりすぎだろ」

「さすがにキングにまでなってるんだから、楠原さんをインチキとか言えないって。全部実力だよ」


 100人以上のファンクラブ会員がいるとしても、今ここで無駄な反論をすれば残りの高等部生全員を敵に回すことになる。


 100対1でファンクラブが優勢だった芽榴潰しは100対800数名でファンクラブの圧倒的劣勢へと変わった。


 各クラスにいるファンクラブの女子たちはさっきまでの大胆不敵な態度とは一変して、身を縮こませる。


「……決まり、ですね」


 有利は周囲の様子を見てボソリと呟く。


 高等部生全員の様子を見た颯は翔太郎からマイクを奪い、そして再び口を開いた。


『それでは、楠原芽榴さんを改めて生徒会役員に任命します。異議がない場合は拍手で表明を』


 颯の言葉で、体育館の中に、拍手の音が木霊する。最初はゆっくりと、でも最後には轟くような拍手の渦に包まれた。それはまるで芽榴がキングになったときと同じ。――――芽榴が役員でいることを、学園中が改めて認めた瞬間だった。









 緊急集会はそれで終わり、肩身の狭い様子でファンクラブのメンバーは去って行く。


「これで、ファンクラブのメンバーが一気に減りそうだな」


 選挙の後片付けをしながら翔太郎と来羅は今後の過激派信者たちの行動を考えていた。


「風ちゃんも連絡を絶ったんだから、解散するんじゃない? アレ・・も私たちが持ってるわけだし」


 来羅の発言に翔太郎は納得する。『アレ』を来羅たちが持っているということが分かれば、ファンクラブのメンバーも主だった動きはとれないはずだ。


「今頃ファンクラブのメールで回っている頃か」

「たぶんね」


 そう言った来羅は苦い顔をする。来羅がそんな顔をする理由を察して、翔太郎は溜息を吐いた。


「俺たちがしなければならないことは、今後同じことが起きないようにすることだ。それが俺たちにできる楠原への償いだ」

「うん……分かってる」


 そんな2人の会話を聞きながらボーっとしている風雅に、有利は心配そうな視線を向けた。


「蓮月くん、大丈夫ですか?」

「え? あ、うん」


 そう言って風雅は苦笑した。


「なんか、さ。結果的にファンの子たちに全部の責任押し付けちゃったな……って」

「……」

「ファンの子たちがあんな風になる前に止めることだってできたのに、そうしなかったのはオレの問題だから」


 風雅はそう言って、目を閉じる。今回の事件は多かれ少なかれ風雅の責任で、それだけは逃れられない事実だ。けれど、この場で誰一人として役員を責めた人はいない。


「……僕たちに非があっても、誰も僕たちのことは責めませんからね」


 有利はそう言って、広い体育館を見渡す。


「だから僕たちは自分で自分を責めなきゃいけないんです。誰も責めないから、それでいいわけじゃありません」


 それが『みんなのアイドル』として過ごした彼らの宿命だ。学園に守られている彼らはどれだけ悪に染まっても誰もそれを《悪》だと言わない。自分で自分にブレーキをかける、それは難しいことだけれど仕方のない代償。


 今回のことで、少なからず役員はそれに気づいた。自分で自分の行いを反省し、そしてこれからに繋げなければならない。


 風雅は拳を握りしめ、有利の言葉を刻み込んだ。


 そして、役員による後片付けも終わりを迎えようとしていた。


「――芽榴、それは僕が持つよ」


 芽榴が選挙に使った投票用の白い箱を持っていこうと、それに手を伸ばすと颯がそんなふうに声をかけた。芽榴は首を傾げながらすでにその白い箱に触れていた。


「え? だいじょー……。あれ、何か入ってるー?」


 芽榴は颯を見つめる。芽榴の視線を受け、肩を竦めた颯は投票箱の中から何かを取り出し、芽榴に見せた。


「え……」


 颯が手にしているのはいくつかのSDカードとCD-ROM。


「これが今朝、芽榴に嫌がらせした証拠のSDカード。こっちのSDカードは前に文化祭で芽榴のクラスを荒らした犯人の監視カメラ映像が入ったもの。で、このCD-ROMは今朝の子たちにお願い・・・して暴いたファンクラブメンバーのリストが入っていて、こっちのは……」


 それらすべてについて颯は丁寧に説明し、芽榴は聞くたびにどんどん半目になっていった。


「それをどうするつもりだったの?」

「もし、ファンクラブの女子が言うことを聞いてくれそうになかったら……スクリーンで流そうかと思っていたんだ」


 颯の言葉に芽榴は絶句した。まさに全校生徒の前で公開処刑するようなものだ。そうならなくてよかったと芽榴は心の底から安心する。


「でも、使わなくてよかった。これを使ったら確実に退学にでも何にでもできて報復にはなったかもしれないけど……また芽榴を恨むタネになって今までよりもっと酷いことをしにきたかもしれないね」


 自分のしようとしていたことがいかに浅はかだったかを颯はすでに理解していた。集会中にこれを晒さなくてよかったと思っているのは颯も同じだ。


「それに、僕たちも今まで非道なことをしていなかったかと聞かれれば嘘になる。自分を棚に上げていたのは僕も同じだと、今になって気づかされた」


 颯はそう言って自嘲した。非道徳な行為に同じ手段で返しても意味はない。その宣言通り綺麗な方法で、芽榴は事件を終わらせた。颯たちのやり方ではここまでの満足感は得られない。ファンクラブのメンバーと同様の不快感からは逃れられなかっただろう。


「本当に、まさかの展開だったよ。高等部生全員を味方にするなんて……これが狙いだったのかい?」


 颯は芽榴を横目で見つめる。颯の質問に芽榴は苦笑した。


「ううん、これは本当に予想以上」



 芽榴は役員の座を勝ち取るために、選挙をした。本当はあれだけの票を得たことにさえ驚いているほど。僅差であっても少数であっても一番票を得られたのならそれが本物。それが、あのときの芽榴が選ぶことのできた数少ない良策だった。

 役員信者の言うとおり自己満足にすぎない。それでもあとはトランプ大会のときと同様に自分の言葉で説き伏せるつもりだった。


 ファンクラブ女子を止めたのは芽榴でも役員でもF組の生徒たちでもない。芽榴と接点の少ない、生徒たちの偽りない言葉たちが彼女たちを止めたのだ。


 高等部生全員を敵に回してまで、芽榴を非難しようとは誰も思わない。自分たちが周囲からの非難を丸かぶりして、それほどの度胸をもって芽榴を非難することなど誰にもできなかった。


 やり返したり、何らかの罰を与えても、所詮すべて繰り返してしまうだけ。


 高等部生全員によるファンクラブメンバーへの軽蔑の視線は彼女たちに精神的な痛みを与え、これから先も背負う罪悪となる。体の傷はすぐに癒えてしまうけれど、この背徳感からは逃れられない。役員がすべての証拠を握っていると、今朝の4人がファンクラブメンバーに告げてしまえば、すべて完了だ。それが翔太郎と来羅が話していた話の大筋。メンバーリストまで握られているのだから、それは確実だった。




 芽榴がこの選挙で勝ち取ったものは単に役員の座だけではない。高等部生全員を味方につけた芽榴に、ファンクラブの女生徒はむやみに手出しできない。非難もできない。つまりはこれからの芽榴の平穏な学園生活も確約されたのだ。




「僕よりも会長にふさわしいんじゃないかい?」

「それはないから」


 颯が冗談っぽく言った台詞に、芽榴は即答する。


「颯、るーちゃん。早く行きましょう」


 来羅に呼ばれ、2人はそちらに足を向ける。


 みんなの輪に戻っていった芽榴の顔には、少し前の芽榴と同じ、柔らかな笑顔が浮かんでいた。


 いつも通り――数日前それを願った芽榴は、いつもよりも幸せな日々を再びこの手に掴んだのだった。

票数に無理やり感があるので獲得票数を訂正しました。3/17

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