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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
生徒会動乱編
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154 焦燥と包囲網

 芽榴は朝早く、目を覚ました。


 最近毎晩のように見ていた悪夢も今日は見ていない。目覚めはスッキリしていて、心はとても穏やかだった。


「……言ったんだ」


 昨日のことを思い返す。


 とても嬉しかった。その嬉しさは役員になったときや文化祭でキングになったときとはまた違う喜びの感覚だった。


 みんなにすべてを伝えた。ただそれだけで心が軽くなったように感じている自分に芽榴は苦笑してしまう。そんな単純にどうにかなることではない。抱えていた思いは軽いものではなかったけれど、みんなに受け入れてもらえたことがそれだけ嬉しかったのだ。


 芽榴は深呼吸をする。


 ちゃんと隠さず全部言えたことは自分の中で踏み出した大切な一歩。そしてそれは次に繋げなければ何の意味もなくなる。


 ベッドから起き上がった芽榴は机に向かい、大事に飾られたキングのメダルを手にした。


 ヒンヤリとした金属の冷たさが、芽榴の手の温もりに包まれる。ギュッと握りしめると、それは徐々に芽榴の体温と同化し始めた。


「うん、大丈夫」


 微笑んだ芽榴はキングの証を胸に抱く。まだ、芽榴には片付けなければならない問題が一つだけ残っていた。










 生徒が登校するにはまだ早すぎる時間。そんな早朝の学園はとても静かで、微かな物音も大きく空間に木霊する。


 ガラッ


 教室の扉が開く。

 2年F組に数名の女子がやってきた。彼女たちはもちろんF組の生徒ではない。


「……楠原芽榴の机はーーっと、これ、だよね?」

「はい。間違いないです」


 上級生に向かって、そう答えたのは芽榴を倉庫に閉じ込めた風雅ファンの一人。


 今このF組に、役員信者が4人いる。うち3人は3年生、残りの1人が2年生の女子だ。今の状況はファンクラブのメンバー全員にグループメールで昨日のオリエンテーションで起きた事を報告した結果。

 彼女たちは懲りずにまだ芽榴に何かしようと企んでいた。


「油性ペン、貸して」

「何て書くんですか?」

「うーん……ダメージ大きい言葉って何だろうね?」

「もう書き尽くしちゃって思い浮かばないや」


 そう言って女生徒たちは笑い合う。


「本当、あんだけやってんのにまだ粘るとか、ウケるんだけど」

「つーかアヤちゃんも、あの子にそんな酷いこと言われたならもっと懲らしめればよかったのに」


 上級生の一人が、アヤという名の2年生女子に視線を向ける。芽榴を閉じ込めたその女生徒は昨日芽榴に言われた台詞の一部をメールで回した。芽榴を倉庫に閉じ込めることはかなりの仕置きになったはずなのに、それでもまだ足りないというのだ。

 それ以前に、芽榴が仕置きを受けなければならない理由など存在しないが。


「でも、さ……」


 机に書き殴る罵倒の文字を考える集団の中で、青ざめた顔をした1人の3年生女子が声を出す。その声は微かに震えていた。


「さすがに、落書きは……ヤバイんじゃない、かな? 役員にも気づかれ、ちゃうし……」


 今までしてきたことはすべて、芽榴が告げ口をしない限りバレない嫌がらせで、芽榴がそれをしないことを予想してやってきたことなのだ。

 芽榴が告げ口をするような人間ではないと分かっているくせに、芽榴を「狡い女」と言い散らす。彼女たちはそんな自らの言動の滑稽さに気づいていない。もはや気付こうとさえしていないのだ。


 そして今、彼女たちがしようとしていることは完全に嫌がらせが表に露見してしまう行為だ。


「は? あんた、今さらやめるとか言うわけ?」


 睨まれた女生徒はゴクリと唾を飲み込む。頷けば、その瞬間に「裏切り者」になってしまう。芽榴と同じような嫌がらせを受けて、自分が平然としていられる自信はない。止めようとした女生徒は油性ペンを渡される。嫌と言えない、一人になる怖さゆえにその女生徒はペンのキャップを取り外した。


 落書き一つない綺麗な机に、震えるペン先が触れようとした、そのとき――。


「確かに、今やめられても話は変わらないけれどね」


 F組に漂う異様な空気は、一気に凍りついた。


 ここにいるはずのない、いてほしくない人の声が響く。声がしたのは教室の隅。彼女たちの背後で掃除用具入れに背を預けるその人物は、風雅ファンたちよりも先に教室の中にいた。そして彼女たちの行動を隠れてすべて目にしていたのだ。


「神……代、くん……」

「ほら、どうしたの? 大きなダメージを与えるような暴言を、その机に書くんじゃなかったのかい?」


 颯は薄ら笑いを浮かべてそんなことを言う。颯の冷めた鋭い視線を受けて、彼女たちの震える体がまともに動くはずもない。それを分かっていて颯はわざとそう口にした。


「まあ……書いた瞬間、どうなるかくらいは分かっているみたいで少し安心したよ。そうだろ、翔太郎」


 颯は女生徒たちから視線を逸らさないまま、同意を求めるようにその名を口にする。


「それさえ分からなければ、もはや話にならんだろう」


 不機嫌を通り越して怒りしか感じられない低い声に、信者たちは颯に向けていた視線をすぐに声の方向にずらした。


「貴様らの浅はかすぎる行動にはいい加減呆れて告げる言葉もないな」


 颯の向かい奥、黒板近くにいた翔太郎が眼鏡を押し上げ、信者たちに軽蔑するような視線を送る。


「か、葛城くん、まで……っ」


 すでに颯と翔太郎に姿をはっきり見られている。にもかかわらず、この期に及んで逃げ場を求める信者たちは一番近くの扉へと足を向けた。しかし、彼女たちの前に立ち塞がるのは彼女たちの誰よりも美しい少女・・


「ひい、らぎ……さん」

「何驚いてるの? 本当、こんな大それたことするんだったら、ちゃーんと周囲を確認するべきじゃない?」


 滑稽と言わんばかりに来羅は信者たちに嘲笑を向ける。その手には一連の彼女たちの言動すべてを録画したのであろうビデオカメラがあり、彼女たちに見せつけるようにして持っていた。


 同学年の女子は目を丸くし、衝動的に来羅のほうへ走り寄る。そして来羅から無理やりビデオを奪い、床に叩きつけて踏み潰した。


 安堵するような顔をしている女生徒たちを来羅は冷めた目をして睨んだ。


「バカね。データは抜いてるに決まってるじゃない。でも、カメラ代は弁償してもらおうかしら」


 来羅はそう言って、もう片方の手に持っていたSDカードを、自分とは反対側の扉を封鎖している少年へと投げた。


「……っ!」

「有ちゃん、それは壊しちゃダメだからね。いざって時の証拠品なんだから」

「当たり前です」


 来羅の冗談まじりの言葉に、有利は少しムッとした顔で答える。そして、すぐに自分のブレザーのポケットに直した。


「……藍、堂、くん」

「あなた方の友人の中に数人、突然としてファンクラブをやめた人がいたはずですけど……その理由を少しも考えないでこんなことをして」


 有利の声に感情はこもってない。ただその透明な顔は恐怖でしかないのだ。


 ここ最近、幹部の子やただの会員の子が確かに突然数人やめてしまっていた。その理由が翔太郎の催眠誘導の結果だと彼女たちは知らない。


「今さら怯えてどうするんですか。僕たちが黙っていると思ったんですか」


 女生徒たちのほうに近づきながら有利はゆっくりと告げる。


「あの人への非難は僕たち役員への非難と同じです」


 有利は顔をあげ、役員信者の顔を見つめる。そして、その目の色を変えた。


「……売られた喧嘩は買ってやる。もちろん、覚悟はできてんだよなァ?」


 有利の中にあったなけなしの冷静さは何処かに消える。スイッチの入った有利は木刀を携えて彼女たちを睨みつけた。


「……嘘、違う。やだ……誤解」

「何も誤解なんかしてないよ」


 最後の声は彼女たちの愛しくて止まない人の声。けれど、今はその声がとてつもなく怖い。


 来羅の後ろから現れたのは、彼女たちの理想。


「ふう、が、くん」

「オレたちが見てる、この光景が本当でしょ? 何も嘘じゃないよ。オレたちは……何も誤解してない」


 風雅は一歩、一歩とその足を前に進める。女生徒たちから距離を保って立ち止まり、少し離れたところにある芽榴の机に目を向けた。

 まだ汚されていない、綺麗な芽榴の席を見て安堵する。そしてその視線を自分のファンクラブの女子たちに戻した。中にいる1人は、昨日芽榴を探しに行こうとした風雅を最後の最後まで引き止めた子だ。


「……邪魔するなら許さないって、言ったよ」


 風雅の声にいつもの優しさはない。あのまま引き下がってくれたら、まだ許す余地はあったかもしれない。否、きっとそれでも許すことはできなかった。


「……そんなこと、風雅くんにだけは、言われたく、ないよ……う、うぅっ」


 風雅からの二度目の拒絶に、同学年の女生徒は崩れ落ちる。初めに逃げ出そうとしていた女生徒はすでに泣いていた。


 いまだ堂々と立っている2人の上級生女子は一気に役員の視線を受け止める。


 逃げたい気持ちは彼女たちに焦燥だけを与えた。


「おかしい、よ……風雅くんは」


 口を開いたのが最後。


「風雅くんは、みんなの、風雅くんじゃん!」


 頭の中がパニック状態になってしまった女生徒たちは、彼らを前に本音をすべてぶちまけてしまった。


「役員は誰かを特別扱いしちゃダメなんだよ!」

「それをみんな守ってきて、だから揉め事もなくて、なのに……」


 自分たちが何を言っているのか、すでにその女生徒たちは分かっていない。


「全部、全部……楠原芽榴が悪いんだから!!」


 脳を通していない言葉たちは、剥き出しの火薬でしかなかった。

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