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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
生徒会動乱編
173/410

153 悔恨とプログレス《神代颯編》

 ザー……


 シャワーの音が響く。颯は芽榴の話を思い出しながら、頭から生温かいお湯を浴びていた。 


 顔に張り付く髪も気にならない。涙のせいなのか、シャワーの水のせいなのか。おそらく後者の理由で颯の顔は濡れていた。




――私は本当の役員になりたいんだ――




 芽榴はそう言って、嫌がらせを我慢していた。しかし、颯からしてみれば芽榴が役員であることに本当も嘘もない。それは必然の話だった。


 あのとき、そうちゃんと伝えればよかった。でも伝えたところできっと芽榴は意見を変えなかっただろう。


 芽榴が颯たちに自分の過去も本当のこともすべて口にできたのは、皮肉なことに芽榴のすべてが壊れたからこそなのだ。


「……僕の想いは変わらないのに」


 芽榴のこととなると、途端に颯のすべてが思い通りにいかなくなる。

 歯痒さの中で颯の頭に琴蔵聖夜の言葉が幾度となく再生された。


 芽榴は颯の手に負える子ではない。


 その言葉に納得するつもりはないけれど、それでも悔しくてならないのだ。


「……っ」


 颯はガンッと浴室の壁を殴る。ジンジンと拳が鈍く痛むのに、先立つ苛立ちが痛覚を掻き消してしまった。


「――――、芽榴」


 溢れる気持ちはシャワーの音に掻き消される。

 唇を噛みしめる颯はしばらくシャワーの雨に打たれていた。






 キュッキュッと音を鳴らし、シャワーの水を止める。浴室の戸を開けて少し手を彷徨わせると、予め置いていたバスタオルに触れた。


 衣服を着て、髪の水気を拭き取りながら颯はリビングに戻る。


 いい立地にあるマンション。セキュリティーもそれなりによい、その建物の最上階より2階下。1LDKの部屋に颯は一人で暮らしている。高校生の一人暮らしにしてはかなりいい物件だ。ただし、それはラ・ファウスト学園の御曹司を比較対象から除いての話なのだが。


「……本当のことを言えていないのは、僕も同じだね」


 颯は殺風景な自分の部屋を見て苦笑する。必要最低限のものしか置いていない颯の部屋はとても綺麗だ。綺麗すぎてどこか生活観に欠けるくらいある。


 颯が一人暮らしをしていること、そしてその理由を芽榴以外の役員は知っている。

 自分の抱えるものを故意に芽榴に言わなかったわけではない。ただ、言えなかったのだ。


 根本的に最悪な自分を、他でもない芽榴に知られることが怖かった。


「……口だけだね、僕は」


 芽榴を特別だと言うくせに、そう思った理由を告げない。夏休みに芽榴が感じた不安に、颯はちゃんとした答えを与えていない。

 颯がどうして芽榴を気に入ったのか、本当の理由は簡単だけれど深い。そしてそれは颯の心に根付く闇に直結していた。


 けれど芽榴の過去を聞いた今、颯は芽榴にそれを伝えなければならない気がしていた。


 颯は部屋の隅にあるデスクに向かい、パソコンのメールをチェックする。そして一件届いていたメールを開いた。


《颯くん、久しぶり。最近連絡がなくて心配だったのよ。寒くなったけど体は大丈夫? 年末年始は顔を出してくれるかしら。みつるも颯くんに会いたがっているわ》


 差出人は叔母の静恵しずえだ。亡くなった父の妹で颯の保護者にあたる人。そして満というのは彼女の息子で、颯と同じ年の義弟。


 颯も初等部のころまでは隣町にある叔母夫婦の家で暮らしていた。しかし、中等部に入ってからは一人暮らしを始め、あまりそこに帰っていない。


 なぜかと聞かれればそれが1番いいと颯が思っていたからだ。


 居場所があるのに、その居場所を去った。


 芽榴が必死に探していたものを颯は自ら手放した。それが颯にとっての偽らざる事実。


 きっと芽榴は颯の事情を知っても非難したり軽蔑したりしない。ただそれを芽榴が理解してくれるかは分からない。


 一つ分かるのは幼い頃の芽榴が抱えていた思いと似たものを、颯が抱えているということ。颯が芽榴に惹かれたのは、本質的なところで自分と似通っていたからなのかもしれない。


 その芽榴が一歩踏み出したなら、颯も一歩踏み出すしかない。


 カタカタとキーボードを打って、自分の書いた返信に目を通す。


《お久しぶりです。最近忙しくて、連絡が遅れました。こちらは相変わらずですよ。気にかけてくれてありがとうございます。冬は、顔を出します。それではまた》


 そっけなくならないように心がけた文章。


 問題ないことを確認し、送信ボタンを押して颯は一息吐く。そして視線をパソコンから離した。


 デスクの上に置かれた写真は文化祭のとき、役員みんなで撮ったもの。

 大事に写真たてに入れて飾ったそれを見つめ、颯は呟いた。


「いつか……僕の話を聞いてほしいな」


 目に映るのは楽しげに笑う芽榴の姿。


 自分の境遇と向かい合うことを決めた颯は同時にすべてを覚悟した。


「でも……とりあえず、それは後の話だね」


 今解決するべき問題はそれじゃない。


 颯は携帯に手を伸ばし、素早い手つきで簡単な文章を打ち込む。宛先は芽榴以外の役員全員。


 連絡を送った颯は携帯をパタンと閉じて、椅子にもたれかかった。


「……芽榴に手を出したこと、後悔させてあげるよ」


 低く呟いた颯はさっきまでとは違い、ひどく冷静な顔をしていた。

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