153 悔恨とプログレス《蓮月風雅編》
家に帰った風雅は、ずっと部屋のベッドに横になっていた。目を開けたまま、眠る気はなかった。
視線だけ動かして自分の部屋を見渡す。
置いてあるものも特別なものはない。ベッドに机、本棚と収納ケースがいくつかあって、雑誌がカーペットの上に数冊置いたままになっている、片付いてるわけでもないが散らかっているわけでもない、並の男子高校生と変わらない普通の部屋。
ファンの子も付き合っていた子も、誰一人部屋にあげたことはない。そうすると後々面倒になると分かっていたから、絶対についてこられても家の前で帰ってもらっていた。
この空間だけは正真正銘、風雅だけの場所だった。
そんなことを考えている風雅の耳元で、スマホのバイブが鳴った。
枕元に少しだけ手を彷徨わせて、風雅はそれを手にする。メールがきていて、確認するとやはり自分のファンからだった。
先ほどから数十件、他のファンからもメールがきていた。内容は見ていないけれど、見なくてもだいたい分かっていた。
「なんで、こんなヤツがいいのかな」
風雅は自分で自分のいいところを探したことがある。でも出てきたのは容姿がズバ抜けて整っていることと、人の心が読めるゆえに人付き合いが上手だということ。たったそれだけだった。それ以外のことは他の男子高校生と何一つ変わらない。考えていることも実際煩悩だらけで、頭に関して言えばおそらく並の人よりも悪い。
みんな自慢の種として、自分と付き合いたいだけ。簡潔で辛い答えは風雅を常に苦しめ、そうではないと信じたくて自分を見てくれる女の子を探し続けた。
――私の目の前にいる蓮月くんは顔はいいのにちょっとバカで、でも真っ直ぐな人――
そして、風雅はもうその女の子を見つけていた。誰よりも大事にしなければならない女の子を誰よりも傷つけた。彼女が元々負っていた傷はこの上ないくらい深かったのに自分がそれに塩を塗ったようなものだ。
風雅はスマホを操作し、電話帳を開いた。前に翔太郎に言われたことを思い出す。返信するのは相手のためにも自分のためにもならない、互いを傷つける行為だ、と。
「翔太郎クンの言うとおりだったなぁ……」
風雅はそう言って儚げに笑った。
きっと風雅は嫌われたくないだけだった。みんなにいい顔して好かれていたいだけだったのだ。
「ほんと、こんなんじゃ……みんなに敵わない」
風雅はタップ操作を繰り返し、そして画面に現れたのは《選択したアドレスをすべて消去します。よろしいですか?》という最終確認。
「……一歩前進、かな」
風雅は《はい》をタップして、必要なアドレス以外すべてを消去した。
すると一気に力が抜けて、風雅はベッドに体を沈める。
「は? 意味わかんない。もう切るから。じゃーね」
静かな風雅の部屋。その隣から聞こえる女の人の声に、風雅は困ったように眉を寄せた。
隣の部屋は風雅の姉、雪乃の部屋なのだ。
さっきのはおそらく今の彼氏との電話。
風雅はベッドに座り直して壁に背を預ける。そして自分の部屋の扉を見つめた。そんなに時間も経たないうちに部屋の扉が開くはず。そんな風雅の予想通り、扉は勢いよく開いた。
「フウー! もう聞いてよ!」
「どうしたの、姉ちゃん」
風雅はそう言って、姉に笑いかけた。聞かなくても姉の話の内容は分かっている。同じ大学に通う彼氏に対する不満。おそらく姉は今電話していた彼氏と一週間もたない。そこまで風雅は読んでいた。
「てなわけで、ありえないでしょ? もう飽きちゃったー! あぁスッキリ」
姉は彼氏の愚痴を言うだけ言って、満足したらしく大きく息を吐いている。
さすが風雅の姉だけあって、遺伝子は同じ。顔立ちはとても綺麗だ。が、風雅も呆れるほど男癖は悪い。サバサバした性格は風雅も姉として好きなのだが、それゆえに長続きしないようだ。風雅のように予約制度はないらしいが、彼氏の代わる周期はそれよりも早い。
自分の部屋でスマホをいじる姉を、風雅は困ったように見つめる。そんな姉だけれど、抱えている悩みは風雅と同じなのだ。
2人の唯一の違いは他人の理想になりきるか、問題だらけの自分を貫き通すか。どちらにしたって本当の愛を掴めていないのだ。
「姉ちゃん、そんなんじゃ一生結婚できないよ」
「それ、フウにだけは言われたくない」
それが美形姉弟の毎度の会話。
でも今回は違う。
「オレ、ちゃんと好きな子いるから」
「え、何その話」
姉は目を丸くして風雅に詰め寄った。
「どんな子? 先に言っておくけどあたし、フウの今までの彼女っぽい子たちみたいなのだったら容赦なくいじめるよ?」
姉の忠告に風雅は苦笑する。風雅は姉に何度か一ヶ月交代の彼女といるところを見られたことがあった。姉はやはり風雅ファンのようなタイプの女子は嫌いらしい。
「安心して。姉ちゃんなんかより、断然イイ子だから」
「……あら、言ってくれるじゃない?」
風雅が自信をもって言い、雪乃は楽しげに笑う。
「いつか、姉ちゃんにも会わせてあげたいな」
心からの願いを告げる風雅に姉は思わず見惚れてしまう。けれど少し生意気な気がして、姉は風雅の頭をゴツッと殴った。




