11 声援と決意
トランプ大会当日。F組では朝のホームルームが行われていた。
「今日は授業カットで、終日トランプ大会だ」
松田先生が教卓に体重をかけるとミシッという音が教室に響く。他クラスは緊迫した雰囲気だが、F組はなぜか和やかな雰囲気が漂っていた。
「連絡は以上。で、楠原!」
「今日はパシリ、じゃなくてお手伝いは無理ですー」
一番後ろの席に座る芽榴が片手を挙げて告げると、松田先生は「ちがーう!」と声を上げた。
「松田のヤツ、朝から元気ね」
芽榴の前の席に座る舞子が呆れ顔で呟く。
「楠原! トランプ大会に優勝したら手伝いを免除してやるぞ!」
「免除っていうか、いつから義務化したんですかね」
芽榴の不平は松田先生の耳には届かず、松田先生は話を続ける。
「楠原だけじゃないぞ! みんなも優勝目指せ! いいなー!」
「まっちゃん、熱いなー」
「どしたのー?」
松田先生は麗龍の教師の中では珍しいくらい適当な人間だ。そのせいか、F組も他クラスに比べて呑気な生徒が多い。しかし、そんな松田先生が鼻息を荒くして教卓を叩く姿にクラスの生徒がざわついた。
「お前たちには分からんだろう! 俺の苦しみが! 他クラスには1人ずつ役員がいて鼻を高くして歩く担任たちの中で虐げられる気持ちが!」
松田先生が泣きじゃくるようなふりをして叫ぶ。
「それ役員云々じゃなくてまっちゃんの力量の問題じゃねーの?」
「うるさいぞ! 滝本!」
松田先生に怒られる滝本浩は以前芽榴に宿題を借りて忘れて来た彼だ。
「でも、楠原ならいけんじゃねーの?」
滝本は芽榴のほうを振り返りながら言う。思わぬ発言に芽榴はキョトンとしている。
「確かに。私もそう思います」
滝本に続けたのは眼鏡でおさげの委員長だ。
「えー……」
「だってあの役員相手に一刀両断できんのって楠原くらいじゃん」
滝本の言葉にクラスのみんなが頷いている。松田先生も満足そうに笑っていた。
「当たり前だろう! 俺は無能なヤツに仕事は手伝わせん!」
「後からのこじつけやめてくださいー」
芽榴が呑気に言うと、クラスのみんなが笑った。
「楠原、応援するから」
「楠原さん、頑張ってー」
いつのまにかクラスのみんなの視線が芽榴に集まっていた。芽榴は基本的に舞子以外のクラスメイトとはそこまで親しくない。だからこそ、彼らの声援に驚いた。
「え、えっと」
「ここまで言われたら頑張るしかないわね、芽榴」
舞子が意地悪そうに笑って、芽榴に肘をつつく。動揺したままの芽榴はうまくそれに反応を返せなかった。
「よし! ホームルーム終了だ! 行け!」
松田先生はご機嫌でホームルームを終わらせた。生徒たちはそれぞれトランプ大会の行われる体育館へと向かう。
「芽榴、行こう」
舞子が芽榴に声をかけると、芽榴は用があるから先に行くように告げた。
「じゃあ、また後でね」
「舞子ちゃん」
教室を出ようとした舞子を芽榴は呼び止める。
「なに?」
「もし、さ。私が勝っちゃっても……舞子ちゃんは友達でいてくれる?」
そう告げる芽榴は珍しく不安そうな顔をしていた。そんな芽榴の姿に舞子は肩を竦める。
「私が僻むとでも思うわけ?」
舞子はそう言って芽榴に歩み寄り、その両頬を引っ張った。ギリっと頬に走る痛みに、芽榴はバタバタと腕を動かした。
「ひはーひ!」
「松田じゃないけど、自分の親友が天下の役員になるなら、そんな鼻の高いことはないわよ」
瞠目した芽榴はその瞬間、すべての動きを止めていた。
「少なくともクラスで僻むヤツはいないわよ。じゃなきゃ応援なんてしない」
舞子は芽榴の頭をポンッと叩くと再び教室の扉に向かう。
「ま、あんたが勝てたらの話だけどね」
舞子は笑って教室を出て行った。
舞子が出ていくと教室の中は芽榴だけになる。
「親友、か……」
そう呟く芽榴は嬉しそうに笑っていた。
「芽榴」
芽榴しかいないはずの教室にその声は響いた。芽榴は驚いた顔で声のしたほうを振り向く。
芽榴の振り向いた先には颯が扉に背を預けて立っていた。
「神代、くん」
「芽榴に呼ばれてる気がしてね」
颯はニコリと笑う。あながち間違っていないため、芽榴はまた驚いてしまった。
「うん。生徒会室に行こうと思ってた」
「そう。僕に用?」
颯の赤みをおびた瞳が芽榴を見つめる。それさえもきっと分かって芽榴に尋ねているのだ。
芽榴は深呼吸をする。心の中を整理して、そして、口を開いた。
「神代くん、あのね……」
芽榴が言うと、颯は満足げに笑った。




