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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
生徒会動乱編
169/410

153 悔恨とプログレス《藍堂有利編》

今回の話は5部分で1話となっております!なので5部分すべて表題は「153 悔恨とプログレス」になります。

芽榴の過去を知った後、役員それぞれが決意したこととは――。

 ――その日の夜。

 家に帰った役員は、それぞれ芽榴の話を振り返っていた。




 ブンッブンッ


 いつもより早い時間から有利は家の道場で一人稽古を開始した。


 彼の頭に浮かぶのは、悲しそうに笑う大切な人の顔。




――自分のしなきゃいけないこと分かってて、そのために努力して……それってすごいことだよ?――




 この道場でかつて芽榴が口にした言葉を有利は思い返す。芽榴はあのときどんな思いであんなことを言ったのか、過去をすべて知ってもやはり芽榴の心のすべてを理解できるわけではなかった。


「……っ」


 竹刀を持つ手に力が入る。けれど今の有利の剣技にキレはない。


 大切な人の笑顔を守るために強くなると、あのとき決めたはずだった。それなのに有利は傷つく彼女を守るどころか、理解してあげることさえできていなかった。


「やぁーーっ!」


 愚かな自分の姿を消し去るように、有利は竹刀を振るった。


 迷いだらけの腕は空を切り、そして突然ピタリと動きを止めた。


「っ……誰ですか?」


 人の気配がして、道場の入り口に視線を向ける。すると、薄い紫色の着物に身を包む妹がそこには立っていた。


「全然身が入ってませんよ。そんな稽古、爺様が見たら怒ります」


 功利は足袋を脱いで、一礼してから道場の中に足を踏み入れる。功利の言う通り、敬語のままスイッチが入っていない有利は稽古に集中できていない何よりの証拠だった。


「また、楠原さんですか?」


 功利の指摘に、有利の肩が揺れる。兄妹の問題を解決した今、有利を悩ませる原因はその人物しか思い浮かばない。前はそれが分かった瞬間、功利は芽榴のことを恨めしく思っていただろう。けれどもう、芽榴の名前を告げる功利の声に棘はなかった。


「……功利」

「はい」

「僕は、本当に……弱いです」

「はぁ……?」


 功利は困ったように返事をする。有利の言いたいことが功利には分からなかった。有利は強い。それは功利も否定することのできない事実だった。とにもかくにもいきなり何を言い出すのか、というのが功利の中で1番の思いだった。


「どんなに藍堂流を究めても……僕自身は弱いままです」


 有利は手にした竹刀を見つめる。

 藍堂家の跡取りとして頑張ってきた有利は、本当にそれだけのためにしか強くなれていなかった。


「小さなことでクヨクヨして、自分のことで精いっぱいな僕を……それでも僕は『頼ってください』としか言えなくて……」


 有利は自嘲するように言って俯く。


「頼れる男になるって、約束したのに……その自信も全然なくて……自分がどうしようもない男だって思い知りました」


 一人で罵って勝手に落ち込んでいる有利に、功利はさらに困り果ててしまう。こういうとき可愛い妹なら「そんなことありません」などと言って兄を慰めるのが普通なのだろう。


 けれど生憎功利は可愛いだけの女ではない。母親譲りの気が強い女の子だ。


「……藍堂家の男が聞いて呆れますね、兄様」


 自分の尊敬する兄の情けない姿は妹として見ていていい気がするものではないのだ。


「何があったか知りませんけど……そんなこと言ってる弱気な兄様は、確かに頼りないです」


 功利はそう言って、道場に置いてある竹刀を手に取った。功利が竹刀を握るのはとても久しぶりのこと。その感触を思い出すと、どうしても振るいたくなってしまうから、功利は自らその手を仕舞い込んでいた。


 そして、功利にそんな辛い現実とも向き合う勇気をくれたのは、他でもない有利と彼の想い人だった。


「で、頼りないからどうしたんですか? まさか……それで終わりじゃないですよね。自信がない? ふざけてるんですか。約束したんだったら守らなくてどうするんです? 自信がないなら自信がつくまで努力するだけでしょう」


 もう振るうことのできないその竹刀を、功利は有利の眼前に突きつけた。


「あなたは藍堂有利。そうやって、道を切り開いてきた人のはずです」


 功利は鋭い視線をもって、有利に告げる。真剣な顔は日本人形というに相応しいほど綺麗だった。


 いつだってそうだった。藍堂家の跡取りになることも、最初は自身がなくて、だからこそその分有利は努力してきたのだ。


 才能はあっても、有利の剣のすべては努力でできたもの。


 本物の《努力の天才》が努力をしなくてどうするつもりなのか。


 功利の突きつけた疑問は確かに有利に届いた。


「……そうでした」


 有利はフッと表情を柔らかくし、目の前にある竹刀に手を添えた。


「僕は……もっと強くなります」

「弱音を吐いてる暇はないですよ」


 そう言って功利は微笑み、道場を後にする。そんな2人の様子を影でコッソリ覗いていた有利の祖父は楽しげに笑っていた。

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