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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
生徒会動乱編
158/410

142 消えた少女と壊れた鍵

 ――暗い部屋は大嫌いだった。


「……いや……怖い」


 倉庫の隅で、芽榴は体育座りで縮こまっていた。震える手で自らの視界を塞いだ芽榴はポツリポツリと言葉を紡ぐ。


 両手を外しても、何一つ見えるものはない。真っ暗な狭い世界で、生きているのか死んでいるのか、自分の存在さえも分からなくなる。そんな気持ち悪い感覚に芽榴はおかしくなりそうだった。


「……うっ、はぁ……」


 芽榴はまともに声を出すことができなかった。芽榴のこの感情を〝恐怖〟という一言で語ることなどできない。心ごと飲み込まれそうな言い知れない不安は、叫ぶ気力さえ芽榴から奪ってしまった。


 狭く、古びた体育倉庫は10年前の記憶を呼び起こすのに十分すぎた。


「お父、さ……ん」


 心の鍵は壊れ、芽榴の記憶は混沌し始めていた。


 楠原芽榴と東條芽榴。

 相容れない2人の存在に、芽榴は明確な線引きをしていた。どちらの芽榴も元は同じ、壊れかけた芽榴自身だった。それでも拘り続けたその境は、今はもう消えかけて芽榴の心の中でぐちゃぐちゃに壊れていく。


「やだ……いや、……助け、て」


  その声は10年前からずっと届かないまま――。






「芽榴!」


 颯は2学年棟の地下室にやってきて、滅多に使われない理科準備室の扉を開けた。


「いない……」


 実験器具のある棚を通り抜け、颯は芽榴の姿を探す。けれど、やはりそこにも芽榴はいなかった。


 ガンッ


 颯は壁を殴る。静かな室内にはそんな痛々しい音が木霊した。


 芽榴は颯を頼ろうとはしなかった。けれど颯は芽榴に自分を、自分じゃなくてもいいから誰かを頼ってほしかった。それがこれから先も芽榴にとって必要なこと――そう颯は思っていた。


「……偽善者が」


 けれど、そのことに拘った結果がこの最悪の事態。芽榴のためと言って、それさえも自分のエゴだったのではないか。そんな考えが颯を苛立たせた。


 憂いに満ちた溜息を吐く颯はポケットから無線機を取り出す。


『僕だ。2学年棟にはいない』


 そして颯は真っ白なブレザーを翻し、部屋を後にした。 




『了解』


 颯からの連絡に答えた来羅は1学年棟の屋上に来ていた。


「るーちゃん! いる!?」


 屋上は屋内からしか鍵がかからない。もしかしたら屋上に連れて行かれ、そのまま鍵を閉められて出られずにいるのではないかと来羅は考えたのだ。

 扉を開けて辺りを確認する。けれど来羅の予想は外れ、そこに芽榴はいない。




――助けの声が届かないことがあるって、私は知ってるから――




 芽榴があのとき来羅に告げた言葉が来羅の心に突き刺さる。

 芽榴はまるでこうなることを分かっていたように、そして芽榴のことを誰も見つけることができないと暗示するように、あの言葉を吐いた。


「絶対に見つけなきゃ」


 あのとき見た芽榴の切ない表情を来羅は思い出す。

 芽榴が抱える闇を来羅は知らない。けれど、声が届かないことを恐れた芽榴はきっとその声が届くことを誰よりも願っているはずだ。


『1学年棟にもいないわ』


 来羅は小型トランシーバーに向かって言葉を吐く。そしてすぐに屋上を出て行き、階段を駆け下りた。




 同じ頃、風雅は第1体育館に訪れていた。


 自分のファンがもし芽榴に何かをするとしたら、絶対に人目につかないところ――風雅は自分の直感に従って体育館裏へと回る。けれど、そこにも芽榴はいない。体育倉庫を確認しても、芽榴の姿はなった。


 今、生徒会役員を苦しめている最大の要因は学園の広すぎる敷地だ。体育館だけでも学園には3つある。そして風雅が真っ先にやってきたこの第1体育館に芽榴はいない。


「芽榴ちゃん……待ってて」


 体育館は残り2つ。そこにいるかは分からないけれど、だからといって風雅は立ち止まるわけにはいかない。ただその足を止めないことだけが後悔だらけの風雅が芽榴にできる償いだった。




 役員による捜索も空振りが続く中、3学年棟の中庭にトランシーバーを片手に持った翔太郎が現れた。

 そこにある花壇が芽榴の掃除場所であることを翔太郎は知っている。忘れもしない、ここで芽榴が石を投げられた現場に遭遇したのだ。


 翔太郎は花壇を見つめる。

 そこで翔太郎は気づいた。確かに捨てられたゴミの山は花壇が荒らされているように見せているが、よく見てみるとゴミは1ヶ所に集まっていて、もし芽榴へ嫌がらせをするなら花壇全域にゴミを撒き散らすくらいのことはされるはずだった。


「ここに、来たのか?」


 翔太郎は芽榴が掃除場所に来たのだと悟る。ゴミをそこに集めた芽榴が次にとる行動を推測し、翔太郎は焼却炉へと向かった。

 焼却炉に行くと、翔太郎の予想通りロッカーからゴミ袋が不自然に放り出されたままになっていた。


「どこへ行った……」


 翔太郎がゴミ袋を手にし、思案顔になるとトランシーバーから声が聞こえた。3学年棟の空き教室をすべて見て回った有利からの状況報告だ。


『3学年棟も確認してみたんですけど、楠原さんはいません』


 1学年棟は来羅が、2学年棟は颯が、そして3学年棟は有利が確認し終え、その結果分かることは学年棟に芽榴がいないということ。


『少し、いいですか』


 みんなが芽榴の居場所を考えて、役員はそれぞれ不安げに眉を顰めていた。そんな中、有利がトランシーバー越しに自分の意見を話し始める。


『僕が知る限り、楠原さんはたとえどこかに閉じ込められているとしても、どうにかして自ら出て来るはずです』


 有利の知る芽榴は誰よりも強く頭のいい女の子だ。ある程度の場所なら容易に脱走経路を見つけられるはずだった。鍵がかかった場所だとしても、それを壊してでも自分の力で切り抜けてしまうような子、それが芽榴だ。役員もみんなそのことに薄々気づいていた。


『楠原さんが、出てこられない理由があるとして……楠原さんなら声を出したり物音を出したり、何らかの方法で知らせるはずだと思うんです』


 そうしてくれたら、役員も探しやすかった。きっと舞子1人で芽榴を探し出すこともできただろう。他人を頼らないと言えど、さすがの芽榴もそれくらいはするはずだ。それなのに、芽榴はそうしない。それができないのだ。


『楠原さんが何もできない理由を……僕は思い浮かばないんです』


 有利の悔しそうな声が役員全員の耳に届く。

 芽榴が大きな声を出すことも動くこともできなくなる。その理由を分からないのは有利だけじゃない。そんな芽榴の姿は誰も想像できなかった。――たった一人を除いて。




――暗所が苦手なのか?――


――暗所、っていうか……暗所かつ閉所、かな――




「……暗室」


 翔太郎は呟く。

 あの日、停電で暗くなった部屋の中で見た芽榴は声を出すことも動くこともできなかった。もし芽榴が今何もできないでいることに理由があるとすれば、それしかない。


 翔太郎はトランシーバーに向かって叫んだ。


『暗室だ! まだ見てないところで暗室があるところはどこだ!』

『え……翔ちゃん、なんで暗室』

『いいから! どこだ!』

『各棟の地下室……はもう確認したから、あとは体育館の倉庫くらい、か』


 颯の言葉に翔太郎は自分の位置を確認する。

 焼却炉からすぐ近くに、第3体育館があるのだ。


『オレ、第1体育館を確認して……今、第2体育館に来たけど芽榴ちゃんはいない!』


 風雅の言葉が告げる。残る場所はたった一つ、第3体育館だけだ。

 役員は皆、そこへ走り出した。


 翔太郎はいち早く第3体育館へたどり着く。

 第3体育館の倉庫は、来年には取り壊される予定で今は使われていない。誰も近づかないその倉庫は人を閉じ込めるには最適な場所だった。

 芽榴を探している翔太郎はこの場所に芽榴がいることを願うべきなのだろう。けれど今にも崩れてしまいそうなボロボロの倉庫の中に、できればいないでほしいと翔太郎は思った。


 翔太郎は倉庫の扉に手をかける。

 けれど、錆びついた錠前が倉庫の扉を完全に封鎖していた。さらに悪いことに、取り壊しの決まった倉庫の錠前の鍵は処分され、1度閉めたら開けることができない。その錠前が閉まってしまったのだ。


「くそっ」

「葛城くん!」


 困り果てる翔太郎の背後から有利の声がとぶ。3学年棟にいた有利はすぐに第3体育館へと来ることができた。翔太郎の前にある忌々しい錠前を見て、有利の目の色が変わる。


「……どけ、葛城」


 有利は木刀を手にする。有利の行動の意図を理解した翔太郎は扉から離れる。

 扉を前に、有利は深呼吸をし、そして木刀を構えた。


「やぁーーーっ!」


 有利の鋭い突きで錠前は鈍い音を立てて壊れる。

 地面に落ちた錠前には目もくれず、翔太郎は扉を開けた。


「楠原!」


 開け放たれた倉庫の中には、光があふれる。

 そんな倉庫の隅にはちゃんと芽榴がいた。探していた人物の姿を確認し、翔太郎は安心する。


 けれど、すぐにその顔は険しくなった。


「やだ……ごめ、なさ……いやぁ」


 光が差し込んでいるのに、芽榴は顔を押さえたまま苦しそうに言葉を吐きだしていた。


「楠……原、さん」

「楠原! しっかりしろ」


 見たことのない。壊れた芽榴の姿に有利は言葉を失う。翔太郎は倉庫の中に駆け込んで芽榴の肩を掴んだ。


「楠原!」

「や……触らない、で。ゆる……して」


 闇の中にいた時間は芽榴の閉ざした心の鍵さえも壊してしまった。

 

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