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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
生徒会動乱編
155/410

139 忠告と罰

 朝のホームルーム、松田先生の相変わらず面倒そうな声がF組には響いていた。


「今日の午後の授業は全部カットで、修学旅行のオリエンテーションを学年全員でする。それから楠原ー」


 松田先生が芽榴に視線を向ける。どこかウキウキしたような顔の松田先生に、芽榴は困り顔で返事をした。


「何ですかー?」

「昼休み、飯を食べたら生徒指導室に来い! 絶対だぞ!」


 松田先生が楽しげに言うと、F組の生徒はみんな頭にはてなマークをつけた。生徒指導室に呼び出されるのはあまりいいことではない。けれど松田先生は機嫌よく、相手は若干優等生の芽榴だ。


「松田のやつ、何企んでんのよ」


 芽榴への連絡が済むと、松田先生はさっさとホームルームを切り上げる。ここ最近の件で、芽榴のことを心配している舞子は松田先生を呆れるような目で見ていた。


「悪い話ではないと思うけどねー」


 一瞬、嫌がらせがバレたのかもしれないと焦ったが、松田先生のあの様子からしてそれはまずないと芽榴は確信していた。


 そんなことを考えながら、芽榴はA3サイズの裏紙を折って何かを作っている。


「あんた、何作ってんの?」

「学校来たら、引き出しにプレゼントが入っててねー」


 芽榴の折った紙は入れ物のような形になり、芽榴はそれを机に置いて、引き出しの中に手を突っ込んだ。


 掻き出すようにして芽榴が取り出したのは押しピン。


「な……っ」


 芽榴はそれを手に集めて入れ物に直す作業を5回ほど繰り返し、中の押しピンがなくなったことを確認して入れ物ごとクラスの備品箱に寄付した。


「あれだけ押しピンを用意してわざわざ私の机に入れに来た努力に感動するよ」


 どこか開き直った様子の芽榴に、舞子は少し戸惑う。


 昨日で取材班は立ち退き、今日から芽榴は生徒会に戻ることになった。それは役員信者なら知っているであろう情報だが、芽榴への嫌がらせは終わっていなかった。


「舞子ちゃん、1限目は移動教室だよ。行こー」


 芽榴は前のようなのんびりした空気を漂わせる。生徒会に戻れることが芽榴に自ずとそうさせているのかもしれない。


「……うん」


 けれど、役員との繋がりが戻る芽榴へ変わらず嫌がらせを続けている役員信者に、舞子は妙な胸騒ぎを感じた。









 昼休みになり、芽榴は昼食をとってから今朝松田先生に言われた通りに生徒指導室へとやってきた。


「楠原です」


 部屋の前で扉をノックする。中から松田先生の「入れ」という声がして、芽榴は扉を開けた。


「失礼しまーす」


 部屋の中はあまり広くはない。壁際には大学の赤本が並ぶ棚がたくさんあり、部屋の中央には長机とそれを挟んで向かい合うようにパイプ椅子が置かれていた。

 松田先生はすでにパイプ椅子に座っているため、芽榴はもう片方のパイプ椅子に座った。


「呼び出してすまんなー、楠原」


 松田先生が最もらしい様子で謝ると、なぜか「胡散臭いな」という感情が芽榴の中にこみ上げる。しかし、今にも吹き出してしまいそうな笑いを堪えて、芽榴は「いえ、大丈夫です」と返事をした。


「じゃあ、本題に入るぞ」


 松田先生はパイプ椅子をミシミシと鳴らし、すごくソワソワした様子で話し始める。


「楠原。一生の頼みだ」

「へ?」

「キングの特権を『松田先生が来年学年主任になること』に使ってくれないか!」


 松田先生は興奮気味にそう言って、芽榴の肩を揺らし始めた。キングの特権の存在をすっかり忘れていた芽榴は半目で笑う。そういえば松田先生はそれが狙いでF組からキングを出そうとしていたのだ。


「松田先生……あの、揺らす、のやめ……うっ」


 グォン、グォンと音が鳴りそうなくらいに肩を揺らされ、芽榴は吐きそうになる。芽榴が揺らすのをやめるよう懇願すると、松田先生は「おお、すまん!」と言って芽榴から手を離した。


「で、考えてくれるか!?」

「そんなことに使う生徒がいると思いますかー?」

「そんなことー!?」


 松田先生はそう言って、また芽榴の肩を揺らそうとするため、芽榴は謝って松田先生を宥めた。


「先生」

「なんだ!」

「キングの特権なんか使わなくても、松田先生は学年主任になれると思いますよ」

「何を根拠に!」


 松田先生は鼻息荒く、芽榴の話に耳を傾ける。そんな松田先生の必死な様子が面白くて芽榴はカラカラと笑った。


「だって先生は、トランプ大会で優勝して生徒会役員になった今年のキングの担任教師なんですよ?」


 芽榴は松田先生に微笑んだ。


「そんな優秀な生徒の担任が学年主任にふさわしくないって誰も思いませんよ。だからキングの特権なんか使わなくても……後は松田先生の力量次第です」

「楠原……っ」


 芽榴の感動的な台詞に松田先生は目を潤ませる。話はこれで終わり。芽榴は立ち上がり、そして思いついたように松田先生の方を振り返った。


「キングの特権、すっかり忘れてたんですけど……何に使うか、今決めました」


 芽榴はペロッと舌を出して戯けたように「思い出させてくれてありがとうございます」と言い、生徒指導室を出て行った。

 もちろんそのあとで、松田先生が「ぬぉぉおおおおお!」と悔しそうに叫んでいたことを芽榴は知らない。











 生徒指導室から教室に戻ろうと思った芽榴は立ち止まる。教室に戻った頃にはもう掃除時間になるだろう。ならば、このまま掃除場所に向かうのがちょうどいい。


 芽榴は教室に向けていた足を掃除場所へと向け直す。


 中庭に来てみると、そこには同学年と思しき女生徒たちがいて芽榴の掃除区域にクラスのゴミ箱をひっくり返していた。


「うわぁ……」


 あからさまな嫌がらせではあるが、芽榴に危害を加えるような行為ではないため、今朝の押しピンより悪質ではない。


「きゃははは!」


 何がそこまで楽しいのか分からないけれど、女生徒たちは爆笑しながらその場を去る。


「もっと別の場所に捨ててくれればいいのに」


 芽榴は花壇に撒かれたゴミを拾い集める。芽榴へのあてつけにしても、ゴミを撒くなら別の場所にしてほしかった。綺麗な花に汚いものをぶち撒けられると、地味に心が痛む。


「よし……っと」


 とりあえず芽榴は花壇からゴミを取り除いた。けれど、花に水をあげる前に拾い集めたゴミを片付けなければならない。芽榴はゴミ袋と箒を取りに、焼却炉のほうへ向かった。


「ゴミ袋、ゴミ袋ー……っと」


 第3体育館の近くに焼却炉がある。焼却炉の隣のロッカーからゴミ袋を取り出していた芽榴は背後に人の気配を感じ、慌てて振り返った。


「……っ」

「計画通りに動いてくれてありがとう」


 芽榴の後ろにいたのは、さっきゴミを撒き散らした女生徒たち。初めから芽榴がここに来るよう仕向けるために彼女たちはあんな行動をしたのだ。


 ニコニコ笑った女生徒たちを前にしても、芽榴は冷静に逃げ道を探す。5人なら抜けられないことはない。けれど、そんな芽榴の考えを知ってか知らずか女生徒たちは笑った。


「ねぇ、逃げようとか思わないでよ?」

「うちらは楠原さんとちょぉっとお話ししたいだけだから」


 そう言って女生徒たちは芽榴を囲む。


「……何」

「最後の忠告。生徒会、やめてよ」


 一人が静かに告げる。予想していた言葉に芽榴は驚かない。


「うちらも、あんまり楠原さんを責めたくないんだよねぇ。だって同学年だし、役員に媚び売りたい気持ちも分からなくはないから」


 綺麗に巻いた髪をクルクルと指で回しながら、女生徒は芽榴に同情するような視線を向ける。


「でも誰も役員の『特別』になっちゃいけないんだよ。楠原さん、高等部入学だから知らないだろうけど、ずっと前からそれが約束事なの」

「だから、まあ……不可能・・・だろうけど役員の特別になろうとしている楠原さんに、忠告してるんだよ?」


 優しいでしょ、とでも言わんばかりに猫撫で声で女生徒たちが芽榴に告げた。その姿が寒々しくて芽榴は身震いする。


「もし楠原さんが生徒会やめてくれるんだったら、ファンクラブに歓迎してあげるよ。来年はうちらの誰かがファンクラブ長になるし、楠原さんへの待遇もよくしてあげる」

「だから――生徒会やめて」


 お願いではなく、それは命令のような強い気持ちを含んでいた。


 けれど、芽榴の心はとても落ち着いていた。


「その答えを出す前に、言わせて」


 生徒会をやめると言えば、これで嫌がらせは終わるのかもしれない。そして代わりに偽りの仲良しごっこが始まるのだろう。


 それを芽榴は望まない。


「私は役員にとって特別なんかじゃない」


 風雅はいつも言っていた。「芽榴ちゃんだけはオレを見てくれる」と嬉しそうに何度も芽榴にそう話していた。

 まるで芽榴の役員への視線を特別なことのように彼らは言っていたけれど、本当は違う。芽榴は当たり前に彼らの本当の姿を見てきただけだ。


「でも、同じくらいあなたたちも彼らの特別じゃない」

「な……っ」


 彼らのファンはまるで役員を神様のように崇めている。それは確かに想いの強さの結果なのかもしれない。でもその一方で役員が自分の理想であるように縛りつけていることも事実だった。


「うちらは、あんたなんかよりずっと役員のこと想って、理解してるんだから……っ!」

「じゃあ教えてよ」


 芽榴は女生徒たちを睨み返す。ここで逃げたら芽榴はもうみんなに顔向けできない。


「みんなのこと、私より知ってるなら教えてよ」


 芽榴が強い声でそう言うと、女生徒たちは黙った。芽榴より役員のことを知っている。でもそれは全部上辺のことにすぎない。経歴とか容姿とか誰もが簡単に知ることのできる情報をかき集めただけの知識でしか、役員信者が彼らを語ることなどできなかった。


「私だって、まだまだ全然みんなのこと知らないんだよ」


 颯が負けず嫌いだったり、翔太郎が本当は優しい人だったり、有利が実はちょっとお茶目な人で、来羅が男らしい一面を持っていることも、風雅がどれだけ真っ直ぐな人かも、彼らのいろんな一面を芽榴は知っている。彼らが抱える思いも悩みも知って、それでもまだ彼らのことを理解しているなんて芽榴には言えなかった。


「それなのに、みんなのことを本気で理解しようとしている人を片っ端から消していったら、誰も役員のこと理解しようとしなくて……本当に役員のことを想ってるなら、そんなの辛いだけだよ」


 芽榴の言葉に間違いはない。


 このままずっと役員はみんなのアイドルと言い続けて、幸せなのは彼らのファンだけ。彼らはこれっぽっちも幸せになれない。


「私はみんなのことを理解したい。同じだけ、私のことも理解してほしいから」


 それは芽榴が決めたこと。

 信じてほしいから、自分がみんなを信じる。理解してほしいから、自分が誰よりみんなを理解する。


「もし生徒会をやめたとしても、私は何度だってまた戻ってくるよ」


 その言葉に二言はない。

 芽榴は絶対にその言葉を撤回する気はなかった。


 芽榴の言っていることが正しいと分かれば分かるほど、苦しくなるのは役員信者のほうだった。耐えられない羞恥は怒りに代わって芽榴の頬に落ちる。


 パシンッ


 もう、叩かれるのには慣れていた。

 ジンジンと頬は痛むけれど、その痛みから芽榴は逃げない。


「何よ……その目」


 女生徒の顔が醜く歪む。

 芽榴の綺麗な瞳に映る自分の顔が汚れて見え、女生徒の頭は一気に熱くなった。


「来なさいよ……」


 一人の女生徒が芽榴の腕を掴み、引っ張る。芽榴は抵抗するけれど、後ろから腰元を蹴られて膝がカクンと力を失う。


「うそ、ちょっと、やだ!」


 しかし、連れてこられた場所に嫌な予感がして芽榴はそう叫んだ。


 そこは第3体育館のそば、今は使われていない廃屋と化した体育館倉庫。


 芽榴は腕を思いっきり引かれてその中に投げ捨てられる。急いで立ち上がり、倉庫から出て行こうとするも出口は女生徒たちに塞がれた。


「忠告してるうちに言うこと聞けばいいのに」

「本当に、やめて」


 芽榴は女生徒を押しのけようと手に力をこめるが、恐怖のあまり震えてうまく力が入らない。


「楠原さんが悪いんだから」


 弾き飛ばされた芽榴は倉庫の冷たいコンクリートの床に叩きつけられた。そして――。


 バンッ……ガチャリ


 重たい扉が閉じて錆びた鍵が鈍い音を立ててかかる。


「反省するまで、そこにいなよ」


 光の閉ざされた暗い部屋。


「い、や……」


 芽榴の瞳から光が消える。

 真っ暗な世界で芽榴に見えるものは、何もなかった。


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