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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
生徒会動乱編
154/410

138 当たり前と大切なモノ

 芽榴はその日の夜、眠れずにいた。


 家族みんなが、どこか思い詰めた顔をしている芽榴のことを気にしつつも、ある程度の時間になれば自室に戻っていく。そんな中で芽榴は一人居間に残った。


 深夜0時を過ぎるまで芽榴は縁側に座り、部屋の中の時計と睨めっこしていた。


 そして時計の針が12を指して長針と短針が重なる。


 忘れもしない、10年前の今日、芽榴の人生のすべてが変わってしまった。


「偶然、かな」


 芽榴はそう言って、なんとも言えない顔で笑った。


 良くも悪くも、それが芽榴に訪れた1番最初の分岐点。

 そしてそんな日に、芽榴はその少女の話を自分の大切な人たちに明かそうとしていた。


「芽榴」


 芽榴は振り向かない。

 その声が誰のものかは分かっている。寝室に行ったはずの重治が居間に戻ってきたのだ。


「大丈夫か?」


 重治が何に対してそう尋ねているのか芽榴には分からなかった。それくらい、芽榴の中で不安なことが多いということ。


「本当のことを言うとね、たぶん全然大丈夫じゃないんだと思う」


 芽榴は自分の気持ちがよく分からなかった。この気持ちを不安と呼んで、この状態を大丈夫ではないと言うのなら、芽榴は10年間ずっと大丈夫だったことなんてないのだ。


「お父さん」

「何だ?」

「大切な人に隠し事をするのって、すごく辛いんだね」


 芽榴は空を見上げた。

 雲はないのに星は見えない。前に有利が言っていたように、見えないだけでその向こうには無数の星が輝いているのかもしれない。


 けれど、芽榴はこの目で星が見たかった。その願いを神様は叶えてくれない。


「神様はきっと、私のこと嫌いなんだ」


 芽榴はクスリと笑う。


 幸せだと思ったら、次の瞬間には残酷な現実が押し寄せる。芽榴の人生は常にその繰り返しで、一瞬の幸せの後には限りない悲しみだけがあった。


「でもね、それでよかったって今は思ってる」

「……?」

「神様が私を助けてくれない分、私はお父さんに……ううん、お父さんだけじゃなくてお母さんと圭、神代くんに蓮月くん、葛城くんや藍堂くん、来羅ちゃんと……舞子ちゃんや滝本くんに……それから琴蔵さん、ついでに簑原さんもかな。こんなにもたくさんの人に助けてもらえるから」


 芽榴はキュッと拳を握りしめる。


「本当は誰よりも、幸せにならなきゃいけないんだよ」


 それなのに、不幸ばかりが目に付く自分が情けない。そんな思いを抱えた芽榴は重治の顔を見ることなんてできなかった。


「だから……ごめんなさい」


 俯いた芽榴は一つの決意を胸に抱く。けれど、大切な人たちへの罪悪感を消すための決意はすぐに大切な家族への罪悪感に変わる。芽榴の心に宿る罪の意識に際限はなかった。


「芽榴がしようとしていることを、父さんは本来止めなきゃいけないんだろうな」


 重治は芽榴がすべてを打ち明けようとしていることに気づいた。でも正確にはそうじゃない。芽榴が生徒会に入った時からずっといつかこんな日が来ると予想していたのだ。


 芽榴のしたいようにすればいい。ばれた時はばれた時に考えればいい。いつもそう言ってきた重治は今になってその言葉がどれだけ軽々しいものだったかを知る。


 芽榴が抱えている問題は簡単なものではない。芽榴のほうがよっぽどそのことを理解して覚悟していた。


「俺は父親失格だな……」


 重治は頭を掻いた。

 けれど、失格だろうとなんだろうと重治の思いは変わらない。血が繋がらなくても芽榴が重治の大切な娘であることに変わりはなかった。


「芽榴のしたいことをすればいい」


 もう何度も言ってきた台詞を、重治は芽榴に再び繰り返す。これから先も何度でも重治は芽榴にこう言うだろう。


 聞きたかった言葉が届いて、芽榴は大きく息を吐く。


「本当、お父さん失格だー」


 グスンと鼻を鳴らし、芽榴はやっと重治のほうを振り返る。


「娘を泣かせるなんて、酷いよ」


 流れ落ちないように、必死に堪えた涙は夜闇に差す明かりで美しく輝いた。


 もう一度大きく息を吐いた芽榴は両目に手を当て、涙を拭い去るように目を擦った。そして芽榴は再び目を開け、微笑んだ。


「……お母さんと圭も、そろそろ入っていーよ」

「え?」


 芽榴は重治の肩越しに居間の戸を見つめながら、大きめな声で言う。すると、戸から真理子と圭が現れ、重治は驚きつつも感心した。


「バレてたのかよ」

「さっすが芽榴ちゃん」


 困り顔の圭と楽しげな真理子が芽榴の前に現れる。みんな、寝る前の思い詰めたような芽榴の姿が気になって結局眠れずにいたのだ。


「もう寝るぞ! 明日起きれん!」

「そうね。もうぐっすり眠れるだろうし」

「芽榴姉、上にあがろう」


 家族にとってこれは当たり前のことなのかもしれない。もし芽榴が「ありがとう」と言えば、きっと重治たちは「何言ってるんだ」と困った顔をするのだろう。


 でも芽榴にとって、この暖かさは普通じゃない。絶対に得られないものだと思っていた温もりを彼らは何の惜しげもなく芽榴に与えてくれる。


「やっぱり……この家を選んでよかった」


 芽榴が小さな声で呟いた言葉は3人の耳に微かに届く。


 けれどそれに気づかないフリをした3人の顔には、嬉しそうな笑顔が浮かんでいた。

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