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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
生徒会動乱編
145/410

129 発芽と宣告

 昼休み、いつものように芽榴と舞子はともに昼食をとる。


「芽榴……お弁当それだけ?」


 芽榴のお弁当の中身を見て、舞子はそんなふうに尋ねた。


 相変わらず美味しそうなお弁当だが、以前と比べて量が少ない気がした。

 常ならおかず5品とご飯。けれど今日はおかず2品と小さなおにぎりが1つだけ。

 いきなり減ったわけではない。徐々に少なくなっていて、なんとなくそれを感じていた舞子だが、さすがに今日は思わず口にしてしまうくらい少なかった。


「あはは、ダイエットしてみよーかなって」

「ちょうどいいでしょ。それ以上痩せてどうすんの」

「いやいや、見えないところがすごいんだよー」


 芽榴はそんなふうに言って、自分のお腹をポンポンッと叩いた。それを見ても、芽榴にダイエットの必要性があると舞子には思えなかった。


「やめろよな、俺の昼飯が減るだろ」


 そんな芽榴の背後から現れた滝本が困ったようにつぶやく。いつも芽榴の弁当から1品くらいつまみ食いする滝本だが、さすがに今日の芽榴の弁当から何かを盗もうとは思えなかったらしい。


「ごめんごめん。じゃあ、つまみ食い用に作っておかなきゃねー」


 少ないお弁当をゆっくり食べる。舞子がご飯を食べ終わるころを見計らって、芽榴も最後の一口を食べ終えた。


「ごちそうさまでしたー」

「ごちそうさま……って、芽榴。どこ行くの?」


 弁当を直した芽榴は徐に席を立ちあがった。首を傾げる舞子に芽榴はいつもと変わらない笑顔を向ける。


松田先生・・・・に呼ばれてるの」









 芽榴のいない生徒会はどこか物足りなさがあった。

 半年前は芽榴がいない生徒会が当たり前で、不自由なんてなかったのに、今はたった数日芽榴が顔を出さないだけで生徒会から大事なものが欠けたような気分だった。


「神代」


 現在、颯と翔太郎は生徒会室にて、2人で仕事をこなしている。昼休みは特に生徒会に来る義務はない。さすが会長と副会長なだけあって2人は昼休みにもわざわざ仕事をしに来ているのだ。

 取材が終わらないため、生徒会の仕事も捗らない。芽榴も帰って来ない。生徒会にとっては迷惑なこと尽くしなわけで、役員の誰もがこの取材を早く終わらせたいと思っている。けれど、うまくはいかなくて、まるで芽榴を遠ざけるかのように長引くばかりだ。


「何だい?」


 手元の資料にペンを走らせながら、颯は翔太郎の言葉に反応する。


「楠原のことなんだが」

「……ああ」

「昨日、顔面めがけて石を投げつけられていた」


 その言葉に颯のペンがピタリと止まる。


「……当たりはしなかったが」


 肝心なところを後回しにして言うところが翔太郎らしい。けれど、おかげで颯はドッと疲れが押し寄せてくる気分になった。

 石を投げられること自体問題だが、当たる当たらないは大きな違いだ。


「……もちろん、投げた生徒は見つけたんだろう?」

「顔が見えなかったから、見つけようがない。女生徒ということだけは確かだがな」

「じゃあ……」

「聞いて回ったところで、今は学園の女生徒のほとんどが容疑者だろう」


 翔太郎の言葉に颯は黙った。

 風雅の様子を見て、颯と翔太郎は学園の様子がおかしいことに気が付いた。役員信者の女生徒――特に風雅ファンは纏う空気が異様だ。


「昨日そばを通りかかって、偶然あんなことが起こるとは思えない。おそらく、初めてじゃないだろう」


 初めてのことがそんな都合よく起こるはずがない。何度もあったことが、たまたま昨日翔太郎が通りかかったときに起きたというのが妥当だ。



 颯が文化祭のあの事件で危惧した通り、学園中に蒔かれた種は一斉に芽を出し始めていた。



「……介入するのは簡単。でも原因である僕たちが動けば……刺激して逆効果」


 颯はそう言ってペンを机の上で転がし、疲れた目を押さえるようにして椅子の背にドサッともたれた。


「はぁ……どうしてこうも腹立たしいんだろうね」

「蓮月はいいのか、あれで」


 翔太郎は尋ねる。いくら文句を言っていても、風雅のことを心配しているのは翔太郎も同じだ。


「いいも何もないよ。……何も気づかずに、芽榴に会いに行くような馬鹿だったら扱いやすかったかもしれないけれど」


 周囲の異変に誰より早く気付いたのは風雅だ。

 そして彼は彼なりに最善を選んで、芽榴のそばから離れた。それは颯が口出したところで変わるような意志ではない。


「ただ、黙って見ておくつもりか?」

「冗談じゃないね、そんなの」


 そう告げる颯の顔から彼の考えを読むことは難しい。芽榴が傷つくのをただ見ているだけなんて颯にできるはずがない。もちろん翔太郎にも無理だ。けれど、今しがた颯が自ら口にした通り、芽榴を庇うことは彼女を傷つけることしかできない。


 それでも――。


「芽榴が望むなら、僕はなんだってするよ」


 颯の声は静かに部屋に響く。









「ここ、だよね」


 第3体育館の裏へと来て、芽榴は辺りを見渡す。用途の少ない第3体育館、加えてその裏となればあまり人は来ない。


 舞子には松田先生に呼ばれたと言ったが、本当はそうではない。芽榴は今朝机の中に入っていた紙をブレザーのポケットから取り出した。


『13時に第3体育館裏に来い』


 紙には赤い文字でそう書かれていた。よい話でないことは明白だ。けれど、こういうものを無視したら余計に面倒になることを芽榴は人生経験でよく理解しているため、その手紙の言うとおり13時に指示された場所へとやってきた。


「あ、いたいたぁ」


 芽榴が紙をポケットに直すと、前からそんな声が聞こえ、芽榴の前に5人の女生徒が姿を見せる。同じ学年棟でよく見る顔が2人と残り3人はあまり見ない顔。どちらにしても、風雅の周りによくいる女子だ。


「こんにちは……」


 何と言えばいいか分からず、芽榴は場に似合わないそんな挨拶をした。もちろん、挨拶が返ってくるわけがない。


「本当に来たんだ? バッカだねぇ」


 集団の一人が言うが、来なかったら来なかったで文句を言うのは目に見えている。芽榴はその言葉をサラリと受け流した。


「あの、ご用はなんでしょう……?」


 芽榴は聞くべきか迷った末、そう尋ねた。たぶんわざわざ聞かなくとも向こうから話を始めるだろうが、できるだけ早く話を済ませたかったのだ。


 すると、女生徒たちはニヤリと笑ってそのうち同学年の2人がここから逃げられないように芽榴の腕を掴んだ。突然の行動に芽榴は目を丸くする。


「ねぇ……あんたさぁ、生徒会行ってないんでしょ?」

「えっと、まぁ……そう、ですね」


 芽榴はぎこちなく返事をする。すると、上級生なのであろう3人のうちの1人が芽榴の前髪を掴んだ。


「い……っ」

「じゃあ、そのまま生徒会やめてくれない?」


 その言葉に芽榴は目を細める。前髪が引っ張られて生え際が地味な痛みをもたらす。


「嫌で……うあっ!」


 芽榴の返事を聞くと、今度は別の上級生が芽榴の足を踏んだ。しかも上履きの芽榴に対し、向こうはローファー。それでものすごい勢いのまま踏まれたため、芽榴の顔が歪む。


「ごめんねぇ、聞こえなかったぁ」


 わざとらしい笑みを浮かべて女生徒は言う。答えるチャンスをもう一度くれたようだが、芽榴だってこればかりは引くわけにはいかない。


「嫌です。生徒会はやめません」


 芽榴は怖気づくことなく、相手の目を見てしっかり言う。でも、そんな芽榴の言動は相手の心を逆撫でするだけ。芽榴の返事を聞いて、目の前の上級生の顔が不愉快そうに崩れていく。風雅や役員には絶対に見せないであろう、その顔こそが彼女たちの素顔だ。


「生意気なんだよ、ブス」

「――っ!」


 芽榴の前髪を引っ張る女生徒はそう言って、今度は芽榴のスネを思いきり蹴った。声にならない悲痛の叫びが芽榴からこぼれる。今すぐにでもスネを抱えて痛みを押さえたいのに、芽榴の腕は拘束されていてそれすら叶わない。


「風雅くんだけじゃない、役員たちみんな本当は迷惑してんだよ! あんたがそばにいることに!」

「あんたが足引っ張らなければ、今年のキングは神代くんだったんだよ! 役員の優しさにつけこんで、何がキングよ!」

「あんたは役員と釣り合ってない! それが分かんないのかよ!?」


 役員と釣り合わない――。

 その言葉をもう何度芽榴は聞いてきただろう。


「分かってます。半年前までの楠原芽榴は……絶対に釣り合いませんでした」


 平均平凡、芽榴は不自然なくらいに普通の成績を保ち続けた。でもそれはあくまで過去の姿。


「今の私は……私なりに、みんなに負けないくらい頑張ってるつもりです」 


 半端な気持ちで決めたことは一つもない。本気を出すのも、手を抜くのをやめることも、全部芽榴の中で大きな覚悟が必要だった。それでもそうしたのは、見つけた大切な居場所を守るため。


「だから……私は生徒会をやめません」


 芽榴の言葉は正しくて、穢れがない。

 だからこそ汚れきった心の前では大きな棘をもって相手を傷づけることしかできない。


「偉そうに……っ!」 


 上級生が振り上げた手が芽榴の頬にあたる。

 体育館の建物に跳ね返って、その音はやけに大きく響いた。


 ガリッ


 下手に抵抗したため、その女生徒の長い爪が芽榴の頬に深く食い込み、白い頬を引き裂くようにして傷を残す。


「……っ」


 芽榴の頬から予想以上に血が流れ、さすがにヤバイと思ったのか同学年の2人は芽榴の腕を放した。


「うわ、爪に血がついた……気持ち悪っ」


 芽榴の頬を引っ掻いた女生徒はそんなふうに自分の心配をし、周囲もその女生徒の心配をする。早く手を洗ったほうがいいと促し、おかげでこの場は去ってくれるようだった。


「でも……楠原芽榴」


 けれど、これで終わりではない。


「風雅くんはもちろん……役員から離れないつもりなら、こんなんじゃすまないから」


 そう言い残して女生徒たちは校舎に戻った。



 芽榴は頬から流れる血を抑えるため、スカートのポケットからハンカチを取り出す。


 そのポケットからはハンカチを取り出したはずみで一枚の写真がハラリと舞い落ちた。それは来羅からもらった大切なもの。


 ――後夜祭、役員全員と撮った写真。


 芽榴はその写真を拾い、眺めた。


 いつものように凛とした姿の颯。

 ぶっきらぼうに他所を向く翔太郎。

 相変わらず表情の薄い有利。

 可愛らしい笑顔を浮かべる来羅。

 そして――芽榴に抱きつく風雅。


 写真の中、楽しげに笑う芽榴の顔に、頬から流れた血が滴る。


 それがまるで何かの暗示のように感じられて、芽榴は急いでその血を拭き取り、写真をポケットに仕舞い込んだ。

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