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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
生徒会動乱編
143/410

127 取材と拒絶

「いやぁ、今日は気分がいいなー! 実に気分がいいぞー!」


 さっきの風雅の行動が気になりつつも、芽榴はご機嫌な松田先生のホームルームに耳を傾けていた。


「気分がよすぎて困るくらいだぞぉ?」


 これで約8回目となる「気分がいい」発言に、F組の生徒はいい加減松田先生の考えていることを理解する。が、面倒なので誰も突っ込みたくはない。そこはやはり責任ある委員長のお仕事だ。


「何かいいことがあったんですか? 先生」


 委員長が珍しくもウンザリと顔に出しながら尋ねる。すると、松田先生は委員長の態度には目も向けず、待ってましたと言わんばかりに笑い出した。


「はっはっは! 俺はキングの担任だからなぁ! 職員会議でも褒められて鼻が高かった!」


 そんなことだろうとみんな予想済みだ。けれど、松田先生は余程嬉しかったらしく、延々とその話を語り始めた。


「つか、それ褒められてんの、まっちゃんじゃなくて楠原だろ」

「滝本、黙っとけって。話長引くぞ」


 滝本の意見はもっともだが、滝本と松田先生の口論が始まると確実にホームルームが終わらなくなる。ただでさえ、松田先生のこの自慢話に終わりが見えないのに、さらに話題を増やされては困る。


「芽榴、どうすんの? あれ」

「えー……私にもどうしようもないよー」


 舞子が椅子に横向きに座って、芽榴に告げる。確かに原因は芽榴にあるが、芽榴にどうにかできる問題でもない。


「A組の中井先生なんて、神代がキングと思っていたからなぁ! 心底ガッカリしてたぞ!」


 もはや独り言のレベルな話を始める松田先生。一限目の授業までの休み時間がどんどん潰れていく。こんなとき、声を掛けられるのはやはり滝本しかいない。


「まっちゃん! 俺らの休み時間なくなっちまう!」

「え? そんなことは……おぉ! 俺としたことが! まだ半分も話が終わっていないのに!」


 そんなふうに嘆く松田先生に、誰もが「あとさらに半分も話が残っているのか」と目を細めたことは言うまでもない。


「じゃあ、今日の連絡事項を言うぞー」

「それが先だろ!」


 滝本のツッコミにみんな頷く。しかし、そんなことを気にする松田先生ではない。


「みんなも知っての通り、学園に取材が来ている。学年棟には来ないが、本棟には記者の方も入ってくるから、お前ら本棟に行く時は行動に気をつけろー」


 松田先生の連絡に、みんなが少し騒ぎ出す。門の前にいたマスコミのことを話し始めた。本棟に入るということは、おそらく狙いは――生徒会。


「……うそ」

「芽榴?」


 思わず声をもらした芽榴に、舞子が反応する。

 舞子にも分かるくらい、芽榴は動揺していた。


「楠原ー、お前は役員だから、特に気をつけろよ」

「まっちゃん、バッカだなぁ。楠原なら心配ねーよ」

「そうそう! 今年のキング様だよ?」


 クラスのみんなは楽しげに言うが、行動に気をつける気をつけないの問題ではない。これ以上目立ってはいけないのだ。


「緊張しすぎよ、芽榴」


 芽榴の動揺を緊張と見た舞子は芽榴の背中をポンと叩く。


「あはは……うん」


 乾いた笑いが芽榴の口からこぼれた。











 昼休みになると、芽榴は生徒会室に急いだ。放送で『役員は生徒会室に集合』と颯から連絡があったからだ。


「失礼します」


 扉の前でそう言って、中へと入る。もうすでに生徒会室には全員そろっていた。


「芽榴、遅かったね」


 会長席に座る颯が言い、芽榴は素直に謝る。実際のところ、授業が大幅に遅れたのが原因だが、わざわざ説明する必要もないと思い、芽榴は何も言わなかった。


「隣、いい?」

「え、うん……もちろん」


 芽榴はいつものように風雅の隣に座る。

 そうすると、常日頃の風雅なら芽榴に抱きついてきたり笑顔で話しかけたりするのだが、今日はただ芽榴にあの笑顔を見せるだけだった。


「……」


 今朝のことと重ねて気まずい。芽榴の目の前にいる有利も同じように思っているのか表情が固かった。


 他の3人もそれに気づかないほど馬鹿ではない。

 しかし、今はそれを詳しく言及するときでもなかった。


「で、神代。用件はなんだ」


 翔太郎が眼鏡のブリッジに触れ、本題に入るよう促す。すると、颯は手元の紙に目をやった。


「理事長からの御達しでね……。まぁ、なんとなく分かってると思うけど、役員一人一人取材を受けろとのことだ」


 颯はそう言って、少しだけ面倒そうにため息を吐く。それもそのはず。昨日今日のマスコミ騒ぎで学園の仕事は倍に膨れ上がり、それを処理するのは他でもない生徒会だ。取材を受ける暇があるなら仕事をしたいくらいなのだ。


「取材ねぇ。特に話すことなんてないのに」


 来羅も肩を竦めながら言う。来羅の場合、女装姿のまま取材を受けていいのかも考えものだ。


 そんなふうにそれぞれが取材について思うところがある中、芽榴はスッと手を挙げた。


「神代くん」

「ん、何だい? 芽榴」


 颯は芽榴に視線を向けた。何か質問かと問う颯に芽榴は首を振り、躊躇いながらも言葉を告げた。


「私……取材は無理」

「え?」

「苦手とかそーいうんじゃなくて……本当に駄目」


 役員全員が芽榴のことを見ていた。


 芽榴はよく冗談っぽく「いやー」とか「むりー」と言って面倒ごとを拒否しようとしていた。実際そう言っていても本気で拒否したことはない。


 そんな芽榴が、今口にしたのは完全な拒絶。断固として首を縦に振らない決意がそこには見て取れた。


「理由は?」


 颯が問いかけると、芽榴はすごく悲しそうな顔をした。


「……ごめん。理由は、言えない」


 芽榴の心に広がるのは罪悪感。

 みんなのことを信頼しているといいながら、芽榴はみんなに大事なことをすべて隠して明かしていない。みんなが芽榴を信じて自分の弱さや過去を教えてくれても、逆はなかった。


 芽榴が何かを隠していることは、その返事だけで分かる。それを知って辛いのは役員のほうだけれど、誰より芽榴が辛そうな顔をしていた。だから、誰もそれを追求したり責めたりはできない。


「――分かったよ」


 みんなの総意を颯が口にする。


「しばらくは生徒会に取材班が来るから……芽榴には仕事を渡しに行くよ」


 芽榴は生徒会室に入れない。けれど役員として仕事だけはしてもらう。それは今の芽榴にとってありがたい処置だった。


「じゃあ、るーちゃん。私が雑誌に載ったらちゃんと買ってね?」


 来羅がそんなふうに言って芽榴にウインクをする。


「楠原、暇になったら俺の仕事も分けてやる」

「いや……それはいらない」


 翔太郎もそんな冗談を口にして、芽榴を和ませようとしていた。


「取材班が来ないときは生徒会室に来てくださいね」


 有利が微笑んで告げた言葉は芽榴の心を暖かくする。


 3人が暗くなる芽榴の心に灯りをともしてくれた。


「……ありがとう」


 ここ2日で芽榴はやっと心から笑えた気がした。



 それでもただ、いつもなら真っ先に芽榴を励ましてくれるはずの男の子が何も言わずにいることだけが芽榴の心に引っかかった。

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