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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
生徒会動乱編
142/410

126 変わる日常と曇り空

 幸せは音も立てず、こぼれ落ちていく――。



 あっという間に芽榴の休日は過ぎ去った。昨日の早朝流れたニュースが気になって、芽榴は何も手につかなかった。


「……はよ、芽榴姉」


 次の日、まだ重治も起きてこない時間に下へと降りてきた圭に、芽榴は苦笑した。


 このままでは楠原家のみんなに心配をかけてしまう。だから芽榴は昔のように自分の感情を心の底に閉じ込めた。


「おはよー、圭。今日は起きるの早いね」


 そうすると幾分かマシになってうまく笑うことができた。そんな芽榴の笑顔を見て、圭は悲しそうな顔をする。芽榴が上手に心を隠してしまうことを長年ともに過ごしてきた圭は誰より知っているのだ。


「……芽榴姉」

「んー?」


 芽榴はそれに気づいていても、気づかないふりをした。

 自分の笑顔がもっとみんなを心配させることになっているとしても、芽榴にはそれ以上どうすることもできない。


「ごめん……お腹すいた」

「うん、もうすぐできるから待っててー」


 どんなに願っても流れたニュースを消し去ることはできないのだ。








 もうすぐ11月。季節は秋から冬へと移ろい始め、だいぶ肌寒くなっていた。


 芽榴は麗龍の白いブレザーを羽織り、圭と一緒にいつも通りの時間に家を出る。心配そうな顔の真理子に見送られ、思いつめたような顔をする圭とも途中で別れる。


 そして芽榴は一人学園までの道のりを歩いた。


 しばらく歩くと学園が遠くに見えてくる。しかし、学校の門の近くになって、芽榴は足を止めた。


「何これ……」


 芽榴は目を見開いて絶句する。

 門の前にはカメラやビデオをとっている人、アナウンサーもたくさんいる。文化祭の件でマスコミが麗龍学園を取材しようと張り込んでいるのだ。


 様子をうかがうと、学園に入る生徒に声をかけて話を聞いているようだった。話しかけられた生徒はテレビに映るチャンスに、喜んでペラペラと学園について話をしている。


「塀を乗り越えるか……」

「楠原さん」

「うぎゃ!」


 芽榴が考えていると、有利が芽榴の肩に手を置いた。それに驚いて芽榴はとてつもなく変な声を出してしまう。


「あ、い堂くん。お、おはよー」

「おはようございます。すみません、驚かせてしまって」

「いやいや、こっちこそごめんね。変な声出しちゃってー」


 芽榴は頭をかきながら苦笑する。そんな芽榴の隣で、有利は門の前を見てため息を吐いた。


「真正面から入ると、面倒そうですね」

「うん。だからどーしようかなって」


 芽榴と同じことを考えた有利は他に入り口を考える。芽榴は塀を乗り越えることを提案してみるのだが、さすがに制服でスカートを履いている芽榴に塀を飛び越えさせたくはないらしい。


「中等部の敷地から入りましょう」


 そう言って有利が芽榴の手を引く。少し遠回りになるが、芽榴と有利は高等部の敷地を逆戻りし、中等部のほうまで歩いた。


「文化祭、大きくニュースで取り上げられていましたね」

「そーだね」


 門の前で構えていたマスコミのことを思い出し、有利がつぶやく。芽榴はいつものようにのんきな声で言葉を返した。


「後継候補なんて、大袈裟な気もしますけど……」

「ねー。まぁ、だとしても神代くんあたりじゃない?」

「楠原さんも候補に入ると思いますよ。今年のキングですから」

「ないない」


 芽榴は有利の考えを笑って否定した。けれど、本当に後継候補を探しているとすれば、普通に考えて会長の颯とキングの芽榴が有力候補にあがるだろう。


「よかったですね」

「え?」


 有利の言葉に驚いた芽榴は顔をあげ、少しだけ焦ったような顔をした。対する有利はそんな芽榴の様子に首を傾げながらも言葉を続けた。


「だって、楠原さんは東條社長のファンでしたよね?」


 芽榴は一瞬固まる。

 しかし、それですぐに体育祭のときのことを思い出した。東條がカフェインを苦手とすることを知っていた芽榴を、有利はそういうふうに勘違いしていたのだった。


 芽榴は安堵するように息を吐いた。


「違うよ。私は社長のファンじゃない」

「え、そうなんですか?」

「うん。……ただ」


 芽榴は目を細め、苦笑しながら言葉を紡ぐ。


「私の知り合いに、東條社長に憧れていた子がいただけ」


 だから知っていたのだと芽榴は静かに告げる。疑う理由もなく、有利は「そうなんですか」と納得してくれた。


「それより、文化祭終わったからこれから暇だねー」


 芽榴はこれ以上その話がのびないように、他の話題に変えた。芽榴がそんなふうに言うと、有利は少しだけ考えるような素振りを見せた。


「他の学年はそうですけど、たぶん僕たち2年生はそれなりに忙しいですよ?」

「え、なんで?」


 芽榴は首を傾げる。


「2年生は年明けに修学旅行ですから」


 完全に忘れていた芽榴は目を丸くした。確かに2年生の行事予定には修学旅行と書いていた。


 芽榴は閉暗所恐怖症ゆえに他人との共同生活が難しく、小中学校と修学旅行には参加していない。だからはっきり言って芽榴の中で修学旅行はかなりどうでもいい行事だった。


 でも今は、みんなと一緒に旅行に行きたいという思いが芽榴の胸の中にある。行きたいと行けるはまた別問題だ。


「修学旅行、かー……」

「楽しみですね」

「うん、そーだね」


 そんなどうしようもない自分の感情を有利に悟られたくなくて、芽榴はニコリと笑う。


「……楠原さん?」


 けれど、芽榴の笑顔がぎこちないことに有利はちゃんと気づいていた。










「ああ……もうオレ、今日帰ろうかな」


 朝一番、2学年棟に向かいながら風雅はため息混じりにつぶやく。


 学校に来て数分、しかし風雅はすでにおよそ三日分の疲労を感じていた。理由は簡単、風雅は愚かにも正門に何の躊躇もなく突っ込んでいき、構えていたアナウンサーたちにインタビューをされ、カメラのフラッシュを浴びまくったからだ。


「でも、芽榴ちゃんに会いたいし……」


 そんな風雅がそれでも学園に残るのは大好きな女の子の顔を見るためだけ。なんとも馬鹿らしい理由だが、風雅は大真面目だ。

 彼女に一目会えれば、それだけで一日幸せでしたと風雅は自信を持って言うことができるくらいだ。



 学年棟に入り、自分の靴箱へと行けば、いつの時代の光景かと言いたくなるくらいの手紙が詰め込まれている。それを困り顔で鞄の中に詰め込み、風雅はやっと見えた自分の上履きを取り出す。


「あぁ! 風雅くん、おはよぉ」

「朝から会えるなんて超ついてる!」


 靴に履き替えたところで、風雅は2人組の自分のファンと遭遇。すでに疲労困憊の風雅を迎え入れるのはそんな甘ったるい声だった。


「おはよう」


 翔太郎が聞いたら即Uターンして帰ってしまいそうなくらい目に見えた媚売りにも風雅は彼らしくちゃんと挨拶を返す。

 すると、ファンの2人は嬉しそうにして風雅の腕にそれぞれ絡まった。それを振り払うのは簡単だが、そうすればその怒りの矛先はどうしても自分ではないところへ向かってしまう。


 それも、風雅が一番守りたいと思う女の子のところへ。


 だから風雅はファンの子たちが喜ぶ言葉をかけて、彼女たちが望むことをできる限り叶えて、彼女たちを満足させるしかないのだ。


「それにしても、門の前すごいことになってたね」

「うんうん! あたしたちも取材されちゃったぁ」

「役員について聞いてたから、風雅くんのこと話しちゃった」


 ファンの子がそう言い、風雅は苦笑する。道理で風雅を見た瞬間、アナウンサーたちが目を輝かせて「蓮月風雅くんですね!?」と飛びついてきたわけだ。


 といっても、他の役員と比べれば風雅の自慢できるところは少ない。所詮風雅は容姿が優れているだけだ。


「風雅くんは『麗龍学園の王子様』って言っちゃった」


 それを肯定するように、女生徒たちは告げる。


 昔はそれを悲しいと思っていたけれど、今はあまりそんなふうには思わない。なぜなら風雅のことをちゃんと見てくれる子が現れたからだ。


「藍堂くん、そういえば……」


 その女の子のことを考えていたら、タイミングよく彼女の声が後ろのほうから聞こえた。それなりに人がいてざわついているのに、彼女の声だけは紛れずにちゃんと風雅の耳に入る。


「芽榴ちゃん、と有利クン」


 すぐに振り返ると、玄関口を芽榴と有利が一緒に入ってきているところだった。

 相手は風雅も認める有利だけれど、それでも芽榴と自分以外の男子が一緒にいるのは嫌で、今すぐにでも二人のあいだに割って入りたくなる。


 しかし、風雅からその考えを消し去ったのは彼の腕に絡まるファンたちの手の力。風雅が振り向くのと同時にファンの子たちも風雅の視線の先を確認した。そして彼女たちの腕には自然と力が入ったのだ。


 でもそれはいつものことだった。


「行こうか」


 少しでも波風が立たないように、風雅はそんなふうに促す。いつもなら、それですぐにファンの子たちも気を取り直すのだが。


「風雅くん」

「ん?」

「風雅くんは『みんなの風雅くん』だよ」


 その言葉に風雅は言葉を詰まらせた。

 いや、正確にはそうじゃない。垣間見えた彼女たちの心の声に、風雅は言葉を詰まらせたのだ。


 文化祭前とは明らかに違う感情がそこにはあった。


「うん……そうだよ」


 静かに、風雅は言葉を返す。


「あ、蓮月くん。おはようございます」


 有利が風雅の存在に気づき、挨拶をする。当然、その隣には芽榴もいて――。


「……おはよー。蓮月くん」


 ファンの子たちの鋭い視線を受けながらも、芽榴はちゃんと風雅に挨拶をする。


 それが嬉しいのに、もう風雅はそれを喜ぶことができない。

 否、喜んではいけないのだ。


「おはよう、有利クン、芽榴ちゃん」


 風雅は芽榴に、彼女が嫌いと言った張り付いた笑顔を見せた。


「行こう」


 そう言って、風雅はまるで別人のごとく、ファンの子をつれて芽榴の元からいなくなった。


 その様子を見ていた周囲の女子はクスクスと笑い、「ざまぁみろ」と芽榴に嘲笑を向ける。


「楠原さん……」


 風雅が芽榴にあんな笑顔を見せるのは芽榴と出会った時以来初めてだ。それを知っているからこそ、有利は今の風雅の行動に疑問を感じずにはいられない。有利でそうなら本人はなおのことそうだ。


「蓮月くん……?」


 不安に不安が重なる。

 雲行きは怪しくなるばかりだった。

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