125 割れたお皿とトップニュース
新年あけましておめでとうございます!
今年もみなさんにとってよい年でありますように…。
どうぞよろしくお願いします!
文化祭の翌日。
麗龍学園は振替休日となっていた。
いつも通りの時間に目を覚まし、芽榴はベッドから起き上がる。そうして芽榴の目に真っ先に映ったものは彼女の表情を緩ませた。
――キングのメダル。
昨日までのことを夢ではないと知らせてくれる芽榴の大切な宝物だ。
起きてすぐから幸せな気持ちが溢れる。
芽榴は自然とニヤけてしまう顔を正すようにパンパンと両頬を叩いた。
圭と真理子が起きてくるのはまだ少し後、重治はもうすぐ起きてくる時間だ。芽榴は急いで下に降りて朝食の準備を始めた。
「おはよう、芽榴」
「おはよー」
芽榴が料理を始めて数分後、重治がいつものように眠たそうな顔で台所に入ってきた。
挨拶を交わし、重治はそのまま居間へと足を向ける。朝はいつも慌ただしく準備をする重治だが、今日はいつもより遅い出勤の日らしく、テレビをつけてのんびりとしていた。
「はい、コーヒー」
「おう、ありがとう」
芽榴は料理の合間に煎れたコーヒーを重治の前に出す。
「楽しそうだな、芽榴」
「そう?」
「顔が笑ってるからなぁ」
芽榴が首を傾げると、重治は芽榴の顔を指差して微笑んだ。ズバリ指摘され、芽榴は頬を押さえて恥ずかしそうに顔を赤くする。そんな芽榴が可愛らしくて重治は声に出して笑った。
「もう、笑わないでよー」
「芽榴のそんな顔が見れるようになって、つい……嬉しくてな」
重治は感慨深い様子でつぶやく。それを聞いて芽榴はなんとも言えない顔で笑った。
昔の自分は本当に愛想がなくて困った子どもだったと芽榴自身思う。そんな自分が重治を喜ばせることができた。楠原家の家族を笑顔にできるようになった。その事実だけで芽榴の心は暖かくなる。
「もう少しでご飯できあがるから待っててねー」
「久々にゆっくり朝飯が食えるなぁ」
しみじみと言う重治に笑いかけ、芽榴は台所に戻った。
居間で重治が見ているテレビの音は台所にもちゃんと聞こえていて、芽榴は野菜を切りながら早朝のニュースに耳を傾けていた。
『~ましたね。それでは次のニュースです』
「うーん、いい匂い!」
ニュースが別の話題に切り替わったところで真理子が起きてきた。焼き魚の匂いで目が覚めたらしい。
「おはよ、お母さん」
「おはよう、芽榴ちゃん。せっかくの休みに早起きさせちゃってごめんね」
「いーよ。それより、お母さん。圭を呼んできてもらえる?」
「はぁい」
芽榴が言うと、真理子は台所をUターンし、芽榴は棚から皿を取り出す。
そして芽榴が皿を取り出した瞬間。
『昨日行われた麗龍学園の文化祭に琴蔵財閥次期会長、琴蔵聖夜氏と東條グループの社長、東條賢一郎氏が来訪されました』
ガッシャーン
そのニュースが報じられ、芽榴の手から皿がこぼれ落ちた。
「芽榴、大丈夫か!?」
皿が派手に割れる音を聞いた重治はすぐに台所にやってくる。
『特に東條氏は今年の麗龍学園の体育祭にも参加しており、二度目の来訪。この繁忙期に大企業のトップが動いたことに疑問の声が多数あがっています』
聞こえたアナウンサーの言葉と、芽榴の姿に、重治も動きを止めた。
「芽榴ちゃん!?」
台所を出たばかりの真理子が戻ってきて目を丸くする。
「皿割れた音したけど大丈……」
制服に着替え、ちょうど部屋から降りてきた圭は真理子の背後から台所の中の様子を見て口を閉ざした。そして手に持っていた学ランを投げ捨てて芽榴へと駆け寄った。
「芽榴姉!」
皿が割れたことにも気づかないくらいの放心状態で立っている芽榴の腕を圭が掴んだ。
「どうし……」
『業界のあいだでは東條グループの後継候補を麗龍学園に見出しているのではないかという見方もあるようです 』
芽榴の異変の理由は今流れているニュースが伝える情報で十分だった。
「芽榴姉……」
圭は芽榴の名を呼び、芽榴の腕を強く握る。すると、芽榴もハッと意識を戻した。
「ごめん、なさい」
芽榴はぎこちなく謝り、急いで割れた皿の破片を集める。
その様子が初めて芽榴に会ったときの様子と似ていて、圭の心がざわついた。
「誰に口聞いとんのや? 気に入らへんのやったら今すぐマスメディア全部黙らせるくらいしてみぃ」
早朝全国ニュースで流れたその話はラ・ファウスト学園にも例外なく届いた。そして特務室では王子様がスマホに向かって怒鳴る声が響き渡る。
しばらくの口論の後、完全にキレた聖夜は通話中のスマホを壁に投げつけて壊した。
「くっそ腹立つ……」
そう言って聖夜は椅子を蹴る。
苛立ちを隠せない聖夜の様子に、慎は肩を竦めて手元にある雑誌に目を落とした。
その雑誌のスクープも東條と麗龍学園についてだ。そのニュースには東條とともに聖夜の名前もあがっていて、それが琴蔵本家は不満だったのだ。今の電話も本家の使いからの電話で、勝手なことをしてもらっては困るという説教だった。
この時期はマスコミがうるさい。それはこの世界の人間なら誰もが知っていること。だからこそ仕事を詰め込んで隙を見せないようにするのが普通なのだ。週刊誌やニュースに名前が出てしまうのは自覚が足りないからと言われても仕方がない。
けれど、聖夜にとってそれはどうでもいいことだ。結局ネタとして取り上げられたのは自分ではなく、東條のほうだった。
一歩力が及ばなかった自分が情けなくて、聖夜はクシャッと前髪を掻き乱す。けれど、慎からしてみれば聖夜のしたことは十分すぎるほどの価値があった。
「あそこまでマスコミの思考を抑えさせたのは聖夜の力だと思うぜ?」
聖夜が学園に行っていなければ、東條の来訪の理由は愛人の存在あるいは隠し子に絞られていただろう。しかし、聖夜が行ったことによって聖夜と同じ代を担う東條グループの後継を探しに行ったという説が有力になったのだ。何せ、東條グループと琴蔵財閥は切っても切れない仲にある。となれば、東條グループの社長候補は琴蔵財閥も関与するところだ。
聖夜の行動は決して無駄ではない。
「で、聖夜。罰はなんだって?」
慎はパサッと音を立てて雑誌を閉じる。そしてラ・ファウストのブレザーを着て、身支度を整える聖夜に慎はそう尋ねた。
たいしたことではないにせよ、勝手な行動をした聖夜に本家から罰が与えられないはずがない。
「一ヶ月謹慎。しばらく本家に戻る」
聖夜がスマホを壊すくらいにキレた原因はそれだ。この時期だからこそあの子のそばにいてあげたいと思うのに、聖夜にはそれをすることが叶わない。口では何と言っても今の聖夜では本家の意向に逆らうことはできないのだ。
「そっか。じゃあ帰ってくるのは11月中旬、ねぇ……」
慎はそう言って苦笑する。彼の苦笑いの意味が分かる聖夜はため息を吐いた。
「帰ったら会いに行く……必ず」
そこは東條本家――大阪にある琴蔵本家に並ぶ大豪邸。
東條は自らが最も嫌う場所へとその日の早朝に足を運んだ。
「賢一郎」
東條が重たい扉を開けると、中にいる東條もよく知った老婆が彼の名を呼んだ。
70歳を前にする彼の母親は今もなお、本家の総帥の座に居つづけている。東條家の権限はすでにすべて東條賢一郎に移っているため、それは名目だけの座にすぎない。
東條を機械のように育て上げ、彼の愛する人たちを嫌いつづけた母親と対面するのは十年ぶりだった。
「これは……どういうことですか」
そう言って総帥は付き人に目配せをし、彼女と東條を隔てる机の上に新聞紙を置かせた。その新聞紙の一面の見出しには『東條グループの後継候補は麗龍学園』と書いてある。
「マスコミが話を誇張して騒ぐのはいつものことでしょう」
「そうね。私もこれが麗龍学園でなければ、わざわざあなたを呼び出したりしません」
老いて掠れた声で総帥が言う。東條は目を閉じ、総帥の言葉を待った。
東條は10年間、総帥との連絡を絶っていた。当然麗龍学園にあの子が入学することも告げてはいない。
けれども、彼女が麗龍学園の名を気にしたということは、彼女の願い通りあの子を手離した今でもあの子を調べ上げているということだ。
相変わらずだと東條はため息を吐く。
「厄介なことになりましたね」
総帥は嫌味を含む声で東條に言った。
「総帥の気になさることは何もありませんよ」
一方、東條はそんな総帥の言葉にもはっきりとした口調で反論する。その東條の返答に総帥は目を眇めた。
「絶対に露見しないと?」
「ええ」
「少しもマスコミが騒ぎ立てないと誓えますか?」
その問いに東條は頷かなかった。すでにマスコミが騒いでいる今、誓ったところで手遅れなのだ。それを分かって聞いている総帥が憎たらしくて東條は彼女を睨みつけた。
「私の言うとおりにしないからこうなるのです。私は全部反対でした。あの方と結婚することも、どこの人とも知れぬ男にあの子を託すことも全部。だからこそ自分の立場も分からないままぬくぬくと育って好き勝手に生きて……麗龍学園に入学、ましてや生徒会役員なんて」
バンッ
総帥の言葉の途中で、東條は机を思いきり叩いた。総帥もそれに驚いて、少し怯んだ。
「あなたはいつもそうです。榴衣のことも楠原のことも……あの子のことも絶対に認めようとしない」
「認める必要がないからです」
総帥は言い切った。
権威こそすべて。家柄のない人間をよしとしない彼女はいつだって無慈悲に切り捨ててきた。彼女と同じように生きてたくさんの人を傷つけた東條は、だからこそただ一人愛する人の忘れ形見を守りたかったのだ。
「あの子に会いに行ったのは私です。あの子は悪くない。悪いのは私です」
あくまで冷静な口調で告げる東條に総帥は目を細めた。彼女は気に入らないことがあるといつだってそんなふうに人を見るのだ。
「悪いのが誰か……そんなことは公になってから話すことではないのですよ、賢一郎。分かっていますか? あなたはあの子を捨てたんですよ?」
「ちが……っ」
「何が違うのですか」
東條は言葉を詰まらせる。総帥は勝ち誇ったような顔で笑顔を見せた。
「あなたはあの子を娘と言えない。あなたは昔から私を非難し続けているけれど、結局あなたも私と同じ。自分と東條家のためにしか生きられないのです」
「……」
「捨てた分際で、のこのこ会いに来たあなたをあの子はどう思うでしょうね。……私なら顔も見たくないと思いますけれど」
総帥は付き人の手を取り、おぼつかない足取りで奥へと消える。
「この問題は早急に処理してもらいます」
ただその言葉を残して総帥は東條の目の前からいなくなった。
違うと断言できない悲しい現実が東條の胸を締め付けた。
新年早々暗い滑り出しになりましたが
ストーリーの核心章です!
これから大変な目にあってしまう芽榴ちゃんの応援よろしくお願いします!




