08 赤い瞳と触れた頬
それは次の日、緊急に開かれた高等部集会で告げられた。
「来週、トランプ大会を開催しようと思います」
大真面目な顔で言う颯に生徒がポカンと口を開ける。平然と立って聞いているのは役員と芽榴くらいだ。
「ちょっと芽榴。いきなりどうしたのよ? 皇帝様は」
コソコソッと後ろに並んでいる舞子が芽榴の耳元で尋ねる。芽榴は壇上の颯を指差して「続き聞いてたら分かるよー」と目を細めた。
「トランプ大会はババ抜き、七並べ、大富豪、スピード、神経衰弱、ポーカー。この六種目の中から自分の得意なゲームを選んで参加してください。そして……」
颯はニコリと笑う。
「各種目の優勝者には生徒会役員の座を保証します」
役員は自信満々と言わんばかりに鼻を鳴らし、舞子はなるほど、と呟く。皆が興奮状態の中、芽榴は独りため息をついた。
「芽榴はどれに参加したい?」
芽榴は分厚い資料を抱え、颯と廊下を歩いている。今朝、あんな役員募集宣言を出した張本人が芽榴に相変わらず仕事をさせているのだ。
「『どれに参加したい?』って……それ、ほとんど残ってないじゃん」
芽榴は唇を尖らせる。颯と芽榴が話しているのはもちろんトランプ大会のことだ。しかし、その大会に参加するにあたって1つ問題が生じた。
この大会は芽榴を役員にするためだけに開催される。つまりは役員同士、もしくは芽榴と役員が当たることはあってはならないし、負けてもいけないのだ。
さすがの役員もトランプゲームとなると得意不得意があるらしく、颯以外の4人はすでに種目を選んだらしい。
「で、どれがいい?」
「はぁ……。えっと、ポーカーと神経衰弱かー。じゃあ神経衰弱で」
片手をあげて颯に告げる。ここはいっそババ抜きという選択肢がなかったことに感謝をしよう。芽榴はそう考えることにした。
「普通、私に勝たせたいなら先に選ばせるよねー」
「はは、芽榴なら何だって勝てるだろう? オセロで僕と張り合えるほどだ」
「偶然って言葉、知ってるー?」
「偶然でも僕が勝てないなんてありえないんだよ」
颯の切れ長の目が芽榴を優しく見つめる。芽榴はため息をついて買い被りすぎだと笑った。
「私、成績とか普通だし」
「常に学年100位前後。模試の成績も変わらない、だっけ?」
颯が芽榴の成績を言い当てるので芽榴は目を丸くした。
「なんで知ってるの?」
「来羅の持ってる生徒情報データファイルで調べたんだ」
「何それ……」
颯いわく、来羅はメカヲタクなだけでなく、情報収集が得意らしい。ちなみに彼女のUSBには初等部から高等部まですべての生徒の軽いプロフィールと全模試の結果が記録されているとか。
「まぁ、僕はそれが不思議なんだよ。君がなんでそんな普通の成績なのか、ってね」
「普通だから普通。上には上がいるんだねー。うん、神代くんとか」
芽榴が思いついたように颯を指差すと、颯は困ったように笑った。
「君は君だけの何かを持っているはずだ。そうでなければ……」
颯が芽榴の頬に触れる。
「僕がこんなにも芽榴に惹かれてしまう理由が説明できないよ」
芽榴と颯は見つめあう。颯の赤みを帯びた瞳が綺麗で、芽榴はしばらく見惚れていた。
運のいいことに職員室前の廊下には生徒がいない。しかし、芽榴はハッとした。誰かにこんなところを見られてしまえば、ただでさえ目立っているのにもっと注目を浴びてしまう。
「神代くん」
「何だい?」
「重いから早く行こー」
芽榴がスルリと颯の手から顔を離した。すると、颯は残念と言わんばかりに軽くため息をつく。
「僕の意見を無視できるのは芽榴くらいだよ」
「おー。特別扱いだね、やったー」
芽榴はニコリと笑うと、自分の持っている資料を颯の資料の上にドサリと載せた。
「特別扱いなら、お仕事も免除だよね」
「……芽榴」
「もうそこだし、持っていけるでしょー?」
颯が目を細めると、芽榴は胸の前で両手を振る。戯けたような芽榴の仕草に颯は「仕方がないな」とため息をつく。
「じゃーね、神代くん。ポーカーの練習頑張ってー」
「芽榴こそ暗記力が勝負だからね」
「あははははははは」
芽榴は苦笑すると、颯に背を向け、教室へと戻る。そんな自分の姿が見えなくなるまで颯がジッと見つめていたことなど、芽榴は知らない。
「本当、君だけだよ。芽榴」
そんな呟きも芽榴の耳には届かなかった。




