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124.5 少女Aと別視点

今回の幕間はミスコン3位の佐倉美羽さん視点の話です。他の人から見た芽榴や役員たちの様子を書いてみました。

 芽榴たち生徒会役員がそれぞれの物語を紡ぐように、麗龍学園の生徒たち一人一人もまた芽榴の知らないところで自分たちの物語を紡いでいる。みんなそれぞれの恋物語をちゃんと持っているのだ。



「3位、佐倉美羽さん」


 文化祭エンディング、美少女コンテスト3位の発表で自分の名前が呼ばれたとき、彼女、佐倉さくら美羽みうはかなり驚いた。



 2年前の麗龍の文化祭、高校一年生の美羽は美少女コンテストで1位だった。美羽が高校2年生になっても当時高校1年生の生徒会役員、柊来羅の次に可愛いと言われていたのは彼女だった。




 ほとんどの人が美羽のことを可愛いと認めていた。だから――。




「美羽ー。来月からあんたが風雅くんの彼女だよ」


 風雅ファンクラブの幹部の子にそう言われたとき、風雅が絶対自分を好きになると美羽は確信していた。


 美羽も風雅のファンだった。初等部の頃から美羽はずっと風雅が好きだった。風雅くんの彼女予約制度ができて、最初はそれに反発していたけれど、結局それ以外風雅に自分を見てもらう機会がないと分かった美羽は風雅の彼女になるために予約した。


 そして美羽の番がやってきたのは美羽が高校2年生、風雅が高校1年生のとき、季節は冬で文化祭が終わった次の月だった。


「美羽先輩、よろしくお願いします」


 付き合い始める日、風雅は笑顔で美羽の教室に会いに来てくれた。大好きな人が目の前にいて美羽はそれだけで嬉しかった。期間は1ヶ月。でもそれまでに風雅を本気にさせればいいだけの話だった。


「美羽先輩、迎えにきましたよ」


 風雅は毎日生徒会の集まりが終わった後、美羽を迎えに来てくれた。でもそれは毎月の彼女にもしていたことで特に自惚れることではない。


 風雅はいつも最終下校まで待たせてしまうことを謝っていたが、風雅といれるだけで美羽は幸せだった。


 自分が誰よりも風雅のことを好き。その自信だけはあった。


「風雅くん、その『先輩』ってのやめてよ」


 ある日の帰り道、美羽は風雅にそう言った。すると風雅は「え?」と言って少し考えていた。


「じゃあ美羽さん?」

「なんか老けてるみたい」

「嫌?」

「ううん、いいよ」


 美羽が笑うと、風雅も笑ってくれた。そんなふうにいつもかっこいい風雅に美羽は惚れていくばかりだった。


「風雅くん。これあげる」


 昼休み、風雅のクラスに行って美羽は調理実習で作ったクッキーを風雅に渡した。美羽が渡したクッキーを見て風雅は本当に嬉しそうに笑った。


「美羽さん、ありがとう」

「どういたしまして」

「お礼、何が欲しい?」


 風雅は笑顔で聞いてくる。こういう気配りができるところが風雅の男らしいところで、美羽は大好きだった。


「じゃあ、デート。すっごくドキドキするような」

「そんなんでいいの?」


 可愛らしいことを言う美羽に風雅はいつも困ったような顔をして笑ってくれる。


「なら楽勝っすよ」


 自信満々で答える風雅に美羽はそれだけでドキドキさせられていた。


 付き合って半月経った頃。


「風雅くん、美羽といると楽しそうだよねー」

「前の彼女のときより気が抜けてる感じするよね?」


 友達がそう言ってくれたとき、美羽はかなり嬉しかった。美羽自身なんとなく風雅の心が自分に向いているような気がしていたのだ。


 美人で気が利く。ファンの子も、美羽なら仕方ないと言っていた。それくらい美羽と風雅はお似合いのカップルだった。かっこいい風雅が自慢で、風雅だってきっと自分を自慢の彼女と思ってくれていると美羽は信じていた。


 自分だけは違う。一途に思い続けてやっと手に入れる。まるで少女漫画のヒロインになったような気分だった。


「風雅くん、キスして」


 そう頼めば風雅はそうしてくれた。風雅は美羽の理想とする男子そのもので、いつだって美羽のほしいものをくれた。


「風雅くん、好きだよ」


 でも美羽がそう言っても風雅は絶対に「オレも」とは返さなかった。ただいつも「ありがとう」と笑うだけ。それを考えすぎだと思い込んで、美羽は気づかないふりをした。


 でも、美羽の予想よりはるかに終わりは呆気なかった。


「美羽さん、1ヶ月すっごい楽しかった」

「……」

「ありがとう」


 いつものように美羽の好きなかっこいい笑顔で、風雅はそう言った。そして美羽と風雅の一ヶ月間は終わり、風雅は別の女の子と一ヶ月の契約を開始した。


 きっと風雅は誰も好きにならない。


 そう思うことで美羽は救われていた。そして美羽の思い通り、風雅はその後も契約した女の子と一ヶ月間は楽しそうに本物の愛し合うカップルのように過ごし、一ヶ月経てばすぐに別れた。


 時が過ぎて、季節は春。

 美羽が高校3年生になったある日、その噂は美羽の耳にも届いた。


「ねぇ、風雅くんの彼女予約制度がなくなったってほんと?」


 美羽は風雅ファンの幹部である友人に問いかけた。すると、彼女はとてもうんざりした顔で「厄介な女が風雅くんにつきまとってる」と答えるだけだった。


 その返答が気になって、美羽は再び風雅の姿を追いかけるようになった。学年が違えば過ごす棟も違う。意識しなければ会うこともないため、美羽は風雅と別れて以降、風雅のことを気にしないようにしていた。思い出すと虚しくなるだけだったからだ。


 そして数日も経たないうちに、美羽は友人の言う『厄介な女』を見つけた。


「芽榴ちゃん! 逃げないで!」

「じゃあ追いかけるなー!」


 最初その光景を見たとき、美羽は目を疑った。それは美羽の知る風雅の姿ではなかった。


 とびきり可愛いわけでもなく、本当に平凡な女の子。化粧もしていなくて制服も規定通りに着て、何一つ女を磨く努力が垣間見れない女の子を風雅は追いかけていた。


 美羽の知る風雅はいつも落ち着いた雰囲気で笑っていて、取り乱したり大声を出したり、涙目になったりだらしなく笑ったり、そんな姿は一度も見せなかった。


「……違う」


 それが示す意味を美羽はすぐに否定した。そんなことはありえない。自分が信じ続けたことを今になって別の子を相手に叶えてほしくなかった。


 それから美羽は無意識のうちにその子を気にするようになった。彼女の姿を見つけては、自分と比較して彼女の欠点を探し続けた。


「楠原さん、手伝います」

「いつもありがとねー」


 風雅だけにとどまらず、有利とまで彼女は仲良く話していた。自分が罰則で与えられたものを有利に何の遠慮もせずに手伝わせる子、そんなふうに美羽の目には映った。


「楠原、これを貴様のクラスの委員長に渡してくれ」

「自分で渡しなよー」

「俺は極力、女と関わりたくない」

「うん。だからさよーならー」

「楠原!」

「るーちゃん、翔ちゃんはるーちゃんと喋りたいだけなの。分かってあげて?」

「柊! 貴様はまた根拠のないことを」

「はいはい、葛城くん落ち着いてー」


 そんなふうに女子を嫌っている翔太郎とも当然のように話して、来羅にも親しげに話しかけてもらっているのに、その子はいつものんきで適当な態度をとっていた。


「芽榴、明日も仕事を手伝ってくれるかい?」

「だから私は役員じゃないよー」

「じゃあ役員になってくれる?」

「丁重にお断りいたしまーす」


 男女問わずみんなの憧れである颯とも対等に喋って、誰もが喉から手が出るくらいに欲しい役員の座も断って、ただの変人か欲がないというアピールのつもりなのか、どちらにしても美羽は楠原芽榴という少女を好きになれなかった。


 みんながどんなに頑張っても近づけない相手に、何も頑張っていない女の子が近づけるなんて、そんなこと許されるわけがない。


 それからしばらくしてトランプ大会があり、美羽は神経衰弱に参加したが二回戦敗退。結局優勝したのは芽榴で、それだってインチキとしか思えなかった。芽榴が役員になるために仕組まれたようなものだったから。


 美羽の周囲の女子はみんな声を揃えて楠原芽榴を嫌いと言っていた。でもそれは当然のことだと美羽は思った。


 そしてそれからしばらくして、夏休みに入る前のこと。


「あれ、そっち2学年棟でしょ?」


 本棟に用があった美羽は友人が本棟を通って2学年棟に向かうのを見つけた。何か用があるのかと美羽は友人に問いかけた。


「調子乗ってる後輩はしつけないとね」

「定番に靴隠し。美羽もどう?」


 そんなふうに楽しそうに言う友人たちはそれぞれ有利のファンと美羽と同じ風雅ファン。それだけで友人たちが誰の靴を隠しに行こうとしているのか美羽にも分かった。


「私はパス。ちょっと先生に呼ばれてるから」


 美羽は肩を竦めながら言った。靴隠しなんて幼稚とは思ったが、止めようとは思わない。そんなことでハブられるのは御免だった。


「残念。じゃあ今度は付き合ってよね」

「程々にしなよ?」

「美羽は人が良すぎ。じゃあねー」

「うん、ばいばい」


 美羽は笑顔で手を振って、くるりと向きを変え、そして目を丸くした。


「あ」


 美羽の目の前にいる少女はそんなふうに声を出して、苦笑した。美羽はというと、寸前まで話題になっていた少女が目の前にいて動揺を隠せずにいた。


「楠原さん……」

「ごめんなさい。通り道だったんでー」


 芽榴は少し気まずそうに笑いながら言った。生徒会からの帰りで、芽榴は荷物を抱えていた。


 芽榴が美羽に謝る理由はない。どちらかといえば、謝らなければいけないのは美羽のほうだった。


「こっちこそ、ごめん」


 美羽が言うと、芽榴は胸の前で両手を振った。


「あー、気にしないでください。慣れてるんで」


 芽榴は傷ついた様子もなく、まるで友達の冗談を受け流すかのような口調で言った。


 慰めようと思ったのに、逆に美羽のほうが芽榴に気を使われてしまった。美羽の思いを全部見透かしたような芽榴の態度が気に食わなくて、美羽は脳を通さずに口を開いていた。


「でも、楠原さんは酷いことされても仕方ないよね」

「え?」

「だって楠原さん、役員に気に入られてるし。うんざりしてるなら役員のみんなから離れればいいだけでしょ? それに異性に好かれても同性に好かれてないってことは楠原さんの性格にも問題あると思う」


 美羽は言って後悔した。

 こんなのはただの意地でしかなくて、みっともないだけ。でもそれが偽りない美羽の本心だった。

 苦虫を噛み潰したような顔をする美羽を見て、芽榴は苦笑した。


「それ、結構気にしてるんですけどね」


 芽榴の姿は少しさみしそうで、美羽はやっぱり言うべきではなかったと後悔した。傷つけたくて言ったのに、実際に傷つかれるのは嫌だった。


「あの、別に、これは……」


 懸命に取り繕う言葉を美羽は探した。でも結局言葉なんて出てこなかった。

 歯切れ悪く、空気も悪くなってしまう。それを察したように芽榴はすぐにその場を去ろうと再び足を踏み出した。


「えっ、楠原さん。どうやって帰るつもり、なの?」


 焦って言葉を詰まらせながらも美羽は芽榴に尋ねた。今頃芽榴の靴は友人の手によって隠されているところだ。今から靴を探すならさっきの謝罪の意味も込めて手伝おうと美羽は考えていた。でも芽榴はそんな考えも分かったみたいに、優しく笑った。


「大丈夫ですよ。言ったじゃないですか、慣れてるって」


 芽榴はそう言って手に持った袋の一つを美羽に見せた。中には芽榴のローファーが入っている。驚く美羽を前に芽榴は自慢げに笑った。辛いことのはずなのに、彼女は本当に何でもないことのようにしてしまったのだ。


 美羽の横を通り過ぎていく芽榴が、美羽の想像とはまったく違う、強い女の子の姿に変わった瞬間だった。


 それから数日後、美羽は偶然珍しくも一人でいる風雅に外廊下で出くわした。


「あ……美羽さん。久しぶりですね」


 付き合っていた頃と同じ呼び方に美羽の心は少しだけ軽くなった。2人で喋るのは別れて以来初めてだった。


「久しぶり、風雅くん。聞いたよ? 予約制度なくなったんだって? 早めに予約回ってきてよかったぁ」


 美羽が冗談のようにして言うと、風雅は昔と同じ困ったような顔で笑った。


「ハハハ。でも、その話はあんましないでくださいね」


 口に人差し指をあて、お願いするように風雅はウインクをした。その姿はかっこいいのに、今の美羽は素直に喜べなかった。


「楠原さんのため?」


 思わず口からその名前が出て行った。聞いた瞬間、風雅の顔は険しくなって、風雅のそんな顔は美羽も初めて見るものだった。


「美羽さん。いくら美羽さんでも芽榴ちゃんに何かしたら……怒るっすよ」


 いつになく真剣な顔で風雅は言った。風雅はきっと美羽のためにも、他のどんな女の子のためにも、そんな顔をすることはないだろう。きっと風雅がこんな顔をするのはあの子のためだけ。


 風雅は本気で楠原芽榴を好きになったのだ。


「……逆効果」

「え?」

「他の子の前ではそんなこと言うのやめなよ?」


 美羽は忠告するように言って、風雅の元を去った。



 そして文化祭の美少女コンテストの結果発表。


「2位、楠原芽榴さん」


 その名を聞いて、美羽はホッとした。きっと他の子の名前が呼ばれたなら納得できなかった。それくらいあのときの芽榴は綺麗だった。


「美羽のほうが可愛いよ!」

「化粧したら誰でも可愛くなれるんだから、みんな驚いてるだけだし」


 周りの女子はそんなふうに言って美羽を慰めた。でも美羽を含めて女子はみんな役員に振り向いてほしくて、可愛くなりたくて常に化粧をしている。芽榴も同じ条件で戦ってそして勝っただけなのだ。


 自分たちのこれは負け惜しみ。

 あの子のようになりたくて、でもなれないことへの苛立ちをぶつけているだけ。そのことに美羽は気づいた。



 後夜祭のダンス、役員たちがみんなで集まって踊っているのが視界の端で見えた。


 美羽がそちらに視線を向けた時、ちょうど芽榴と風雅がペアで踊っているところだった。


「芽榴ちゃん、足踏んだらごめんね」

「うん。踏んだら即交代してもらうからいーよ」

「死んでも踏まない!」


 美羽はクスッと笑った。


 こんな光景を見て、楠原芽榴が媚を売っているといったい誰が言えるのだろう。どう見たってそんな考えには至らない。今までの自分が美羽は馬鹿みたいに思えてきた。


「うわ……楠原芽榴、役員と踊ってるよ」

「はぁ? 萎える」


 敵の多い子だけれど――。


「別に普通でしょ」


 応援している人もいることがちゃんとあの子に伝わるといい。そんなふうに美羽は思った。

次章について活動報告ではなく

こちらにてお知らせさせていただきます。


次章のテーマは物語の最たる謎・芽榴の過去です。


おかげで推敲の時点でストーリーがかなり暗くなっています。暗い話や痛々しい話が苦手な方には次章は辛いかもです。申し訳ありません。


次回の更新はまだ少し先になりますが、これからも芽榴たちの紡ぐストーリーを応援していただけると嬉しいです。


みなさんの感想をいつも楽しく読ませてもらっています。励みになる言葉をかけてくださり、本当にありがとうございます。


穂兎ここあ

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