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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
文化祭編
138/410

124 後夜祭と世界一の幸せ者

文化祭編最終回です!

 芽榴が校庭に出ると、ちょうど後夜祭の準備が終わったらしく、キャンプファイヤーが薄暗い世界を照らし始めた。


 炎が辺りを照らし、玄関近くにいた芽榴にも校庭の様子がはっきりと見え始める。楽しそうに話しているカップルの姿や頬を染めて好きな人をダンスに誘おうとする男女の姿が、芽榴の目に映った。


 そして生徒会役員はやっぱりその中心にいる。


「風雅くぅん、ダンス踊ってよぉ」

「ダメだよ。風雅くんはあたしと踊るの」


 芽榴が一番に見つけたのは風雅だった。ファンの量が多いだけでなく、個々が派手な風雅ファンは校庭の中でも一際目立っていた。


 そして視線をずらすと、他の役員の姿もすぐに見つかった。颯も来羅も有利もダンスのお誘いで囲まれている。

 会いに行ったところで、芽榴を相手にすることなんてできそうにない。


 おそらく逃げ隠れているのであろう残り一人の役員を芽榴が探していると、芽榴のそばに見知らぬ男子生徒が近づいてきた。


「楠原先輩」


 どうやら1年生らしく、芽榴はそんなふうに呼ばれた。どちらかといえば華奢な体つきの男の子。芽榴は「はい?」と言ってその男子生徒のほうに体の向きを変えた。


「あの、キングおめでとうございます」

「え、あ……うん。ありがとー」


 話したこともない男子にそう言われ、芽榴はどう反応していいか分からないまま、とにかく笑顔で受け答えた。


「先輩。ダンスの相手ってもう……決まってます、よね?」


 その男子生徒が断定系で尋ねるため、芽榴は苦笑する。そのことに気が向いて周囲の男子生徒たちが自分たちの会話に耳を傾けていることに芽榴は気づかなかった。


「相手は決まってないよ」


 そう芽榴が言った瞬間、独り身男子たちが芽榴に押し寄せてきた。突然のことで芽榴は「え」と目を丸くする。


「僕と踊ってください!」

「俺と踊ろうぜ!」


 まるで他の役員と同じように、芽榴も囲まれ始める。何事かと芽榴だけが状況をのみこめていない。


「いや、踊る気な……わ!!」


 芽榴はバッサリ断ろうとするのだが、その前に後ろから手を引かれた。思わずその手を振り払おうとするが、上から降ってきた声で芽榴は動きを止めた。


「楠原の相手はもう決まっている」


 芽榴の手を引いたのは翔太郎だった。翔太郎はそのまま芽榴を自分の背後に回すように引っ張って、男子生徒たちの前に立った。


「か、葛城先輩!」

「おい、葛城。楠原が相手いないって言ったんだぜ?」

「楠原が忘れていただけだ」

「え」


 芽榴は思わず声をもらした。芽榴に限って忘れることは絶対ない。第一に誘われていないのだから忘れる以前の問題だ。不思議そうな顔をする芽榴に向かって、翔太郎は周囲に聞こえないように「話を合わせろ」と小さな声で告げた。


「あー、うん。今、思い出したよー」


 素晴らしいくらいの棒読みで芽榴は言った。

 しかし、芽榴のことをよく知らない男子生徒たちはそんなことには気づかず、残念そうに去って行った。


「貴様は大根役者か」

「あはは。神代くんを見習わなきゃだねー」


 芽榴はそう言って楽しそうに笑った。


 男子生徒に囲まれてしまったものの、結局探していた人物に芽榴は会うことができた。


「で、葛城くんはどこに隠れてたのー?」


 役員がみんなダンスの誘いを受ける中、翔太郎の姿だけが見当たらなかった。本気で女子に話しかけられたくないのなら、隠れるのが一番妥当な行動だ。


「そこの校舎の柱の裏だ」


 そう言って翔太郎は先ほどまで自分がいた場所を指し示した。確かにもう辺りが薄暗くなった今、見つかりにくい場所だった。


「葛城くんは相手決まったの?」

「なわけないだろう」


 当たり前のことを聞くなと言いたげに翔太郎は告げる。確かにそうだが、そこまで自信満々に言う必要もないだろうと芽榴は思った。


「楠原」

「何?」

「……キングおめでとう」


 翔太郎は少し恥ずかしそうにして言う。まさか翔太郎の口からその言葉が聞けると思っていなかった芽榴は素直に「ありがとう」と言った。


「楽しかったか? 文化祭は」


 翔太郎はキャンプファイヤーの火を見つめながら芽榴に問いかける。芽榴も翔太郎と同じように綺麗な炎を見つめ、そして柔らかく微笑んだ。


「たぶん言葉には表せきれないや」

「……?」

「幸せすぎて大変だー」


 芽榴はハーッと大きく息を吐く。

 芽榴の瞳が炎のせいか、キラキラ輝いていて、とても綺麗だった。


「……ならよかっ」

「『楠原が楽しめたならよかった』なんて寒いこと言わないわよねぇ、翔ちゃん」

「まさか、女嫌いが聞いてあきれますよね。葛城くん」


 翔太郎の言葉を遮るようにして別の方向から声が聞こえた。来羅と有利の登場で、翔太郎は一気に表情を歪ませ、対照的に芽榴は明るく笑った。


「2人とも、お誘いはー?」

「もちろん全部お断りしたわ」

「同じくです」


 来羅も有利もそんなふうに答えて笑う。そろそろ音楽がかかり始めそうだったため、2人ともファンから逃げるようにしてこちらへやってきたらしい。


「でもグッドタイミングだったわね、有ちゃん」

「はい。あと少しで葛城くんに先越されてしまうところでした」


 来羅と有利は自分たちにしか通じない会話をして、うんうんと頷き、グーサインを出し合った。


「芽ー榴ーちゃーん!」


 そしてまた別の方向から、役員がもう一人やってきて芽榴に飛びついた。もちろんそんなことをするのは風雅だけ。


「うぎゃ!」


 抱きつかれる瞬間、風雅の体重がかかって芽榴はそんな声を出す。そして困ったように風雅を見た。振り払おうとしても力では敵わないため、芽榴も無駄な抵抗はしない。


「ネクタイなんとか死守してきたよ」

「へー、すごーい」

「なんで棒読みなの!?」


 さっきの男子たちとは違ってやはり風雅は芽榴の棒読みに気づく。些細なことだけど、それは大きな違い。すぐ耳元で風雅がギャーギャーと騒ぐ中、芽榴はそんなことを思った。


「蓮月、いい加減離れろ」

「そうそう。るーちゃん嫌がってる」

「え、嘘!?」

「えと、嫌がってるというか……」

「嫌がってます」

「えぇ……っ」


 泣きそうになる風雅を慰めようと思って言葉を探るうちに、有利が断定系で再び返してしまい、芽榴は苦笑した。


「酷いよ! オレ、芽榴ちゃんのために頑張ったのに!」

「激しくどうでもいいね」


 涙目で訴える風雅の背後から笑顔で現れたのは我らが皇帝様だ。颯の登場に風雅は身構えるが、それでも芽榴を離さない。

 行動が一致しない風雅に呆れつつ、颯は半強制的に芽榴から風雅を引き剥がした。


「颯クン!」

「あぁ……風雅」


 役員たちの自分に対する扱いが日に日にひどくなっていくため、風雅は愚かにも颯に抗議しようとする。がしかし、名を呼ばれた颯は満面の笑みで風雅のことを見た。


「お前に負けた借りはちゃんと返すから、楽しみにしておいて」

「いや、いらないよ……」


 最後の言葉を発する颯の声はとても低く、風雅はサーッと顔を青くして答えた。颯は負けるのも悪くはないと言ったが、文句はあるらしい。


 芽榴が笑い、芽榴の笑顔を見てみんな笑った。


 そんなふうに笑いあっていると、スピーカーからダンスの音楽が流れ始めた。それは後夜祭スタートの合図。


「せっかくだ。踊ろう」


 颯が提案する。みんなお誘いをすべて断ってしまったため結局パートナーはいなかった。


「女子側は楠原さんと……見た目的には柊さんもセーフですけど、確実に他から見ても男同士で踊る組ができますよね」

「仕方ないだろう。そこらの女と踊るよりはマシだ」


 有利が悩むと、翔太郎が眼鏡のブリッジを押し上げ、珍しく乗り気な返事をした。言い方は露骨だけれど思っていることはみんな同じだ。


 後夜祭なのだからボーッとしているよりは踊ったほうがいい。こんなときだからこそ、おかしなことでもそれが逆に楽しくなるものだ。


「あ、そうだ。みんな、ネクタイ貸して。るーちゃんも」


 ダンスのペアを決めていると、来羅がふいにそう告げる。


「「「「「え」」」」」


 みんなは首を傾げながらもネクタイを解き、来羅に渡す。最後に芽榴がリボンを解いて渡すと、来羅も自分のリボンもその中に混ぜた。


「来羅、何してんの?」


 来羅が両手で6本の同じネクタイを持っていて、もうそれぞれ誰のネクタイなのか分からない。

 風雅が不思議そうな顔で尋ねると、来羅はネクタイを渡すようにしてみんなに両手を差し出した。


「はい、みんなで交換」


 来羅はそう言って笑った。


 誰も芽榴とネクタイ交換をしなかった。だからといって、する気がなかった人なんて誰一人としていない。みんながみんなのためにそれをしなかっただけ。


 来羅がしていることはただの仲良しごっこにしかならない。でもそんな来羅の行動を誰も否定したりしなかった。


「オレはこれ」


 まず風雅が来羅の手からそれを受け取り、次に有利と翔太郎がとって来羅は芽榴の前にネクタイを出す。


「じゃあ、私はこれ」


 芽榴は来羅の手から受け取って、それをシャツの襟に通してリボン状に結った。


「颯」


 そして来羅は残り2つとなったネクタイを颯に渡す。


「今はまだ仲良しのまま、変わらなくていいと思うわ」


 来羅が微笑み、颯もフッと納得するように笑ってネクタイを手に取った。


「同感だね」



 ネクタイを交換しあい、今度こそみんなで踊り始める。

 歌に合わせて6人で代わる代わるに踊った。


「蓮月足を踏むな!」


 めちゃくちゃなダンスをみんなで楽しむ。


「アハハ!」


 芽榴は音楽に合わせてくるりと回り、楽しくてカラカラと笑った。


 今日だけは芽榴も麗しい・・・生徒会役員の一員になれた。初めてみんなの隣に堂々と並ぶことができた気がした。



 麗龍学園からは楽しそうな声が絶え間なく響き渡る。



 あのとき芽榴は本当に幸せだった。


 終着点は見えなくて、この幸せがこのままずっと続いてくれると信じていた。

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