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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
文化祭編
137/410

123 告白と告白

 文化祭は幕を閉じる。でもこれで終わりではない。

 外部の人が帰った後、生徒たちには文化祭最後にして最も忘れられない夜のイベント《後夜祭》が始まるのだ。


 クラスの後片付けをしながらも、その祭りに向けて辺りは少しだけ騒がしくなる。


「芽榴。後夜祭のダンスの相手、決めた?」


 食器を洗いながら、舞子が芽榴に問いかける。芽榴は「え」と何だそれはと言いたげな顔をした。予想通りの芽榴の反応に舞子は肩を竦める。


「後夜祭はパートナー探して、ダンス踊るのよ。例えばネクタイ交換した相手とだったりね」


 舞子が説明し、芽榴は納得する。よくテレビドラマや少女漫画である定番のアレかと芽榴はうんうんと頷いた。


「で、役員の誰に決めたの?」

「なんで役員限定なのー?」

「それ以外考えられないから」


 舞子に言われ、芽榴は苦笑する。実際誰からもそういうお誘いは来ていないのだ。


「まー、溢れたときにはみんなのダンスを眺めとくよ」


 芽榴がそんなふうに笑い、舞子は困った顔をした。化粧を落としていない状態の芽榴が溢れていたとしてそれを男子が放っておくはずがない。そしてさらにその状況を役員が許すはずがないと舞子は思った。




 しばらくして片付けが終わり、みんなが再び校庭へと向かう。校庭の中心ではコンテスト委員がキャンプファイヤーの準備をしていた。


「芽ー榴、行こう」


 舞子と数人のF組女子が教室の中でボーッと立っている芽榴に声をかける。しかし、芽榴は振り向いて彼女らに笑顔で手を振った。


「ちょっと用があるから、先に行っててー」


 芽榴が言い、みんな了解して教室を出て行った。



 残された芽榴は今朝の約束を果たすため、その場に残る。立って待っているのも暇で、芽榴は自分の席に座った。


 文化祭の跡を残さない教室の風景に、どこか物足りなさを感じる。きっと今「この1ヶ月はすべて夢でした」と言われても驚かないような気さえする。それほどまでに芽榴にとってこの文化祭シーズンが与えた思いは大きかった。


「楠原」


 そんなふうに窓の外を眺めながら一人もの思いにふけっていると、待ち人の声が芽榴の耳に届いた。


「滝本くん、遅いよー」


 芽榴は机に頬杖をついたまま扉の近くにいる滝本に笑いかけた。


「ごめん、道具直すのに時間かかった」


 滝本は少し息切れをしながら、芽榴の元に歩み寄る。滝本が急いできたことはそれだけでちゃんと芽榴に伝わった。


 芽榴の前の、舞子の席に滝本が座る。

 数週間前に見た光景が再びそこにあった。


「楠原、キングおめでとう」

「うん。ありがとー」


 改めて祝福する滝本に、芽榴は遠慮することなく素直に喜びを示した。偽り様のない思いが芽榴の中には溢れるばかりだった。

 嬉しそうな芽榴を見ていると、滝本まで嬉しくなる。


「やっぱお前すげぇな」

「そんなことないよー」

「謙遜すんな」

「違うよ。だって本当に、みんながいなかったらなれなかったもん。キング」


 芽榴はハハハと笑いながら言う。謙遜するつもりなどない。芽榴がそんなふうに思っているのは事実だった。


 クラスの出店だって確かに芽榴が一番貢献したけれど、だからといって芽榴一人で成功させることなんてできなかった。鬼ごっこだって役員が助けてくれなかったら芽榴が生き残ることはなかった。


 キングの証は偶然と運が重なって、そして周りの人に支えられて得られた結果なのだ。だからこそ、その証は芽榴の一生の宝物になり得た。


 芽榴は満足そうな顔をする。


 そんな芽榴を見て、滝本は複雑そうに笑った。


 諦めなければならない。そう分かっていても簡単に切り捨てられるほどの思いではなかった。顔を合わせれば合わせた分だけ想いが募っていく。それが滝本の出した結論。


「楠原」

「んー?」


 芽榴はのんきに返事をして滝本に視線を向けた。


「やっぱり俺、楠原が好きだ」


 それは二度目の告白。

 一度目、食い下がる滝本を芽榴は拒絶した。それが舞子のためだったことを今の滝本は全部理解できていた。そしてもう一度伝えたところで答えが変わらないことも、滝本は知っていた。


「ごめん」


 芽榴ははっきりと返事をする。悩んだり期待させるような素振りを芽榴は見せない。それはとても冷酷で最低なことなのかもしれないけれど、芽榴は滝本に少しの希望も残さないように、それ以上言葉は告げなかった。


「話はそれだけ。……もう行けよ」


 滝本は俯いたままそう告げる。滝本も食い下がるようなことはしなかった。


 芽榴は席を立って、そのまま教室の扉を開ける。


「楠原!」


 そのまま何も言わず出て行こうとする芽榴を滝本が大きな声で呼び止めた。芽榴はビクッと肩を揺らし、振り返る。振り返った芽榴の顔はとても不安げで、結局そんな顔をしたらはっきり告げた拒絶も意味がなくなる。


「……ありがとな」


 それでも、だからこそやはり滝本は芽榴が好きだと思った。


「それは私の台詞だよ……ありがとう、滝本くん」


 芽榴はいつものように、笑って教室を後にした。







 外は後夜祭を控えていて騒がしい。

 でもただ一人の男の子を残したF組はまるで別世界のように静かだった。


「う……、くっ」


 漏れ聞こえるのは堪えるようにして涙を流す滝本の声だけ。


 分かっていても平気ではない。覚悟をしていても結局そんなのは無意味なのだ。


 誰もいない教室の中で、滝本は天井を向いて鼻を啜った。

 もうすぐ後夜祭が始まる。今玉砕したばかりの滝本にダンスのパートナーはいない。別に行く意味はないが、行かなければ芽榴が気にしてしまうだろう。


 立ち上がり、前に進もうとして滝本は立ち止まった。


「植村」


 教室の扉のところに舞子の姿があった。

 いつからいたのかと滝本は考える。しかし、それが分かったところで何の意味もない。


「芽榴、もう行った?」

「……ああ」


 滝本が返事すると、舞子は「そう」と小さな声で返した。


 舞子と滝本のあいだにも沈黙が生まれる。

 思えば、2人のあいだに静かな時が流れるのはこれが初めて。いつだって口を開けば互いに文句しか出てこなかった。


「植村」

「……何よ?」

「お前のおかげで、楠原と仲直りできた。サンキューな」


 滝本が舞子にお礼を言う。


 滝本らしくない台詞に、舞子は苦笑した。滝本にお礼を言われると気恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。


「滝本」


 でも、もし言うなら今しかない。そう思った舞子は滝本に優しく笑いかけた。滝本がらしくないなら、とことん舞子もらしくないことをしてやるだけ。


「私はあんたが好きよ」


 舞子はそう言って優しく笑う。

 今の滝本にその言葉は反則だった。芽榴の代わりを探し当てたかのように、滝本は舞子のそばに行きたくなる。


 でもそうしたところで誰一人幸せになんかなれない。


「俺、まだしばらく楠原のこと好きなまんまだと思う」


 滝本は芽榴と同じように、はっきりと言葉を返す。そうして滝本はやっと芽榴の優しさにも気づくことができた。


 舞子の気持ちは昨日知ったばかり。滝本の舞子への気持ちは友達以外のなんでもない。けれど、滝本にとって舞子が絶対に手放したくないくらい大切な友人であることは確かだ。


「知ってる。ていうか、そんなバカなあんただから好きになったんだよ」

「お前、こういうときにバカとか言うか?」

「だって事実じゃん」


 そう言ってやはり文句を言い合う。でも2人のあいだに笑顔は耐えない。


「滝本、これもらって」


 舞子は自分のリボンを解き、滝本の胸に押し付けた。まるで捨ててもいいからとにかくもらえと言わんばかりに。その行動は舞子らしくて、滝本は笑ってしまった。


「いいのかよ、俺なんかに渡して」

「じゃあ、あんたのこと好きじゃなくなったら言うから返して」

「無茶苦茶な発言だな」


 滝本が困ったように言っても、舞子は満足そうにしていて、滝本には言い返す言葉がない。


「植村」


 でも、この気持ちがいつか恋に変わる日がくるのかもしれない。


「やる」


 滝本は自分のネクタイを解いて、舞子の手に持たせた。


「は? いいの?」


 舞子は驚いたようにして言う。一方滝本はため息交じりに言葉を吐いた。


「んなの、需要ねーんだからやるよ」


 言って、自虐だと気づく。

 舞子はプハッと吹き出した。


「植村! お前……!」

「ありがとう、滝本」


 嬉しそうに舞子は笑った。

 そんな舞子の笑顔に滝本は少しだけ胸を高鳴らせる。


「行くぞ、後夜祭」

「威張るな、バカ」


 一つの恋の終わりは新たな恋の始まりの合図に変わった。

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