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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
文化祭編
135/410

121 吸血鬼とカウントダウン

『鬼ごっこの制限時間は後10分です。残っている役員は神代颯くんと楠原芽榴さんの2人になりました。生徒諸君の健闘を祈ります』


 エレベーターを降りて周囲を警戒しながら歩く芽榴の耳にそんな放送が響く。もうこれがラストスパート。


「楠原芽榴はどこー!?」


 しかし、校舎に響くのは芽榴を探し求める声だけ。男子生徒と女生徒、彼らの狙いは完全に芽榴に絞られていた。


「あっちだ!」


 男子生徒が2学年棟の廊下をバタバタと忙しい音を立てて去って行く。


 そんなふうに男子生徒が過ぎ去った廊下の柱から芽榴はヒョコッと顔を出した。


「行った……よね」


 周囲に人気がないのを確認して、芽榴はそこに姿を現す。人気がないと言っても、時間が経てばすぐに誰かがやって来て芽榴のことを追いかける。


「カメラがあるから隠れるに隠れられない」


 芽榴は溜息を吐いた。

 至る所に来羅特製カメラが設置されているため、下手に動けば居場所はすぐにバレてしまう。もちろん例外はいるのだが。


「神代くんはどこにいるんだろ……」


 来羅曰く、鬼ごっこ開始以降颯の姿は一度もカメラの映像に映っていないらしい。おかげで颯を見つけることが不可能と察した女生徒たちが全員ポイント稼ぎのために芽榴狙いへと移行してしまった。


 つまり全校生徒の狙いが芽榴に集中しているのだ。






「ああーーーもうっ! 颯クンどこ行ってんの!?」


 風雅は大画面を見て叫ぶ。捕まって退場した役員は校庭に出てきて、鬼ごっこ終了時に始まる観客抽選会に備えていた。


「最後に私が会ったのは本棟の屋上よ」


 来羅が風雅の質問に答えてあげる。しかし、別に風雅は颯の居場所が知りたいわけではない。取り乱す風雅に、有利が宥めるようにして声をかけた。


「楠原さんがピンチになったら出てきますよ」

「もうすでにピンチだろう」


 有利の言葉に翔太郎が反応する。風雅と来羅、そして有利は振り返り、翔太郎の姿を見て固まった。


「な、なんだ?」

「……プッ、アハハハハ!!」


 翔太郎のゾンビ姿に相変わらず皆失笑してしまう。何度見ても滑稽なのだ。笑いを堪えようとしている有利はともかく風雅と来羅は爆笑。


「蓮月くん、柊さん……笑いすぎです」


 翔太郎からブチッと何かが切れる音がした有利はそんなふうに声をかけるが、時すでに遅し。


「貴様らは殴られたいのか!!」


 そう言って翔太郎が掴むのは風雅のオオカミの耳だった。


「翔太郎クン! なんでオレだけ!? 来羅は!?」

「女を殴る趣味はない」

「さっすが翔ちゃん」

「いやいや格好だけだから! 落ち着いてよ、翔太郎クン!」


 そんないつものやり取りを繰り広げる3人を前に、有利は一人溜息を吐く。


「楠原さん……頑張ってください」


 画面の中、ひたすら走り続ける芽榴を見て、有利はそう呟いた。







「いた! 楠原芽榴! 囲もうよ!」

「うわ……」


 3学年棟の廊下を走っていると芽榴は4人組の女生徒に見つかった。芽榴を廊下で挟み撃ちしようと考えた女生徒たちは二手に分かれる。


 しかし今回は女子4人。切り抜けられないことはない。芽榴はその場に立ち止り、ピョンピョンと跳躍を始めた。


 そのあいだにもどんどん女生徒が芽榴との距離を縮めてくる。芽榴がとうとう諦めた――そう誰もが思ってしまうほどに芽榴は悪あがきも焦りも見せない。


「ポイント獲得ー!」


 そう言って4人の生徒が芽榴に手を伸ばすが、そのどの手も空を切る。


「え!?」

「どこいった!?」


 4人の真ん中にいるはずの芽榴はどこにもいない。皆が唖然とする中、1人の生徒が叫んだ。


「――上!」


 みんなその声に導かれるように天井を見上げる。そして目を丸くした。


 天井すれすれに芽榴は飛び上がり、体を反って天井を蹴る。そして宙返りするようにして女生徒たちの背後に着地した。


「おー、やればできるもんだね」


 芽榴は自分でやって感動する。前に圭が見ていたドラマのワンシーンであったものを試してみたのだ。


 嬉しそうな芽榴とは裏腹に、背後の女生徒たちは唖然としている。



 外で大画面を見ていた観客も騒然としていた。生徒会役員と藍堂家の2人でさえもびっくりして目を見開いていた。動じていないのは唯一重治と真理子だけ。


「芽榴ちゃん、さすがねぇ」

「あの動きづらそうな格好でよく飛べたなぁ」


 芽榴の運動神経の良さは親譲りで、重治と真理子も重々承知の上。よって、そんなふうに冷静に芽榴の行動に感心していた。



 そして芽榴はそのまま廊下を走り去った。


 階段を駆け上がって駆け下りて、廊下を全力で走り抜ける。時には窓の外から飛び降りて階下の外廊下に着地して、とにかく逃げ続けて残り時間は5分となっていた。


「……はぁ、はぁ、はぁ」


 あと5分――けれど、芽榴の疲労はピークに達していた。痺れた足は残り5分走り続けることを許してくれない。


 芽榴は本棟と2学年棟を繋ぐ生徒のいない外廊下に来て、そしてその場に倒れこんだ。

 もうここで見つかれば、芽榴に逃げる手段は残されていない。


「誰も来ませんよーに……」


 コツッ……コツッ


 願うようにして目を瞑る芽榴の耳に革靴が地面にぶつかる音が届く。その音はどんどん芽榴に近づいてきて芽榴の背後で止まった。芽榴はゆっくり目を開け、そして振り返った。


 ――こんな独特の空気を持つ人は芽榴の知る限り一人。


「……神代くん」


 恨めしそうな芽榴の視線を受けても颯は余裕の笑みを顔に浮かべたまま、立っていた。


 風が吹いて颯の髪と、黒いマントが揺れる。


「何か言いたいことある?」


 颯は優しい顔で芽榴に問いかける。芽榴はしゃがみこんだまま颯を見上げ、静かに告げる。


「あともう少しで終わるのに、なんで出てきたの?」


 おそらくここは監視カメラの映像に映る場所だ。今まで一切カメラに映らなかった颯がここに姿を現した理由が芽榴には分からない。わざわざこんなところに現れなければ颯は確実に逃げ切れるのだから。


「なんでだろうね」


 颯はそう言って誤魔化した。

 そして颯は芽榴の目の前にしゃがみこんで、芽榴の目線に合わせた。


「神代くん。捕まるよ?」

「かもしれないね」

「それでいいの?」

「よくはないよ」


 颯の答えに芽榴は困った顔をする。よくないなら、今すぐにでも芽榴を置いてここから去るべきなのだ。しかし、颯はそうしない。


「芽榴、君も僕も捕まらない最善の解決策を教えてあげるよ」


 颯は芽榴の髪に手を通し、梳くようにその手を下ろす。


「今すぐに化粧を落として、制服に着替えて……そうしたら君を追いかける生徒はいなくなって、僕もまた隠れればいい」

「……」

「でも残りの時間で、芽榴が立ち上がることもできなくなった今、それはもうできないんだ」


 颯は自分で提案しておいて、そんなふうに案を否定する。颯の考えが分からなくて芽榴は表情を曇らせた。


「じゃあ今の最善は……私を置いて、神代くんが逃げ切ることでしょ?」


 芽榴は自分の髪に触れる颯の手を掴み、押し返す。それは拒絶ではなく、後押し。他の役員が芽榴を助けたように、芽榴もまた颯を助けたいと思っていた。捕まりたくはないけれど、颯まで道連れにする気はない。


「いた!」

「神代くんもいる!」


 そしてちょうどよく2人の姿を生徒たちが見つける。

 監視カメラの映像で分かったのか、全校生徒の半分が押し寄せてきていた。


『残り10秒!』


 生徒たちの足音に紛れてそんな放送が響く。


「僕だけ、薄情者になるわけにはいかないんだよ」

「え……」


 芽榴が颯を送り出すために押し返した手を、颯は握り返す。しっかりと繋いだ手によって、颯も芽榴もそこから逃げられなくなった。


「2人で捕まるつもり?」

「まさか」


 颯は芽榴の意見を鼻で笑う。そして颯は芽榴の手を引いてまるで芽榴を囲うように抱きしめた。


『5、4……』


 カウントダウンの声が響き渡る。

 芽榴はそこでやっと颯の最善策が何なのかに気づいた。


「神代くん、離して!」

「あぁ、言い忘れていたことがあるんだ」


 生徒たちの手がもうそこまで伸びていた。


『3、2……』


 1の合図と同時に、颯の肩に誰かの手が触れる。


 しかし、芽榴はそんなことに気を回してる場合ではなかった。


「とても……綺麗だよ」


 生徒たちの大歓声の中、紛れることなく芽榴の耳に颯の声が届く。


『鬼ごっこ終了です! 最後の最後、生き残ったのは楠原芽榴さんのみ! おめでとうございます!』


 終了の合図が流れ、颯は芽榴から離れる。

 芽榴を捕まえられず、男子生徒たちは残念そうにしながら校庭へと戻っていき、女生徒たちは校庭へと向かう颯についていく。


 一人取り残された黒猫は、痺れた足のせいか肩の力が抜けたせいか、はたまた不意打ちの言葉に腰を抜かしたせいなのか、しばらくその場にしゃがみこんだままだった。

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