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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
文化祭編
134/410

120 魔女と隠し部屋

 ――本棟の屋上。

 秋らしい風が吹くそこでは、吸血鬼がビジョンを見つめる観客の様子を見下ろしている。


「盛り上がってるわねぇ」


 そんな吸血鬼の背後で、可愛らしい魔女がトンガリ帽子から金色の髪を靡かせて登場した。


 まるで本当にここがファンタジーの世界なのではないかと思うほどに颯と来羅、2人のコスプレは芽榴に負けず劣らず様になっている。


「残っているのは僕と来羅、そして芽榴…だけか」


 颯は振り向くことなく観客を見下ろしたまま告げ、その隣に来羅が並んだ。


「でも、翔ちゃんは予想外だったなぁ」

「そうかい? 僕は想定内だったよ」


 颯がクスリと笑い、来羅は「どうして?」と興味津々に尋ねた。


「芽榴が捕まるのを放っておくような薄情者は、生徒会にはいない」

「それは確かに」


 颯の発言に納得し、来羅は微笑んだ。


 そしてそのまま颯のことをジッと見つめる来羅に、颯は首を傾げた。


「なんだい?」

「るーちゃんが追いかけられて……颯はもっと怒ってると思ってた」


 来羅は足をクロスして少しつまらなそうに告げる。芽榴のクラスに行った時でさえなかなかに荒れていたのに、今は冷静すぎる気がしたのだ。


 来羅の返事に颯はニコリと笑みを返した。


「怒ってないと思う?」

「え?」


 颯は来羅の前に自分の右手を突き出す。颯の手を見て来羅は目を見開き、すぐに細めた。


「利き手ダメにしたら、文化祭明け大変じゃない」


 颯の右手は強く拳を握り締めたために爪が食い込んで血が滲んでいた。


「吸血鬼らしいだろう?」

「バカ」


 来羅は困ったように言って颯の手を取り、ハンカチを出してその手に巻き始める。


 そんな2人の下、ビジョンを見つめる観客たちが「おぉーーっ!」と盛り上がり始めた。おそらく芽榴がまた大変なことになっているのだろう。


 来羅の手中にある颯の手がそれにピクリと反応する。


 芽榴のことになると、本当に颯はいつもでは想像がつかないくらいに分かりやすくなってしまう。


「はい、できた」

「……っ」


 来羅はハンカチを巻き終え、わざと颯の患部をハンカチ越しに叩いた。颯は急な痛みに顔を顰める。


「来羅……」

「さて、と……」


 颯が恨めしそうに来羅を睨むが、そんな視線を来羅は受け流した。そして、手に何かのスイッチを持ったまま来羅は屋上の扉へと向かう。


「私もおバカになりましょうかね」


 来羅は楽しげに呟き、颯をおいて屋上を出て行った。








 所変わって2学年棟の5階廊下――。


「楠原芽榴ー!」


 芽榴は依然として追いかけられている。

 それでも翔太郎の足止めにより、少しだけ芽榴を追っていた男子生徒たちに距離的な差をつけることができた。


 芽榴は走りながら現在の生徒会の状況を頭の中で整理する。


 現時点で風雅と有利、そして翔太郎が捕まってしまった。つまり女生徒のターゲットは主に颯に向かい、少数は来羅にも向かうかもしれない。そして男子生徒は依然として芽榴と来羅の二手に分かれている。


 つまり総合的に考えて、今一番危ないのは来羅だ。


「来羅ちゃん、大丈夫かな……」


 芽榴は走りながらボソッと呟く。


 来羅が大変そうなら今度こそ自分も助けなければならないと芽榴は思っていたのだ。


「人の心配してる場合じゃないでしょ」


 そんな芽榴の真横から突然声が聞こえた。

 でもそれはありえない。芽榴は立ち止まって即座に声のした方を振り返ってみるが、誰もいないのだ。芽榴の目には壁しか映らない。


「気のせい?」


 確かに来羅の声がしたはずだった。しかし、いないのだからそれは芽榴の気のせいということになる。芽榴は納得がいかないまま再び走り出そうとするのだが。


 ウィーン……ガタン


 謎の機械音がして廊下の壁の一部がカラクリのごとくしてパカッと開いた。


 突然のことに、芽榴は目をパチクリさせる。


「ボーッとしてると捕まっちゃうわよ?」


 カラクリの壁の向こうから現れた魔女っ子が黒猫アリスの腕を引く。


 そして芽榴が突如開いた壁の中に入り込むと、来羅がリモコンのスイッチを何回か押して壁が元に戻った。


「……来羅ちゃん?」

「ふふふ、すごいでしょ?」


 来羅は口に手を当てて女の子らしく笑う。

 壁の中はエレベーターのようになっていて、来羅がリモコンを操作すると独特の浮遊感をもって、個室が降下し始めた。


「もしかして……っていうか、それしかありえないだろうけど、来羅ちゃんが造ったの?」


 芽榴の質問に来羅は笑顔で頷く。

 大画面と、校内に設置された数々の監視カメラだけでも感嘆していたところなのに、続けて校内にエレベーターを張り巡らしているのだ。凄すぎてもはや言葉が出ない。


「るーちゃん、私が捕まっちゃうんじゃないかって心配してたでしょ?」

「え……あー、うん。来羅ちゃんの追いかけてる人が一番多いと思って」


 来羅が頬を膨らませて言うため、芽榴は少し躊躇しつつも素直に考えていたことを話した。そんな芽榴の様子が可愛くて、来羅の顔は思わず綻んでしまう。


「今年はるーちゃんにファンの半数をとられちゃったから、かなり楽よ。だから心配なのは私じゃなくてるーちゃん」

「うっ」


 芽榴は言葉に詰まる。みんなに心配をかけているのはすでに3人の男子を犠牲にしまっていることからも言い訳できない事実なのだ。


「本当にお恥ずかしい限りです」


 芽榴が改まって言うと、来羅はアハハと明るく笑った。

 そしてエレベーターが止まり、壁がまた開く。芽榴は来羅とともに、2階の廊下に姿を現した。


「よし、生徒はいないわね」


 来羅は周囲を確認し、芽榴の手を引いて歩き出す。

 2人で一緒にいれば、男子生徒が全員集まってしまうのではないかと芽榴は心配する。しかしそんな芽榴とは裏腹に来羅は軽い足取りで前へ進む。


「でもるーちゃんってお化粧すると本当に別人よね。元がいい証拠なんだろうけど」


 来羅は芽榴と手をつないで廊下を歩く。ふと来羅がそう言い、芽榴は反応に困った。確かに別人みたいにはなっているし、化粧をしていないときよりは綺麗になっていると思う。それでも元がいいという意見だけは納得しがたかった。


「だとしても来羅ちゃんには敵わないよ」


 芽榴は心からの思いを述べる。功利やラ・ファウストのお嬢様、それ以前にも綺麗で可愛らしい女の人を数々見てきた芽榴だが、それでもやはり来羅より可愛いと思ったことはない。芽榴が知る中で一番の美少女・・・はやはり来羅なのだ。


 そしてそんな芽榴の言葉は来羅の胸の奥に沈みこむ。


「るーちゃん。私ね、本当は自分より可愛い子なんて……いなければいいって思ってるのよ」

「え?」


 予想通りの芽榴の反応に、来羅は目を伏せて自嘲するように笑う。


「だって私は所詮男の子だから本当の女の子に勝てるわけないのに、唯一みんなが認めてくれる容姿でさえ負けたら完敗としか言えないでしょ?」


 来羅の言いたいことは分かる。でも芽榴にはそれが根本的にどこかで間違っているような気がした。


「誰より可愛くあり続ける――そしたらママも喜んでくれるから」


 まるでそうでなければ、母親が自分を愛してくれないと、そう言いそうな来羅に芽榴は何も言えなくなる。


「でも、るーちゃんだけはやっぱり許せちゃう」

「来羅ちゃん……」


 芽榴は不安げに来羅を見つめた。しかし、来羅は本当に何でもないように笑う。決して暗くなりたくてこんな話をふったわけではないのだ。ただ――。


「私が男に戻るとしたら、それはるーちゃんのためだけってこと」


 来羅は芽榴の手をギュッと握りしめる。

 最後の言葉の意味は芽榴にはよく分からない。それでも来羅が自分を大切に思ってくれていることだけは芽榴にもちゃんと伝わった。


「どんな来羅ちゃんでも、私はずっと来羅ちゃんの味方でいるよ」


 芽榴はふわりと笑う。

 その言葉だけで来羅はもう十分だった。


 そして来羅は3学年棟に移ったところで立ち止まる。


「楠原芽榴ー!」

「柊さーん!」


 そこにはカメラの映像から2人の位置を把握した全男子生徒がすでに終結していた。


「来羅ちゃん!」


 芽榴は今度こそ自分が囮になるつもりで来羅を庇うようにして立つ。そんな芽榴の様子を、来羅は愛おしそうに見つめた。


 トンッ


 来羅は自分の前にいる芽榴の背中を軽く押す。すると、芽榴はふらついて壁に激突しそうになるのだが、その壁が先ほどと同様にパカッと開いた。


 芽榴は壁の中に倒れながら反射的に来羅のほうを見る。その手には先ほど持っていたのと同じリモコンがあった。


「来羅ちゃんが逃げて!」


 そう言って芽榴は来羅の手を掴もうとするが、逆にその腕を来羅に捕られてしまう。


「来羅ちゃん!」


 芽榴は抗議するような視線を来羅にぶつける。残り時間は15分。2人で逃げ切ることだってできるかもしれない。それでも今ここで片方が全男子生徒を足止めできれば、もう片方への負担が一気に減る。


 そして来羅は前者になることを選び、そのために隠しエレベーターのあるこの場所へ来たのだ。


「るーちゃん、私にもかっこつけさせて」


 来羅は芽榴の手を離してリモコンのスイッチを押す。そうすると、壁が元に戻って芽榴と来羅は離れ離れになった。


「来羅ちゃん!!」


 エレベーターの中、芽榴は来羅の名を呼ぶがその声は届かない。


 残された来羅は男子生徒たちのほうを振り返った。


「あれ、楠原芽榴がいない……!」


 芽榴と来羅を同時に捕まえられると思っていた男子生徒たちは焦ったようにキョロキョロと辺りを見回す。しかし、どんなに探しても芽榴はいるはずがないのだ。


「手品か!?」


 一人の生徒の言葉に、来羅はクスリと笑った。


「だって私、魔女だもの」


 玩具の杖を頬に寄せて妖艶に笑う来羅に、男子生徒たちの心はしばらく虜になっていた。

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