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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
文化祭編
133/410

119 ゾンビと不器用男子

 風雅と有利に助けられ、絶体絶命のピンチを何とか乗り越えた芽榴だが、空き教室の中で次の行動を考えていた。


 風雅と有利には本当に申し訳ないことをしてしまったと芽榴は溜息を吐く。さすがに残りの3人には迷惑をかけられない。


「とにかくここから離れ――」

「楠原」

「うぎゃあーーー!」


 一人で考え事をしていた芽榴は、背後から突如聞こえた声に驚いてそんなふうに声を上げる。そして振り返って再び「ヒッ」と声を漏らした。


「ヒッとは何だ」


 ものすごく不機嫌そうな顔で言うのは翔太郎だ。実際に彼が不機嫌なのかどうかは彼の声音でしか判断できない。何せ顔面は包帯ぐるぐる巻きなのだから。


「葛城くん。おつかれー、ハハハ」


 やはりどう見ても滑稽すぎる翔太郎の格好に、芽榴は苦笑してしまう。


「貴様こそ大変だろう。男子生徒の狙いは柊と貴様の二手に分かれているからな」

「うん。ほんと予想外だった」


 芽榴は肩を竦める。しかし、翔太郎は芽榴が追いかけられることは予想の範疇であったためまったく動じていない。


「おかげで蓮月くんと藍堂くんに迷惑かけちゃった……」

「奴らが勝手にしたことだろう。貴様が気に病むことはない」


 翔太郎はそう言って教室の壁に寄りかかる。2人が捕まったことは放送で流れたため、翔太郎も知っているのだ。


「安心しろ。俺は貴様を助けることはしない」

「おー。それはそれでどう反応すればいいのか分からない」


 フッと鼻で笑って言う翔太郎に、芽榴は半目で返した。


「それにしても、葛城くんはずっとここにいたの?」


 芽榴はふと思ったことを尋ねる。芽榴がこの教室に来て以降、入ってきた人はいない。さすがに考え事をしていても新たに人が入ってくれば気付く。とすれば、翔太郎が芽榴よりも先にこの教室にいたことは明白だ。


 芽榴の質問に翔太郎は眉を寄せた。芽榴はどうやら聞いてはいけないことを聞いてしまったらしい。


「……この姿だからな。誰も追いかけては来ないから、ずっとここにいた」


 翔太郎はそう言って眼鏡のブリッジを押し上げた。


 女嫌いの翔太郎からしてみれば、女子に追いかけられずに済んで嬉しいことのはずだ。しかし、翔太郎はかなり不満そうな顔をしていて、考えられる理由は一つ。


「寂しかった?」

「……っ」


 図星だったらしく、翔太郎の目が見開く。


「そんなわけないだろう」

「いやいーよ。それが普通でしょ?」


 取り繕うように慌てて否定する翔太郎に芽榴はカラカラと笑った。


「葛城くんってそーいうとこ可愛いよね」

「ふざけるな。虫唾が走る」


 芽榴が戯けて言うと、翔太郎が間髪入れずに返事する。それでも芽榴が笑い続けるため、翔太郎の顔がどんどん不機嫌になっていく。


「楠原! いい加減に……」

「こっちの教室見てみよーぜ! 楠原芽榴いるかも!」


 翔太郎が芽榴の肩を掴むのと同時に教室の扉の向こうから2、3人ほどの男子生徒の声が聞こえてきた。


「やばっ」


 芽榴は逃げ場を探す。しかし、そんな芽榴を翔太郎がそのまま机と机のあいだ、扉から見えないように押し倒した。


「葛城く」

「静かにしろ」


 芽榴の上に覆いかぶさるように翔太郎が跨がる。芽榴は自分の手で口を塞ぎ、息さえも止めた。


 教室の扉が開いて、男子生徒が教室の中を見渡す。


「いねーじゃん」

「あれ? 声したのに」

「はいはい、次行こーぜ」


 そんなふうに言って男子生徒たちが教室から出て行き、扉がピシャリと閉まる。その音を聞いて、芽榴はやっと息を吐いた。


「……危なかったー」


 芽榴がそう呟き、目の前の翔太郎も少し安心したように軽く息を吐いている。

 そんなふうにして自分に覆いかぶさる翔太郎を、芽榴はジッと見つめた。


「なんだ……?」

「懐かしいよね、この感じ」


 芽榴はそう言ってヘラッと笑う。


 翔太郎に押し倒されるのはこれで二度目。

 そのときのことを思い出すと、少しだけ心が暖かくなった。


「初めて喋ったときもこうだった」


 芽榴はそう言って翔太郎の胸を押し、起きあがる。2人はその場に座ったまま向かい合った。


 あのとき、芽榴は教室で居眠りしている翔太郎の元に行き、彼に催眠術をかけられ、そして効かなかった。


「葛城くんは催眠術が効かない私を認めてくれたけど」


 芽榴は翔太郎から眼鏡を奪う。

 包帯で包まれた顔から綺麗な紺碧の瞳が芽榴をジッと見つめ、その先を促していた。芽榴は薄く笑みを浮かべて小さな声で呟く。


「私は、催眠術が効いたらいいなって思うんだよ」

「……なぜだ?」


 芽榴はその質問に答えない。

 ただニコリと笑って、すべてを誤魔化した。翔太郎が何も聞かないように、聞けないように、そうやって芽榴は先手を打つ。


「楠原」


 だから翔太郎は何も聞かない。


「……まじない・・・・なら、いつでもかけてやる」


 けれどその代わりに、芽榴にとっておきの言葉を残す。それが翔太郎なのだ。


 そんな翔太郎の優しさに芽榴はいつも甘えてばかりで、どんなに翔太郎が違うと言っても、芽榴は何一つ翔太郎に返せていないのだ。それでも芽榴はやはりその優しさに縋ってしまう。


「どーしようもないな……私って」

「楠原?」


 芽榴が呟き、翔太郎は首を傾げる。


「私、初めて見たときから葛城くんの眼が好きだよ。とても綺麗」


 芽榴はそう言ってふわりと笑う。

 不意打ちのようにして言われた台詞に、翔太郎は目を丸くする。


 翔太郎はこのとき初めて自分の顔が包帯で巻かれていることに感謝した。


「私、もう行くね」


 芽榴は翔太郎に眼鏡を返して立ち上がる。


 翔太郎はこのままこの教室に残るため、2人はこの場で別れることになった。


「じゃあ、お互いがんばろーね」


 芽榴は扉から出て行く間際、扉のところまで来てくれた翔太郎の肩にコツンと軽く拳をぶつけた。


「……楠原!」


 背を向けた芽榴を翔太郎は呼び止める。振り返った芽榴は翔太郎を見て、そしてその後ろからやってくる集団を見て目を見開いた。


「くーすーはーらーーーー!」


 もちろん翔太郎の背後から全力疾走してくるのは芽榴狙いの男子生徒たち。しかし、先ほどまでと違うのはその先頭に立つ人物だ。


「滝本くん!?」


 芽榴は驚いたように声を上げた。

 足が速いため、滝本は集団から少し飛び抜けて先頭を走ってくる。そしてものすごい勢いで走ったまま数メートル先にいる芽榴へと言葉を告げた。


「どうせ捕まるなら俺にしとけって!! そのほうがお前もいいだろ! 知らねーやつと写真とか撮るよりぜってーマシだって!!」


 大声で言っている台詞だが、かなり自虐が入っていると芽榴は思った。滝本の提案は完全に「強いて言うなら滝本」という感じで溢れている。


「確かにそうだよね……」


 しかし、プライベートな話を抜きにすれば滝本に捕まるのが一番妥当だ。


 芽榴は滝本の意見を受け入れ、どうしたものかと悩み出す。

 けれど、目の前にいる眼鏡ゾンビはそんな芽榴の様子にかなり不機嫌な顔になって口を開いた。


「馬鹿か。捕まらなければいい話だろう」

「いや、そうなんだけど……」


 残り時間、30分はすでに切っているはずだ。それでもこのまま全力疾走で絶対に逃げ切れるかと聞かれると不安が残る。本気でやるが、できるできないはまた別問題だ。


「楠原! 捕まれ!」


 すぐそばまで走ってきた滝本が芽榴に手を伸ばす。

 しかし、その手は芽榴の元へは届かない。


 その手が掴んだのは――。


「貴様ごときに捕まらせるぐらいなら、俺が捕まってやる」


 翔太郎の腕だった。

 その光景に大画面を見ていた観客は大爆笑。

 芽榴を追いかけていた男子たちもその光景に、ひとまず立ち尽くす。まず笑いをこらえるのに必死の様子だ。


「はーー!? 葛城との写真とかマジいらねーよ!」

「俺もいらん。断る」


 滝本は「いやーーーっ」と泣き叫ぶ。せっかく好きな人とツーショットを撮れるチャンスだったというのに、それは瞬時に野郎とのツーショットに変わったのだ。本当に残念な男である。


「楠原、行け」


 翔太郎は芽榴に視線だけ向けてそう言う。

 自分は絶対助けないと言っていたくせに、結局翔太郎は芽榴を助けた。


「ありがとう」


 芽榴は困ったように笑い、そして男子生徒に追いかけられながら今度こそ翔太郎の元を走り去った。

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