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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
文化祭編
132/410

118 死神とスイッチ少年

 風雅の犠牲により、芽榴は鬼ごっこを生き延びることができた。

 しかし、校舎の至る所に監視カメラがあるため芽榴の居場所は時間が経てばすぐにバレてしまうのだ。


「楠原芽榴! 待てー!」


 芽榴はそんな大声を無視して全力疾走する。持久力はあるほうだが、さすがにエンドレスで全力疾走は無理だ。徐々に芽榴の足が遅くなりはじめる。


「やばっ!」


 そして芽榴はとうとう足がふらついてその場に倒れてしまった。


「ラッキー!!」


 先頭で走ってきた男子がいやらしい笑みで芽榴の元へ駆け寄ってくる。さすがの芽榴でも逃げ場がない。完全に捕まると悟った芽榴は思わず目を瞑った。


 ガンッ


 しかし、自分の体には何も触れることなく、代わりにものすごい破裂音が前方から聞こえ、芽榴はゆっくりと目を開けた。


「……うわ」


 芽榴の目の前には壁を壊して突き刺さる玩具の鎌槍と翻る黒いマント――。


「てめぇ、こいつ捕まえるとか……ざけんなよ」


 完全にスイッチの入ってしまっている有利の姿があった。





「ふぉっふぉっふぉっ」


 大画面を見ながら有利の祖父が楽しげに笑う。今日も可愛い孫の文化祭に赴いていたようだ。


「愉快じゃのぉ。あの有利は」

「楠原さんに止められますかね……」


 ワクワクしている祖父とは裏腹に、功利は心配そうに画面に映る芽榴を見つめた。


「にしても、楠原さん、大変身ですね」

「有利の嫁候補ぞ? 当然じゃ」

「まぁ、兄様が大変になるだけですけど」


 功利はそう言って画面を見つめる周囲の男性たちの様子をうかがう。さっきまで自分のことを見てコソコソと耳打ちをしていたのにいつの間にか画面の中の芽榴に夢中になっているのだ。


「捕まえられたりしたら、笑い事じゃないですよ」


 功利はスイッチが入ってしまっている有利に念押しするかのように、画面を見ながらポツリと呟いた。






 有利の登場により、芽榴を捕まえようとした男子は数歩後ずさる。


「あ、藍堂!?」

「気安く触んじゃねぇ……ぶっ殺すぞ」


 完全にいつもの有利の様子ではない。壁に刺さった鎌槍により、物騒な言葉も信憑性が増してしまう。

 ワイワイしていた廊下が一気に静まり返る。芽榴はその様子に苦笑して背後から有利を呼んだ。


「藍堂くん」

「あ?」


 有利の顔で、そのような反応をされると芽榴も緊張してしまう。


「えっとー……」


 芽榴は頬を掻きながら何を言おうか考えた。

 しかし、芽榴が考え終わる前にもう一つ問題が飛び込んでくる。


「きゃあーー! 藍堂くんがいるよぉ!」


 上の階から降りてきて、まだ何も知らない女子の集団が有利の姿を見てそんなふうに叫び出す。


 プチン


 確実に何かが切れた音が芽榴の耳に届く。

 芽榴は恐る恐る有利に目を向けた。


「おい、お前」


 有利は芽榴を睨みつける。ものすごく鋭い視線と似合わなすぎる口調に、芽榴は泣き叫びたくなる思いでいっぱいになった。


「何デスカ?」


 芽榴は笑顔で問いかける。

 すると、有利は座り込んでいる芽榴の腕を引っ張り、そのまま走り出した。


「逃げんぞ」

「わわ、藍堂くん!」






 芽榴は有利に連れられ、校舎を走り抜ける。有利は黒い和服に身を包んでいるというのに、さすがというか芽榴より速く走っていた。


「あ、の……藍堂くん、ストップ!」


 芽榴は有利の腕を引いて彼の動きを制御する。さっき足がふらついたばかりなだけあって、やはり今も走るとすぐに息があがってしまった。


 芽榴が息切れしながらそう告げると、有利は芽榴に背を向けたままピタリとその場に立ち止まった。それでも手だけは強くしっかり握ったまま。


「……助けて、くれて、あり、がと」


 途切れ途切れに芽榴はお礼を言う。すると、有利がキッと芽榴のことを鋭い目つきで睨み、「なぜ!?」と芽榴は心の中で叫んだ。


「そんな格好して、男に捕まりそうになってんじゃねぇぞ」

「ハイ……スミマセン」

「追いかけられてんのもありえねぇんだよ」

「……」


 鬼ごっこなのだから最後の意見は根本的な問題だろう。謝った方がいいのか悩むが、謝る意味が分からない。それに第一、追いかけられているのは芽榴だけではないのだ。


「藍堂くんだって追いかけられてるじゃん」


 ――他意はない。

 しかし、芽榴は少しだけ頬を膨らませて言うため、他から見ればそのことに嫉妬しているように見えなくもないのだ。


 有利は盛大なため息とともに俯いた。


「……勘弁してください」


 有利がそんなふうに小さな声でつぶやく。敬語に戻っている有利に安心して芽榴の表情が緩んだ。


「藍堂く……わわっ」


 芽榴が有利に言葉を告げる前に、有利は芽榴の目を自分の手で塞いだ。


 有利が自分の腕を掴んでいるため、有利がそこにいることはちゃんと分かる。しかし、芽榴からはその姿が見えない。今、有利がどんな顔をしているのかは分からないのだ。


「楠原さん」

「……なに?」

「情けないこと言ってもいいですか?」


 有利の突拍子もない発言に、芽榴は有利の手の中で目を丸くした。


「情けないこと?」


 芽榴が尋ね返すと、有利は大きく深呼吸をした。


「……楠原さんにはいつもの姿でいてほしいです。似合わないからとかじゃなくて」


 芽榴が誤解する前に、有利が先手を打って「似合わない」という考えを否定した。芽榴のコスプレはかなり似合っている。来羅がチョイスした衣装なのだからそれが当たり前なのだ。

 それでも、今まで芽榴に興味がなかった男子まで今は芽榴の虜になっているのだ。


「これ以上ライバルが増えたら、僕は勝てる気がしません」


 有利は弱々しい声で告げる。

 確かに男として情けない発言だ。


「らしくないよ、藍堂くん」


 芽榴は静かにそう言った。有利は「え?」と少し頓狂な声をあげる。同時に有利の手が緩み、芽榴はその隙に自分の視界を塞ぐ有利の手を除けた。


「誰が相手でも藍堂くんが弱気になっちゃダメでしょ」

「……楠原さん。……あの」

「本気でやるって約束したんだから、私だって本気だよ」


 芽榴が口を尖らせる。一方で有利は目を細め、頭痛がするのか額を押さえた。


 どうやら芽榴の中で、有利の言う『増えるライバル』=芽榴という方程式になり、キング争いについて勝てる気がしないと有利が弱気な発言をしているのだと芽榴は考えた。


 確かに情けない発言だが、普通に考えてそれはありえない。


 しかし、訂正していちいち説明するなんて恥ずかしいを通り越して拷問だ。


「……そうですね」


 有利は半笑いで相槌をうった。芽榴は有利の反応に満足そうに頷く。


「たまに僕は蓮月くんを羨ましく思います」


 風雅は芽榴に想いが伝わっている。今回の言葉も風雅が言えば、誤解なく芽榴の心に届いたことだろう。


「いやいや、藍堂くんはそのままがいいよー」


 おかげで風雅には言わないような爆弾発言まで芽榴はサラッとしてしまうのだ。嬉しいのに嬉しくない。相反する感情に、有利はやはり悶々とする他ない。


「質悪すぎです、楠原さん」


 有利は芽榴に聞こえないように、芽榴に背を向けてボソッと呟いた。


「藍堂くんいたーーー!」

「楠原芽榴みっけーー!」


 そして再び同時に生徒に見つかってしまう。

 芽榴は男子生徒のほうをみて真っ青になった。明らかにさっきよりも数が増えている気がするのだ。


 休憩も取れたため、また走ることはできる。芽榴が足を踏み出そうとした瞬間。


 ガラッ


 有利が掴んでいた芽榴の腕を引っ張り、背後の空き教室に突っ込んだ。


「この教室はベランダがあるので、そこから飛び移って逃げてください。できますよね?」

「できる、けど……」


 芽榴は教室の中から心配そうに有利を見つめる。そんな芽榴の顔を見て、有利は薄く微笑んだ。


「僕だって楠原さんと2人で写真撮ったことないんです」


 有利は芽榴の腕をゆっくり手放す。


「なのに、他の人に先越されるなんて絶対嫌です」


 そう言って有利は教室の扉を閉めた。

 教室の外の廊下からは再びスイッチの入った有利の怒鳴り声が聞こえる。


 せっかく有利が助けてくれたのだから、助けに行って捕まるわけにはいかない。芽榴は急いでベランダに移ってその場から逃げた。



 生徒のいない教室まで渡ってきて、芽榴は心を落ち着かせる。深呼吸をすると、さっきの有利の顔が思い浮かんだ。


「……藍堂くんって質悪い」


 芽榴はため息を吐いて、恨めしそうにそう呟いた。

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