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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
文化祭編
127/410

113 予想と追憶

 麗龍学園の文化祭最終日の朝。


 その男はデスクで眠りについていた。






『東條くん』


 現実味のある声でその人は彼の名を呼んだ。

 もう現実には存在し得ない人、ましてまだあどけなさの残る高校生の彼女が目の前にいて「あぁこれは夢だ」と東條はそんなふうにボーッと考えていた。


『来週の休日、ラ・ファウスト学園はちゃんとお休みでしょー?』


 公立高校の制服を着た榴衣がラ・ファウストの制服を着た東條の隣を歩きながらそんなふうに尋ねた。


 高校生になると東條は親の言いなりにラ・ファウスト学園へ入学した。本当は彼女と同じ高校に行きたかったけれど、東條もさすがに我儘を通すことができない歳になっていた。


『ああ……それが何』

『私の高校の文化祭に来て。重治もいるし』


 屈託ない笑顔で榴衣は言う。それは30年以上前にも聞いた台詞だ。当然東條もそのときと同じ返事をする。


『別に楠原には興味ない』

『……プッ、アハハ! そう。じゃあ、私に会いに来て』


 好きな人にそう笑いかけられ、柄にもなく東條は頬を染めた。


『……行く』


 




 そこで東條は目を覚ました。

 時計に目をやれば、最後に時計を目にした時からそう時刻は進んでいない。しかし、針が示す時間はすでに東條賢一郎に今日の仕事開始を促していた。


「はあ……」


 思わずため息が漏れる。

 あの頃の東條は自由に行きたいところへ行けてもまだ自分の世界が窮屈で仕方がなかった。今となってみれば、あの時の自分はかなり恵まれた環境に身を置いていたと思わなくもない。


 それにしても、今日という日にあのような夢を見るのは何かの暗示なのではないか、と東條は少しだけ考える。


 東條はデスクに置かれた小さなカレンダーに視線を向け、目を細めた。




――もし僕が東條社長の息子なら――




 東條は二日前にここにやって来た青年の言葉を思い出す。何もかもバレていると知った焦りよりも、彼の言葉に心を動かされた自分の意志の弱さに、東條は自嘲した。



「……榴衣。お前なら何と言うかな」


 東條は誰もいないオフィスの中で寂しげに呟いた。




『賢一郎さん。この子の名前には男の子でも女の子でも絶対私と同じ《榴》をつけて』

『どうして』

『私みたいに元気な子にしたいから』

『……うるさいのは榴衣、お前だけで十分だ』

『あはは! でもそしたら賢一郎さん、嫌になるくらい笑っていてくれるでしょー?』




 いつも彼女は笑っていた。しかし、彼女の言うとおり《榴》という字をつけた少女を、東條はもう何度も不幸にしてしまった。『元気に笑う子にしたい』そんな彼女の願いも全部、東條は叶えてあげられなかったのだ。


「きっと、もう何をしても怒るだろうな」


 東條は何かを決めたように、そこにあった会社用のスマホに手を伸ばした。








 最終日を迎える文化祭は3日間で1番盛り上がる大切な日だ。


 麗龍学園の校内では波乱な展開を迎えたクラスもあったが、しかし、そんなことはコンテスト委員にとってどうでもいいこと。


 コンテスト委員にとって今何より気になるのは今年のキング争いの行方だ。


「コンテストの結果とクラス出店の中間発表を見るに、キングは今年も神代くんかな。でも役員五分五分だし、最後までわかんないかぁ……」


 ペンをクルクル回しながら美男子・美少女コンテストの中間結果をまとめ、コンテスト委員長は楽しそうに呟く。


「え、楠原芽榴がまさかランクインしてるんですか?」


 近くで作業していた2年のコンテスト委員が困り顔で尋ねる。役員全員を頭に浮かべて「あの子だけはありえない」と顔で訴えているが、彼女の反応はコンテスト委員長も分からなくない。コンテスト委員長自体、楠原芽榴がエントリーしに来た時、かなり失礼な態度をとってしまったのだ。


 しかし、彼女のおかげで神代颯がコンテスト出場を承諾したのは確かだ。そのため、コンテスト委員長は密かに芽榴を応援していたりする。


「ううん、票は数えるほど。おそらく役員か友達がいれたんじゃないかな。ランク外だよ」


 コンテスト委員長はそう言って集計結果の書いてある紙をヒラヒラと振ってみせた。すると、委員の子はどこか満足げに「ですよね」と返した。


「キング争いは楠原芽榴以外の役員ってとこかね」


 3日目に大どんでん返しが起こることはそんなにない。1日目と2日目、だいたい同じような結果が3日目でも得られるのだ。


「ま、当たり前か」


 コンテスト委員長は回していたペンを唇の上に乗せ、少しだけつまらなそうに机に頬杖をついた。








 時を同じくして、他の場所で何が起こっているかなど知るべくもない芽榴は2学年棟の3階、自分のクラスへと繋がる廊下を歩いていた。


 昨日より少し早めに学校にやってきた芽榴は少しだけソワソワしている。


 役員たちは「もう荒らされることはない」と言ってくれ、それを疑うわけではない。しかし、最終日くらい最初から波に乗りたい。念には念を入れ、芽榴はクラスで予定していたよりもかなり早くF組に着いた。


 教室の扉を開け、昨日と変わらない光景に芽榴はホッと肩を撫で下ろした。


「よかったー……」


 思わず声にまで出してしまい、芽榴は笑った。扉を開ける瞬間、自分で思っているよりもはるかに緊張していたのが分かったのだ。


 中に入り、もうお菓子作りを始めようか。それとも少し装飾を増やすか。そんなことを考えていると、芽榴の目にお客様用のテーブルに顔を伏せて眠っている人物の姿が映った。


「……滝本くん」


 芽榴が呟くように名を呼ぶと、眠っていた滝本がビクッと肩を揺らし大きな欠伸をしながら伏せていた体を起こした。


「ふあぁ……ねみー」

「寝てたじゃん」

「わっ! 楠原! おまえ……おどかすなよ」


 滝本の欠伸混じりの言葉に芽榴が突っ込むと、滝本はガタガタと音を立てて椅子から立ち上がった。大袈裟なくらいに驚く滝本を見て、芽榴は笑った。


「笑うなよ。つかマジでビビった」

「ごめんねー。ちょっと面白かったから」


 こんなやり取りは昨日まで、絶対にできなかった。滝本と仲直りできたことを実感すると、自然と芽榴は笑みをこぼしていた。


「でも来るの早いね?」


 芽榴でさえ自分は早く来たと思っていた。今滝本がここにいるということは少なくともそんな芽榴よりも早く学校に来たということだ。


 芽榴の問いに、滝本は照れ臭そうに頭を掻いた。


「荒らされてねーか心配であんま眠れなかったんだ。だからそのまま学校来て、クラスが無事なの確認して……寝てた」


 そう言って滝本は他所を向く。

 芽榴はそんな滝本のしぐさに吹き出した。


「お前なっ! あーもう、だから笑うなって!」

「あはは。それは眠いよねー。滝本くんらしい」


 芽榴はそう言ってまたカラカラと声に出して笑っていた。そんな芽榴の反応に、文句が言いたくなるけれど滝本には言えなかった。それが滝本の好きな芽榴の姿なのだから。


 代わりに滝本は少し真剣な顔で、でも柔らかい雰囲気を保ったまま、芽榴に一つお願いをした。


「なぁ、楠原」

「んー?」

「後夜祭の前にさ……ちょっと時間くれねーか?」


 芽榴は滝本のことを見つめる。


「今じゃダメな話?」

「……まあ。これ以上、文化祭中にしおれたくないから」


 滝本がまたおかしなことを言うため、やっぱり芽榴は笑ってしまった。滝本が「…楠原」と少し低い声で呼ぶと、芽榴はピタリと笑うのをやめた。


「うん。分かった」


 芽榴は優しく微笑む。

 芽榴の返事を聞いて、滝本は安心したように笑った。


 そしてF組の生徒が集まるまで滝本はイビキをかいて眠り、芽榴はお菓子作りを始めるのだった。

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