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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
文化祭編
125/410

111 絡まる糸と罪悪感

 芽榴がクラスに戻り、しばらくすると出店終了のチャイムが鳴った。

 昨日と同じように校内では無事2日目が終わったことによる各クラスからの安堵の声がもれ聞こえる。


 そしてすぐにみんなが待ち構えている2日目の中間発表が始まった。


『3位、2年D組着付けコーナー。2位、2年B組ライブルーム。1位、2年A組の劇です』


 発表があると、E組の向こう側にあるD組の喜びの声がF組にまで聞こえてきた。2日目の中間発表は累計ではなく、その日1日の結果発表であるため、F組がランクインするのは難しい。F組の生徒たちもそれが分かっていたため、大きく落胆している生徒はいなかった。


 累計結果がどうなっているかは分かっていない。それにまだ最後の一日があるのだ。ガッカリするのはまだ早い。


「みんな、今からが勝負ですよ!」


 放送が終わると、委員長がそんな風に大きな声で言う。

 最後クラスを離れていた芽榴には委員長の言っていることの意味が分からず、「へ?」と頓狂な声をあげてしまった。


「今日の分取り返すためにみんなで居残って、飾り付けとかできるだけ修復し直そうって話」


 困り顔で突っ立っている芽榴の近くにやってきて、舞子が言う。その手にはすでに作りかけの飾り付けがあった。


 クラスのみんなも自分のするべきことが分かっているらしく、みんなさっさと制服に着替えてそれぞれの仕事を始めていた。


「みんな、あんたのやる気が移ったみたいよ」


 ポカンとしている芽榴を見て、舞子は少し笑って告げる。

 芽榴はそれに驚いて周囲を見渡した。


「お前、そんなきったねぇ飾りじゃ客もこねーよ」

「ねぇねぇ、この飾り可愛くない?」


 普通に考えて面倒な仕事なのに、誰一人嫌そうな顔をしていなかった。居残る義務はないのに、みんなが自ら進んで仕事をしているのだ。


「あんた一人に仕事させるわけにはいかないってよ」


 舞子が言い、芽榴はすぐには声が出せなかった。

 嬉しくて、芽榴はキュッと自分の着物の裾を握りしめる。そしてハーッと大きく息を吐いて顔をあげた。


「なら、私がボーッとしてるわけにはいかないよね」


 芽榴は笑って調理場の片付けに行った。





 制服に着替え、使った皿や調理道具を洗って家庭科室に返しに行く。すべての道具を所定の場所に戻し、家庭科室から出た芽榴は次にどの作業に入ろうかと考えながら教室に戻ろうとした。


 しかし、芽榴は一歩踏み出してすぐに立ち止まった。


「失礼しました……っ。楠、原」


 芽榴が家庭科室から出るのと同時に、家庭科室の隣、保健室から滝本が出てきたのだ。


「滝本くん……」


 向かい合った2人はその場に足を縫い付けられたみたいに、動くことができずにいた。


 気まずくてお互いに視線をそらしてしまう。芽榴が視線をそらした先には湿布を巻かれた滝本の人差し指があった。


「指、怪我したの?」


 作られた沈黙を破るように、芽榴は静かに尋ねる。滝本は少し驚いたように反応して、すぐに自分の指に目を向けた。


「……トンカチで、打った」


 滝本がぎこちない様子で、それでもちゃんと芽榴の質問に答える。芽榴はそんな滝本を見てクスッと笑った。


「またクルクル回してたんでしょ」

「……っ、ちげーよ。普通に釘打ってたらミスっただけだ」


 少しだけ滝本がいつものように反応を返してくれた。それでもやはり前みたいな楽しい会話にはならなかった。


 2人とも言えずに噛み締めている言葉が、沈黙を作る。

 居心地が悪くなる前に、芽榴はその場から離れようとした。


「楠原」


 しかし、滝本がそれを制する。

 芽榴は踏み出そうとした足をその場に留めて「何?」と小さな声で滝本に尋ねた。


「なんで……お前そんな平然としてんだよ」


 滝本は芽榴の目を見て、はっきりとした声でそう問いかける。芽榴はその視線を受けて、言葉を詰まらせた。滝本と気まずくなりたくなかった、と理由は分かっていても芽榴にはそれを言うことができなかった。


「俺ばっかり、意識して……八つ当たりして、笑えるくらい情けねーのに……」


 滝本は苦しそうに顔を歪ませる。

 

「今朝だって……なんで庇ったりしたんだよ」


 滝本はまるで芽榴を責めるかのように、低い声で問いただす。それでも芽榴はちゃんと滝本から目を逸らさなかった。


「……滝本くんが荒らし犯じゃないって分かってたから。だから庇っただけ」


 感情的になっている滝本に、芽榴は冷静に静かな声で告げる。クラスメートが喫茶店の準備をしているところを楽しげに見ていた滝本を知っている芽榴にとって、滝本を犯人と疑うことは論外。そして何よりクラスが荒らされたのが自分のせいだということを芽榴は痛いほどに分かっていたのだ。


 しかし、そんな芽榴の真っ直ぐな言葉は滝本の胸に鋭く突き刺さるだけだった。


「分かったようなこと言うなよ……」


 滝本は唇を噛み締め、今にも泣き出しそうなくらい頼りない声で言葉を紡ぐ。


「俺はクラスが荒らされてるの見て…正直ホッとしたんだ。……お前に最低なこと言ってらしくねーことばっかしてたのも、ここでいいとこ見せれば全部チャラになるんじゃねーかって。でもそんなのも見透かされたみてーに犯人扱いされてさ、恥ずかしくて堂々と言い返すこともできねーで……情けなさに拍車かけてさ……」

「……滝本くん」


 芽榴はそんな滝本の姿が切なくて、彼の肩に触れようと手を伸ばす。しかし、その手を滝本がパンッと弾いた。


「……好きじゃねーなら、優しくすんなよ。平然としてねーで拒絶してくれよ! そうしてくれねーと……」


 滝本は芽榴の手を弾いた自分の手を自分の額にピタリと押し付ける。そして前髪をクシャっと握りしめた。


「まだ可能性あんのかもって、期待するだろ……」


 消え入りそうな声で滝本が告げる。


 滝本の思いは痛いほど強く芽榴に伝わった。でもそれを受け入れることなんてやはり芽榴にはできない。


「滝本く……」

「何やってんの? あんたたち」


 芽榴が何かを言いかけようとしたそのとき、遮るようにして聞こえた声に、芽榴は固まった。

 間違えようもない大切な声、そして今最も聞きたくなかった声の主の方を芽榴はゆっくりと振り返る。


「舞子、ちゃん」


 渇いた喉からはうまく声が出なかった。

 振り返った先にいる舞子の姿に、芽榴は動揺を隠せなかった。


「遅いから様子を見に来たんだけど……」


 舞子はそう言って芽榴たちのほうへ歩み寄る。舞子は2人の帰りが遅く心配してやってきたらしいのだが、あまりにもタイミングが悪すぎた。


「舞子ちゃん、これはその……」

「植村……」


 芽榴と滝本は視線を彷徨わせる。

 そんな2人の反応を見て、冷静だった舞子の中で何かがピンッと張り詰める音がした。


「……いい加減にしなさいよ」


 舞子はとても低い声で言った。

 突然怖い顔になった舞子を見て、芽榴の瞳が不安げに揺らぐ。滝本も舞子の表情に、少し驚いていた。

 しかし、2人の反応はやはり舞子の苛立ちに拍車をかけるだけだった。


「自分たちしか分かってないみたいな顔して、バッカじゃないの!」


 舞子は大きな声で、説教をするかのようにして言う。

 舞子の台詞に、芽榴も滝本も唖然としてしまった。


「……舞子ちゃん?」

「滝本が芽榴のこと好きなのなんて、みんな知ってたわよ!」

「え」

「な……っ」


 舞子は眉を顰めてウンザリするように言葉を吐いた。彼女が知らせた事実に、芽榴は驚き、滝本は顔を真っ赤にする。


「なんで知ってんだよ! 俺誰にも言って……」

「言わなくても分かるわよ! あんな分かりやすいのに、気づいてないのは当の本人だけ!」


 そう言って舞子は芽榴に目を向ける。芽榴は舞子の鋭い視線を受け、ビクッと肩を揺らした。


「芽榴は分かりにくかったけど、滝本の態度がおかしいの見たら2人に何があったかなんて考えなくても分かるし……それなのにそうやって隠そうとしてんのが腹立つ!」


 舞子は唇を噛み締め、手を握りしめた。

 芽榴は返す言葉が見つからず、俯いてしまう。まさか舞子にまでバレているとは思わなかったのだ。1番隠したかった人に隠し通せなかった自分が愚かに思えてならなかった。


「……ごめん、舞子ちゃん」


 芽榴は辛そうに目を伏せたまま、舞子に謝る。芽榴が隠したかった理由も謝る理由も全部分かっているだけに、舞子はそんな芽榴の姿が苦しかった。


「別に……責めてるわけじゃない」


 舞子は芽榴から視線を逸らしてぎこちなく告げる。

 そんな芽榴と舞子のやり取りの意味が滝本には分からない。だから、舞子がどうしてこんなに怒っているのかも滝本にはわかるはずがないのだ。


「つか、なんで植村がそこまでキレるんだよ。マジ意味わかんねぇ」

「滝本くん!」


 不貞腐れたように滝本が言い、芽榴はそれを止めに入る。しかし、滝本は止まらない。


「お前には関係ねーだろ」


 その一言がトドメだった。

 舞子の中で張り詰めた糸が舞子の頭の中で大きな音を立てて切れた。


「……なくないわよ」

「え?」

「関係なくないわよ!」


 一旦俯いた舞子だが、すぐに顔を上げ、上擦る声で叫んでいた。滝本はそんな舞子のことを少し驚いた様子で見つめる。もう止めに入ることなんて芽榴にはできなかった。舞子は躊躇しつつも震える口を開いた。


「私は、私はあんたのことが……っ!」


 静かな廊下に泣き出しそうな舞子の声が響く。


「植、村……」


 滝本は目を大きく見開いて固まっていた。

 その先の言葉は言わずとも分かる。舞子の表情が声が、すべてがその最後の言葉を伝えていた。


「……っ!」


 自分が何を言おうとしたのか、今更頭が回り始めた舞子は顔を真っ赤にする。そして、「バカ!」と最後滝本に言い残して舞子は走ってその場からいなくなった。


「舞子ちゃん!」


 芽榴は舞子を追いかける。

 きっとまだ舞子は滝本にそれを伝えるつもりはなかった。そしてそれを言わせたのは自分の不甲斐なさのせい。


「お、おい!」


 罪悪感がいっぱいで芽榴は走り出す。

 滝本の制止の言葉も聞かず、芽榴は舞子を追いかけた。

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