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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
文化祭編
124/410

110 言えない想いとお人好し

 来羅の両親と別れた2人は気を取り直して颯たちA組が劇をしている第1体育館へと足を向けた。


 第1体育館に着いた2人は体育館の扉を少し開ける。体育館の中はすでに大混雑で、1階の座席は見える限りではすでに埋まっていた。1階の空いている場所や2階のキャットウォークで立ち見をしている生徒もかなりいる状態だ。


「予想はしていたけど、かなり多いわね。さすがクラス1位」

「そう、だね」


 感嘆する来羅を前に、芽榴は体育館の中の様子を見て少し苦笑した。

 混雑よりも何よりも、芽榴には気にしなければならないことが別にあった。体育館に来てから気づくとは我ながら迂闊だったと芽榴は自嘲する。


 劇が行われるため、体育館の中は暗幕が垂れていて暗い。劇が始まったらスポットライトなどで少しは明るくなるだろうが、今の状態で体育館の中に入るのは芽榴にとってかなり不安だった。


「るーちゃん、前に行く? 見えづらくない?」

「来羅ちゃんは見える?」


 芽榴が少し顔を上げて来羅に問う。さすが性別は男子なだけあって来羅も芽榴よりは身長が高い。有利より少し高いくらいだ。そのため、体育館の入口付近にいても来羅にはちゃんと舞台が見える。


「じゃあ、ここで見てもいい?」


 来羅が頷いたのを確認して、芽榴は苦笑したまま尋ねた。今芽榴が立っている場所なら、ちょうど人と人の隙間から舞台が見える。そして、暗い体育館でも換気のために少し開けたままの扉から光が差し込んで暗さが緩和されるのだ。


 来羅が芽榴のお願いを笑顔で受け入れ、2人は壁に背を預けて数分後の開演を待った。


「ね、来羅ちゃん」

「なぁに?」

「神代くん、何の劇するか知ってる?」


 芽榴は颯に劇の演目を教えてもらえなかった。今から始まるとはいえ、やはり気になった芽榴は来羅に問いかける。すると、来羅は「えっとー」と言って人差し指を口元に当てて、思い出すようにして言った。


「確か、シェイクスピアの『ハムレット』」

「え」


 聞いた芽榴は目を丸くする。

 演目のレベルがかなり高いのだ。高校生が文化祭の出し物でやる劇のレベルではない。さすがはクラス一位。同じ劇を一日に3回ほど公演して、なおこの混雑を維持できるのだから、おそらくかなりハイレベルな演技なのだろう。


「……さすが」


 芽榴がそう呟くと、体育館に放送が鳴り響いた。


『2年A組、ハムレット本日最終公演です』


 客と舞台とを仕切っていた幕があがる。

 幕があがると同時、前に一度見た衣装に身を纏う颯が現れた。瞬間、体育館には女子の声にならない静かな喜びのため息がもれた。


 頭を下げていた颯が顔をあげ、颯は前を見る。すると、颯は観客の方を見て一瞬だけ眉をあげた。


 舞台から一番離れた場所にいるため、そんな颯の様子は芽榴には分からない。しかし、視力のかなりいい来羅にはそんな颯の顔がちゃんと見えた。


「お早いお気づきだこと」

「え?」


 来羅が楽しげに笑って呟いた言葉に、芽榴は首を傾げる。しかし、来羅は首を振って「なんでもない」と告げた。


 それから劇は始まり、颯の迫真の演技にみんな魅了される。芽榴も「すごーい」と無意識なのか小さな声で呟き、来羅はそれを見てクスリと笑った。


 劇が終わり、幕が閉じる。

 幕が閉じても体育館は拍手の音が響き渡り、感動した観客の歓声でいっぱいだった。


 皆がまだ舞台の余韻に浸っているそのうちに、芽榴と来羅は一足先に体育館を出て行った。







「るーちゃん、楽しかった?」

「うん。まぁ、演目は悲劇だけど……神代くん演技うまいね」

「それは本人に言ってあげないと」


 芽榴が感心するように言うと、来羅は笑顔で言う。芽榴は笑って「そうだね」と返した。

 そして来羅を見つめたまま、芽榴は少しだけ照れ臭そうに口を開いた。


「来羅ちゃん、ありがとね」

「え?」

「たぶん来羅ちゃんが誘ってくれなかったら、文化祭回らなかったと思うし。来羅ちゃんと回れてすごく楽しかった」


 芽榴はそう言ってはにかんで笑う。そんな芽榴を見て来羅の中で何かがはじけた。

 

 2人はいつのまにか体育館裏へと来ていて、引き返そうと芽榴が考える。しかし、そんな芽榴の後ろで来羅が立ち止まった。


「来羅ちゃん?」


 芽榴は振り返り、不思議そうに来羅の顔を見る。来羅はそんな芽榴の表情を見て笑った。


「……私、るーちゃんが好きよ」


 来羅は目を伏せ、そう言う。そしてそのまままた歩き出して芽榴の隣に並んだ。


「え、うん。知ってる」


 芽榴は来羅の言葉にそんなふうに返した。さすがに今までも来羅には嫌われていないだろうと芽榴は少しだけ困ったように考えていた。

 芽榴の反応に、来羅は一瞬キョトンとして次の瞬間には吹き出していた。


「来羅ちゃん?」

「ううん、るーちゃんらしいと思って」


 来羅は笑すぎて思わず出てきた涙を拭った。


「やっぱりるーちゃん大好き」

「……? 私も来羅ちゃん大好きだよ」


 芽榴がそう言って笑い、来羅は「ありがとう」とニコリと笑顔を返す。そして芽榴の頭を優しくポンポンと撫でた。


「私、そろそろクラスに戻るわ」

「え、じゃあ私も……」

「るーちゃんはこっち」


 芽榴は来羅とともに校舎に向かおうとするが、そんな芽榴の肩を来羅が掴み、逆方向へと返した。芽榴の目の前は行き止まり、体育館の裏口しかないのだ。芽榴が顔だけ来羅のほうに向けると、来羅はヒラヒラと手を振った。


「颯に『上手だった』って言っておいて」


 来羅はそう言って、芽榴に背を向けて校舎のほうへと歩みを進めた。




 取り残された芽榴は、裏口の前で肩を竦める。


 体育館の裏口は各クラスの楽屋に通じているのだ。


 さっさと入ってしまえばいいのだろうが、先ほども体育館の中は暗く、今もおそらく明るくはなっていないだろう。

 何より芽榴が颯のところにやってきていい顔をする人はあまりいない。行かない方がいいと自分の中で判断した芽榴は踵を返す。


 しかし、芽榴が背を向けた扉がいきなり開き、芽榴が振り返る前に、館内から現れたその人物が芽榴の腕を掴んだ。


「芽榴」

「わ……神代くん」


 掴んだのはやはり颯だった。

 どうしていつも颯はいいタイミングで出てくるのかと芽榴は不思議に思う。しかし、今回も颯が出てきてくれたのは芽榴にとってありがたいことだった。


 颯は裏口の扉をしっかり閉め、あたりを視線だけ動かしてチェックする。

 そして颯はやっと芽榴に笑みを見せた。その念入りな警戒の意味が分かってしまうだけに、芽榴は思わず苦笑してしまった。


「見に来てくれたんだね」


 颯の発言に芽榴は少し驚く。舞台にいた颯が体育館の入り口付近にいた自分の存在に気付くとは思わなかったのだ。芽榴が感心していると、颯が「僕を誰だと思っているの」と言ったため、芽榴は確かにと頷いて笑った。


「少しは楽しめたかい?」

「少しどころか、感動したよ」

「芽榴にそう言ってもらえると嬉しいね」


 颯は満足そうに笑みを浮かべた。相変わらずキザなことをサラッと言う人だ、と芽榴は目を細める。けれど、それも様になっているため文句は言えない。


 そんなふうに笑いあった後、すぐに颯は真剣な顔つきになる。


「神代くん?」

「もう……大丈夫かい?」


 颯にそう問われ、芽榴は一瞬だけ言葉に詰まる。

 しかし、いずれ颯がその話を振ってくることはある程度予想出来ていたため、芽榴はそれほど驚くことはなかった。


「――うん。神代くんも、ありがと。おかげで助かった」


 芽榴はペコリと頭を下げる。

 翔太郎のおかげで、今朝の事件についてもそれなりに芽榴の中で折合が見つかったところだった。


 しかし、颯の言いたかったことはそれがすべてではない。


「それだけではないんだけどね」

「……え?」


 芽榴が心配そうな顔で颯を見つめ、颯は少しだけ苦い様子で笑った。言うべきではなかったと後悔しても口から出てしまった言葉はもう戻せない。


「……滝本くん、だっけ?」


 その名前が出て、今度こそ芽榴は予想もしていない話に目を見開いた。


 颯の「大丈夫」は単にクラス荒らしのことだけを指しているのではなかった。

 いつそのことがバレたのか芽榴には分からない。

 それでも颯が芽榴と滝本のあいだに起きたことを知っているのだと芽榴は確信し、ぎこちなく笑った。


「こればかりは……さすがに神代くんにも助けてもらうわけにはいかないよ」


 芽榴の言葉に颯は寂しそうに、それでも納得したような顔で頷く。


「分かっているよ。ただ僕は……」


 颯は芽榴の顔を両手で包み込み、芽榴の目線と合わせるように屈みこんだ。


「……な、に?」


 真剣な顔の颯と間近で向き合い、芽榴は少しだけ頬を染めた。


 言いたい言葉は喉のすぐそこまで出てきているのに、颯にはそれを口にすることができない。芽榴の瞳を見たらもっと言葉は胸の奥に隠れていった。


「……拒絶される覚悟がないだけだね」


 颯はそう言って芽榴の頬から手を離す。

 芽榴は不思議そうな顔をしたまま、颯のことを見つめた。


「もうすぐ出店も終わりだよ。戻ったほうがいい」


 颯は芽榴の頭をいつものように優しく撫でる。

 颯の手が頭から離れると、芽榴は顔をあげ、颯に笑いかけた。


「神代くんの劇、見れてよかった」

「明日は僕も芽榴のクラスに寄るよ」

「ありがと。楽しみにしてる」


 芽榴はそう言い、笑顔のまま颯を置いて校舎のある方へと歩いていった。




 芽榴がいなくなり、残った颯はまだその場に立ち尽くしていた。芽榴の後ろ姿を見届け、しばらくして颯はハァッと溜息を吐いた。


「なぜ、わざわざ僕のところに芽榴を送ってきたんだい? ……来羅」


 颯は校舎のほうを見ながら告げる。

 すると、体育館の建物の死角から金色の長い髪を揺らして来羅が現れた。

 来羅はクラスには戻らず、ずっとそこで颯と芽榴の会話を聞いていたのだ。


「今朝の件があるし、るーちゃんが元気なところ見たいんじゃないかと思って」

「……お前のそのお人好しにはいい加減呆れるよ」


 颯はそう言って壁に背を預ける。来羅は苦笑して颯のそばに歩み寄った。


「颯」

「なんだい?」

「みんなが思ってるほど、私はお人好しじゃないわよ?」


 来羅がそう言い、颯は呆れたように来羅を見つめた。


「来羅、お前は……」

「私、るーちゃんに好きって言ったわ」


 来羅がそう言い、颯は言いかけた言葉を飲み込んだ。さすがの颯でもそれは予想外だったらしい。


「でも、サラッと流されちゃった」


 来羅は颯の隣に並んで、颯と同じように体育館の壁に背を預けた。


「……芽榴らしい反応だね」


 颯はどこか安心したように呟く。

 来羅は横目に颯の様子をうかがい、もうすでに冷静になっている颯を見て、クスリと笑った。


「でも私も颯と一緒。るーちゃんに拒絶されるのが怖いから……やっぱりちゃんとは言えなかった。その点、るーちゃんにちゃんと告白した滝本浩くんは役員の誰よりも男らしい、ってちょっと嫉妬しちゃうわよね」


 来羅が小さな声で呟くように言うと、颯は小さく息を吐き、視線だけ来羅に向ける。

 その瞳は優しくも悲しげに濡れているように来羅には思えた。


「……いつまでもこのままではいられないことくらい分かっているよ」


 そう言って颯は体育館の壁に預けていた背を起こす。そして体育館の裏口の扉を開け、来羅に「クラス1位は譲らないよ」と笑って館内に姿を消した。


 

 ――ずっとこのままみんな仲良く終われたらいい。

 でも、それは都合のよい空論にすぎないこともちゃんと分かっているのだ。


「どうすればいいのかしらね」


 来羅は複雑そうな表情のまま、もうここにはいない颯に向かって問いかける。

 その答えはやはり返ってくるはずもなく、来羅は今度こそ自分のクラスへと戻っていくのだった。

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