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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
文化祭編
123/410

109 見回りと来羅の両親

「芽榴、遅かったわね」


 調理器具を持って帰ってきた芽榴を真っ先に迎え入れた舞子は不思議そうな顔で言った。

 のんびりした雰囲気とは裏腹に芽榴の行動は常に無駄がないため、調理器具を持ってくるだけなのに芽榴にしては少し時間がかかったような気がしたのだ。


「ちょっと喝入れてきたー」


 芽榴はカラカラと楽しげに笑って言う。対する舞子は意味不明と言いたげな微妙な顔をした。


「芽榴?」

「さて、宣言したからには負けられないよー!」


 しかし、芽榴はそんな舞子の様子を気にすることなく片腕をブンブン振り回して調理場に向かった。


「どうしたのよ、あの子は」


 舞子は驚いたような顔で呟く。数十分前の芽榴もそのあたりにいる生徒より十分やる気満々に働いていたが、今の芽榴はさっきにも勝るやる気に満ち溢れていた。


 しかし、不思議ではあるが、やる気があるに越したことはない。


「私も頑張ろうっと」


 芽榴のやる気が移った舞子も自分の頬をペチンと叩いて、表の修復作業に戻った。





 それから数時間後。


「2年F組喫茶店開始っすー!」

「お待たせしました! ぜひ来てください!」


 F組の生徒たちが各校舎に向かい、呼び込みを始める。F組は予定した昼までに修復を終えることができたのだ。やはり元通りとはいかなかったが、出店をするのに問題ない程度には片付いた。


「いらっしゃいませー」


 出だしこそ遅かったが、昨日獲得した客数は本物だった。準備を待ってくれていた客も中にはいて、少しの呼び込みで客数は一気に伸び始める。




 他クラスと同様にF組が波に乗り始めた頃、すでに2日目の出店時間も残りあとわずかとなっていた。


 そんな中、F組の調理場に綺麗な声が響く。


「るーちゃん、いますか?」


 その声に、名前を呼ばれた芽榴よりも先に周囲にいた男子たちがいち早く反応するのだった。


「い、い、いますよ! うわっ、俺、柊さんと喋れた!」

「マジかよ、柊さんだ!」

「やべぇ! やる気出てきた」

「……最初から出せよ、男子」


 学園1の美少女・・・である来羅の登場に、相変わらず単純な反応を示す男子組と、それに呆れる女子組という昨日目にした和やかな光景がクラスに生まれた。


「来羅ちゃん」


 芽榴は今しがた作り終わった大福を委員長に渡して扉近くにいる来羅のところに歩み寄った。

 芽榴が来羅のところに行くと、来羅は芽榴を見て目を丸くした。


「るーちゃん……何その衣装」


 来羅が神妙な顔つきで芽榴の衣装を眺めるため、芽榴は自分の着ている赤と黒のチェック模様の着物に視線を落とす。


「えっと……これは」

「かわいいっ!」


 来羅はさっきとは一変してパアッと顔を輝かせる。

 毎度のことであるが本当に可愛い子から「カワイイ」と言われるのはかなり抵抗がある。悪気はないだろうし、本音なのだろうが、周囲の「柊さんのほうがカワイイ」という視線が刺さるようで痛いのだ。

 現に、麗龍の生徒がみんな身につける女子の制服でさえ、来羅が着ると、ファッションショーで使用されるのかと思うほどに様になっている。


「はあ……」


 芽榴は困ったように笑ってため息を吐く。対して、来羅はとても愉快そうに芽榴の全身を眺めているのだ。


「でーも、るーちゃんの可愛さを最大限に引き出すのは絶対私が作ったハロウィンコスプレだから。期待しててね」


 来羅がウインクをし、周囲の男子が数人バタバタと倒れる。芽榴はまだ発表されていない自分の衣装を想像してハハハと半目で笑った。


「それより来羅ちゃん、どーしたの?」


 芽榴が首を傾げると、来羅は周囲をグルリと見渡した。


「F組の様子を見に来たの」

「おかげさまで、もう大丈夫だよ」


 芽榴は苦笑まじりに、今朝手伝ってくれたお礼を言った。もちろんその中には事件を解決してくれたお礼も含まれているのだが。


「でも、それだけ?」


 芽榴が尋ねると、来羅はキョトンとした。

 確かに本題は別にあったが、実際にF組にやってきて、忙しそうにしている芽榴を見たら、その用件は来羅の頭から消えてなくなっていた。

 でもクラスの様子を見に来ただけというのはやはり不自然で、来羅は素直に用件を話すことにした。


「私、これから休憩だから。るーちゃん時間あるなら休んでないだろうし、一緒に回らないかなって」

「あー、なるほど。でも今は……」


 芽榴が断ろうと言葉を濁す。来羅もそれが分かっていて「了解」と言葉を返そうとした。

 しかし、芽榴の背後から現れた舞子が芽榴の背を押した。


「舞子ちゃん」

「あんただけでしょ? 朝からずっと動きっぱなしでまだ休憩してないの。今はちょうどストックもあるし、客数も安定してるから行きなよ」


 みんな途中途中出店回りや休憩といって当番を代わっている中、芽榴だけは一度も休憩を挟まずにフル活動しているのだ。舞子は来羅に「どうぞ」と芽榴を差し出した。


「でも……」

「文化祭は出店をやるだけじゃなくて、出店を回るのも重要。いいでしょ? 委員長」

「もちろんです。というか、もう楠原さんの今日の仕事は十分です。あとは任せて」


 冷蔵庫の中を整理している委員長は視線を冷蔵庫の中に向けたまま、大きな声でそう言った。


「だってさ」


 舞子は委員長の言葉にそう付け加える。

 芽榴はまだ躊躇していたが、やはり2人の言葉に甘えることにして「ありがとう」と言って来羅と一緒にF組の外に出た。






 芽榴は来羅と廊下を歩く。

 来羅と一緒にいるときは、他の役員の時とは違って男子の視線の方が多くぶつかるため、それほど陰口も聞こえない。


「るーちゃん。これつけて」


 そう言って来羅が芽榴に渡したのは腕章のようなものだ。そこには《生徒会見回り中》と書いてある。ちなみに生徒会に見回りの仕事はない。

 芽榴に渡したのとまったく同じものを来羅もすぐに自分の制服の袖につけた。


「それつけてたら、大丈夫」


 辺りを心配そうに見渡している芽榴に、来羅は告げる。さすがに役員の仕事をしているとなれば、自分と一緒にいてもそれほど文句は言われないだろうと思っての来羅なりの配慮なのだ。


「ありがと、来羅ちゃん」


 芽榴は笑って、その腕章を来羅と同じように袖につけた。


「来羅ちゃん。どこか行きたいところあるー?」

「もちろん。るーちゃんと回りたいところピックアップしておいたんだから」


 そう言って、来羅は案内図を片手にニコリと笑った。


「あと颯の劇も今日最後の公演があるらしいから、行きたいんだけどいい?」


 来羅が芽榴に尋ねる。芽榴自身、颯に時間があれば見に行くと伝えていたので断る理由はなかった。


 芽榴と来羅は公演開始の時刻まで、颯たちが劇をする第1体育館に近い1学年棟の出店を見て回ることにした。


「るーちゃん、あそこ見てみない?」

「どこー?」


 芽榴と来羅はいろいろな出店を見て回る。芽榴の作ったものには及ばずとも普通に美味しいクレープやこれまた芽榴の字には及ばずとも美しい書道部の展示など、時間いっぱい2人はいろいろな出店を回る。


「来羅ちゃん、喉乾かない?」

「少し乾いたかも。あ、あそこの出店ジュース売ってるらしいから行ってみましょう?」

「うん、そーしよ」


 楽しく芽榴と来羅は校内を歩き回る。

 しばらくして1学年棟のほとんどの出店を見て回った2人はそろそろ体育館へ向かおうとそちらに足を向ける。


「来羅!」


 しかし、そんな2人を来羅と同じくらい綺麗な声が呼び止めた。


「――ママ!」


 その声に驚いた来羅は慌てたように振り返り、自分の母親の姿を目にして急いで彼女に駆け寄った。来羅の地毛と同じ色の綺麗な長い髪を揺らし、来羅の母、薫子が文化祭にやってきていたのだ。


「もう、探したのよ。クラスの出店にいないからいろんな棟を回っちゃったじゃない」

「ごめんね、ママ」


 剥れたように言う母、薫子に来羅は心底申し訳なさそうに謝った。そうして薫子は来羅に向けていた視線をずらし、来羅の隣にいる芽榴へと移した。芽榴を見た途端、薫子は「まぁ!」と声をあげて両手をあわせた。


「楠原芽榴ちゃん、よね? お久しぶり」


 薫子は笑う。芽榴と薫子は前に一度病院で会っているため、会うのは今日で二度目だ。しかし、二度目にしては薫子の反応がかなり嬉しそうで、芽榴はほんの少しだけ驚いていた。「お久しぶりです」と返し、芽榴はペコッと頭を下げる。


「ああ、来羅。見つかったようだね、薫子」


 そう言ってやってきたのは少しヒゲを生やしたダンディーな男性だ。俳優が来たのかと思うほどに風格があり、カッコいい。芽榴がそんなふうに思ってその男性を見つめていると、その男性は芽榴の視線に気づき、薫子に視線を戻した。


「そう、この子が前に話した来羅のお友達よ。可愛らしいでしょう?」

「ああ、本当に。初めまして。来羅の父です、楠原芽榴さん」


 薫子が嬉しそうに来羅の父、春臣はるおみに告げ、彼は再び芽榴のことを見てそんなふうに挨拶をする。芽榴はまたペコッと頭を下げて自己紹介を兼ねた挨拶をした。

 すると、春臣も薫子もどこか満足げに頷くのだった。


「2人とも私のプラネタリウム見た?」


 紹介も終わったところで、来羅が両親に笑いかけ、文化祭の話を振った。


「もちろんさ。素晴らしかったよ、来羅」

「うん、とっても綺麗だったわ」

「本当? ならよかった」


 両親に褒められ、来羅は恥ずかしそうにしていたが、顔はとても嬉しそうだった。そんな来羅を見ていると自然と芽榴の顔も綻んだ。


 それからしばらく芽榴は来羅の家族と話をすることになった。来羅の家族は全員美形であるため、通り過ぎる人々も必ず二度見してしまう。それなのに、来羅も来羅の両親さえも芽榴のことを「可愛い」とお世辞にもほどがあるくらいに褒めちぎり、芽榴は周囲の視線が痛くて苦笑してしまうのだ。


「るーちゃんの喫茶店行ったほうがいいわ。すっごく美味しいんだから」

「そうなのかい? じゃあ今から行ってみようかな。どうだろう、薫子」

「行きたいわ。甘い物大好きだもの」


 芽榴はそんな3人の会話を微笑んで見つめる。これだけ見ていたらただの仲良しな家族だ。何の問題もない。見ていた芽榴もこの家族が抱えている問題を忘れかけていた。


「じゃあ、そろそろ行くよ」


 来羅の両親は来羅がオススメする芽榴の喫茶店に向かうことを決め、別れの挨拶を始める。


「芽榴ちゃん、ぜひ今度うちに遊びにきてちょうだい」

「ああ、君なら大歓迎だ」


 来羅の両親はいたく芽榴を気に入ってくれているようで、芽榴は「ありがとうございます」と嬉しそうに頭を下げた。


「2人とも来てくれてありがとう」


 続いて来羅が両親にお礼の言葉を告げる。すると、薫子が「何言ってるの」と言って自分より少し背の高い来羅の頭を撫でた。


「可愛いの文化祭よ? 来るのは当たり前だわ」


 薫子が笑顔で言う。

 芽榴も春臣もその言葉に息が詰まるような感じを覚えるが、来羅だけはちゃんと自分の母親に「ありがとう」と笑い返した。


「行きましょう、あなた」

「ああ……先に行っていてくれるかい? すぐに追いつくよ」


 薫子が春臣の腕を掴むが、春臣はまだ芽榴と来羅に用があるらしく、そんなふうに促す。薫子は首を傾げながらも了解して人混みの中に紛れた。


「パパ?」


 どうして春臣がここに留まったのか分からず、来羅は首を傾げた。

 すると、春臣は来羅ではなく芽榴にその視線を向けた。


「芽榴さん」

「え、あ……はい」


 まさか自分に用があったとは思わず、芽榴は頓狂な声を出してしまう。しかし、すぐに冷静になって「何ですか?」と尋ねた。


「さっきの薫子の発言なんだがね……。僕が至らないせいで、薫子にとって来羅は女の子なんだ」

「パパ!」


 春臣は芽榴がそのことを知らないと思い、簡潔に説明する。何も知らない人が聞けば、さっきの薫子の発言はかなり奇妙だからだ。


 しかし、来羅はすでに芽榴にその話をしている。この場にて改めて父がその話を振ろうとしていることに気づき、来羅は止めに入った。けれど、春臣は話をやめず、芽榴は真剣な顔つきで春臣の話を聞く。


「だから、来羅のことを理解してくれる人は少ない。どうか来羅を……よろしく頼むよ」


 春臣は芽榴に頭を下げる。来羅は「パパ」と何とも言えない表情をしていた。春臣の言葉にはいろんな意味が込められている。それでも春臣が芽榴に一番伝えたかったのは「女装をする来羅を受け入れてほしい」という思いなのだと芽榴にも分かった。


 芽榴はフッと息を吐き、口を開く。


「来羅ちゃんは来羅ちゃんですよ。どんな格好をしていても私の大好きな柊来羅ちゃんに変わりないです」


 芽榴がしっかりとした声で春臣に伝える。来羅も春臣も芽榴の言葉に瞠目した。


 芽榴の言葉は、来羅を女装で縛り付けることに対しての否定的な思いも含んでいる。それはある意味で、春臣たち夫婦への批判にもなり得るのだ。親の前であろうと、何も繕うことなく芽榴は自分の思いを告げる。来羅が芽榴のことを気に入った本当の理由が分かった春臣は納得したように目を伏せた。


「それじゃあ、僕たちも文化祭を楽しませてもらうよ」


 そう言って来羅の父は薫子を追うように人混みに紛れていった。


 残った芽榴と来羅のあいだには沈黙が流れる。

 何と言えばいいか悩む来羅を前に、芽榴はクスリと笑った。


「来羅ちゃん」

「あ、なに?」

「私たちも楽しまなきゃね」


 芽榴は来羅を和ませるようにヘラッと笑みを見せる。


「……そうね」


 何度この笑顔とこの優しさに助けられるのだろう。


 来羅はそんなことをしみじみと思うのだった。

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