106 犯人探しと仲間割れ
「颯、翔ちゃん。どう?」
来羅と有利は颯と翔太郎のいる生徒会室へとやってきた。颯は会長席に座り、その隣に翔太郎が立って険しい顔で監視カメラの映像と睨めっこをしていた。
「来羅、ちょうどいいところに……。この映像もう少し拡大できるかい?」
颯が視線だけ動かして来羅に言う。めぼしい映像は見つけたが、映像が乱れていて修正なしでは判断しづらい箇所が多いのだ。来羅は颯のところに向かい、自分のパソコンにカメラの映像を移し始めた。
「藍堂。F組はどうなっている?」
来羅と颯が映像解析を始める隣で、翔太郎は有利に尋ねる。翔太郎もあの現場を見ているため、容易にはあの状態を収拾することができないことも分かっていた。
「今、生徒が集まって……。でもあの教室を元通りにするのはまだ時間がかかると思います。それに……」
「それに……?」
「あの様子では、生徒のダメージが大きすぎます」
有利が辛そうな顔で告げる。翔太郎もそれを聞いて複雑な表情になった。昨日あれほど嬉しそうにしていた芽榴を思い出すと、余計にこの状況は許せない。
「……はい、颯。これで鮮明になったわ」
カタカタと鳴り響いたキーボードの音が最後のカタッという一際大きな音を立てて止む。来羅の声は小さくて低い。映し出された映像を見て、颯は黒い笑みを浮かべた。
「予想はしていたけど……本当に、愚かだね」
集まったF組の生徒たちは自分のクラスの惨状を見て声も出せずにいた。芽榴と有利と来羅で、荒れきった教室も最初よりはずいぶんとマシな姿に戻っている。それでも生徒たちが思わず絶句してしまうような光景に変わりはないのだ。
「芽榴、これどうなってるの……」
いち早く状況を飲み込んでせっせと教室を片付けている芽榴に、舞子が動揺を隠し切れない様子で尋ねた。
「見ての通り。荒らされたみたい。急いで片付けないと出店間に合わないから、みんな早く手伝って」
芽榴はみんなに自分の動揺を移さないよう、いつもよりしっかりとした声で告げた。
芽榴の言葉に、舞子と委員長は急いで教室の中に入って芽榴を手伝い始める。
事態を簡単に飲み込むのは難しく、それ以外の生徒はまったく動けずにいた。
「無理だよ、こんなの……」
生徒の一人が思わずそう零した。
教室の中には壊れた机も転がっている。教室の窓ガラスも新しく事務室からもらってこなければならない。飾り付けだって何日もかけて作り上げたものなのに、すべてゴミのようになってしまったのだ。看板も真っ二つになってしまっているし、一日かけても修復は難しい。まして数時間後の出店に間に合わせるなぞ不可能だった。
一人の生徒の言葉が火種となって周囲の生徒も同じように「もうできない」「終わった」などと弱音を吐き始めた。
「最初からできないことしようとするからこうなったんだよ」
一人の男子生徒がそう言って芽榴の手が止まる。
クラスで1番出店に向けて頑張っていた芽榴にその言葉はあまりにも辛いものだった。
芽榴はこの中の誰よりも先にこの惨状を目にして、本当は誰よりも逃げ出したいはずで、少しだけ残っていた根気だって今にも崩れ落ちてしまいそうなのだ。
「こんなふうになってまで本気でやるとか、バカバカしいよね」
追い打ちをかけるようなクラスメートの言葉に、舞子と委員長は耐えられなくなり、立ち上がる。
しかし、2人が文句の声をあげる前に、弱音を吐くことしかできない生徒たちの後ろから怒声が響いた。
「っざけんな!」
芽榴はその声に驚いて、すぐに振り返る。生徒たちもその声の主の方を振り返った。
「……滝本」
強張っていた舞子の顔が緩む。
生徒のあいだから顔を出した滝本は、そのまま教室の中に入って真っ二つに割れた看板を拾い上げた。
「やってねぇのにできないとか言うなよ!」
ボーッと立っているクラスメートたちを見て、滝本が叫ぶ。そして壊れた看板を修復しようと作業に入った。
「滝本くん……」
その様子は最近の滝本がする行動とは違う。いつもの滝本がする無茶苦茶だけど頼りになる行動だ。芽榴はこんな状況下において、それが嬉しくて微笑んでしまった。
「ふざけてんのはお前だろ」
しかし、周りは違う。
「構ってほしくてやったとしか考えられねーよな」
「いいとこ取りのつもり?」
ここ最近やる気を見せなかった滝本がこの事態においていきなり元の調子に戻るのはどう考えてもおかしい。滝本が自作自演していると考えても仕方がない。
「……俺じゃない」
滝本は小さな声で否定する。しかし、そんなか細い声でしか否定できない滝本を信じることはできず、生徒たちは滝本を責める言葉を述べ始めた。
「ふざけてんのは滝本じゃん! 何考えてんのよ!」
「謝れよ!」
「ちょっとやめなよ!」
舞子が止めに入るが、一度開いた口は簡単には閉じない。次々に罵声が飛び交う。
徐々に登校してきた他クラスの生徒たちはF組の様子を野次馬のごとくして見つめていた。
「楠原さん?」
教室の中で黙っていた芽榴が立ち上がる。そのまま黙って廊下に出て行く芽榴の姿を委員長は目で追った。
「楠、原……」
廊下に出た芽榴は滝本を庇うようにして彼の前に立った。そんな芽榴の行動に滝本は驚いて掠れた声で彼女の名を呼ぶ。芽榴は怒るでもなく笑うでもなくただ真っ直ぐに生徒たちを見て言った。
「滝本くんはしないよ、そんなこと」
芽榴の声は大きくない。それでも透き通ったその声は廊下に響いて、クラスメート全員に届く。
「……そんなの、わかんないじゃん」
「楠原がそう思いたいだけだろ……」
芽榴のまっすぐな目を見ていられず、生徒たちは芽榴から目をそらしてモジモジした様子で呟いた。
「そーだね。でも、滝本くんが犯人って思うより犯人じゃないって思うほうが気が楽でしょ? そこでボーッと犯人探ししかしないより、手伝ってくれるなら今は助かる」
芽榴はそう言って冷静に、今片付けを手伝ってくれている委員長と舞子、そして滝本に指示を出す。
しかし、それでも納得できない生徒たちは今度は芽榴にその怒りの矛先を向けた。
「お前冷静すぎだろ、楠原」
「滝本とグルになってやったんじゃねーの?」
さすがに芽榴を疑い始めれば、それに反論する声がたくさんあがる。クラスの準備に協力的だった生徒は男女問わず、芽榴が頑張っていたことを知っているのだ。芽榴が出店をぶち壊せるわけがない。そう考えれば自ずと提案者である滝本だって壊せるわけがないと分かるのだ。
「男子、いい加減にしなよ!」
「もういいだろ、手伝えよ」
今度は多くの生徒が止めに入るが、数人の男子は文句を言い続ける。彼らも昨日までクラスの出店に協力的だった。決して投げやりだったわけではない。3位になって嬉しかったからこそ怒りをぶつける先を見つけたいのだ。
芽榴は理不尽な文句に取り乱す様子もなくゆっくりと彼らに視線を向けた。
「もし私が犯人なら……」
芽榴は文句を言うクラスメートの目を見てはっきり言う。
「今こうやってみんなが無駄に犯人探し始めて、このまま出店できなくなってすっごく喜ぶと思うよ」
「……!」
「思いたければ私が犯人でいーよ。でも私の思うツボになりたくないなら、手伝って開始には間に合わなくてもお昼までには出店できるようにしようよ」
芽榴はそう言って教室の中に入り、破れたテーブルクロスを繕い始めた。
あそこまで言われれば普通泣いたり落ち込んだりするはずなのに、芽榴はすべて受け入れてそしてみんなの力に変えた。
そんな芽榴の言動に、心を動かされない生徒なんてさすがにもういなかった。
文句を言っていた生徒たちも頭を掻いて「わりぃ」と恥ずかしげに謝る。冷静になれば自分たちの発言がどれほど子ども染みていたか分かるのだ。
「昼までに……直そう!」
F組の生徒に昨日と同じような活気が戻る。ぐちゃぐちゃな教室の中に入って生徒たちが一から全部やり直し始めた。




