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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
文化祭編
118/410

104 中間発表とバンザイ

 風雅と別れ、衣装に着替えた芽榴はF組に戻って再びお菓子作りに励む。

 それでも作ることに熱中しすぎず、芽榴は周りにちゃんと目を向けて適宜声をかけた。


「はい、団子のタレならここに」

「あ、ありがと」


 団子を持って調理場をウロウロする女子に芽榴は即座に準備した団子のタレのセットを渡した。


 何を探しているのか聞かれることなくいきなり芽榴がピンポイントで自分の探しているものを当ててくるため、F組の生徒は芽榴に尊敬の眼差しを送るのだ。


 最初は芽榴と委員長、舞子くらいしか調理場で作業できなかったが、F組のみんなも徐々に調理場に入って自分たちでスイーツを取り出して準備できるようになっていた。


「みんな頑張ってるねー、委員長」


 芽榴は委員長に作ったスイーツの盆を渡しながら言う。すると、委員長はそれを冷蔵庫に直しながら「ええ…」と少し歯切れ悪く返事をした。そんな委員長に芽榴は首を傾げる。


「どーしたの?」

「提案者の滝本くんの動きが悪すぎてどうしたものかと……」


 委員長はつぶやいて表の方に視線を向けた。

 滝本は今朝も元気がなかったため、委員長は舞子の提案で、早めに彼に休憩を与えた。功利が来る少し前から、芽榴が休憩に向かうあいだに休憩をした滝本だが、休憩からあがった後も相変わらず元気がない。


 特に失敗をしているわけではないが、日頃の滝本がするであろう仕事量は確実にこなせていなかった。


「滝本くん」


 委員長と2人で滝本を見つめていると、委員長が滝本を呼んだ。呼ばれた滝本はすぐに振り返り、芽榴から視線をそらしたままやって来た。


「なんだよ、委員長」

「やる気だしてください」


 委員長が眼鏡を掛け直すようにしてキリッと告げる。やる気はあると言い返そうとした滝本だが、問答無用という委員長からの視線を受け、言葉を詰まらせた。


「はあ……。楠原さんも何か言ってあげてください」


 委員長が芽榴に話を振り、芽榴は「え」と頓狂な声を上げた。滝本も委員長をものすごい表情で見ていた。


 ここで何も言わないのはかえっておかしい。芽榴はニコリと笑って言葉を紡いだ。


「あー……滝本くん、頑張ろーね。クラス1位とりたいでしょ?」


 芽榴がそう言うと、滝本はまた視線を斜め下に投げる。


「楠原だって調理場に部外者連れ込んで……人のこと言えねーだろ」


 滝本は冷たい声でそれだけ告げる。そして絶対に芽榴のことを見ないまま背を向けて表に出て行った。


「滝本くん!」


 あまりの対応に委員長がフォローしようとするが、芽榴は「いーよ、事実だし」と言って委員長を止めた。芽榴は文句一つ言わずただ肩を竦めるのみだった。


「感じ悪っ。どうなってんの、あいつ」


 そんな芽榴の背後からニョキッと現れた舞子が不機嫌な顔で素直に意見を述べた。


「ちょっとイライラしてるだけだよ、きっと」

「でも、ここ最近ずっとじゃない」


 舞子はまるで自分のことのように真剣な顔で言う。


「芽榴。滝本と何かあったんでしょ?」


 滝本はずっと芽榴に優しかった。その滝本が芽榴にあんな態度を取り続ければ誰だって何かあったことくらい分かる。でも、誰より舞子にだけはそれを伝えるわけにはいかないのだ。


「ちょっとケンカしただけ」

「芽榴……」

「舞子ちゃん、滝本くんに言ったからには私たちもサボってられないよー。委員長、食器洗うの手伝ってー」


 芽榴はそう笑って仕事に戻った。

 きっと滝本の言葉にそれほど落ち込まずにいられたのは来羅の言葉があったからだろう。








「ありがとうございましたー!」


 それから数時間後、日が傾き始めたころに一日目の出店終了のチャイムが鳴った。


 各クラスから「終わったー!」と生徒のはしゃぎ声があがる中、全校舎に響き渡る放送が流れた。


『生徒諸君、ご苦労様です。今年は例年に勝る大盛況、理事長先生も校長先生もお喜びです』


 文化祭担当の教師の声が響く。すると、辺りは一気に静まり返った。


「え、何事?」


 食器を洗い終わって表に出てきた芽榴は突如静まったクラスメートたちを見て慌てたようにコソコソと舞子に尋ねた。


「1日目の中間発表よ」


 舞子は放送が響く中、小さな声で芽榴に教えてくれた。1日目と2日目にクラス出店だけは中間発表で上位3クラスの発表を行い、次の日の出店に勢いをもたせるのだという。


「なるほど」


 芽榴は手を打ってみんなと同じように静かに放送を待った。


『それでは1日目の出店功績ベスト3を発表します』


 中間発表で3位以内に入れれば他クラスより優位にたてているということだ。


 どのクラスでもみんな手を合わせて願掛けをしている。教師の息を吸う音がスピーカーから聞こえた。


『3位、2年F組喫茶店。2位、2年C組プラネタリウム。そして1位は2年A組の劇です』


 聞いた瞬間、F組は静かになる。


「舞子ちゃん、3位だってー」


 芽榴は1人呑気に舞子に向かって嬉しそうに言った。すると、周りのクラスメートも「わー!」と叫び始めた。


「3位だってよ! すっげぇ!!」

「やったぁ!」


 F組は大盛り上がりだった。それぞれが頑張ったため、F組の生徒の喜びも一入であった。


「一時はどうなることかとおぼっだのでずが……」

「委員長、泣くの早い」


 願ってはいたが実際に3位以内に入れるのは予想外だったため感慨無量で泣き始めてしまう。舞子はそんな委員長のもとに駆け寄った。


 そんな生徒たちの姿を微笑みながら見つめ、芽榴は教室の外に出た。


 廊下に出て、うーんと背伸びをする。


「楠原」


 隣の教室で出店していた翔太郎が同じく廊下に出て、芽榴のことを見つけた。


「葛城くん、お疲れー」

「貴様も。大繁盛だったな」


 翔太郎は芽榴の隣に歩み寄り、そんなふうに声をかける。芽榴は笑って「3位だってー」とVサインをした。


「すぐに逆転するのだから問題はない」


 翔太郎は不敵に笑って眼鏡のブリッジを押し上げた。


「負けないよー」


 自信満々の翔太郎に芽榴も不敵に笑って返した。


 そんな2人の背後でF組はワイワイと騒がしく喜んでいる。2学年の《落ちこぼれ》に近い生徒が他クラスよりも多く集まっているF組がこの順位をとるのはかなりの快挙だ。


「貴様は混ざらないのか?」


 F組の様子を呆れるように見つめ、翔太郎が芽榴に問う。芽榴はその質問に苦笑した。


「みんなが喜んでるところに混ざるのって難しくて……」


 昔から、みんなが喜んでいたり楽しそうにはしゃいでいたりするのを傍観する、この立ち位置が芽榴の場所だった。まるで写真を見ているかのように見ていた光景に自分が混ざっている姿は想像できなくて、そうする方法も芽榴には分からないのだ。


「貴様はいちいち考えすぎだ」

「え……」

「ていうか、芽榴はどこ!?」

「立役者がいねーっておかしいだろー!」

「楠原さーん!」


 翔太郎が芽榴に言葉を告げた後、F組からは芽榴の姿を探す声が次々に聞こえた。


 芽榴はキョトンとした顔でF組を見つめる。


「呼ばれてるぞ」

「うん……」


 その場に立ち尽くしている芽榴を見て翔太郎は困ったようにため息をつき、その肩をトンッと押した。すると、張り付いていた芽榴の足が一歩前に進む。


「葛城くん……」

「明日は貴様のクラスに遅れはとらん」


 翔太郎はフッと笑って自分のクラスに戻った。


 芽榴がゆっくりとF組の教室に戻ると、舞子を筆頭に女子が抱きついてきた。


「芽榴いたー!」

「やったねー! 楠原さん!」

「楠原、キング争いイケんじゃね!?」


 みんなが周りで笑っている。

 それが嬉しくて自然と芽榴も笑みをこぼしていた。


 翔太郎の言う通り、何も考える必要はなかったのだ。


「やったー!」


 芽榴が笑うと、みんなも笑う。

 ずっと羨ましさを隠して見てきた光景はただ単純に何も考えずに笑っていただけ。そのときをみんなで懸命に楽しめばそれでよかった。


「明日もこの調子で頑張りましょー!」


 委員長の掛け声にみんなが一斉に「おー!」と手を上げる。




「F組、盛り上がりすぎじゃん?」

「どうせまたあの子のインチキでしょ」

「バカらしい」


 F組の前を不穏な空気が通りすぎる。




 嬉しくて楽しくて仕方がなくて、芽榴はそんな空気に気づくことができなかった。

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