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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
文化祭編
115/410

101 空き教室と間接キス

 芽榴と慎がたどり着いたのは大行列の2学年棟の最上階。

 誰もが来るだけでウンザリしてしまう立地。しかし、それにもかかわらず音楽室の前は大行列ができていた。

 その音楽室は現在とあるクラスのライブルームとして使われているのだ。


 そこまで理解している芽榴は顔を引きつらせる。


 聖夜や慎といるところを役員の誰かに見られたらいろいろと揉め事になることは想像に難くない。


「2年B組って役員誰だっけ?」


 女子の大行列ができている音楽室を見ながら慎はそんなことを尋ねる。もちろんその笑顔からしてそのことも把握しているのだ。


「……絶対静かにしていてください」


 芽榴はため息を吐いて、渋々慎についていく。



 中からは風雅の歌声が少しだけ芽榴の耳にも届いた。その声を聞いて芽榴は苦笑する。B組のライブルームはほぼ延々と風雅が歌ってギターを弾いて、フル機動だと芽榴は知っていた。それでも風雅が休憩にいっているという0.1%の可能性に賭けてみたのだが、虚しくも芽榴の願いは届かなかった。



 しかし、音楽室の前に来たはいいものの、慎はその行列に並ぼうとする気色を見せない。


「簑原さん?」

「並ぶとか超だりぃじゃん?」


 並ばないのかと芽榴が尋ねる前に慎が答える。確かにF組も並びたくなくて勝手に調理場のほうに反対のドアから入ってきたくらいだ。並ぶはずがない。


「じゃあ、空いているところにいきません?」

「は? 並ぶ必要ねぇってだけの話」


 駄目元で提案してみたが即答で芽榴の意見は切り捨てられた。そしてそのまま慎は芽榴の手を離し、先頭の女子の前に行く。ちなみに音楽室の前にいる女子の9割は風雅目当てであるから、もちろん慎の登場にさっきから女子の目がハートマークなのだ。


「ねぇ、そこの子」


 慎は先頭に並ぶ女の子たちに声をかけた。制服ではないところからして麗龍の子ではない。外部の風雅ファンだ。しかし、慎に話しかけられて派手な女子たちはキャーキャーと騒ぎ始めた。ドア越しとはいえ、ライブの激しい音楽が廊下に漏れ聞こえているのに、それにも勝る絶叫だ。


「急ぎで中に入りてぇんだけど、割り込んでいい?」


 慎は笑顔で尋ねる。普通に考えてありえないことを尋ねている。何時間も並んでる人たちを前に、割り込んでいいかなどとふざけているにもほどがあるだろう。しかし、女の子たちは目をハートにしたまま首振り人形のごとくただ頷いていた。


「サンキュー。いい子」


 慎はそう言って目の前にいた女の子の頬にキスをした。そうすると、女の子たちの絶叫はさらに熱を増す。キスされた女の子は顔を真っ赤にして放心してしまっていた。


「簑原さん」

「はいはい、文句は後な」


 芽榴は少し険しい顔で、注意するように慎の名を呼んだが、慎は少し肩を竦めるだけだ。

 そうして慎は芽榴の腕ではなく、芽榴の手を握ってB組の扉を開けようとする。しかし、先頭の子が扉の前で待っているということは入室制限オーバーということだろう。芽榴は慎と繋いだ手を少しだけ引っ張った。


「まだ入っちゃいけないんじゃないですか?」

「あー、そんなに長居はしねぇから。別にあいつのライブとか興味ねぇし」

「は?」


 芽榴は眉を寄せる。「じゃあなぜ来た」と言おうとするが、その前に慎がB組の扉を開けて中に入った。


 扉を開けると、ものすごい音が芽榴の耳を刺激した。あまりの音量に芽榴は片手で耳を塞ぐ。もう片方は慎に握られているため、動かせなかった。


「へぇ、盛り上がってんじゃん。さすがってとこ?」

「なんですかー?」


 音がすごくて慎の声は聞こえない。芽榴は大きな声で慎に聞き返すが慎は笑うだけで、もう一度は言わなかった。


 混雑する観客の中心くらいに押し流されてきて、芽榴はやっと舞台にいる風雅を目にすることができた。


 笑顔で楽しそうに風雅は歌っていた。別に歌わずとも風雅はそこで座って手を振るだけで女子たちを喜ばせることもできる。それなのに風雅は疲労困憊覚悟で歌い続けていた。


「無茶ばっかり……」


 芽榴は呟く。この大音量の室内でその声が慎に届くはずはない。しかし、そう言った芽榴の顔を見て慎は少し面白くなさそうな顔をした。


「ほんと、ムカつく」


 慎が呟くのと同時、スピーカーから聞こえていた歌声が止まる。突如ボーカルが歌うのをやめてしまい、バンドメンバーも観客も困惑した。


 もちろん芽榴も「え?」と声をもらして、ボーカルである風雅の顔を見る。すると、見事に目があった。


「芽榴ちゃ……!」


 一瞬輝いた風雅の顔が、芽榴の隣にいる慎の姿をとらえた瞬間に絶望的なものへと変わった。


「なんで簑原クンがいるの!」


 風雅はマイクで喋っていることも忘れてヒステリックに叫んだ。風雅の視線を追った観客の視線はすべて芽榴と慎に注がれる。


「呆れるほどのアホじゃん、あいつ」

「否定はしません」


 注目を浴びながらも楽しげに笑う慎の横で、芽榴はため息を吐く。そこまでは芽榴も予想していた事態だった。


「まぁ、これが狙いだったけど」

「え」


 慎がボソッと不吉なことを言い、芽榴は聞き間違いかと顔を上げる。


 しかし、慎と繋いだ手をグッと引かれ、芽榴は慎のほうに倒れこみ、芽榴は慎に抱きしめられた。


 周囲の女子が突然の事態に騒ぎ出す。芽榴も驚きで抵抗するのを忘れていた。


 慎は風雅に向けて挑発するように舌を出す。


「な、な、何やってんのー!!」


 風雅が青ざめた顔で舞台を降りようとする。完全にライブがめちゃくちゃだ。


 芽榴は申し訳なさいっぱいでとにかく慎を突き飛ばし、大声を出した。


「あー!!」


 芽榴は風雅の斜め後ろを指差す。


「あんなところに神代くんがー!」


 芽榴が大声で言うと、風雅は「えっ」と慌てた様子で振り返る。観客の女子たちも何のことかと芽榴の指した方を見た。


「簑原さん、走ってください!」


 芽榴はみんなが視線をそらした隙に慎の手を掴んで走り出した。


「芽榴ちゃん!」


 風雅が振り返ったときにはもう芽榴と慎は音楽室にはいなかった。


 芽榴は慎の手を引いて、音楽室を飛び出す。いきなりものすごい勢いで出てきた2人を見て、並んでいた女子たちの大注目まで浴びてしまった。


 とにかく目立ってしまっている今、事を荒立てないようにその場を離れければ、と芽榴は慎の手を引いて走る。


 慎は芽榴から繋いだ手を見て薄く笑った。


「あんた、足早すぎじゃね?」

「引きずられてでもついてきてください」


 芽榴は猛スピードで走りながら言う。芽榴の足の速さに余裕の笑みでついてこれている慎もさすがというところなのだが。


 芽榴と慎はそのまま音楽室の一つ下の階にある空き教室に入った。入るや否や、芽榴は扉の近くにある電気のスイッチを即座につける。

 そしてドアを勢いよく閉めて、芽榴と慎はドアに背を預けて座り込んだ。


「はぁ……」


 芽榴が安堵するようにため息を吐いた。その隣で、慎の堪るような笑い声が聞こえる。芽榴は眉間にシワを寄せ、文句を言おうと慎のほうを向いた。


「簑原さ……ん」


 しかし、芽榴の口から文句の言葉は出なかった。


「ハハハ!」


 慎がお腹を抱えて笑っていたのだ。


 慎はいつも笑顔だ。読めない、分からない笑みをいつも浮かべていて、すべてのことを楽しんでいる。そんなふうに見えていた。


 でもこの笑顔は本当。これこそが本当に楽しいときに慎が見せる顔。


 そう思ったら芽榴には風雅のクラスに迷惑をかけたことへの文句を口にすることができなくなってしまった。


「はぁ。あんた、面白すぎ。普通、自分とこの会長を宇宙人呼ばわりしねぇだろ」


 慎は笑いすぎて思わず出てきた涙を拭いながら言う。芽榴は顔を逸らし「仕方ないじゃないですか」と返した。


「つか、こんなに走ったのも久々。なんかすげぇ楽しい。意味わかんねぇけど」


 慎はどこか遠い目で言う。

 少しだけ、ほんの少しだけ柔らかい慎の声音に、芽榴はゆっくりと振り返った。


「楠原ちゃん」

「はい」

「聖夜は絶対言わねぇだろうからさ……」


 慎は横目に芽榴を見る。その瞳はいつになく優しかった。


「ラ・ファウストに戻ってこいよ」


 芽榴は少しだけ眉を上げる。


 慎は少し気まずそうに笑った。あくまで「聖夜が言わないから」と付け加えたのは自分を守るための保険。


「戻るも何も……私は麗龍の生徒ですよ……ずっと」


 いつもなら「イヤです」とハッキリ言う芽榴が、少しだけ言葉を包んだ。それは少し雰囲気の違う慎に対する芽榴なりの優しさだった。


「突き放してくれたほうが楽だって思ってたけど、なんかホッとした」


 芽榴は慎の横顔を見つめた。何か言わなければ、と芽榴が慎の肩に触れようとした瞬間、慎がその芽榴の手を強く掴んだ。


「な……!」

「楠原ちゃんって変なとこ優しーよな?」


 さっきまで哀愁の漂っていた瞳はいつもの読めない怪しげな瞳の色に変わっていた。


「なぁ、分かってる? 空き教室に男と2人。ましてや相手は俺だぜ?」


 慎は芽榴の頬に触れる。そしてそのままその手を後頭部に滑らせ、自分のほうに引き寄せた。


「無防備すぎ。そりゃあ役員もヒヤヒヤするよなぁ……」


 慎は企むように笑うが、芽榴は慎の瞳を見つめたまま平然としていた。


「簑原さん、言ったじゃないですか。私とはキスしたくないって」


 芽榴はキョトンとした顔で言う。「だから何も案ずることはない」と言葉を続けると、慎は目を細めた。


「したくないんじゃねぇよ」

「え」


 慎が言うと、芽榴は即座に身構えた。そんな芽榴の反応に慎はため息を吐く。


「あんた、他のことは勘いいのに、なんでこういうことになると極度に鈍くなんの? バカだろ」

「バカじゃな」

「あー、もう黙れよ」


 慎はそう言って腕に力を込め、芽榴の顔を自分の胸元に押し付けた。慎の胸に口を塞がれ、芽榴は口を開くことができなくなる。


「……でも、気づかないでくれたほうが今はありがたいよな」


 慎はボソボソと呟く。あまりにも小さな声で紡がれた言葉は芽榴の耳にわずかしか届かない。


「このまま楠原ちゃんを奪えたら……俺はまた籠の鳥だもんな」


 芽榴を自分のものにすることの代償は今の慎には大きすぎる。自分の幸せ全てを投げ出してまで芽榴を奪いに行く覚悟なんて慎にはないのだ。


「今は……」


 慎は呟いて、芽榴の顔を自分の胸から離し、見つめる。それでも芽榴の後頭部だけは捕らえたままにしていた。


「何言ってたんですか?」


 芽榴は慎の顔を見て首を傾げる。慎は薄く笑って口を開いた。


「俺が楠原ちゃんに好きって言ったらどーする?」


 慎は笑顔で問う。芽榴は目を細めた。


「そんなの……」


 芽榴が即座に答えようとする。慎は芽榴の口を空いている自分の手で塞いだ。


「言わせねーけど」

「……!」


 慎はそのまま自分の手越しに芽榴にキスをする。


 慎は目をつむり、芽榴は目を見開いた。


 間近に慎の顔がある。慎の前髪が芽榴の肌にかかる。


 一瞬のことなのに、とても長い時間がすぎたような感覚が流れる。


 芽榴は慌てて慎の胸を突き飛ばした。


「その顔見れてラッキー」


 顔を真っ赤にして芽榴は慎を睨む。そんな芽榴を見て慎は楽しげに笑った。

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