100 盗み食いと休憩タイム
――ジャリ。
人で溢れる麗龍学園。
門の前は新たに学園に入る者と満足げに学園から去る者が行き交う。
そんな学園の敷地を目の前にして、その男はいつものように企むように笑っていた。
「ね、ね、ヤバくない? あの人」
「やっぱ麗龍の文化祭来てよかった……。イケメン会いまくり」
そんなふうに自分を見ながら呟く可愛げたっぷりの女の子たちに、その男は満面の笑みで手を振ってあげる。
すると女の子たちは「きゃー!」と嬉しそうにはしゃぎ出した。もちろん彼にとって女子の反応とはそれが普通。
「女って普通かわいーもんだよな〜」
彼の相棒はよく単純=つまらないと言う。しかし、彼自身の意見はそうではない。単純なほうが扱いやすくて楽しい。それが彼の本音である。
変に勘のいい女は扱いにくいことこのうえない。
「さ〜て……」
しかし、そんなことを考えながらその男が向かうのは、彼が知る限り最も勘のいい女のいるところ。
「楠原ちゃんのクラスはどこだっけ?」
「楠原さーん。パフェってこれでいい?」
「うん、それー。あ、田中さん。その大福餡入りだよー」
芽榴は現在フル機動中である。
功利の来訪により、F組には一気に客が集まった。そして本来功利がいなくなった今、また客数が減るところなのだが、一度来た客による噂が噂を呼んだらしい。
芽榴のスイーツを食べてみたいとさまざまな年齢層の男女がF組に向かってやって来た。ということで、F組の前には役員クラスに引けを取らないほどの行列ができ、大混雑状態になったのだ。
「楠原さん、ガトーショコラのストックが切れそうなので補充を……」
「はい、ガトーショコラ。冷房庫に補充よろしく」
「あ、ありがとう」
委員長が巨大冷蔵庫を前に、ストックの管理をしている。ストックが切れそうなスイーツを委員長が芽榴に伝えるが、伝える時にはすでに補充分のスイーツが出来上がっているのだ。
芽榴は全てのスイーツを何個自分が作って何個売り出したかもすべて記憶している。ゆえに、委員長に言われずともスイーツの在庫量は把握していて、調理時間を逆算してちょうどよく作っているのだ。
「さすが……」
委員長は改めて見る芽榴の実力に感嘆する。さすがは選ばれし役員と実感するのだ。
「回転早いし、大量に作っておこうかなー」
芽榴はそう言って、客を捌く合間合間でストックを新たに作り始めるのだった。
しばらくして、ストックもいい感じに溜まり始めた頃、芽榴は奥のほうで余りの材料を使ってメニューにはない別のスイーツを作っていた。
「楠原さん、 ひとまず休憩入っていいですよ」
委員長が芽榴のところに来て言う。芽榴は「はーい」と言おうとしたが、その声は突如降ってきた背後からの声にかき消された。
「これ、上手いじゃん」
芽榴は目をカッと見開いて振り返る。
「さすがは元日本一のお嬢様ってとこ?」
芽榴の目には、満面の笑みを浮かべる嫌味男――簑原慎の姿が映っていた。
いろいろとツッコミたいところが満載だが、芽榴はまず慎の手にしている芽榴特製パンプキンカスタードパイを見て頭を押さえた。
「なんであなたが一番最初に口にしてるんですか」
芽榴はボソッと呟く。慎の持っているそれは芽榴の隠しメニューなのだ。そして食べてもらいたかった相手はもちろん慎ではない。
「目の前にあったからに決まってんじゃん?」
慎は悪びれもなく、当たり前のようにそう言って一口食べたそのパイを丸ごと一つ完食してしまった。
「意味不明です。ちゃんとお店に並んでください。最後尾は廊下を曲がって少し先にあるのでー」
芽榴は役員レベルにイケメンな慎に対してもまったく態度を変えない。そんな芽榴に、委員長は「さすが」とまたもや感嘆するのだ。
「ラ・ファウストの生徒に、こんな遊戯会に並べって言う庶民はあんたくらいだぜ?」
慎はニヤリと笑う。ラ・ファウストという言葉を聞いて委員長は目を丸くしていた。
しかし、見た目はともあれ、ただの庶民ではない芽榴にそんな階級話は通用しない。
「ラ・ファウストの生徒で、商品を盗み食いするのもあなたくらいですよー」
芽榴も慎も笑顔で言い合う。しかし、2人のあいだには見えない火花が散っているようにも見えるのだ。
「つーか、楠原ちゃん」
「はい」
「今から休憩なんだろ?」
慎は壁に寄りかかって偉そうに腕を組む。芽榴は「だから何ですか」と半目で応えた。その反応も慎は楽しげなのだ。
「じゃあ俺と付き合って」
慎は笑顔で言う。
前後の話を聞いてないと誤解してしまうが、もちろんこれは休憩中一緒にいろという意味の〝付き合って〟である。
委員長は目を輝かせるが、芽榴は一層目を細めた。
「イヤです」
芽榴は即答する。しかし、慎はその反応も予想済みらしく素早く切り返してきた。
「付き合ってくれたら、あんたのクラスの繁盛に貢献してやるぜ?」
「は?」
「てなわけで、どう? そこのおさげちゃん」
慎は少し頭を傾けて委員長のほうを見る。すると、委員長は目を輝かせて芽榴の背中を押した。風雅並に女受けしそうな人物からの客寄せ依頼を断るわけにはいかない。
「どうぞ!!!」
「委員長ー!?」
「サンキュー」
そして委員長の裏切りにより、芽榴は慎に腕を掴まれ、連行されるのだった。
クラスから出て数歩進んだところで、慎が立ち止まった。
「え、何ですか」
急に止まった慎を芽榴は訝しげに見つめる。慎は芽榴の全身を見て少し目を細めた。
「楠原ちゃん、制服どこ?」
「え? 更衣室、ですけど」
「じゃあ、その更衣室どこ?」
芽榴は脈絡のない慎の質問に首を傾げながら答える。更衣室の場所を聞いた慎は芽榴の手を引いてまたそのまま歩き出した。
しばらく歩いて慎が立ち止まったのはやはり更衣室。
「なぜ……」
芽榴が眉を顰める。すると、慎は笑顔で芽榴を更衣室に押し込んだ。
「制服に着替えろよ。30秒以内な?」
慎がそう言って更衣室の扉を閉めようとするが、芽榴はそれを止める。
「なんで着替えないといけないんですか」
芽榴は率直な疑問をぶつける。しかし、芽榴がその疑問を口にすると、慎は笑顔で「は?」と問い返してきた。
「どうせ、休憩終わったらまたF組に戻るのに、着替える必要なんかないじゃないですか。ひどく面倒……」
最後まで言い終わる前に芽榴は口を閉ざす。なぜなら、慎が笑顔でそこの壁を殴ったからだ。
「あんまうっさいと脱がす」
そして慎の発言に芽榴の顔がサーッと青ざめる。慎なら本当にしかねないのだ。芽榴は急いで更衣室の扉を閉めて、制服に着替え始めた。
長袖の黒いワイシャツにリボン、白スカートという芽榴の今の格好は麗龍の女生徒がほとんどしている格好であるため、まったく目立たない。
どちらかというと、私服だからこそ余計にチャラく見える慎が目立ちすぎているくらいだ。
おかげで「楠原さん、またイケメンつれてるよ」と陰口が所々で聞こえてくる。それももう芽榴は慣れっこになってしまったのだが。
「はーい、そこの子かっわいいね〜。あとで連絡先ちょうだい」
そんなふうに、芽榴の愚痴を零す女子に向かって慎は楽しげに声をかけるのだ。
そうすると、女の子たちもご機嫌で芽榴への愚痴も忘れて騒ぎ出す。
「簑原さん……」
「あんたもあんくらい可愛くなりゃ、優しくしてやるよ」
自分のためにしてくれているのかと一瞬思った芽榴だが、慎がニヤリと笑って言った台詞にその予感は綺麗さっぱり消えていった。
「なぁ、あそこ見たい」
「はいはい、どれですかー」
慎の行くところに芽榴はひたすらついていく。
3年生のピタゴラスイッチや1年生の味の濃い焼きそばを食べに行ったりと、芽榴はとことん振り回された。
ありがたいことに慎が行くのは1学年や3学年のクラスの出し物だった。
そのことに安心した矢先――。
「じゃあ、次はー……ここ」
学園の入り口に置いてあった出店マップを取り出し、慎は次の目的地を芽榴に示す。
芽榴は例のごとくノソノソとマップを覗き込み、そして目を見開いた。
「簑原さん! ここはダメ」
「楠原ちゃんの意見は聞いてねぇの。はい、レッツゴー」
慎は楽しげに言って芽榴の腕を引っ張る。最後まで抵抗を試みるも芽榴の力及ばず、芽榴は慎によって波乱の地へと引っ張られていくのだった。




