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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
文化祭編
112/410

98 売った油と小さい器

 高らかな開幕宣言の後、生徒は駆け足で自分の仕事場に走る。


 学園の入り口が開くや否や、たくさんの人が一点に向かって駆けていく。

 1学年と3学年を差し置いて、人々が溢れかえるのは2学年棟。


 劇のA組は除外して、B組からE組まで大繁盛。クラスに入りきれず、長蛇の列ができているくらいだ。


 そんな中、芽榴の属するF組は――。


「ボチボチってところだねー」


 クラスの裏方、調理場のほうで芽榴はハハハと笑う。


 予想はしていたが、出だしからやはりF組には他クラスの混雑にうんざりしたお客がポツリポツリと来るくらいだ。それでも来た客はハイレベルなスイーツに大満足で去って行くのだが今一歩、客数がのびない。


「まぁ、3日間もあれば逆転なんて余裕だろう? 芽榴ならね」


 颯は芽榴の目の前でコーヒーを飲みながら笑う。

 劇の開演まで時間があるらしく、颯はなぜかF組の調理場で油を売っているのだ。


「コーヒーも淹れ方によって味が変わるものだね。とても美味しいよ」

「それはどーも」


 芽榴は颯の誉め言葉を軽く流す。

 F組が出だし暇なことを予想してやって来ている颯に少し怒っているのだ。しかし芽榴が拗ねてそっけなくしても、颯は珍しい芽榴の反応に笑顔を見せるだけなのだ。


 これ以上拗ねる素振りをみせても無駄だと理解した芽榴は溜息を吐いて自分の分のお茶をコップに注ぎ始めた。


 颯はそんな芽榴の姿を目を細めながら見つめる。

 芽榴の格好は裏方だけれど、ちゃんと専用の衣装――F組の喫茶店用のこのあいだ試着した可愛らしい着物なのだ。


「何?」


 その視線に気づいて芽榴は首を傾げた。颯は困ったように笑ってまたコーヒーを一口飲む。


「コンテストに出るなら、こんなところにこもらず、至るところを歩き回ったほうがいいんだけれど……その格好はいけないね」

「どうして?」


 颯が突然コンテストの話をふり、芽榴はまた不思議そうな顔をした。


「コンテストは特にパフォーマンスをするなんてイベント方式はとらないんだよ」


 生徒や外部から来た人がコンテストに出場している女子の中で気に入った子に投票する。そのため、みんなの前に姿を出して好感を得るのが手っ取り早いのだ。


「へぇ……」


 しかし、ミス平均の芽榴が顔を出したり、好感を得ようとしたりしたところでそれほど結果は変わらないだろう。芽榴自身もそう思い、たいして興味なさそうに返事をするのだ。


「その反応なら、問題ないだろうけど」

「何が?」


 颯の含んだ物言いが気になって、芽榴は振り返る。しかし、立ち上がって歩み寄ってきた颯が壁に手をつき、壁際で作業していた芽榴は身動きがとれなくなった。


「神代くん」


 芽榴は恨めしそうな目で颯を見る。意識しているわけでもないが、さすがの芽榴でもこの少女漫画でありそうな態勢は抵抗があるのだ。


 そして何より店と調理場を仕切るのはカーテン一枚だけ。颯が来ていることを知っているF組の生徒が調理場に来ることを少し避けてくれているからといって、この格好はよくない。客の注文をとったF組の生徒がいつこちら側に来てもおかしくないのだ。


「ちょっと……」

「この衣装、すごく似合っているけど……煽りすぎだよ」


 電気を背にした颯の顔は少し影を帯びる。その顔がとても綺麗で見ているだけで芽榴は恥ずかしくなった。


「あんまりからかわないでくれますかー」

「からかっているように見える?」


 見えると言いたいところだが、言ったらいけない気がして芽榴は黙った。

 そんな芽榴の反応に、颯はクスリと笑う。やはりからかっているではないか、と芽榴は抗議の声をあげた。


「神代くん、いい加減に……」

「芽榴ー! 注文が……わ、わ、わ、ごめん!」


 抗議の途中で、案の定注文をとった舞子が調理場にやってきた。しかし、芽榴と颯の立ち位置に目を丸くした舞子はすぐにカーテンの向こう側に隠れようとする。


「あー、舞子ちゃん! 違うから、落ち着いて……」


 芽榴は慌てて颯を押しのけ、舞子を呼び止めた。するとカーテンを開けようとして舞子が立ち止まり、カーテンの向こう側が垣間見える。そして芽榴は思わず立ち止まった。


「「あ」」


 カーテンを境に立つ芽榴と滝本は同時にそんな声を出す。しかし、すぐに滝本は芽榴から目をそらし、カーテンもすぐに元に戻って、2つの空間を遮る。


 颯と舞子は一瞬、眉を上げた。


 それに気づかずに、芽榴は肩を竦める。しかし、すぐに舞子のほうに向き直って笑顔で舞子から注文表を受け取るのだ。


「芽榴……」

「何? 舞子ちゃん」


 やっぱり芽榴は笑顔で首を傾ける。そんな芽榴に自分の考えをぶつけることなんて舞子にはできず、舞子は「準備よろしく」と言ってカーテンの向こうに消えた。


 舞子の注文表を見ながら、芽榴は作り置いていたスイーツを冷蔵庫から取り出す。


「じゃあ、そろそろ僕も行くよ」


 そんな芽榴の姿を見て、颯はF組の扉の方に向かった。

 F組に来た客からの評判が広まり始めるのも遅くはない。すぐにここも他クラスと同様に軌道に乗り始めるだろう。颯はそう察していた。

 そしてタイミングよく、劇の準備に行かないといけない頃合いだった。


「劇、頑張ってね」

「もちろん」


 芽榴が笑顔で応援するため、颯も笑顔で返す。そして颯はそのまま教室を出て行った。








 芽榴が準備したスイーツを客に出し、「美味しいー!」と頬を押さえながら客がジタバタするのを見届けた舞子は辺りを見回す。そして目に入った、やる気が欠けている男子を見て、ハァと軽く溜息を吐いた。


「滝本」

「……植村」


 舞子は滝本のそばに歩み寄る。普段の彼ならクラスが暇な状態である今、「客の呼び込み行ってくる!」と言って教室を飛びだしていきかねない。


 しかし、今の彼はまったくそんなオーラを出さない。ひたすら何かを考えているような顔なのだ。


「元気なさすぎ。もうちょっと張り切りなさいよ」

「んなこと分かってる」


 少し苛立ったような声で滝本が言い、舞子は少しひるんでしまう。自分でも少し声音がきつかったと思った滝本はすぐに舞子に謝った。


「別にいいけど……お客様にそんな態度とらないでよね」

「当たり前だろ!」


 舞子の言葉にいつもの調子で滝本が返す。


「その調子でやってもらわなきゃ困る」

「うるせー」


 舞子は滝本が自分に笑いかけてくれたことに満足して彼に背を向けた。


「……生徒会で会えんだからクラスにまで会いに来るなよ……」


 しかし、背後で滝本がそんなことをボソッと呟き、舞子はやはり複雑そうに顔を歪ませるのだった。










 劇は体育館で劇クラスによって順番に何度も公演されることになっている。そして劇ごとに時間もまばらなため、一度始まると出番の関係から体育館からはなかなか出られなくなる。


 ということで、颯はまず芽榴に会いに行ったのだが。


 体育館に着いた颯はすでに劇の準備を始めているA組の生徒に挨拶をし、衣装係から自分の衣装を受け取った。


「神代くん、大丈夫?」

「何が……だい?」


 衣装をくれたクラスメートの女子に突然そう言われ、颯は不思議そうな顔をした。女生徒は颯に見つめられ、少し頬を染めながら遠慮がちに声を出す。


「えっと、その……少し怖い顔してたから……」

「……そう」


 女生徒の言葉に一瞬目を丸くした颯だが、すぐに納得して女生徒に笑いかけた。


「ごめんね、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」


 颯にありがとうと言われ、嬉しそうな顔をする女生徒を後にし、颯は衣装を着替えに行く。


 更衣室に向かう途中、窓に薄く映った自分の顔を見て颯は小さく笑った。


「独占欲はどうしようもないね……」


 芽榴が滝本と仲がいいことは知っていた。しかし、さっき一瞬だけ見た2人の雰囲気は明らかにぎこちなくなっていた。


 そこまで分かれば2人のあいだに何があったのかは明白だった。


 芽榴が滝本に告白された。そしてその答えはノー。そこまで分かっているのに、心がモヤモヤする。


 思い知らされる自分の器の小ささに颯は笑いしか出てこなかった。

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