94 溢れる想いと零れた想い
文化祭まであと一週間となったその日。芽榴が委員長と材料の数と予算について考えているとクラスの女子に呼ばれた。
「楠原さーん。ちょっと来てー」
振り返ると舞子を含む女子が集団で固まっていた。何事かと思い、芽榴は小走りでそちらに向かう。
「どしたの?」
芽榴は舞子のそばに寄る。しかし、すぐに女子が囲んでいる段ボールの中身が視界に入り、顔を強張らせた。
「予想通りの反応ありがとう、芽榴」
そんな芽榴の反応に、舞子は笑う。
女子が囲んでいるその段ボールの中には文化祭当日F組の女子が着る予定の衣装が一着入っていた。
和洋折衷がテーマであるため、衣装もそれらしくなっている。クラスの女子が選んだ衣装は膝上丈の着物にフリルをこれでもかというくらいにあしらったもの。メイド喫茶の和服イベントで見かけそうな衣装だ。
生徒会でもコスプレをするというのに、ここでもコスプレチックな格好をすることになってしまった。しかし、せっかくみんなが考えたものに文句は言えないため、芽榴はハハハと誤魔化すように笑った。
「はい、着てみて」
「え?」
次に、女子が芽榴にその衣装を渡してそう告げる。芽榴は困った顔で問い返した。
「サイズどんな感じか分からないから、ミス平均でサイズを考えようって話」
舞子が言い、芽榴は納得する。みんなが「よろしく」と言えば、芽榴も拒否はしない。
「男子は試着したの?」
「今、滝本に着てもらってるよ」
別の女子が言う。滝本も男子の中では並の体格で「なるほど」と芽榴は手をうった。
しばらくしてF組からは「おぉー」という声があがる。
「楠原さん、意外と似合ってる」
衣装を着て出てきた芽榴に女子が言う。盛り上がっている女子組が気になった男子も集まってきた。
可愛い衣装だが、見た目平凡な芽榴もなかなか似合っているのだ。つまり見た目的に人を選びそうな衣装だが、実際は誰にでも似合うということが実証されたというわけだ。
「すげぇー。意外」
男子が感動の眼差しで芽榴を見る。ある意味失礼な発言だが、褒められていることを芽榴は素直に喜ぶことにした。
「このサイズで私ピッタリだよー」
芽榴が衣装係に伝えると、衣装係は芽榴にお礼を言って何かをメモしていた。
「つか、女子。これ着るのかなり面倒なんだけど」
少し疲れた声でそう言いながら、F組に戻って来たのは滝本だ。
滝本の姿を見てまたまたF組からは「おぉー」という声があがる。
「滝本、それかっこよく見えるよ!」
「なんだ、その失礼な発言!」
滝本は唇を尖らせて大声で文句を言う。
男子の衣装も女子とテーマはまったく同じ。
中に胸元が少し開いたワイシャツを着て黒地のスラックスを履く。その上に男子でも纏える着物を羽織って帯ではなくストールで巻きつける。それが男子の衣装だ。
実際滝本もその衣装がそれなりに似合っているのだ。
「滝本くん、似合ってるね。舞子ちゃん」
「……そうね」
芽榴がコソッと舞子のそばで呟くと、薄く頬を染めた舞子が小さく頷いた。
舞子は滝本をジッと見つめる。その視線に気づいたのか滝本も舞子に視線を移し、そしてその隣にいる芽榴を見て目を大きく見開いた。
「く、楠原?」
「はい。楠原です」
芽榴の格好を見て滝本が瞬きを繰り返す。その様子を女子は楽しげに見ていて、自分たちの衣装選びが的確だったと安堵するように衣装係は喜んでいた。
「楠原さん、似合ってるでしょう?」
一人の女子がそう言い、滝本は慌てて目を逸らす。
「普通だろ」
そう言って滝本はさっさと着替えに教室を出て行った。珍しくそっけない滝本の態度に女子も男子もニコニコしていた。
「……」
楽しそうな周りとは逆に舞子は何も言わず、作業に戻ろうとする。
「舞子ちゃん?」
「楠原さん、着替えてー」
「あ、うん。ごめんね」
舞子の様子が気になったが、芽榴はクラスの女子に言われるまま、着替えに向かうのだった。
放課後、最終下校時刻も近くなり、クラスには舞子と委員長、そして芽榴だけが残っていた。
「芽榴、委員長。まだ帰らないの?」
帰り支度を始めた舞子が2人に問いかける。委員長は「もうすぐ帰ります」と言うが、芽榴は頷く。
「私、たぶん当日までしばらく生徒会業務入りそうだから……クラスの準備に参加できないし、あと少し残るね」
芽榴は申し訳なさそうな顔をした。もともと今日はその予定だったため、楠原家の夕飯は朝のうちに作っていたものを温めて食べてもらうことにした。
「じゃあ、私も少し残ります」
「私も」
委員長と舞子がそう言い、芽榴は苦笑して手を振った。
「いーよ。委員長も舞子ちゃんもいつも頑張ってるんだから」
芽榴はそう言うが、芽榴だって生徒会業務をこなしているにもかかわらず、クラスの準備も一生懸命やっている。そして何より当日誰よりも大変なのは芽榴なのだ。
舞子と委員長は芽榴がいいと言ってもやはり手伝おうとする。しかし、芽榴は「本当に大丈夫だから」と言って帰り支度を済ませた2人を見送った。
「よしっ……と」
芽榴は改めて机に向かう。
当日のことを思うと少し緊張するのだ。芽榴は一年生のときはシック月間で参加できなかったが、中学生のときも文化祭にほとんど思い出がない。
クラスの出し物は基本的に合唱や展示でやることもなかった。昼休みの模擬店回りのときも、屋上でお昼寝をしていたくらいだ。
初めてといっても過言ではない文化祭行事に、少し浮かれている自分がいるのは確かだった。
「成功するといいなー……」
当日の作るお菓子の種類と個数を確認しながら芽榴は一人でそんなことを呟く。
「あれ、楠原?」
芽榴が何かを書き写すシャーペンの音しか響かない、そんな教室の中に、滝本の声が響いた。
「滝本くん。どうしたの?」
教室に入り、こちらに向かってくる滝本のほうを芽榴は振り返る。
とっくの昔に帰ったはずの滝本がいて、芽榴は首を傾げた。
「忘れ物したから」
そう言って滝本は自分の机に向かい、中をゴソゴソと漁ってマンガを数冊取り出していた。
「楠原は一人で何してんの?」
忘れ物を鞄の中に入れた滝本はそのまま芽榴の席に歩み寄り、芽榴の前の舞子の席に腰掛けた。
「しばらく生徒会に行くと思うから、私にできる準備の仕上げ」
芽榴はそう言って、またシャーペンでスラスラと文字を書いた。
「……熱心な」
「みんな、熱心じゃん」
10月に入り、日が落ちるのは早くなった。教室の中は電気がついていて明るいが、外はそれなりに薄暗くなり始めていた。
「お前、雰囲気変わったな」
「そう?」
「前は何をするにも、全然やる気なかったから」
「……そうだね」
芽榴は困り顔で笑った。滝本が言ったことは事実で、否定もできないことだ。でも、それが褒められたことじゃないと分かっている今は言われるとちょっとだけ辛い。
「今のほうが断然いいよ、お前」
「……ありがと」
滝本が真面目に言うから、芽榴は少し照れ臭そうに笑う。
「終わったー」
計算して書き写し、できあがった当日の予定案を掲げ、芽榴は思い切り伸びをした。そしてそのまま机の上にドテンと倒れこむ。
「ほら、これやる」
「え? わ……ありがとー」
疲れて机に伏せる芽榴に、滝本が渡したのは芽榴の大好きなピンク色の飴玉だ。芽榴はありがたくそれを受け取ってすぐに舐めた。
「つか、楠原こんなに頑張ってんだからクラス1位取りたいよな」
「うん。そーだね」
芽榴は笑って窓の外を見た。
下を見れば、下校する生徒の姿も、まだギリギリまで文化祭の準備を進めている生徒もいる。することはさまざまでも、やはりみんな楽しそうなのだ。
「でも1位取れなくても、きっと私は悔しくないや」
芽榴は小さな声で、まるで独り言のように呟いた。
それは決して手を抜いているからとか興味がないからという理由ではない。
楽しいという思い出だけで、芽榴にとっては十分すぎるからだ。
「こんなにワクワクするの、初めてだもん」
芽榴は外を眺めながら嬉しそうに言う。その笑顔は本当に何の屈託もない。
「ね、滝本くん」
綺麗な笑顔。
滝本の目に映る芽榴の顔はまさにその一言に尽きた。
滝本は瞠目して、そしてフッと目を閉じる。
「楠原……」
滝本の静かな呼びかけに芽榴は首を傾げる。滝本が目を開くと、曇りのない芽榴の瞳が映った。
滝本の心が定まったのはそのとき。
「何?」
――どこから巻き戻せばいいのかも分からない。きっとその思いが芽生えたのはずっと前。
「俺……」
ただ一つ分かることはもう元には戻れないということ。
「お前のことが好きだ」
大切な友人を傷つけるのは、芽榴の知らないところで静かに育った恋心――。
本日キャラクター投票が予定していた1000件に到達しましたので投票受付を終了させていただきました!
とっても面白い結果が出て、参考になりました(^O^)
活動報告にてそのあたりの感想は書いておりますので、よろしければそちらも読んでください。
たくさん嬉しい感想もいただき、本当に感激しております。
ご協力ありがとうございました。
またストーリーが展開していき、読者様の支持を保つことができたなら第2回キャラクター投票を行おうと思うので、今後ともどうぞよろしくお願いします!
さぁ、今回存在感あるかないか危うい滝本くんがとうとう言っちゃいました!唐突感が否めませんが、ご容赦ください。感想ありましたらぜひお願いします!
穂兎ここあ




