92 コンテストと挑戦状
芽榴は舞子と昼食をとる。
この文化祭時期に料理技術を完全暴露してしまった芽榴はいつもより多めにおかずを用意している。さもないと激しいつまみ食い争いの結果、自分に残るのはプチトマトとご飯という悲しい食事になってしまうのだ。
「くっすはらー」
そして現在つまみ食いラッシュも終わり、やっと落ち着いてお弁当を食べ始めたのだが、再びクラスの男子が芽榴の元にやってきた。
「何ー?」
一応弁当に蓋をして、尋ねる。今日はいつもより多くつままれたため、これ以上おかずをとられたら、放課後までもたない気がしたのだ。
しかし、その男子たちの目的は芽榴のお弁当ではなかった。
「お前、キング狙うんだったらコンテストも出るんだろ?」
「コンテスト?」
「美少女コンテスト」
首を傾げる芽榴のために、舞子が正式名称を答える。舞子の言葉を聞いて、芽榴は限りなく目を細めた。
「うわぁ……何その出場する気を失くすコンテストは」
「まぁ、みんなそんな考えなわけで、参加者が少ない分、参加点が高いのよ」
舞子が言うと、芽榴は少し考え込んだ。キングを狙うならやはり彼らの言うとおり、参加点だけでも取りに行くべきなのだ。
「てなわけで、一応これ渡しておくな」
と言って、その男子は芽榴に紙を渡す。大きく赤字で『美少女コンテスト』と書かれており、見ただけで破り捨てたい気持ちになるような紙切れだった。
「大丈夫よ、一票は私がいれといてあげる」
「ははは、ありがとー」
面白そうな顔で言う舞子に、芽榴はニコリと笑って返す。
男子にもらった紙をそこらへんに置いて芽榴は再び弁当の蓋を開けた。
「うっまそ」
芽榴の横から伸びる手を芽榴は即座にガシッと掴む。
「さっき食べたでしょ」
芽榴はさっき一番につまみ食いした滝本を見て口を尖らせる。滝本は「ちぇー」と言って、芽榴の机にある紙に目を向けた。
「美少女コンテスト出んのか?」
「点数稼ぎに一応その予定ー」
芽榴はあまりその話をしたくないのか、ひたすら「それ以上聞くな」というオーラを出しまくる。
「ふーん。票いれてやろうか?」
滝本がニヤニヤしながら言い、芽榴は「まだ話を続けるのか」と目を細めた。
「結構でーす。舞子ちゃんの貴重な一票は確保してるので。お好きな方に投票してくださーい」
「俺の票はいらねーのかよ!」
「滝本、あんまり話引き延ばすと、芽榴も怒るわよ?」
舞子がサンドウィッチを食べながら滝本に話の中断を促す。
「そうそう。てなわけで話終了ー」
芽榴はパンッと手を叩いて、中断していた昼食に再び手を付ける。
でも、滝本は何か言いたげで再び口を開こうとする。
「滝本くん。ちょっと来てくれませんか?」
しかし、委員長に呼ばれてそれは叶わない。滝本は渋々そちらに足を向けた。
そんな滝本を見ながら、舞子は溜息を吐く。
「分かりやす……」
「ん?」
舞子の呟きに、芽榴は首を傾げる。
けれど舞子は「なんでもない」といつものように優しく笑った。
放課後になり、芽榴は文化祭の準備を手伝う前にコンテスト実行委員長のいる教室へ向かった。
文化祭の個人ポイント企画であるコンテストは元々どこかのクラスが出し物として行ったのが始まりだ。それが好評で、文化祭恒例イベントと化しただけのため、生徒会の管轄外。委員は一般のクラスの代表から構成されている。
「失礼します。あのー……」
「はいはーい。え……楠原さん?」
教室に入って派手な装飾で『コンテスト受付』と書かれた場所に行く。芽榴が話しかけると、コンテスト実行委員長は笑顔で芽榴に目を向け、そして微妙な顔をした。
現在エントリーを受け付けているコンテストは美少女コンテストと美男子コンテスト。
訪れる人たちはもちろん実行委員長も納得するほどの美人とイケメンばかりなのだが。
「もしかして、コンテスト受付?」
「はい」
「頑張って、ね?」
よく言っても中の上止まりである芽榴に、コンテスト委員長は遠慮がちにそんな言葉をかける。予想済みのため、芽榴もニコリと笑顔で返した。
コンテストに参加するため、エントリー名簿に署名をする。すると、芽榴の前に出場が決まった人物の名前が目に入り、芽榴は目を丸くした。
「来羅ちゃんって、美少女コンテストのほうに出るんですか?」
「え? うん。てゆーか、去年もそうだったでしょ?」
驚いている芽榴にコンテスト委員長も驚く。コンテスト委員長の話によれば、去年の美少女コンテストの1位は来羅だったらしい。疑いはしないが、反応しにくい。
「コンテストって別に立候補制じゃないから、一般生徒の推薦で出場が決まることもあるの。柊さんの出場は過半数男子の推薦。ちなみにちゃんと許可もとってるわ」
コンテスト委員長がちゃんと説明してくれた。生徒会役員はほぼ推薦によって出場が決まっているらしい。翔太郎との交渉は去年同様大変だった、とコンテスト委員長は肩をコキコキと鳴らした。
「そうなんですか……。はい、これ」
芽榴はコンテスト委員長に名簿を返す。そしてそのまま文化祭準備に戻ろうとすると、コンテスト委員長に腕を掴まれた。
「ちょうどいいから、お願い」
「え?」
「神代くんにコンテスト出場してくれるようお願いしてくれない?」
「拒否してるんですか?」
芽榴は驚く。颯なら点数は取れるだけ取るだろうし、絶対出るだろうと思っていた。まず彼の容姿なら上位は確実だ。
「去年も出てくれなくて、でもさすがに今年は出てくれないとクレーム山のごとし。駄目元だけど、一応お願いね! 役員さん」
コンテスト委員長は芽榴の肩をパンッと叩いて仕事に戻る。
颯が一度出場しないと言っているなら、芽榴が何を言っても出場しないだろう。
しかし、彼が出場しない理由が気になって、芽榴は自然とそちらに足を向けていた。
颯のいるA組に行くのは初めてだった。基本的にA組は学年の中でも秀才が多くて、近づきにくいオーラが出ている。
しかも――。
「閉めきってるし……」
ドアも窓も全部閉まっていてやはり入りづらい。そういえば颯のクラスの出し物は劇だ。この状態が当たり前といえば当たり前。
別に今すぐの用事でもなく、本当は聞く必要もないこと。
芽榴はA組に背を向ける。しかし、途端に芽榴の背後でガラッと扉が開いた。
「え」
「芽榴」
開いた扉から出てきたのは颯で、芽榴は目を丸くする。タイミングがよすぎるのだ。
しかし、芽榴はそんなことよりも颯の姿に目がいってしまった。颯は現在西部劇にでも出てきそうな格好をしている。
「何の劇?」
「本番見に来てくれたら分かるよ」
つまりは見に来いということだ。
芽榴は「時間が合えばね」と返す。
「ところで、何か用があったんじゃないのかい?」
颯が言い、芽榴は少しキョロキョロしてからもう一度颯を見た。
「練習大丈夫?」
「芽榴のためなら、もちろん」
颯は笑顔でサラッとそんなことを言う。聞いてるほうが恥ずかしくなることを颯はよくもまあ平然と言えるものだと、芽榴は感心する。
芽榴は颯の言葉に甘えて、あまり人気のない非常階段のところに場所を移した。別に教室の前でもよかったが、颯と気安く喋るところを見て、いい顔をする人は滅多にいないため、芽榴はそうした。
「コンテスト委員長が、美男子コンテストに出てくれって」
「へぇ……。芽榴は美少女コンテストにエントリーしたのか。意外だね」
芽榴が言ってもいないのに、颯が納得する。なぜかと思ったが、芽榴がコンテスト委員長と会話をしている理由を推測すれば簡単なことだった。
「はい、話そらさない」
芽榴は自分が美少女コンテストに出ることをあまり突っ込まれたくなくて、パンッと手を叩く。
「コンテストなら、出る気はないよ」
颯は迷う様子もなく即答する。あまりにも清々しく拒否されたため、芽榴は首を竦めた。
「どうして?」
「負けると分かっているから」
颯はそう言って腕を組んで壁に寄りかかった。芽榴は首を傾げて「誰に?」と問う。
「コンテストの1位は絶対に風雅だ。それも圧倒的な票差をつけてね」
颯は変わらず笑みを浮かべていたが、少しだけその表情が曇ったのを芽榴は見過ごさなかった。
「それは分からないでしょ」
「分かるさ。あんなのだけれど、風雅の人気は本物だよ」
颯は少しの冗談を交えて言う。
風雅の人気が高いのは芽榴だって痛いくらい分かっている。でも、芽榴からすれば颯だって同じくらい人気が高いのだ。
「だから出場はしない」
颯がもう一度強い口調で言った。颯のその声は冷静で、その決断に後悔はないみたいだった。
「そっか」
そんな颯にこれ以上説得することなぞ芽榴と言えど、できないのだ。しかし、それでも颯に言いたいことはあった。
「やってもないのに結論出すのは神代くんらしくないよね」
「…」
「でもちょっと安心したよ」
芽榴がクスリと笑って言う。颯は少し驚いて困った顔をした。
「神代くんにも人間らしいところあるなーって」
「どういう意味かな……?」
颯は芽榴の言葉を聞いてより一層困り顔になる。まるで芽榴にとって颯が今まで人間らしくなかったみたいな言い方だからだ。
「神代くんでも逃げるときはあるんだなーと思って、ね?」
颯はどんなときでも清々しく構えていて、誰が相手でも何が相手でも「負けないよ」と笑っているイメージだった。
でも今の颯ははっきりと「負ける」ことを恐れていた。
それが新鮮で、少しだけ芽榴は嬉しく思った。颯でも逃げることがあるのだと分かったから。
「話はそれだけ。練習邪魔してごめんねー」
芽榴は颯に背を向ける。でも言わなければいけない肝心なことを思い出した芽榴は「あー、そうそう」と再び振り返る。
「私もキング狙うよ。だから、出場しないで負けても文句言わないでね」
芽榴はニコリと笑って今度こそ颯の前からいなくなった。
逃げてもらえば、キング争いは楽だ。でも有利の言葉を借りて言えば、それはフェアじゃない。
最後の言葉は芽榴から颯へのある意味での挑戦状。
でも、それを受けるか受けないかは颯次第。
「本当に、僕は芽榴に甘いね」
そう言った颯はA組とは正反対の場所へと向かう。偶然だろうが、他でもない芽榴を使って嗾けてきたコンテスト委員長に称賛の意味も込めて――。




