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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
文化祭編
103/410

89 逃げ道と追い道

 最近の放課後はいつもガヤガヤと賑わっている。文化祭の準備でどこのクラスからも聞こえるのは楽しそうな笑い声だ。


 しかし、芽榴は今、2学年棟と本棟をつなぐ渡り廊下を1人で歩いている。


 体育祭のときと同様、文化祭シーズンも生徒会業務は通常通り。

 しかし文化祭は体育祭と違ってクラスの出し物の準備に役員が欠かせないことが多い。


 そのため、生徒会では生徒会業務をする人を割り振ることになっている。そして今日の担当役員は――。


「お疲れ様です、楠原さん」

「お疲れ様ー」


 芽榴と有利の2人だった。


 芽榴が生徒会室にやってくると、書類を整理していた有利がすぐに芽榴に挨拶をした。


「どこのクラスも楽しそうだねー」


 芽榴は荷物を所定の位置に置いて有利の向かい側、自分の仕事場所に座った。


「僕のクラスの人も着付けの練習で盛り上がっていました」

「それ楽しそー。私のクラスはいまだに和風喫茶にするか洋服喫茶にするかでもめてたよー」

「そうなんですか? でも、どっちになっても楽しみです」


 有利が微笑み、芽榴は肩を竦める。役員はみんな3日間の文化祭のうち暇ができたら必ず芽榴のスイーツを食べに来ると言っているのだ。そこまで期待されれば応えなければならない。芽榴の腕に力が入るばかりだ。


 そんな世間話をしながら、芽榴と有利は与えられた業務をこなす。


「でも体育祭のときより、みんな張り切ってるよねー」


 芽榴は経費の計算をするため、計算機をカタカタカタと打ち付ける。別に計算機なしでも暗算できるのだが念のためだ。


 体育祭も別に頑張っていなかったわけではないけれど、文化祭は気合の入り方が個々に違う。


「やっぱりキングになりたいのかな、みんな」


 有利は書類に判子を押しながら芽榴の言葉に少し考えるようにして答えた。


「そう、ですね。まぁ、キングの特権は魅力的ですから」

「……何それ?」


 有利が当たり前のように告げた言葉に芽榴は首を傾げた。すると、有利は少し驚いた顔で「知らないんですか?」と芽榴に問いかける。芽榴はもちろん頷いた。


「キングになったら学園側が1つだけその生徒の我儘を許すという特権がつくんですよ」

「え、そーなの? ……っと、わぁ」


 芽榴は初めて聞く話に驚く。そのせいで思わず計算を打ち間違えてしまい、急いでやり直した。


 キングの特権、それこそ松田先生がF組からキングを出したい1番の理由なのだ。キングに自分の我儘をきいてもらおうという浅はかな悪知恵だ。


 例年、キングの特権を使って志望大学への推薦の確保や、期末テストの免除などが行われているらしい。


「ちなみに、神代くんは去年のキングの特権を使って、あの時期にトランプ大会を実施したんですよ」


 有利が告げる事実にこれまた芽榴は目を丸くする。


「大事な特権をあんなことに使うなんて、さすがというか何というか……」


 芽榴が呆れるように呟くと、有利は苦笑した。


「僕はあの使い方は間違っていないと思いますよ。第一、神代くんにこれ以上特権は必要ないです」

「確かにねー」


 颯はキングや生徒会長といった特権が何一つなくとも全部自分の思い通りにしてしまいそうだ。芽榴と有利は口に出さずに自分たちの心の中で思ってうんうんと頷いていた。


「じゃあ、藍堂くんはキングになったら、どーするの?」


 芽榴の急な問いかけに、有利は「う……」と言葉を詰まらせて黙った。少し何かを考えた後、恥ずかしそうに口を開く。


「今は特に何も浮かばないんですけど……でも、キングって響きがかっこよくないですか?」

「あー、王様だもんね」


 芽榴が笑うと、有利は頬を染める。少し子供じみた発言が恥ずかしかったようだ。確かに風雅が言いそうなことを言うなんて有利にしては珍しい。


 芽榴は「キングかー」と窓の外を見ながら呟く。有利はそんな芽榴の顔をジッと見つめた。


「何?」

「いえ、その……」


 芽榴が有利の視線に気づいて首を傾げる。すると、有利は少し気まずそうに目をそらした。


「楠原さんは……やっぱりキングには興味ないですか?」

「え? あぁ……」


 芽榴は有利の言いたいことがなんとなく分かって苦笑してしまう。


 もし半年前の芽榴がここにいたら有利の問いに「そうだねー」と即答していただろう。今だって特権や肩書きに拘りなんてない。


 それでも今の芽榴はすぐに答えを出せずにいた。


「興味はあるし、なりたいとも思うよ。でも、どうしてもなりたいかって聞かれたら……やっぱり考えちゃうかな」


 芽榴は曖昧な答えを出す。それでもトップになろうと芽榴が思ったということは、重大な変化だった。


「藍堂くんさ。私の記憶力がズルくないって前に言ったの、覚えてる?」

「……はい」

「あれね、実際すごく嬉しかったんだよ」


 突拍子もなく、芽榴がそんなことを言う。有利は芽榴の意図を掴めないまま、一学期の期末テスト前に芽榴と話したことを思い出していた。


「今でもその考えは変わってませんよ」


 有利が真面目な顔で言うと、芽榴は笑顔で「うん」と頷いた。


「ここに来るまで、そんなこと言ってくれる人いなかった。でもどんなにズルイって言われてもこの能力はどうすることもできなくて……私ね、自分は特別なんだってそんな風に思ってたんだ」


 芽榴は「バカみたいでしょ?」と言ってクスリと笑う。しかし、目の前の有利は真剣な顔で芽榴の話を聞いていた。


「みんなに会って、私の能力なんてちょっと人より記憶力があるくらいで全然特別じゃないって思い知って……。そしたら途端に恥ずかしくなって、やっと、気づいたんだー」

「……何に、ですか?」


 有利は遠慮がちに問う。芽榴の表情は変わらず柔らかかった。


「手を抜くのは、逃げてるだけなんだってこと」


 そう言った芽榴の瞳はとても澄んでいて、何かの決意が見えた。


「今までね、手を抜くのは周りのためだって思ってたんだよ。こんなインチキ能力、知らなければ誰も嫌な思いしないって」


 努力もせずにただ見ているだけですべてを覚えられる。そんな子がいてスゴイと思うのはほんの一瞬、すぐにそれは妬みに変わってしまう。


 それは確かに事実だった。でもそれだけが事実なわけではない。「でも本当はね」と芽榴は話を続けた。


「手を抜いてたら誰かに負けても悔しくないし、誰にも文句なんて言われなくて……。自分が傷つかないよーに逃げてるだけなんだって、気づいた」


 芽榴は出来上がった会計の資料をホッチキスで留めて、書類の山に重ねた。


「だから私もキング狙うよ」


 芽榴はニコリと笑う。


 トランプ大会の日に、芽榴は颯に『もう手は抜かない』と約束した。でもあの時はそれを拒む自分が確かにいて、その約束を義務のように、自分の意志とは違うもののように扱ってきた。


 でも今度の言葉は違う。


「その言葉が聞けて嬉しいです」

「え……」


 有利は柔らかい表情で言う。


「やっと楠原さんと対等になれた気がします」


 手を抜くということはつまり、相手を対等に見ていないということだ。芽榴は有利に言われて、ハッと目を見開いた。


「楠原さん。僕もキングになりたいです。だから絶対に負けません」


 有利は真っ直ぐな瞳で、芽榴に言う。その瞳が芽榴に教えてくれる。ここでなら本気を出しても大丈夫だと。芽榴は嬉しそうにハハハと笑った。


「藍堂くん」

「何ですか?」

「もし、次に私が手を抜きそうになったら……本気で怒ってくれる?」


 芽榴は我ながら情けないと思いつつもそんなお願いをする。一度逃げてしまっているだけにもう二度と逃げないと宣言するのは難しかった。


「いいですけど……僕でいいんですか?」


 有利は不安げに尋ねる。その役目は別に有利じゃなくてもいいはずなのだ。芽榴の周りには自分より立派な人がたくさんいる。有利がそんな風に言うと、芽榴はキョトンとした顔で答えた。


「だって、藍堂くんは絶対に手を抜かないじゃん」


 他のみんなが手を抜いていると言いたいわけではない。ただ、他のみんなは力を抜く場面を適度に用意しているのだ。


 でも、有利だけはどんなときでも全力だ。それを芽榴は知っていて、それが有利は嬉しかった。


「……分かりました。約束します」

「約束ね」


 芽榴と有利は指切りをする。有利と指切りをするのはこれで二度目だ。でも今回は――。


「嘘ついたら針千本のーます」


 ちゃんと約束を交わす。逃げ道は残さない。

 楽しげに歌う芽榴の心に迷いはなくて、芽榴は自然と笑みをこぼしていた。

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