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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
文化祭編
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88 お菓子作りと拗ねる弟

 楠原家のリビングで芽榴は本を読む。その目の前で、真理子は芽榴の入れたコーヒーとともに芽榴の作ったお菓子を美味しそうに食べていた。


「あ、圭が帰ってくる」


 突如、本を見ていた芽榴が顔をあげて言う。真理子は「え?」と言って玄関を見た。


 そして真理子が玄関を見てから約5秒後、玄関の扉が開いた。


「ただいま」


 入ってきたのは芽榴の言うとおり、制服姿の圭だ。真理子は振り向いて目をキラキラさせながら芽榴を見つめた。


「すごい。なんで分かったの?」

「足音。圭のは特に分かりやすいよー」

「何話してんの?」


 リビングにやってきてエナメルバッグをそこらへんに放り投げた圭が2人の会話に入ってきた。


「芽榴ちゃんの未来予知!」

「は?」


 真理子が突拍子もないことを言うので圭はスルーすることに決めた。そして目の前に作られているお菓子に視線を移す。


「芽榴姉、それ食べていい?」

「もちろん。ていうか、残ったらもったいないから食べてー」

「残るわけないじゃない! 圭にはあげないんだから!」


 真理子がそう言って、芽榴の作ったお菓子を囲う。そんな大人気ない母の様子を芽榴と圭は半目になって眺めていた。


 芽榴の隣に座った圭は真理子の手を除けて、芽榴の作ったクッキーに手を伸ばした。


「芽榴姉、何読んでるんだ?」


 クッキーを食べながら、圭は芽榴が眺めている本を覗き込む。


「お菓子作りの本だよー」


 芽榴が言うと、圭は首を傾げた。芽榴は自分たちのために料理やお菓子を作ってくれるが、料理本を見ているところは見たことがない。


「なんで?」

「芽榴ちゃん、文化祭でクラスの人と喫茶店をやるらしいの」


 まるで自分のことのように、真理子が嬉しそうな顔で言う。圭はマカロンに手を伸ばしながら「ふーん」と面白くなさそうな声を出した。


「どしたの? 圭」


 基本的に圭は芽榴が行事に参加するとなると大袈裟なくらい喜んでくれる。体育祭のときも代表リレーに出ると言ったらかなり喜んでくれたくらいだ。それなのに珍しい、と芽榴も思ってしまう。


「麗龍の文化祭って10月の三連休のときだろ。完全に俺たちの文化祭とかぶるし」

「圭のところは2日間で、麗龍は3日間だし、1日は行けるじゃない」


 拗ねる圭を宥めるように真理子が言うが、その発言がもっと圭を拗ねさせた。


「俺もそう思ってたんだよ。そしたら監督が文化祭の次の日に試合入れちゃってさ……。その頃には俺の足も完治してるから……あーダメだ! 考えただけでイライラしてきた」


 圭がものすごい勢いでお菓子を食べる。口で言うよりはるかにイライラしているらしい。


「あぁ、きっと喫茶店やってるクラス見る度にイライラするんだろうな、俺」


 と、圭は遠い目をして言う。なんとなく想像がついてしまって芽榴も真理子も困ったように笑った。


「芽榴ちゃんのお菓子、圭はいつでも食べれるんだからそんなに文句言わないの」

「母さんたちが食べれて俺だけ食べれないってのが納得いかない」


 芽榴の目の前でよく見る静かな親子喧嘩が始まった。


 喧嘩の内容が内容だけに、芽榴は困り顔だ。仲介に入ったところで無駄だと思い、再び本に目を向けた。


 親子喧嘩が終わった頃、圭と真理子はパラパラとページをめくる芽榴の様子を見ていた。


「芽榴ちゃん、熱心ねぇ」

「でもさ、別にお菓子作りの本なんか読まなくても芽榴姉のお菓子は十分美味しいだろ。つーか芽榴姉が本出したほうがいいくらい」


 芽榴は特に何かのページを探しているわけでもない。サラッと目を通している感じであるため、圭は思わずそう口にする。その手には今度はマフィンが乗っていた。


 本を出せるというのは褒めすぎだが、お菓子作りの本をわざわざ読まなくても調理方法がすべて頭に入っているのは事実だった。


「それは確かなんだけど……調理場担当になっちゃったからには、知らないとか作れないとかそういうものがあったらダメでしょー?」


 そう言って芽榴はお菓子作りの本に再び目を向ける。芽榴に限って、その本の中に知らないお菓子も作れないお菓子もあるはずがない。それでもちゃんと確認する芽榴の姿に、圭は苦笑した。


 芽榴はよく「自分は努力ができないダメ人間」なんて言っていた。


 そしてそんな芽榴を非難する人はたくさんいた。けれど、すでに完璧にできることを努力するなんていうのは、実際かなり大変なことで、精神的にきつい。


 芽榴はほとんどのことが完璧にできる。

 どんなに手を抜いたって並の人よりできる芽榴に、圭は絶対に「もっと頑張れよ」とか「努力しろ」なんて言葉は言わなかった。


 芽榴が手を抜いていたことを良いと思っていたわけではない。それでも、そうせざるを得ないと芽榴が判断していろんなことから手を抜いていたことも圭は知っている。


「芽榴姉」


 そんな芽榴が今、全力でいろんなことに打ち込んでいる。


「成功するといいな」

「うん」


 今の芽榴の笑顔は圭がずっと見たかった笑顔だ。

 芽榴を変えたのは自分ではない。自分にそんなことはできない。

 だから、芽榴を変えてくれた彼らに、やはり悔しい思いは残っても、感謝の気持ちは募るばかりだ。


「神様って……時に残酷よねぇ」


 そんなことを考える息子を横目に見ながら真理子が呟く。


 良くも悪くも圭を芽榴の弟にしてしまったのは重治と真理子で、圭は彼の意志とは無関係に芽榴に1番近くて1番遠い人物となってしまったのだ。


 急な真理子の発言に芽榴は顔を上げた。


「そう?」


 真理子の言葉の意味を芽榴は探る。しかし、その言葉の真意を芽榴に伝えるわけにはいかない真理子はいつものような笑顔を見せる。


「だって芽榴ちゃん、去年の文化祭は病気祭りだったじゃない?」

「あー、それね」


 芽榴は苦笑する。圭も真理子も去年のこの時期のことを思い出して笑った。


「今年は病気に負けませんよーに」

「マスク買っておかなきゃ」

「俺も芽榴姉に風邪菌移さないように気をつけるよ」


 楽しげに3人で笑いあい、重治の帰りをお菓子を食べながら待つのだった。


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