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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
文化祭編
101/410

87 青春とコスプレ

 無事に文化祭の出し物が決まり、少し長引いたF組のロングホームルームはやっと終わった。


「芽榴、今から生徒会?」


 芽榴が荷物をまとめていると、舞子が振り返って尋ねる。


「うん。今日は文化祭の話し合いだってー」


 芽榴は机の中のものをすべて鞄の中に入れる。芽榴は絶対に置き勉をしないのだ。


「あぁ、そういえば去年の生徒会のアレ、凄かったわね。今年もやるのかしら……」

「生徒会のアレ?」


 舞子の呟きに芽榴は首を傾げた。しかし、舞子からそれを聞く前に芽榴の目に現在の時刻が映る。芽榴はゆっくりとまとめていた荷物を即座に慌ただしく詰め込んだ。


「やばい! ごめんね、舞子ちゃん。もう行かなきゃ」

「楠原! 喫茶店の件なんだけどさ」


 芽榴が荷物を持つのと同時に文化祭の資料を持った滝本が楽しげに走り寄ってきた。

 しかし、生徒会に遅れるわけにもいかない芽榴は滝本の前に手を合わせた。


「滝本くんもごめん。文化祭の話は明日聞くねー」


 そう言って芽榴は滝本の横を通り過ぎ、急ぎ足で教室を出て行った。


 そんな芽榴の姿を追うように、滝本はジッと教室の外の廊下を眺める。


「……滝本」


 舞子が滝本の肩を少し強めにバンッと叩く。すると、滝本は舞子のことを恨めしそうに見た。


「いてーよ、植村」

「あんたがボーッとしてるからでしょ」


 舞子の言葉に、滝本は今さっき自分が考えていたことを思い出す。そして舞子に向けていた視線を再び芽榴の消えた教室の向こうに戻した。


「つーか生徒会ってそんなに急いで行かなきゃいけねーのか?」


 滝本がボソッとつぶやく。舞子は一瞬だけ目を見開き、そしてすぐに目を逸らしながら頷いた。


「遅れたら、神代くんとか葛城くんに怒られるんじゃない?」

「……ふーん」


 舞子の言葉は間違っていない。事実芽榴が生徒会に急いだ理由はそうだ。しかし、滝本はどこか納得のいっていない顔をして委員長に資料を返しに行った。


 そんな滝本を見て、舞子は少し寂しげに小さく息を吐いた。











 ガチャ


「失礼しまーす……」


 生徒会室に着いた芽榴はゆっくりと扉を開ける。もう話し合いが始まっているのではないかと恐る恐る中の様子をうかがうと、どうやらまだ話し合いは始まっていないらしかった。珍しく会長席が空いている状態なのだ。


「これは?」

「うーん。なんだかなぁ……。今年も去年と同じでいいんじゃない?」

「ダメよ。それじゃつまらない」


 風雅と来羅がパソコンを見ながら何かを話し合っている。芽榴が入ってきたことにも気づかないくらいだ。かなり集中しているらしい。


 芽榴はその光景を見ながら自分の席につく。すると、向かい側に座る有利と翔太郎が芽榴に話しかけた。


「楠原さん、お疲れ様です」

「遅かったな」

「うん。話し合い長引いちゃって……。みんなはスムーズに決まったんだねー」


 今日のロングホームルームは全クラス、文化祭の出し物を決めると聞いていた。今ここに集合できているということはクラスの出し物決めがうまくいったからなのだ。


「だいたい役員主体で話が進むからな」

「どーいうこと?」


 翔太郎の言葉に芽榴が首を傾げると、有利がその意味を解説してくれた。どうやら他のクラスでは各クラスに1人いる役員の能力や容姿を活かした出し物が選択されるらしい。


「たとえば、柊さんは機械関係が得意なのでC組は教室で本格的なプラネタリウムを行うらしいです」


 確かに来羅の技術を駆使したプラネタリウムは凄そうだ。おそらく人気が高いだろう。

 他にも颯率いるA組は颯主演の劇、風雅率いるB組は風雅中心でライブをするらしい。2人の容姿からしてすでに客寄せはバッチリだ。


「藍堂くんのクラスは?」

「僕の家が家ですから和服がたくさんあるので、それを持ってきてクラスに来た方には着付けなどをしてそれを着て文化祭を回ってもらおうという案で決定しました」

「なるほどー」


 確かに夏休みも芽榴と役員たちに浴衣を貸してくれたくらいだ。合宿中、有利も功利もいつも違う和服を着ていた。おそらく有利の家にはそれらがたくさんある。和服を着てみたいという人は少なくないため、これまた人気がありそうだ。


「で、葛城くんはー?」

「……占いの館だ」

「へ?」


 すごく言いたくなさそうな表情と声で翔太郎が告げる。芽榴も出し物の名前を聞いて思わず目を丸くした。


「去年も葛城くんが乗り気じゃなかった割に、葛城くんのクラスの『占いの館』は大人気でしたもんね」


 翔太郎の催眠術を他の生徒は一種のよく当たるおまじないだと思っている。そのため、それをうまく活かした出し物が占いの館らしいのだ。


「よく葛城くんがそれに賛成したねー」

「キングがかかっていれば止むを得まい」


 翔太郎が少し拗ねたような口調で言う。翔太郎でさえキングという称号にこだわっていることに芽榴は少し驚いていた。


「ところで、楠原さんのところは何に決まったんですか?」

「あー、喫茶店」


 有利に問われ、芽榴がサラッと答える。瞬間、有利と翔太郎が眉を顰めた。


「え、何?」

「楠原が調理担当か?」

「……まぁ、そーなったよね」

「それはやばいですね」


 有利と翔太郎が思案顔になる。何がどうヤバイのかと考えていると、芽榴の背後から聞き慣れた声が聞こえた。


「うん。それは確かにヤバイね」

「う、わ!」


 芽榴は驚いてガタガタッと椅子を引く。すると、その音で風雅も来羅も話し合いを中断した。


「あ! 颯クン、と芽榴ちゃんいつ来たの!?」


 芽榴を見た途端、芽榴が来たことに気づかなかった自分に愕然としながら風雅が自分の席に戻る。


 来羅は椅子をクルリと回して「颯、るーちゃん、お疲れ様」と笑いかけた。


 芽榴の背後に立っていたのは颯だった。いつの間に入ってきたのかと芽榴は相変わらず驚いてしまう。


「芽榴ちゃんのクラス、出し物何になったの?」


 風雅が目を輝かせながら芽榴に尋ねる。いったい何を楽しみにしているのかと問いたいくらいだ。


「えっと……喫茶店」


 と、先ほどと同様に簡潔に述べると、風雅と来羅の顔が真剣になる。いい加減どうしてそんな反応になるのか、芽榴は尋ねることにした。


「だって、るーちゃんの手作りスイーツなんて客引き率高いじゃない。私も行きたいもの」

「そうそう。キング争い、今年はマジで厳しいだろうなぁ……」


 来羅と風雅はそう言って同時に溜息を吐く。やはり二人ともキングを狙っているらしい。


「何にせよ、クラス部門についてはお互いに敵同士だからね。負ける気はないけれど」


 昨年のキングである颯はいつもの爽やかな笑みをもって告げる。


「それより、今日の話し合いだけど。議題は生徒会の出し物について」


 颯が本題に入ると、芽榴は「へ?」と頓狂な声を上げた。生徒会が出し物をするなど初耳なのだ。


「なぜ知らないのだ。昨年もほぼメインイベントだっただろう?」

「えっと、昨年は『魔のシック月間』だったから文化祭参加してなくて……」


 そう言って芽榴はハハハと半目で笑った。真実なのだが、あまりにも滑稽すぎる理由だ。


「でも、去年は何したの?」


 芽榴は一応尋ねる。ある程度どんな感じの出し物が要求されるのかを知るためだ。


「「「「「鬼ごっこ」」」」です」


 役員全員がハモる。


 芽榴は目をパチクリさせた。


「……鬼ごっこ?」


 芽榴は真剣な顔で尋ね返す。今は確か『去年の生徒会の出し物』についての話をしているはずだ。

 もしかして芽榴の考えている『鬼ごっこ』ではないのかもしれない。


 そんなことをグルグル考えている芽榴を見て颯がクスリと笑う。


「最終日の約1時間、全校生徒が鬼で、僕たち役員がみんなから逃げる……鬼ごっこ。それが去年の出し物だよ」


 加えて、逃げ切った役員は50ポイント獲得。捕まえた生徒も50ポイント獲得。このイベントだけでキング争いのどんでん返しが可能になる、というかなり魅力的なルールにより、文化祭一参加率の高いイベントだったそうだ。


 颯が改めてしっかりと説明してくれたため、芽榴の思っていた『鬼ごっこ』で間違いはなかった。しかし、全校生徒を相手にそのゲームが成立するのかとさらに考えてしまった。


「……結果は?」

「全員逃げ切りで私たち役員の勝ち」

「何ですとー……」


 来羅が当たり前のように告げる。芽榴はそれにもまた驚いていた。


 驚き疲れて芽榴はあえてもう何も聞かないことにするのだった。


「それでね、今年は何がいいのか。地味に生徒にアンケートをとってみたんだけど」


 そう言って颯が持っていた資料に目を向ける。どうやらさっきまでそのアンケートを収集しに出ていたらしい。


「昨年のアレはかなり好評だったらしくてね。今年も『鬼ごっこ』だそうだ」


 颯が困り顔で言い、みんな溜息を吐く。


「あれ、結構キツイんだよね……」

「1時間ほぼ走りっぱなしでしたし……」


 風雅と有利は思い出して、すでに疲れ始めていた。役員にとっては楽な話ではないが、生徒を楽しませるのも役員の仕事の一つ。決まったことには文句は言えない。


 しかし、芽榴の斜め前に座る眼鏡男子はまだ何か言いたそうな顔をしていた。


「葛城くんもやっぱりキツイんだー?」


 芽榴が問うと、翔太郎は何とも微妙な返事をする。


「キツイのは確かだが、俺が考えているのは……鬼ごっこの衣装のことだ」

「衣装?」


 芽榴は不思議な顔をした。普通に制服でやるのではないのかと問いかけると、有利が首を横に振った。


「それだと、分かりにくいということで……少し、所謂コスプレをしたんですよ」

「え……」


 有利も少し困り顔だった。翔太郎と同じで有利もコスプレにはかなり抵抗があったと見える。


「翔太郎の言いたいことも分かるけれど、それも好評の理由だから我慢してもらうよ」


 颯が告げると、翔太郎は盛大な溜息の後、渋々頷いていた。


「颯クン、そのコスプレの件なんだけど。鬼ごっこになるだろうなって予想してたから、さっき来羅と話し合ってて……」


 風雅が手を挙げて颯に言う。芽榴が部屋に入ってきてからしばらく2人で話し合っていたのはまさにその件についてだったのだ。


「去年は執事、来羅はメイドだったけどさ」


 去年のコスプレの内容を聞いて芽榴はこれまた半目で笑う。鬼ごっこ云々の前にその光景だけでもかなり周囲がうるさくなりそうだ。翔太郎と有利がコスプレを渋るのも頷ける。


「だから今回も統一感あったほうがいいかなって迷ったんだけど……」


 風雅はそう言って来羅に目配せする。来羅はプリンターから何やら一枚の紙を取り出して「じゃじゃーん」と言ってみんなに見えるようにした。


「文化祭は10月下旬。ちょっと早めのハロウィンコスプレでどう?」


 来羅の持つ白い紙にはハロウィンにちなんださまざまなコスプレの内容が印字されている。


 見た瞬間に、翔太郎は頭を抱え、有利は苦笑する。颯は一通りその紙に目を通して来羅に返した。


「いいと思うよ。去年も決めたのはお前たち2人だから、今年も2人に任せる。僕たちにはよく分からないからね。あぁ、芽榴は何かしたいコスプレ、ある?」


 颯は楽しげな笑顔で芽榴に尋ねる。あるはずがないと分かっていて聞いているのだ。


「お任せしまーす」


 ハロウィンといったら魔女やドラキュラなどの定番なコスプレになるのだろう。メイド服を着るよりははるかにマシだ。


「とりあえずクラスの出し物の準備と鬼ごっこに向けての対策、それと生徒会の通常業務。大変だけど全部こなしてもらうよ」


 颯の号令で、文化祭の話し合いは一旦終了。それぞれがいつものように仕事を分担して開始し始めた。


「コスプレかー……」


 仕事をしながら芽榴はポツリとつぶやく。


 煌びやかな役員たちがコスプレをするのだ。どうせ誰も芽榴には目を向けないはず。自分は適当に包帯をグルグル巻きにしてミイラのコスプレにでもしよう。


 そんな呑気なことを芽榴は考える。


 まさか当日、自分があんなコスプレをすることになるなんて、この時の芽榴は思ってもいないのだ。

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