episode1: 7月10日
海沿いの、小さな田舎町。そこには出会いがあり、別れがあり。
俺たちの出会いも、そんな日常の中に過ぎなかった。
~episode1: 7月10日~
退魔師というのは、どうも胡散臭いと思われがちだ。
俺たちがいくらその人間の為に頑張っても、当の本人は俺たちが譫言をほざいているようにしか思わない。嫌な職業だ。そう思いながら、俺はバイクを停めた。
退魔師として日本各地を転々としてきて数年。これほどの田舎町に来たのは初めてだった。
20そこいらの若者にとっては、退屈極まりないその町。
磯の生臭い香りが、メットを取ったばかりで敏感な俺の鼻に纏わりついた。
「嫌な町だ……。」
顔をしかめながら、再びバイクにまたがる。
小さな町だとは思うが、この町を出る願いはかなわないだろう。それほどに、ガソリンも金もない。
どうにかこの町で仕事にあり付けたら、とは思うが……。
こんな平和な町に、退魔師が狙う悪霊が居るはずもない。無職状態。手も足もでない。
おまけに、この二日間、腹に入れたのは非常食のカロリーメイトのみ、という絶体絶命。
せめて気温が下がってくれればいいが、七月のお天道様にそれは望めないらしい。
たまたま近くにあったバス停の温度計を見ると、見事三十度を超えていた。
ついでにバスの時刻表を見ると、バスは一日一本らしい。そかもそのバスは、すでに五分前にここを通過していた。
まぁ、仮にバスがあっても、バイクを乗せる訳にもいかないしな。
ため息をつき、エンジンを駆ける。目に入るのは、海の青と山の緑。
本当に、何もないところだな。
メットの中でため息をつきながら、バイクを発進させた。願わくば、この小さな町に格安のガソリンスタンドがあることを信じて。
「ま、あるわけないか……」
それから一時間後の堤防の上。暑い太陽光を浴びながら、俺は地面に伏していた。
腹減った。ガソリンがない。金もない。
バイクは堤防下に停車してあるが、この腹の状態でバイクを押して歩くわけにもいかないだろう。
「にしても、暑いな……。」
せめて髪が短ければ。そう思うが、しがない旅人でしかも胡散臭い退魔師の俺に、髪を切る金があるわけもなく。母親譲りの銀色の髪は、腰まで伸びきっていた。
俺が旅をしている理由は、なにも悪霊さがしの為、というわけではない。
探しているのだ。先程話した、俺の母親を。
『智哉。退魔師にはね、消えると分かっていても、やらなければいけないことがあるの。』
俺の母親はそういって。俺の前から姿を消した。
超低能親父と毎晩喧嘩しながら育ってきた俺は、15になったとき、旅に出た。母を探すために。
馬鹿親父は、今頃東京でサラリーマンでもしているだろう。
「……さて、そろそろ動くか。」
いつまでもここで焼かれている訳にもいくまい。
この間にも悪霊に蝕まれている人間もいるし、なにより母親を探さなければ。
「暑いなぁ……。」
この町唯一の高校から出た藤堂彩音は、降り注ぐ夏の熱気に、思わず顔をしかめた。
もうすぐ夏休みということで半日授業になってくれるのは有難いが、こんな時間に返されても困る。
剣道部の部長としては午前中で終わりの日は部活をしたいのだが、こんな暑さでは部活なんぞできない。
仕方なく帰宅、ということになったのだが、この暑さの中だ。進んで帰りたいという人はいないだろう。その証拠に、校庭に自分以外の人間は人っ子一人いない。