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妖御伽唄  作者: 氷椅子
~梔子姫~
7/7

其の漆

所変わっての、キリと宵月。



契約を違えることは許されない。

妖御伽唄



 夜になり、今日の成果を報告し終えたキリ達は始めに通された和室で寛いでいた。

 キリ達が戻った時、部屋には既に布団が敷かれていた。おそらく梔子が敷いていったのだろう。

「なぁ・・・・・・どう思うよ、宵」

 その上に寝転がり、二人分の布団を広々と使いながら昼間の疲れを癒していたキリは、何とはいわずに縁側に座る宵月に問いかけた。

「そうですね。どうせ私は睡眠をたいして必要としないので、ちい姫はゆっくりと私の分の布団まで使って良いと思いますよ」

「そうか?じゃあ遠慮なく・・・・・・じゃなくて! アイツ、梔子のことと、この村のことだよ」

 うっかり話が大幅に逸れてしまうのを何とか回避し、キリは状態のみを起こしてもう一度宵月に問いかける。

「アイツ、あのいけ好かない女。今回の件ってアイツが何か関係してるんじゃないのか」

 縁側に腰かけて煙管で手遊びをしていた宵月は、その端麗な口元をにやりと歪めてキリを流し見た。

「ほぅ・・・・・・何故そう思います?」

「話せないってことを除いても、何かアイツの態度は妙な気がするんだよ。妙に俺に対しても突っかかってきたし、それに・・・・・・何か隠している気がする」

 うまく言葉では言い表せられないが、キリはどこか、彼女の態度と言動に違和感を感じていた。

 案内の途中、彼女は何度か足を止めてじっと何かを思い詰めるような素振りを見せていた。小さな村だ、犠牲になった子供はもちろん顔見知りであったのだろうとはじめは気にしていないキリだったのだが、繰り返しそれを見る内に何かが違うと感じたのだ。

「ほとんど顔が見えないからよくわからないけどさ。なんか、アイツの表情がおかしいんだよ。ただ食われたガキのことを悲しむなら、ああはならない気がする」

「・・・・・・ちい姫も少しは大人になった、ということですかねぇ」

 上手い表現が見つからず、必死に言葉を探しているキリに、宵月はしみじみとした口調で言った。その言葉にいささかむっとして、キリは軽く彼を睨む。

「どういう意味だよ」

「そのままの意味ですよ。あのキリが他人の感情の機微を察するようになるなんて、親代わりの私としては喜ばしい限りです」

「誰が親代わりだ!」

「黒曜のお陰、ですかねぇ」

 宵月はにやにやとからかうように笑う。キリは自分の顔が熱くなるのを感じた。夜色を纏う少女の無邪気な笑顔が何故か頭をかすめ、それを振り払うように笑い続ける青年を睨みつけた。

「アイツは関係ない」

「さて、どうでしょうねぇ」

 くすくすと笑いながら宵月は外の景色へと視線を流す。男性にしては白く、細い指が優美な動きで手の中の煙管を口元へ運び、火をつけた。白い煙が墨で塗りつぶしたような空へとゆっくりと昇っていく。

「あの子は人によく興味を持ちますからね。その結果、キリが多くの人と接触する機会が増えたのは間違いないと思いますが?」

「う・・・・・・」

 否定はできなかった。確かに、黒曜と行動を共にするようになってからキリは他人と話す機会が圧倒的に増えた。その中で何も得るものがなかったのかといえばそうではない。極力、人関わらないようにしてきた時と比べれば、確かに多少は人の心の機微が理解できるようになった、気がする。

「それは、そうだけどさ」

 ため息をついて、キリも宵月と同じ方角へ目を向ける。話の中心人物となっている黒曜は今、この場にはいない。

 夜はすっかり更けていた。キリも宵月も夜目が利く方だが、満月でもない限り視界は良いとはいえない。しかしこの暗闇の中でも黒曜ならば、昼間と同様に見通すことができるだろう。

 屋敷の中は騒がしすぎると言って出ていった彼女は、無事あの少女に会うことができただろうか?

「彼女を通すことで、貴方も多少は人を理解する姿勢が見についたようですね。本当に、喜ばしい」

 それまではからかいの口調だった宵月の言葉の響きが変わったことに気付き、キリは宵月の顔を見た。そして軽く目を見張る。彼のこちらへ向ける眼差しは、予想外に暖かいものだった。

「何だよ・・・・・・お前だって人、嫌いなくせに」

「私は色々と知りすぎてしまいましたからね。しかし、貴方はまだ知らない。知らないで嫌うというのは全く別のことですよ」

 すっと手が伸ばされ、宵月の手がキリの髪へ触れる。久しくされなかったその動作が思いの外に心地よく、キリは抵抗しなかった。

「私の愛しい小さな姫。貴方にはまだまだ、知るべきことがたくさんあるのですよ」

「偉そうに・・・・・・」

「貴方よりずっと年上ですので」

「最初は俺を利用しようとしてたくせに、いつの間にか親みたいに」

「長年共にしていますからね。情が湧くものですよ」

「その割には、いつまでも人を女みたいに扱う」

「まだまだ貴方は弱く、守られる子ですからね。もっと、心も体も強くなったら呼ぶのはやめましょう」

「じゃあ何だ? そうしたら殿とでも呼ぶのか?」

 繰り返し撫でる宵月の手を払い、キリは笑った。払われた宵月もたいして気にした様子もなく、くすくすと笑う。

「貴方がお望みならば、若君とでも殿とでも。ご自由に申しつけください」

「やめとく。お前にそう呼ばれるなんて気味が悪ぃや」

「心外ですね」

 しばし、二人は互いに笑い合う。思い返せば、こうやって昔から戯れの言葉を投げあえるのは宵月が唯一だった。黒曜だけでない、宵月とてキリにとってはなくては存在であるのだ。自分がまだ今よりももっと幼く、無力だった頃、あの時に彼に会わなければ、きっと自分はこのように今生きてはいないだろうと思えるほどに、大切な人物だった。

 少しくらい、彼に感謝してもいいのかもしれない。

「心配、少しはかけてたみたいだな」

「何を今更。貴方に仕え、この命を捧げると誓った身です。なんてことありませんよ」

「約束のため、か?」

 体を起こし、改めて宵月と向き直る。唯一見える黒の左目は、ただ静かに見返すだけだった。

 キリには大きな義務がある。それはキリと宵月の間、そしてキリと黒曜の間にも交わされた契約の元、背負ったものだ。そのために宵月と黒曜はキリの元を離れることはできず、キリもまた、彼らを捨てることは出来ない。そしてキリは、その義務のために簡単に死ぬことは許されない。

「いつか俺がお前を殺すまで・・・・・・お前は、それを待つために俺の傍にいるのか?」

 後悔はない。自らが蒔いた種だ、自らの手で芽を摘むのは当然の義務だろう。しかし、そう言いながらも課せられた己の義務を先延ばしにしている自分がどこかにいた。

 宵月はしばし、思案するように押し黙る。言葉巧みに人を惑わせる彼にしては珍しいことだ。普段ならばのらりくらりとごまかし、曖昧な返答で済ませてしまうだろう。

「鬼里。私は・・・・・・」

 何度も迷うような素振りを見せて、ようやっと宵月が口を開いた、その時だった。

いらえ』

 激しい重圧と共に、頭の中に直接、重い声が鳴り響いた。

「ーーっ!?」

 魂の奥底まで直接揺さぶられるような衝撃に、キリは反射的に耳をふさぐ。それでも声が止むことはなかった。それどころか、繰り返すごとに強くなっていく一方だ。

『我が声聞かば応え。力ある者は応え』

 辺りを見回すが、声の主らしきものはいない。これほどの強い声に家の者が騒がないということからも考えて、どうやら声はこの部屋か、自分にのみ聞こえているようだった。

『応え』

 あまりの強く激しい呼びかけに、くらりと視界が揺れる。一声ごとに意識をもって行かれそうになり、キリは強く歯ぎしりをした。

 どこの誰であるかは分からないが、姿を見せずに呼び立てるとはいい度胸だ。全くもって気に食わない。

 手を延ばし、傍らに置いておいた太刀を取り立ち上がる。そしてキリは庭先を睨み付け、大きく息を吸った。

「どっーー」

「応えてはなりません、キリ」

 どこにいる、と大声で怒鳴り返そうとしたキリの目論見は、あっけなく宵月に口を塞がれることによって阻止された。

「キリにも、私にも聞こえるということは、魔へ通じるもののみが聞こえるようですね……」

「んー! むー!」

「この部屋だけに呼びかけている、ということも考えられますが、内容からして否と考えるのが妥当でしょうか。範囲はおそらく、村全体といったところでしょうね」

「んっーーなにすんだよ!!」

 むぐむぐと我ながらなんとも情けない声をあげながら、全力で口を塞いでいた宵月の手を引き剥がす。容赦のない塞ぎ方のために吸えなかった息を存分に吸い込み、キリは声の主の代わりに宵月を怒鳴りつけた。

 声は未だ頭の中で鳴り続けているが、今は怒りの方が勝っている。

「おや、声に呑まれかけたところを助けてあげたというのに心外ですね」

「物にはやり方があるだろう!」

「魔の物の声に応えてはいけない、力ある声に応えてはいけない」

 不意に宵月の声が低くなる。隻眼の目は、厳しかった。

「もし応えれば、魂から絡め捕られます。いかにキリといえど、そうそうに逃れることは出来ませんよ」

「そんなこと……」

「分からないとは仰りませんよね? そんな博打を打つほど、こちらに余裕はありますか。おそらくこの声と、この村の怪異は無関係ではないでしょう」

 キリは唇を噛んだ。明らかにこちらの失態だ。

「……悪かった」

「分かっていただければ良いのです」

 さて、と宵月は改めて庭の外へと向き直る。

「どうしたものでしょうね。下手に返せば絡め捕られる。かと言って無視し続けるのも骨が折れそうだ」

 その頬に、微かではあるがうっすらと汗が流れているのにキリは気が付いた。

 よくよく考えてみれば、なにも魔に通じる力を持つのはキリだけではない。宵月は鬼と人との混血であり、鬼の呪いも受けている身だ。もしも、この声がより魔の者に強く影響するものだとしたら。そうではなかったとしても、宵月とて全く被害が無いわけではないだろう。それなのに、彼は自身など省みずにキリを助けた。

 ああ、やはりまだ自分は、彼にとって無力な幼子であるのだ。

 これで主であるとよく言えたものだ。しみじみと、痛感した。

「……こういう意味では、大人になってしまわれると不便ですねぇ」

 キリの目から内心を見透かしたのだろう。ちらりと一瞬だけ視線を戻し、宵月は苦笑した。

「宵、お前は……」

「大丈夫であろうとなかろうと、この状態を乗り切らない訳には結果は同じですよ。余計な心配は捨て置いて下さい」

 確かに宵月の言葉は正論だった。キリは一つ深呼吸をし、雑念を払う。自身の背負う契約のことも宵月への心配も、すみやかに意識の外へ追い払った。

『応え、応え。力ある者は応え』

 声はいまだ、二人を呼び続けている。霊力は霧散し、村全体に広がっているようでキリの感覚では追うことは不可能だった。

 いっそのこと、応えて様子を伺ってみるか。

 そう思案した時、急に呼びかけが止まった。

『……よかろう』

 そしてその言葉を最後に、あれほど激しかった声はふつりと止んでしまった。

 静寂が部屋を支配する。遠くから微かに人が動く気配はするも、屋敷にこれと異常は見あたらない。

「……なんだったんだ」

 警戒態勢を解いて、キリは大きく息を吐き出した。気を抜くとどっと疲れが押し寄せ、今更ながら冷や汗をかいていたことを知った。全身のあちこちが緊張し、強張ってしまっている。

「さぁ……しかし最後の一言。何か言葉を交わしていたように思えましたが……」

 宵月も首を傾げながら答え、投げ出していた煙管を拾い上げる。

「誰かが捕まったってことか?」

 声を聞いたものが襲われたと考えれば、考えるのが順当だろう。幼い子供はどちらかと言えば神に近く、大人よりもずっと感覚がするどい。あの声を聞いてしまうものがいても不思議はないだろう。

「どうする? まだ少し早いけど、村に異変がないか見にいくーー」

 キリの言葉は最後まで続かなかった。不意に鼓動が不自然に跳ねる。

 それは一つの予感だった。もしくは、同胞に訪れる危機を察知したと言ってもいいかもしれない。先ほどの重圧を凌ぐほどの、衝撃を伴った知らせだった。

「……キリ?」

 キリの様子を察した宵月がのぞき込んでくる。それにも構わず、キリはばっと一つの方角を見やる。

 どくどくと耳の奥で音がする。太刀を握る手が驚くほど冷たくなっていた。

 少し冷静になれば分かるはずだった。もう一人、必ずあの声を聞くことが出来る者がいたではないか。三人の中で誰よりも鋭く、誰よりも魔に近い娘が。

「黒曜……!?」

 直後、キリが見ていた方角で何かが派手に壊れる音が響いた。







  



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