其の伍
少女に案内されて、キリ達一行は里の長にあたる人物の屋敷に通されていた。
まず少女が屋敷に入り、それから数分して屋敷の主が一行を出迎えに来る。それを確認すると礼をいう間もなく、少女は再び来た道を戻っていってしまった。
それまでの間も、やはり少女は何も話さなかった。奇異の視線や疑わしげな視線が無かったことには好感が持てたが、無口だからという理由では徹底し過ぎている気がする。確かに最初から食ってかかったのはキリの方だったが、それで腹を立てている、というわけではなさそうだ。
「どう思う? 黒曜」
キリは横でちょこんと座って此方を見ていた黒曜に小さな声で問う。何に、とまでは言わなかったが、それでも内容は察していたらしい。黒曜は暫し思案するように黙ったあと、いつもように感情の伺えない声で言った。
「……主様を別に怒ってたわけじゃないと思う。どちらかと言えば、誰とも話したがっていない、そんな感じがした」
そうか、とキリは頷き、よしよしと黒曜の頭を撫でた。黒曜は気持ち良さそうに目を細め、小さく微笑む。
「主様はすぐ顔に出るからわかりやすい」
「それは余計だ」
撫でた動作からそのままぺしりと額を指弾する。黒曜はへんな呻き声を上げつつも、やはり楽しそうなままだった。つられてキリも苦笑する。黒曜と一緒になってからは、こんなことばかりだ。
さて、とキリは思考を元に戻した。黒曜の言う通り、キリだけにあの態度を取っているわけではないしても、やはり疑問は残る。
「そういえば、一つ、気になることはあった」
「なんだ?」
「実は……」
「お二方」
何やら神妙な顔で切り出した黒曜が答え切らぬ内に、二人の前に座っていた宵月がそれに割り込む。
「依頼の話を聞いていないのはいつもの事なので結構ですが、せめて静かにはして頂けませんか?」
振り返った宵月の表情は、それはそれは美しい極上の笑み。
けれど残念ながらキリの目はその背後に出ている有無を言わさぬ殺気と、口の端がひくついていることを見逃せなかった。
「―――……ハイ」
返すキリと黒曜の声はほぼ同時だった。
「分かって頂ければ宜しいのです。物分かりの良い子は好きですよ」
「いやお前に好かれても……」
「何かおっしゃいましたか? キリ?」
「……いえ、何でも」
キリは必死で下を向いて宵月の鬼のように恐ろしい笑顔に耐える。黒曜はすでにその後ろに隠れて丸くなっていた。もう、冗談抜きで半端なく怖いのだ、彼の極上の笑みは、色んな意味で。
宵月はそれでもしばらく二人を笑顔で睨み付けていたが、やがてこほんと咳払いをして家の主に向き直る。
キリはほっと息をついた。背中に微かに冷や汗をかいていたのを感じる。もしかしたら下手な妖などより宵月の方が何十倍も恐ろしいかもしれないと、本気で考えた一瞬だった。
「失礼。それで、お話の続きを伺っても宜しいでしょうか?」
「あ……は、はい……」
先程とは打って変わって人当たりの言い笑顔で先を促す宵月。
家主は先程のやりとりに呆然としていたようだったが、すぐに我に変えると事件の詳細を話し始めた。
「毎夜、誰かしらが村のどこかで死ぬのです。それも幼い子供か女ばかりが」
家主の言うことはこうだった。
そもそもの発端は一月程前からだったらしい。夜な夜な、何人もの子供が夜になると外を徘徊し始めたのだ。
一番始めなどはほとんど村中の子供が、その時には数人の成人も混ざっていたそうだ。事情を聞いても本人もよく分からなかったらしい。始めは何かの奇病かと思った。子供達の親は一時はどうなるのかと心配していたらしい。
けれども彼らの予想は外れた。少しずつだが確実に、徘徊する子供は減っていったのだ。しばらく徘徊癖が直らない者もいはしたが、それもある日を境にぷつりと、彼らの悪癖は収まったのだ。
あれは一時的なものだろう。誰もがそう考え、安堵した。
事件が起こる、5日前までは。
その日――つまり初めて犠牲者が出た日の朝、子供が家にいないと村人の一人が言いに来たそうだ。
始めはまたかと思った。しかし、聞いてみれば様子が違うようである。今までと違い、まだ子供の姿が見つからないと言うのだ。事態の異変を不審に思いつつも、家の主は村人を何人か集め、子供の捜索にあたらせた。
彼らが畑の隅に無残に打ち捨てられた子供の亡骸を見つけたのはそれから半刻後のことだった。
「死体はどれも犬か何か喰われたようで……酷い有り様でした」
家主は沈鬱な表情を浮かべながら言った。それ程に、死体の有り様は悲惨な状態だったのだろう。
「夜警や山狩りなど、調べたりはなさらなかったんですか? 聞くところ山犬の被害とも取れますが」
「何人かで夜に見回りはしましたが効果は……」
それに、と彼は少し言い淀むも、結局続けて言った。
「山犬が誰にも気付かれずに家から子供を連れ去って喰い殺すなど、あるはずがないでしょう? 里の者は皆妖怪の仕業と怯えてしまい……近頃は夜警を志願する者すら」
「そうですか……」
結局そんなものか、とキリはこっそりと嘆息する。
どんなに集まったとしても、やはり誰もが我が身を惜しむのだ。結局は自分の身が一番可愛くて、自分が安全な場所にいなければ他人の危険など気にも止めない。
「それで話し合った結果やはりこういうことは専門の方に任せた方が良いと言う結論になりまして。このままではいずれ子供以外にも被害が及ぶのではと皆危惧しております」
「賢明な判断ですね。異形に対抗するには似たような異に通じる力に任せるのが一番良い方法ですからね」
宵月はくすりと笑って家主に返した。
キリからではその表情は見えない。けれどきっとその目は決して笑ってはいないだろう。
誰もが得体の知れないものを恐れる。だから、同じ得体の知れないものをぶつけて取り除こうとする。自分には火の粉が降りかからないように、安全な場所へ逃げて。 それが自分のような者達にも妖退治が回ってくる理由である。
宵月は、暗に皮肉を込めてそう言ったのだ。
けれども、だからこそ自分達のような半端者も妖退治屋を名乗っていられるのであって。結局はそんな人の弱さを否定しきれないところが、妙にキリを苛立たせるのだった。
「……まぁ、そんなもんだよな」
苛立つだけで、もう怒ったりはしないのだが。
いちいち腹を立てていてはもうきりが無い。いい加減もうキリとて気付いていた。
「あの……それでお受けして頂けますでしょうか?」
家主が恐る恐ると言ったように尋ねる。その顔には万が一断られたらという心配が浮かんでいた。
「……キリ、異存はないですね?」
宵月が確認のようにこちらを振り返る。キリは無言のまま頷く。それを見た宵月は満足そうに微笑み、再び家主に向き直った。
「では承りましょう。近日中に必ず妖を討ち滅ぼしてみせましょう」
「……ありがとうございます」
家主は深々と頭を下げる。
その時、頃合を伺ったように縁側に向かった襖が僅かに開き、涼しげな鈴の音が鳴った。四人の視線が自然とそちらに向かう。
そこには先程の、キリ達を案内した少女が座っていた。
この家の者だったのか、とキリは内心で驚く。いくらか着ているものが質素なことから考えて、使用人か何かなのだろう。
「どうした?」
家主は別段驚いた様子もなく少女に尋ねる。少女はいくつかの身振り手振りで何事かを説明し始めた。
やや置いて、家主が頷く。そしてキリと宵月の不思議そうな視線に気付いたのか苦笑して向き直った。
「……ああ、失礼。客間の用意ができたそうなので、滞在中はどうぞそちらをご使用下さい」
「至れり尽くせりで誠に感謝します」
「いえ、助けて頂くのですからこれぐらいは。梔子、案内しなさい」
こくりと少女が頷き、するりと立ち上がった。梔子、と言うのが彼女の名らしい。
「何か用があればこの子にお言いつけ下さい。故あってしゃべることがかないませんが、頭の良い子ですので」
少女は一度こちらを向くと、無言で会釈を返した。
◆ ◆ ◆
喋らないのではなく、喋れなかったのか。
手配された部屋までを少女に案内されながら、キリはその後ろ姿を見てなんとも言えない気分になっていた。ちらりと横を歩く宵月を見れば、さすがの彼も予想外だったのか少々困惑しているようだった。
「どう思う? 宵」
「どうと言われましても。まぁ、それならば会った時の頑なというか、無愛想というかな態度も納得いきますが」
「だよなぁ……」
事情を知らなかったとはいえ、相手に対して悪い感情を抱いてしまっていた自分に少し後悔する。 第一印象だけで人を判断するなど、自分が一番嫌いなことなのに。
「……おっと」
少女が突然立ち止った。危うく彼女の背にぶつかりそうになったキリは慌てて歩みを止める。
「どうしたんだ?」
疑問の声を上げてみれば、ついと上げられる細い腕。その指先は、目の前の部屋を指していた。
「…………ここってことか?」
少女はこくりと頷く。そして、指していた指を下げると彼女はさっさと襖を開け、先に一人で中へ入ってしまった。
どうして良いかわからず呆然としている一行に、部屋の真ん中まできた少女は早く来いとばかりに手招きをする。
はっと我に返ったキリ達が部屋に入る頃にはすでに茶の用意をしている少女。
「…………」
キリは身の内にふつふつと沸き上がる感情を必死で押さえた。
たしかにてきぱきしているし、それでいて準備をする動作も無駄がなく優雅だ。傷んでぼさついた黒髪と、長すぎる前髪のせいでこちらからでは目が全く見えないから見劣りはするが、微かに見える鼻筋などから伺えば顔立ちは整っている方だろう。
加えてすらりと伸びた肢体に白磁のように白い肌。キリにはあまり基準がわからないが、おそらく美少女、という類のやつなのだろう。
なのだろうけど。
少女はキリの心中など気にした様子もなく人数分の茶と菓子を差し出す。そしてそのまま帰るのかと思えば、予め持って来ていたらしい美しい細工が刻まれた文箱を手に取る。中には何枚かの紙と筆、そして小さな硯が収められていた。
「なにか言いたいことがあるのか?」
自分の分の茶菓子を黒曜に渡しながら、キリは少女に尋ねる。
少女はやはり無反応のまま、筆をとって墨を馴染ませ、紙に文字をしたため始めた。
書くのに要した時間はほんの数秒。少女は書き終えたそれを三人に見せる。
「…………」
しばしの沈黙。しかしその理由は一人一人違っていた。
まず、黒曜は基本的に文字は読むことができない。察しのいい彼女のことだから周りの雰囲気からいくらか理解することはできるが、今回はあまり興味がないらしい。もぐもぐと茶菓子を食べることに勤しんでいる。
そして三人で一番学のある宵月、彼の沈黙は苦笑しながらのものだった。半分面白がってキリの反応を伺っている面もあるようだが、それはいつものことである。
最後にキリ自身の沈黙。
一言で言えばその理由は、怒りを耐えるのに必死で何も言えなかったからだった。
少女の文字は簡潔でキリにも読むことができた。幸いなのか不幸なのか、読むことが出来てしまった。
少女が書いた言葉はただ一言。
『同情はいらないから』
寧ろキリからしてみれば堪忍袋の緒が切れないだけでも奇跡に近かった。
「…………宵」
「はい、どうしましたか?」
「もし俺がキレたら、話が進まないから全力で止めろ」
前言撤回。
この女、話せない云々差し引いても愛想悪いし、絶対に性格悪い。
◆ ◆ ◆
『ここで最後』
少女がいつも持っているらしい雑記帳に一言手短に書き、キリ達に見せた。
キリ達一行はそれに頷くと、手分けして辺りを検分する。場所はやや村から外れた畑の近く。位置的に家屋も少なく、辺りには少女とキリ達以外誰もいなかった。
「ここが、たしか今朝死体があった場所だっけ?」
宵月と黒曜に検分を任せたキリは、少女の横に並んで尋ねる。答えは首を縦に振るという動作でのみで返された。
里長の家から出たときはまだ高かった日も、すでに大分傾いていた。そろそろ一度戻った方が良いな、とキリはぼんやりと思う。
あれからキリ達は、今度はひとまず少女から再び妖の情報を聞き、死体があったという場所まで案内してもらうことにしていた。どのみち妖が出るのは夜だ、ならばなにもしないでいるよりはその間に相手の情報を手に入れた方が良い、という宵月の提案からだ。
…………その間、怒り沸騰寸前のキリと憮然とした態度のままの少女とを宵月がなんとか宥めて纏めたのは言うまでもない。
「できれば死体、見ておきたいんだけど」
『見ない方がいいわ。それに見せたくない』
「……どういう意味だよ」
少し背伸びをするようにして彼女の文字を覗きこんだキリは、その冷たい文字に軽く少女を睨み付ける。
少女は微かにキリを見遣ると、大袈裟に溜め息をついた。そしてキリに見易いようにかしゃがみ、再び筆を走らせる。
『こどもが見るようなものじゃない。それに、だれも見せたがらない』
「お前まで子供扱いするな。たいして変わらないだろうが」
再び少女が溜め息をつく。
キリは怒鳴ってしまいそうになるのを何とか耐えて、少女がまた文字を書き始めるのを待った。ここで怒って、やはり子供だと言われるのは御免である。
『こどもでないと言うなら考えなさい。見ず知らずの変なやからに、我が子の無惨なすがたを見せたいと親が思うかしら』
「ああ……」
キリは彼女が言いたいことを理解して小さく笑う。口調、と言うには語弊があるが、その書き方から察するに少女はキリを批判しているようだった。
少しは人の事を考えろと、この自分に、だ。
「……生憎。親なんて存在知らずに育ったんでわからねーな」
少女が訝しげな視線を投げてくる。キリは先程の仕返しとばかりにそんな彼女へ笑いながら続けた。
「お前こそ考えてみろよ。なんでわざわざ妖退治なんか物騒で奇怪なもんやってると思ってる。この中で人助けだなんて考えてる奴は誰もいないぜ?」
困っている者がいれば分け隔てなく手を差し伸べる、そんな綺麗事が言える程、キリも宵月も、そして黒曜でさえも無知ではない。
人の汚さなど、散々見てきた。畏怖の視線も侮蔑の視線も、全て知りきってしまった。
「親なんて、まともに育てられた記憶がないさ。残念ながら生まれた時から鬼児なもんでね」
おにご、と少女の唇が動く。声さえは出なかったが、前髪の隙間から覗く視線はたしかにこちらを凝視していた。
「皆が皆、訳ありなんだよ。自分の物差しで何でも測ろうとするな」
我ながらやや厳しい口調だと思いながらも、キリは言い切った。
少女がゆるゆると視線を下げる。何か考え込むように、あるいは言葉を失ってしまったかのように、手に持った筆が動くことはなかった。
そんな彼女の姿を見て、キリは少し後悔する。やはりきつく言い過ぎたかもしれない。これがもし宵月相手に言おうなら「それこそ貴方の物差しでしょう」の一言で切り捨てられ、さらに十も二十もおまけがついて散々な目に遭うだろう。
しかしやはりというか、少女はそれほどに言葉が達者ではないようだった。それに、今のはあきらかにキリ自身に非がある。平和に暮らす少女への嫉妬がなかったとは、決して言い切ることはできないのだ。
ああ、だから自分はいつまでも所詮餓鬼と言われるのだろうか。
「……あー、くそっ!」
キリは唐突に降りてしまった沈黙に耐えきれず叫ぶ。
「同情もいらねぇし、謝罪もいらねぇ! だからお前がさっき言った憎まれ口もこれで無しな!」
びくりと跳ねてこちらを見た少女にそれだけを言い捨て、キリは逃げるように宵月達の元へ駆け出した。
だから彼は知らなかった。
駆けていくキリの背を見つめて、小さく少女の唇が動いたことを。
わたしだって、おなじだ
彼女は確かに、そう呟いていたことを。
逃げるように宵月と黒曜の元へ行くと、二人はやや呆れ気味な顔でキリを見ていた。
どうやら最後の一言は二人にも聞こえてしまっていたらしい。他の会話までは聞いていなかったようだが、そこは長い付き合いの仲、ある程度の内容は想像がついているようだった。
「キリ……またやらかしましたね」
「あー……」
「主様、大人げない」
「いや多分あいつの方が年上だし……関係ないか」
非難するような黒曜のまっすぐな視線に、キリは素直に非を認めることにした。
「悪かった。以後気を付ける」
キリは両手を上げて降参の意を示す。その袂を、黒曜が掴んだ。
「……梔子の子は、虐めちゃだめだよ。主様」
真っ直ぐに見つめてくる、感情の乏しいが輝きの強い黒曜の瞳。
半分保護者のようなものである宵月はともかく、黒曜がキリを咎めるのは珍しい。よほどあの少女のことが気に入ったのだろうか。
「梔子……ね。大層な名前だよな」
『梔子』は、その音から『口無し』に通ずる。おそらく誰とも言葉を交わさない、そんな彼女の態度から付けられたあだ名だろう。
それが悪意から付けられたのか、ただの呼び名としてつけられたのかは分からない。けれど素直に受け入れている様子からして、彼女はその名を受け入れているのだろうか。
口無しの、『言わぬ花』と呼ばれる己の存在を。
「主様」
黒曜がもう一度キリの名を呼んだ。
おそらく彼女はそんな名前の意味など、そんな彼女の境遇など、理解してはいないだろう。けれど、その目は何故か必死のように見えた。
「……分かったよ」
黒曜の表情がぱぁっと晴れる。その無邪気な笑顔に、やはり自分は彼女に甘いなとキリは思った。
「それで、何か分かったことはあるか」
頭を切り替えて、キリは宵月と黒曜を見る。二人の顔が真面目な物に変わり、互いに顔を見合せ頷いた。
「微かだけどまだ、鬼の匂いが残ってる。多分、一匹じゃない」
「大分村人に踏み荒らされていたのではっきりしませんが、血の跡から考えて喰われた場所はここでは有りませんね。死霊の念も、随分静かですし」
「確かに……な」
キリは薄闇に包まれつつあるあたりをぐるりと見回した。
本来ならもうすぐ、キリの業に惹かれて無念の内に死んだ霊が出てくるはずだ。まして、幾人もの死人が出たこの村なら尚更のはず。
しかし、鬼の力を背負うキリの目にはそれらの姿がどこにも見当たらなかった。つまりそれは、この近くで死んだ者はいないとことである。
「おそらく何かしらの手段で何処かへ連れ去り、喰らった後にあたかも挑発の如く、村人に捨て置いたのでしょうね」
宵月が厳しい顔で口元に指を当てた。その形の良い眉が、嫌悪感からか僅かにしかめられる。
「外道が……」
キリは怒りを込めて吐き捨てた。いくら関係のない人間といえど、考えるとさすがに気持ちの良いものではない。
「森まで行きゃ少しは見つかるだろうが……会ったとしてもたいして収穫はないだろうな」
犠牲者は皆幼い子供だという。おそらくまだ自らが死んだことすら認められず、話にもならないだろう。
キリは溜め息をつき頭をかいた。やはり先手を打つのは難しそうだ。
「とりあえず、今日は一度休もう。夜が更けて敵が動いたら、そこを捕らえる」
「それが一番妥当な案ですね」
宵月も同意見のようで、二人は待たせている少女の元へと歩きだす。
「……主様」
それまで大人しく二人の話を聞いていた黒曜が、見計らったようにおずおずと声をかけた。
「どうした?」
振り返って見た黒曜は、珍しく戸惑う様子を見せている。
「確証がない……から、言っていいか分からない。でも……」
黒曜は歯切れが悪そうにそこで一度言葉を止める。
しかし、やっと意を決したように続けた。
「鬼の匂いの中に、人の力の匂いが混ざってる」