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妖御伽唄  作者: 氷椅子
~梔子姫~
4/7

其ノ肆

新章突入。


夜な夜な聞こえる鬼の声


夜な夜な響く誰かの悲鳴


梔子(くちなし)の娘が其れを聴く。其れを見る


けれども彼女は何も言わない。何も出来ない


何故なら彼女は『口無し』だから


助けてと、幾度も幾度も叫んでも、其の声を聞いた者は誰もいない


其れが彼女の宿命だから



今宵の舞台は露にまみれたとある里


梔子の香り立つ、悲劇の里
















これで、五人目。

 少女は心の中で呟きながら、静かに視線を落とした。

 目の前に横たわっているのは、まだ幼い少年。彼女を姉と慕ってくれた、大切な人の一人だ。けれど彼が再び起き、彼女に笑いかけることは二度と無い。

 少年の体は赤く染まっていた。右手と胴体の一部は何かに喰われたように抉れ、それ以外にも至るところに傷痕が見える。それは見るも無残な光景だった。

 少女は静かに唇を噛む。漏れそうになる感情を、言葉を押し殺す為に。

 声を出してはいけない、言葉にしてはいけない。

 そうすれば、気付かれる。それだけじゃない、恐れていた最悪のことが起こるかもしれない。

 だから少女は必死に言葉を封ずる。理性を総動員して感情を殺す。

 涙は流さない。きっと自分にはその資格はないだろう。


 だって彼を殺したのは、自分の様なものだから。






  ◆  ◆  ◆







 一羽の白い小鳥が、そっと宵月の手に留まった。

 宵月は薄く微笑むとそれに顔を寄せ、何事かを小さく呟く。その言葉を聞き届けると、まるで意を理解したかのように小鳥が光を帯びた。そしてその姿が一瞬で溶けたかと思うと瞬きひとつの間に紙で折られた鳥へと変化する。

 宵月はそれを手慣れた様子で広げる。中には綺麗なのか下手であるのか分からない文字が並んでおり、重ねてもう一枚、何も書かれていない紙があった。しばし無言のまま、手紙の文字を目で追う。やがて読み終わったらしくひとつ息をつくと、宵月はそれを丁寧に四つ折りにして懐へと閉まった。

「何だった?」

 一連の様子を彼の隣で見ていたキリは頃合いを見計らって宵月に尋ねる。

 キリにも手紙の文字は見えてはいたが、残念ながら自分は簡単な読み書き程度しかできない。手紙の文字は宵月曰く達筆らしく、キリにとっては逆に暗号のようにしか見えなかった。

「いつも通り、妖退治の依頼ですよ」

 宵月は手紙の内容を簡潔に述べ、余っていた白紙の方を取る。それをやはり手慣れた様子で折り始め、途中で用意していた小銭を幾つか挟み、さらに折り込む。やがてただの紙だったそれは、先程と寸分違わない紙の鳥となった。そして中にある代金が落ちないかを確認すると、今度は小刀を取り出し、己の指先を僅かに切る。じわりと赤い血が珠となって盛り上がり、彼の白い指を彩った。

 最後に仕上げとばかりに、その血を以って紙の鳥の表面に一文字を書き込んだ。やはりそれもキリには読むことは出来ないが、どうやら何かの呪言であるようだ。その証拠に書き終えると同時に紙は再び輝き、やはり先程と同じ白い鳥へと変化した。

「それでは、『仲介屋』のところまで宜しくお願いしますよ」

 白い鳥がふわりと飛び立つ。

 そして二、三度二人の周りを回ったと思うとそのまま空へと消えて行った。その行き先は媒体である紙の本来の持ち主であり、二人への情報提供者の元である。

「毎回思うんだけどさ、一体それってどうやってんだよ」

 白い鳥が消えていった方向を見つめたまま、キリは常々思っていた疑問を口にする。あの鳥は、ことある事にキリ達に妖怪退治の依頼を知らせる『仲介屋』のものだ。時たまああして宵月の元へ訪れ、仕事がらみの情報を提供し、代わりに仲介料としての代金を回収して戻っていく。もはや見慣れた風景ではあるが、そちら系統の事柄は専ら宵月が扱っているため、キリはいつもわけが分からないままだ。

「『式』、というものですよ。あそこの家系は代々それに特化した技術を持っているんです」

「それって俺にも出来る?」

 ぱっ、と振り替えってキリは期待を込めた目で宵月を見た。

 仕組みはさっぱり分からないが、もしできるなら便利だと思う。それに単純な話、キリは動物系統は基本好きなのだ。出来るものならあの鳥にも是非触ってみたい。

「さぁ……私もそちらは専門外ですので……」

「お前だってさっき作ってたじゃん」

「あれはあらかじめあちらが作っておいた物ですよ。私の血で反応するように力を吹き込まれているそうで」

「ちぇっ……」

「……私としては式云々よりも、いい加減これくらいの手紙は是非とも読めるようになって欲しいんですがね」

 唇を尖らせて文句を言うキリに、宵月は大袈裟な溜め息をついた。

「あー……だってほら、俺学ないし」

「学なら私が教えて差し上げると何度も言っているでしょう。全く、見かけばかり大きくなってもちい姫はちい姫ですね……」

「なっ……いい加減ちい姫言うなよ!」

「ほらそうやってすぐに怒る。だから貴方は餓鬼なのです」

「餓鬼とも言うな!もうそんな子供じゃねぇ!」

「私から見れば大抵の人は皆子供ですので? 言うなということこそが無理ですよ」

「お前性格悪い」

「何分これには年季が入っていますので」

 飄々と返す宵月に今度はキリが溜め息をつく番だった。彼の性格の悪さは嫌と言うほど知っている。口ではまず、宵月に勝つことは不可能に近いだろう。

 山程ある反論を飲み込んでキリは話題を切り替えることにした。

「それで、依頼の詳しい内容は?」

 宵月はキリの心中などお見通しとばかりにくすくすと笑っていたが、根気強く黙殺し続けるとやがて気がすんだのか先程しまった手紙を取りだし、再び開く。

「この先にある里で、夜な夜な妖が出て人を食い殺しているそうですよ。一応獣の仕業ということで建前はとっているそうですが、内密に長老からの依頼が届いたそうです。久々に役所からの正規の依頼になりますね」

「……珍しいな。役所の連中がこっちに依頼を回すなんて」

「大方、近場だから仲介人が選んだのでしょうね、あの子はそういうのを気にしないので」

 キリ達が受ける依頼というのはおおまかに分けて二種類ある。一つは旅がてらにその手の噂を探り、行ったその場で責任者と話をつけて報酬を貰う形のもの。宵月はとにかく交渉術の類が優れているので、二人は専らこの形が多い。

 そしてもう一つは役所から請け負い、代理として依頼をこなす場合だ。役所と言っても別に堂々と建っているわけではなく、それは内密に処理される、言わば政治の闇の部分にあたる非公開の組織である。主に由緒正しき、血筋と伝統を重んじた貴族お抱えの退魔師などが登録され、然るべき金額を払うことでそれらが派遣されている。故に比較的高額の報酬を得られる上に、国からの派遣として堂々と妖退治が出来るのだが、如何せんキリ達のような端くれには底まで仕事が回ってこないのが常だ。

「……だよな、アイツ、俺が役所の連中大っ嫌いなのしってるし」

 さらに案の定というか、キリは役所側の人間とは絶望的に相性が合わないのだった。

「キリは基本誰でも嫌いっていいますけどね」

「あいつ達はさらに嫌い。向こうも俺達のこと毛嫌いしてるじゃん」

「それはまぁ、私達も純粋な真人間とは言えませんので。尚且つ修行もせずに自分達と同等の力を持つのが妬ましいのもあるのでしょう」

「そういうとこが嫌いなんだよ。女々しいっつーか、ねちっこいっつーか」

「はいはい。でも依頼は受けるのでしょう? せっかく来たものですし、仲介料はもう送ってしまったのですから」

「まぁ、そりゃあな」

 キリはぐっと伸びをした。やる気があるかと問われれば嘘になる。そもそも自分は人助けなど柄ではないし、役所の言うことを聞く義理も必要性もない。

 だがまぁ、だからとわざわざ反抗する理由もないわけで。

 隠し事が苦手な彼にとってこそこそする必要がないことと、普段よりも多めな報酬はやはり魅力的なだった。所詮妖退治など生活の路銀を稼ぐ手段の一つだ。いざとなればどうとでも割りきれる。

 そういうわけで。

「黒曜! そろそろ出発するぞ!」

 キリは振り返り、背後のささやかな花畑で話の間中ずっと日向ぼっこを楽しんでいた彼女へと声を掛けた。




  ◆  ◆  ◆




 村人が夜中に起こった惨劇に気付く頃には、少女は既に朝の仕事を始めていた。

 少女は村の中でも比較的裕福な家に世話になっている使用人だ。身寄りもあてもなかった彼女を哀れんだ家主の配慮であり、それは彼女からすれば思ってもみなかった好待遇だった。

 いつものようにその日の洗濯物を集め、たらいに纏めて近場の川へと運んでいく。少女にとってそれは結構な重さであったが、別に持てないというわけではない。

 途中、家人の一人とすれ違い、少女は無言で一礼する。長すぎる前髪と常に俯きがちの姿勢は相手からはこちらの顔を隠してくれるが、こちらからは丁度簾の様な役割を果たしてそれほど見ることには苦労しない。多少視界は悪くはなるが、それは慣れというやつだ。

「ああ、お前」

 そのまま通りすぎようとした家人だったが、ふと思い出したように立ち止まり、彼は少女に向けて言った。

「突然で悪いんだが、昼までに客間を掃除して置いてくれないか? 今日あたりに客人が来る予定なんだ」

 少女はこくりと頷き、了解の意を示した。

 家人は一瞬だけ曇った顔をしたが、すぐになんでもないように笑うと礼を述べて過ぎ去る。 その後ろ姿が見えなくなるまでその場で彼を見送った後、少女は再び洗い物を手に歩を進める。

 ここの家人は好きだ。働き手もない自分を引き取ってくれた上に偉そうに振る舞うわけもなく、まるで自分を家族の一人のように扱ってくれる。粗相をすれば当然叱られはするが、決して理不尽に暴力を奮うわけではないし、そもそもめったなことでは彼らは怒ることはない。それに、決して誰とも話そうとしない自分を黙認して言及も詮索もしない。それが一番、彼女にとってありがたかった。

 外は日常的な朝の風景と比べると、明らかに静まり返りすぎている気がした。時折見掛ける人々も数人まとまっており、誰もが皆沈鬱な顔をしている。

 無理もない。無垢な子供がまた殺されたのだ。明日は我が身と誰もが思うだろうし、誰が犯人かと疑心暗鬼にもなるだろう。

 少女はなるべく彼らの顔を見ないようにし、足早に川へと急いだ。



 川へと着いた少女は、しかし直ぐに用事を済ませずに足を止めた。

「…………」

 川のほとりには先客がいた。この時間帯は大抵自分一人だけしか来ないため、その事実に少女は少し驚く。他にも自分のように一人を好む物好きがいただろうか。

 少女の気配に気付いたのか、人影が此方を振り返った。それは、少し不思議な雰囲気を持つ少女だった。

 年の頃合は自分と同じかやや下くらいだろうか。濡れたような見事な漆黒髪は高く結い上げ、余ってなお腰にかかる程に長い。自分を真っ直ぐに見つめるややつり目の瞳も、同様の黒。けれどそれは闇よりもさらに暗い、吸い込まれそうな程に深く澄んだ色だ。袖と、膝から下の布を断ち、陶器のように白い肌を露にしたその服装は、どこか戦闘装束のような印象を受ける。

 まずこのあたりの人間ではないだろう。一度でも見たことがあるのなら、絶対に忘れることはできない、そんな異常性を持つ娘だった。

「…………」

 しばし二人は見つめ合う。お互いに何も言わない。人形のように整いすぎた感情のない表情を、少女は少しだけ怖いと感じる。

 少女はどうしようかと狼狽した。

 彼女がどこから来たのか、一体何者なのか、問わなければならない気がするが、自分にはそれを伝える手段がない。

 曖昧ながらも事情を知っている村人ならば身振り手振りで察してくれるかもしれないが、きっと初対面の相手では不審に感じるだけだろう。文字という手段もあるにはあるが、果たして彼女がそれの意を解してくれるか。

「おい、黒曜! 置いてくなって言っただろうが!」

 痛いくらいの緊張を持った静寂を破ったのは、横から入った少年の声だった。

 黒曜と呼ばれた少女はぱっと視線を外し、呼んだ人物の元へと駆けていった。どうやら黒曜というのが彼女の名前らしい。

 自然と少女の視線は彼女の後を追う。長い黒髪が動きに合わせて動き、まるで動物の尾の様だ。

 そして少女は、彼女の待つ先に、さらに不思議な二人組の男性が居るのに気付いた。

「誰……あんた」

 二人組の内の一人が言う。こちらは少女よりもやや年下の少年だった。

 黒曜が少年の後ろに隠れる。彼女も綺麗な顔立ちだったが、少年も負けず劣らず整った顔立ちをしている。青年らしい精悍さと少年特有のあどけなさが丁度良く混ざったような面差し。襟足だけがやや伸びた髪は後ろで軽く結われている。

 背は年にしては低い方だろう。後ろに隠れている黒曜の頭が見え、隠れきれていない。彼の不機嫌そうな目が真っ直ぐに此方を射て、少女は思わず体を強張らせる。

 何故だろうか、少年からは、とても嫌な気配を感じた。まるで何かが潜んでいる暗闇を相手にしているような、得体の知れない時に感じる感覚。

「こらキリ、だからすぐに噛みつくなと言っているでしょう」

 少年に睨まれてすくんでしまっている少女を察してか、二人組のもう一人、こちらは長髪の青年が、呆れたように彼を諌めた。

「すみません。いきなりで驚かしてしまいましたか?」

 青年がこちらを向き柔和に微笑む。怪我でもしているのか右目が布に覆われてその顔は半分しか見えない。けれども少年とはまた違う、男女問わず惹き付けてしまうような流麗な顔立ちをしているのははっきりと分かった。

「……もしもし?」

 思わず呆然と彼らを見つめていた少女ははっとして、慌てて視線を下げ、大丈夫という意思表示に首をふるふると横に振る。人と目を合わせるのは相手が誰であろうと苦手だ。出来るなら極力、相手と目を合わしたくなかった。

 青年は別段気を悪くしたわけではないようだったが、それでも不思議そうに首を傾げる。

「…………」

 それでも一向に口を開かずただ首を振るだけの少女に、青年は何かを察したらしく再び微笑んで要件を述べた。

「申し遅れました。私は宵月、横にいるのはキリと黒曜と申します。

 ここで起こっている事件を解決すべく、馳せ参じました」








現れた事件の正体。

黒曜とはいったい何者であるのか、キリと宵月は真相にたどり着けるのか。

そして彼らを見、梔子の娘は何を思うのか。


まだ事件は始まったばかり。



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