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妖御伽唄  作者: 氷椅子
~初ノ幕~
2/7

其ノ弐 

異形払いの本髄。そして明かされる主人公の本質。ここから戦闘がばしばしでてくるようになります。

旅の途中で行き逢う物ノ怪。

餌を見つけたのは果たしてどちらが先か。

鬼児は黒き刃をふるい、その怨念を啜り喰らう。


世を流れゆく旅人二人と黒猫一匹。

今宵の舞台はとある森の中。


獣がよく出る道だとは確かに聞いていた。

しかしまさか、昼間から堂々と、襲われるとは誰が思うだろうか。

そしてまさか、相手がただの獣ではなかったなんて。




黒い小さな影が木々の間を走る。その中の一つがキリに飛び掛かり、寸前のところで首の真横を過ぎ去る。 影は全部で五つ。森の中ではいささか分が悪い、そう思ったのは今更だった。

「そっち言ったぞ! 宵!」

「はいはい」

声をかけられた宵月はやけにのんびりとした口調で向かってきた黒い影を、持っていた鉄扇で叩き付ける。叩きつけられた物体は甲高い悲鳴を上げるもすぐさま木々のあいだに隠れてしまった。

「ふむ、さすがにあれくらいでは気絶しませんか」

形のいい口元に指を当て、宵月は小さく首を傾げて思案する。その様子は正体不明の敵に囲まれているという状態にはおよそ相応しくない動作だった。

「……いつも思うけどお前さ、戦う時もやけに暢気だよな」

「冷静と言って下さいな。この数では焦る方が致命的でしょう」

「そうだけどさ……」

飄々と言ってのける宵月にキリは思わずため息をついた。そして背負っていた、いささか彼には大きすぎるだろう太刀を引き抜き正面に構える。

「でも、ちゃんと相手してやらねーと向こうに申し訳ないだろ?」

「全く……こういう時だけはやけに生真面目なんですから」

「お前が不真面目なだけだろ。人当たりだけはいいくせに」

「処世術、と言って下さい。ほらちい姫、来てますよ」

「だからそう呼ぶなってんだろ!」

一直線に突っ込んできた影を、キリは怒鳴り返しながらも刀で殴り付けた。

キリが持つ太刀には刃がない。作りは本物とそう変わらないのだが、刃が研がれていないのだ。だから普段はもっぱら殴るしか出来ないのだが、刀自体の重量と、小柄といえど人一人の体重が合わさるのでそれでも十分な威力となる。

現に今も、殴られた黒い物体は地面にたたきつけられ、そのままぐったりと転がった。

二人の視線がそちらに向く。

「……山犬?」

キリが影の正体に胡乱気な声を上げる。

そこに転がっていたのは一匹の薄汚れた犬だった。

「死んでいますね」

すぐ横にしゃがみこんで犬に触れた宵月が、その端麗な顔に愉悦の笑みを浮かべて言った。

布に覆われていない左目がすっ、と細められる。

「しかも死んでから数日たっているようだ。先程のキリの馬鹿力が原因というわけではなさそうですね」

「馬鹿力は余計だ。ってことはまだ動いてる他のやつらも皆死体だっていうのか?」

「さぁ、それは分かりませんが、少なくともただの身の程知らずの妖怪、というわけではないようです」

面白そうじゃありませんか、と宵月がくすくすと笑う。それはもう、普段の笑みなどと比べものにならない程楽しそうに。

それを横目で見たキリは再びため息をついた。

彼とは結構な付き合いのつもりだが、この好戦的なところと性格の悪さはどうも毎回着いていけない。その上いつもは極めて普通の好青年をやってのけるから尚更達が悪いのだ。

「ったく……今回は仕事でもねーのに運が悪いな」

「私達の日頃の行いでしょうね。でも来るものは放っておかないでしょう、貴方は」

「売られた喧嘩は買う主義だからな、仕方ねぇ」

やけに楽しそうな宵月を無視してキリは今倒れている犬以外の影を探す。

ご丁寧にも話し間は待っていてくれたようだが、気配からいって二人を逃がしてくれる気はさらさら無いようだ。

「めんどくせーからとっととやるぞ」

キリは残りの影を迎え撃つべく、太刀を構える。

瞬間、四つの影がほぼ同時に飛び出した。それらは目にも止まらぬ速さでキリの元へ駆ける。

ともすれば可憐な少女にも見える顔のキリの目が、相反して獰猛な野生の獣のそれになった。一般の者ならば決して追いきれない速さの影も、彼の目にはしっかりと捉えている。

昼でも薄暗い森の中に,銀色の光が走った。

「お見事」

 宵月の静かな声と共に獣達は一斉に地に倒れこんだ。

 最低限の動きで敵の突撃を避けきったキリは、寸分違わずそれらの頭部に刃なき刀を叩きつけていたのだ。

「ですがまだ貴方にはその刀は重いでしょう。あまりはしゃぐと後で疲れてしまいますよ?」

「大きなお世話だ。で、どうなんだよ」

 むっとした顔で息を整えながら言ったその言葉に、宵月は倒れたまま動かない獣達の様子を見る。やはり、残りも皆山犬だった。

 しかも先程のと同じく絶命している。中には腐乱し始めているものもあり、さすがの宵月も顔をしかめた。

「犬を操るとは……犬神か何かの祟りでしょうか」

「祟りぃ? お前どっかの爺さんみたいなこと言うなよ」

「頭から信じないというのもいけないことですよ?世の中には色々なことが有るのですから」

「……胡っ散臭せー」

 ひとまず刀を下ろすが、キリはそのまま警戒を解かず辺りを見回す。もともと人が寄り付かない場所なのか森の中は静まりかえっていり。

 不意に背筋がぞくりと粟立った。背後から形容し難い悪寒が立ち上っている。

キリはほとんど反射的に振り替える。

 宵月の隣にある、一度は動きを止めた山犬の骸。その目が、赤い、冥い光を宿している。その視線の先にいる彼は、油断しているのか気付いていない。

 キリが警戒の声を上げようとしたその瞬間。

 山犬の体が跳ね上がるように宙を駆けた。さすがに異変に反応した宵月がとっさに鉄扇を構えるも、間に合わない。

「――――宵っ!」

 山犬の牙が、彼の無防備な喉目掛けて喰らいついた。





 ◆  ◆  ◆




「これは参りましたね……」

 宵月があまり参ったようではない口調で呟き、折り畳まれた鉄扇を構える。その右腕には大きな裂傷があり、今もとめどなく血が流れていた。先程の攻撃が避けきれずに負ったものだ。

「今までのは小手調べだったってことかよっ……!」

二人は最初とは比べ物にならない程の猛攻にさらされていた。

 何しろ相手はすでに死んでいるのだ。いくら痛めつけても気絶することはなく、平気で捨て身の攻撃すらしてくる。

 更にやけに統率された動きのために、一匹一匹に隙がない。そのためにこちらから仕掛けることすらできなかった。

「宵、怪我は?」

「これくらい平気ですよ。もともと痛みというものには慣れてますからね」

 未だ流れ続ける血を意にも介さずに宵月は得物を振った。しかし、なかなか深い傷であるのか、彼の右袖は既に殆んど朱に染まっている。

「慣れてるからいいってもんじゃないだろうが」

「忘れましたかちい姫、私は人より少々頑丈なんですよ? それに」

 宵月は背後から襲ってきた半分腐った獣を視線もやらずに叩きつける。さらにそれを容赦なく踏みつけながら、彼はそれはそれは素晴らしい笑顔になった。

「私のことを心配して下さるのなら、とっととこの薄汚いやつらを消して下さいな」

「……ああ、お前を心配する方が間違ってたな」

 ぐしゃりと、獣の背骨が踏み砕かれる音がやけに生々しく響いた。

「さて……」

 やけに恐ろしかった宵月の笑顔を無理矢理忘れ、キリは刀を握り直す。

 宵月の様子からしていましばらくは余裕がある気はするが、このままでは冗談なくいづれ二人とも倒れてしまうだろう。

 ただでさえ依頼でもない戦いに少々苛ついているのだ。宵月ではないがとっとと終わらせて次の村でのんびり休みたい。

「宵、さっきのついでに聞く。腐った死体に考える力ってあると思うか?」

「普通に考えたらないと答えたいですね。それにたとえ持っていたとしても、こんな統率のとれた動きを各々でするとは考えたくありません」

「だよな」

 キリはにやりと笑う。

 敵は彼ら自体に思考能力がなく、それでなお統率した攻撃をしてくる。それはつまり、どこかで操っている大元がいるということだ。

「宵、俺がひきつけとくからその間に探せ」

「ああ、それなら……」

 なぁん。

 宵月の声に割り込んで、猫の鳴き声があたりに木霊した。その聞き覚えのある鳴き声にキリは目を見開く。

「彼女がいるところ、みたいですね」

「アイツ……」

「襲ってきたとたんに姿を消しましたからね、まさかと思っていたのですが。もしかしてキリより有能なんじゃないんですか?」

「うるせーよ」

 くすくすとと笑う宵月に一睨みをくれてから、キリは鳴き声をした方向へと走り出す。

 鳴き声の大きさからいって、場所はそんなに遠くないはずだ。当然獣達は主の元へ向かせまいと行く手を阻んでくるだろうが、それはあれ。

「作戦変更。俺が主格のとこ行くから宵、お前囮やれ」

「はい?」

「四匹全部こっちに通すんじゃねーぞ!」

 宵月が何か言っていたが、あえて何も聞こえないことにしてキリは走る速度を上げた。



 なぁう。

 足元に美しい漆黒の毛並みを持った猫がすりついてくる。キリは思わず笑みを溢しながらそれをひと撫でして、彼女の手柄を称えた。

「さて……」

 そして、一度は収めていた刀を再び抜き、軽く腰を落とした。

 目の前に立っているのは一見法師のようだった。ぼろぼろの袈裟を纏い、編み笠を被っているためにその顔は伺えない。

「お前が犬の屍を操っていたのか?」

 いつでも攻撃できるように呼吸を整えながら静かな声で問う。

 対する法師はくつりと喉奥で笑うのみ。だが、それ是の応えとしては十分であった。

「何故と、一応聞いておく。お前は何者だ」

 しかし法師は笑うだけで何も応えない。

 宵月の笑みもなかなか末恐ろしい笑みではあるが、この男の物はそれとはまた別の、嫌悪感しか抱かない類いの物だった。

 苛つきのあまりキリは舌打ちする。

「……応えないのなら斬る!」

「斬れるのか、そのようななまくら刀で」

 初めて、法師が口を開いた。しわがれ掠れた、聞き取り難い声だ。

「斬れるさ。お前ぐらいならな」

「戯れ言を」

「戯れ言はどちらだ?」

 とん、とキリが地面を蹴る。獰猛な笑みを浮かべた彼の目が、冷たい光を宿した。

「屍を操る外道風情が、調子に乗るなよ」

 キリは法師に向けて疾走する。対する法師は笑みを浮かべたまま動かない。

 二人の姿が一瞬だけ、交わる。

 転瞬、胴体から黒い血を噴き出し崩れ落ちたのは法師の方だった。

「ほら、斬れただろ?」

 にやりと笑いながらキリが振り向く。

 その手にある太刀の刃は、いつの間にか黒く変色していた。夜よりもなお暗い、漆黒の刃に。

「言うならさしずめ闇の牙ってとこだな。伊達に妖怪退治屋やってねーぜ?」

 ひゅんと軽く音をたてて刀を振るう。刃にまとわりついていた黒い血が払われ、それと同時に刀は元の鈍色を取り戻した。

「で、でてこねーわけ?」

 血振るいした刀を鞘に収め、キリは倒れている法師へと視線をやる。

 法師の顔を隠していた編み笠はすでに外れていた。

 そこから見えているのは、明らかに恐怖にひきつった顔の男の死相。キリが与えた傷ならば苦しみはするだろうが、普通こんな表情で死ぬはずはない。

「そいつも只の死体で、お前が中に入って操っていたんだろう?」

 ざわりと、あたりの空気が急に淀み始める。

「鬼の……牙」

先程とは違う、頭の中に直接聞こえる中性的な声が響く。いつのまにか倒れた法師の横にゆらめく黒い塊があった。

「鬼の力を……刃に纏わせているのか」

「御名答」

「有り得ぬ……人間にそんな芸当など」

 黒い塊はゆっくりと形を変えていき、それはやがて一匹の大きな犬となった。血の色をした赤い眼が信じられないものを見るようにキリを見つめている。

「なんだ……やっぱあいつの言ったとおり犬神かよ」

「いかにも。我は多くの犬の犠牲により生まれた末、主をおのが牙で噛み殺した犬神。人の子よ、何故脆弱な人の身で鬼の力を使える」

 黒い犬がざわざわと毛を逆立たせ唸る。それは威嚇の体勢だった。

 キリは笑う。威嚇とはつまり、この黒い異形は自分を畏れているということだ。

「人の身? ……お前、それ本気でいってんのか?」

 キリは犬の威嚇には怯みもせず、一歩前に踏み出す。逆に身を竦ませたのは犬の方だった。

「なぁ自称犬神、お前鬼児って分かる?」

 キリをの声を合図にしたように、木々に止まっていた鳥達がざわめき一斉に飛び立つ。

「俺の名は鬼里(キリ)。意味は鬼の里。名付け親は知らねーが、それが俺を表している」

 黒い犬神は見た。

 彼の背後にうっすらと、自分などを遥かに凌駕する異形の姿がいたのを。

「俺はこの身に全ての異形を宿せる。そして、全ての異形を惹き付ける。お前も俺に引っ掛かった、哀れな一匹の餌なんだよ」





  ◆  ◆  ◆




 みゃぁう。

 一部始終を大人しく見ていた黒猫が甘えるように鳴いた。

 「黒曜……」

目を細めキリは黒猫を抱き上げる。辺りに犬神の姿はない。あるのはただ、無惨な法師の死体だけだ。

「お前と宵くらいだよ。俺が戦ったとこ見て怖れないやつはさ」

 なぁう。

「んじゃ、戻るか」

 キリと黒曜は来た道を戻る。

 その彼の影から一瞬だけ、弱々しい血色の瞳が見え、直ぐにまた陰に飲み込まれるようにして消えた。





 時は大江戸武士の時代。

 まだ夜が暗闇であった時代。

 流れる旅人二人と一匹

 次なる舞台目指し行く

 妖退治、同族殺し

 半端者は己が道行く














「あ、お帰りなさい。遅かったですね」

「……なにお前、血みどろじゃん」

「いえ? ちょっとちい姫の退治があまりにも遅くて怪我が増えただけですよ? お気になさらず」

「あー……」

「有無を言わさずに一番厄介な役を押し付けてくれましたからねぇ」

「……あの、すみません」






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