母とニラご飯
掲載日:2026/06/04
私がまだ幼い頃、母の作るニラご飯が大好きだった。
ご飯とニラを炊いただけの、今思えばとても質素な食べ物だったが、子どもの私には何よりのごちそうだった。
自営業をしていた我が家にはお客さまがよく来ていて、そのなかでも一番お気に入りのオジサンに「うちに遊びに来て」と誘ったことがある。
するとオジサンが、「何かご馳走してくれるの?」と聞いた。
私は得意げに答えた。
「ニラご飯!」
オジサンは声高に笑い、母は苦笑いをしていた。
その時の母の表情を、私はなぜか今でも忘れられない。
そして不思議なことに、それ以来、ニラご飯が食卓に出た記憶がない。
母は何を思っていたのだろう。
恥ずかしかったのか、困ったのか、それとも子どもの無邪気な言葉がおかしかったのか……。
答えを聞くことはもうできない。
けれど、五十年を過ぎた今でも、ニラを見るたびに、あの日の母の苦笑いが心によみがえる。
私にとってニラご飯は、母の味であり、母への問いかけでもある。
その答えが出ないせいなのか、自分でもよくわからないが、私は一度もニラご飯を作ったことがない。
あれは、次に母と巡り合うことができたら、作ってもらうことにしようと思っている。




