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チョコレートの魔力 (修正版)

以前自分のブログ「舞方雅人の趣味の世界」に投下しましたショートストーリーを微修正したものです。

よければ読んでやってくださいませ。

よろしくお願いいたします。

 小雨に濡れる駅のホーム。

 肌寒く人影もまばらな夕暮れの駅に、一輌の蒸気機関車が客車を引いて入ってくる。

 雨に機関車の煤煙のにおいが混じる中、客車から降り立つ一組の男女。

 深緑色の軍用コートに身を包み、軍帽を目深にかぶった軍人と思しき若い男性と、黒のスカートに白のエプロンを組み合わせたメイド服を身にまとった、まだ少女と言ってもいいぐらいの若い女性。

 一見すると奇妙な取り合わせの二人に、彼らをホームで待っていたであろう深緑色の軍服を着た兵士が近づいていく。


 「失礼いたします。コルチャスキー少佐殿でいらっしゃいますか?」

 「ああ、そうだが」

 敬礼して尋ねてくる兵士の顔を興味無さそうに見やるコルチャスキー。

 どうせ迎えに差し向けられただけであろう兵士になど、興味があるはずもない。

 「連隊本部よりお迎えに参りましたニコロフ軍曹であります。外に馬車を待たせておりますのでどうぞ。お荷物はそちらで?」

 ニコロフ軍曹がメイドの前に置かれていたトランクに手を伸ばす。

 「あ、結構です。私が持ちますので」

 その手を制するようにメイドの少女が声を発する。

 その声はやや高いものだったが、聞く者に鈴の音を思わせるような心地よさだ。

 一瞬戸惑ったニコロフ軍曹はどうしたものかとコルチャスキーを見る。

 「荷物は彼女が持つから問題ない。案内を頼む」

 「了解しました。ではこちらへ」

 コルチャスキーに無表情でそう言われ、ニコロフ軍曹は荷物から手を引っ込めると、そのまま二人を駅の外のロータリーに案内する。

 そこには簡素だがボックス型の四輪馬車が待っており、ニコロフ軍曹がドアを開けて二人を中へと通す。

 そのまま軍曹は御者台に上がったので、車内には二人だけが残された。


 「ふふ……チョコレートが大事か?」

 トランクを手元に置いて大事そうにしているメイドに、コルチャスキーは苦笑する。

 「当然だ! チョコレートが無ければ誰がお前のメイドなどするものか」

 ギラッとした目でコルチャスキーをにらみつけるメイドの少女。

 その目は深い青であった。

 「まあ、いつも通りにメイドをちゃんと勤めれば、チョコレートはちゃんとやる。安心しろ」

 「ふん! われをこんな人形の中に閉じ込めたお前に安心しろと言われて、安心などできるものか」

 「言葉遣いには気を付けろ。俺と二人きりの時は構わんが、人目がほかにあるときはきちんとメイドらしく振舞え。さもないと……」

 「わかってる。チョコレートをもらえないのであろう? わかっている!」

 ギリと唇をかみしめるメイドの少女。

 「チョコレートなどという言うものが、この世にあるのがいけないのだ……」

 憎々しげにそういうものの、彼女の青い目はトランクの中にあると思われるものに向けられてきらきらと輝いていた。


 二人を乗せた馬車は通りを走る。

 このまま連隊本部のある建物に行くのだろう。

 外はもう薄暗く、建物の窓からの灯りがちらほらと暖かみを感じさせている。

 「ところで、こんなところにまで来ていったい何があるのだ?」

 トランクを見続けるのにも飽きたのか、窓の外を眺めはじめるメイドの少女。

 小雨が馬車の窓を濡らしている。

 「さあな……魔術師が必要だからということで命令を受けただけだからな、俺は」

 同じようにぼんやりと外を見ているコルチャスキー。

 「ふん。われをこのような躰に押し込める腕の持ち主だからな。人選は間違っていない」

 「どうだかね……」

 コルチャスキーは薄く笑みを浮かべる。

 やがて馬車はこの地の兵営にたどり着く。

 御者台に座っていたニコロフ軍曹が門のところに立つ衛兵に二言三言話しかけ、馬車はそのまま兵営の門をくぐる。

 そして奥の建物の玄関前にたどり着くと、馬車のドアが開けられた。


                   ******


 「やぁ、待っていたよ少佐。ん? そちらは?」

 連隊長室に案内されたコルチャスキーを、痩せて背の高い男が出迎える。

 どことなく神経質そうな顔で、彼の背後にいるメイドの少女に目を向けていた。

 「遅い時間に申し訳ありません。スクロヴァより参りましたコルチャスキーです。彼女は我が家のメイドでして、いろいろと役に立つので同行させました。ヴァレフィア、部屋の外に出ているように」

 コルチャスキーは連隊長に敬礼で挨拶をすると、メイドに退出するよう指示をする。

 「かしこまりました、旦那様」

 スカートをつまんで一礼するメイドの少女に、思わず苦笑してしまうコルチャスキー。

 最近一応は礼儀作法は覚えてきたようだな。


 少女が出て行ったところでコルチャスキーは椅子をすすめられる。

 「私はこのルチャンスカ連隊の連隊長を務めるロブチョフだ。君が派遣された魔術師なのか?」

 コルチャスキーが席に着いたところで、自らも連隊長席に戻るロブチョフ。

 大佐の肩章が彼の階級を示している。

 「はあ……ホリド宮ではそうみられているようです」

 魔術師と堂々と名乗っているわけではないが、彼の魔術の腕前はそれなりに知られている。

 スクロヴァの参謀本部でもあるホリド宮で、彼を知らないものはそうはいないだろう。


 「そうか……まあ、君が魔術師かどうかなどこの際どうでもいいのだ。あそこで何があったのかを調べてさえくれれば……」

 深い憂慮の表情を浮かべる連隊長のロブチョフ。

 まあ、何かあったのは間違いなさそうだ。

 「何があったのですか?」

 話の続きを促すコルチャスキー。

 「数日前にこの辺りで地震があったのは知っているだろうか?」

 「いえ、申し訳ありませんが……」

 連隊長の問いにコルチャスキーは首を振る。

 地震があったなど聞いてはいないし、ここに来るまでに馬車の窓から見た景色でもそれをうかがわせるようなことは何もなかった。

 「そうか。まあ、大した被害が出たわけでもなかったし、このような辺境でのことなど首都のスクロヴァではどうでもいいことだろうからな。だが、その地震でケリル山のふもとに地滑りが起きてな……」

 「地滑りですか?」

 「ああ、被害は出てない。特に何があるというわけでもなかった場所だしな。ただ、一応は状況把握のために連隊からも兵を派遣して調査に当たらせた。そこで地滑りのあったところに隠されていた洞穴のようなものがあったのがわかったのだ」

 両手を組んで説明するロブチョフがいったん言葉を切る。

 なるほど。

 地震、地滑りときて次は洞穴か。

 そこに何かが……ということかな。

 コルチャスキーはそう見当をつける。


 「洞穴の調査のために将校を含む十数名が中に入っていった。だが、誰も戻っては来なかった。いや、正確には伍長が一人戻ってきたのだが、すでに正気を失っていて何が起こったのかはわからず、その伍長も狂気に包まれたまま死んでしまった。地元民は悪魔の住んでいた穴がむき出しになったとか言うし、教会の僧侶連中も祝福されない場所で足を踏み入れるべきではないという」

 ロブチョフが一気に言葉をつなぐ。

 「なるほど」

 要は悪魔の穴に入って調べてこいということか……

 やれやれ……

 コルチャスキーが苦笑する。

 「私としては入っていった連中がどうなったかの確認ぐらいしたいところなのだが、入ろうとする者は誰もおらん。そこでスクロヴァの参謀本部に魔術師の派遣を依頼したのだ」

 「わかりました。私に洞穴の調査をせよとのご命令なのですね」

 「うむ。魔術師の君ならば、中で何があったのかわかるだろう」

 机の上で手を組み、ロブチョフはその目をコルチャスキーに向ける。

 「想像は付きます。まあ、入ってみればはっきりするでしょう」

 「行ってくれるかね?」

 行かないという選択肢はないのだ。

 そうでなければスクロヴァからわざわざ送り込まれるはずもない。

 「準備をして明日には現場に向かいます。まあ、それほど準備も必要ありますまい」

 立ち上がって敬礼するコルチャスキー。

 さて……

 その穴に何がいるのやら……


                   ******


 連隊長室を出たところで、片隅で待っていたヴァレフィアと合流する。

 そこには先ほど案内してくれたニコロフ軍曹もいて、部屋の用意ができたことを告げられた。

 とりあえずは今晩はゆっくりベッドで寝られそうだとコルチャスキーは思う。

 それはあとで間違いということがわかるのだが。


 「それで、いったい何の用だったのだ?」

 部屋に案内され、コルチャスキーと二人きりになったことで、ヴァレフィアはベッドにちょこんと腰掛ける。

 作られた人形とはいえ、外側を覆う魔力のためにその姿は人間とほとんど変わらずに見える。

 相当に魔力探知の強い人間でなければ彼女が人形とはわかるまい。

 全身をアンガランド風の黒のメイド服に包んではいるが、肌の露出している部分は色白で透明感がある。

 白のエプロンやソックスがそれと相まってよく似合っていた。


 「ん? どうやらお前の同類が封じられていた場所のようだぞ」

 軍服の上着を脱ぎ、長靴も脱いだコルチャスキーが椅子に座る。

 ヴァレフィアと一緒にベッドに腰掛けるつもりはないのだ。

 「同類?」

 「ああ、たぶんお前と同じ魔人か魔獣だ。魔獣ならとっとと外に出てこようとしているだろうから、たぶん魔人だな」

 「ふふん……人間風情がいつまでもわれらを封じておけるはずがなかろう」

 ニヤッと笑みを浮かべるヴァレフィア。

 だが、その笑みも愛らしく見えるから不思議なものだ。

 「どうだかな……地震がなかったらずっと封じられていたままだったかもしれんぞ」

 「ふん。1000年もあれば封印ぐらい解いてみせるわ」

 「気の長い話だ」

 コルチャスキーがふふっと笑う。

 魔人に寿命がないというのは本当なのだろう。

 「お前たちとは違うからな。ところで……」

 ヴァレフィアの視線がトランクに向かう。

 「今日の分はいただけんのか? われは何かミスをしたか?」

 「ああ、いや、そんなことはないぞ。完璧なメイドだった」

 そういって立ち上がるコルチャスキーにヴァレフィアの目が輝く。

 やはりチョコレートをもらうときが一番の幸せなのだ。


 コルチャスキーはトランクからチョコレートを一枚取り出してヴァレフィアに渡す。

 すぐに包みを剥いで口に運ぶヴァレフィア。

 その姿はとても強大な魔人だったとは思えない。

 まさに単なる甘いもの好きな少女なのだ。

 「明日はお前にも来てもらうからな」

 「よいのか? 封じられていたやつと一緒にお前に歯向かうかもしれんぞ」

 そう言ってニヤリと凄んで見せるヴァレフィア。

 もっとも、ほっぺに溶けたチョコレートをつけながらなので、凄みも何もあったものではない。

 「お前はそれはせんよ。俺に従ってチョコレートをもらう方がいいと考えているからな」

 「そ、そんなことはないぞ。われとていつまでもお前に従っているつもりなど」

 「どうせ俺の寿命など数十年だ。それぐらいは付き合ってもよかろう?」

 「……ふん」

 指についたチョコを舐め、忌々しそうに鼻を鳴らしてコルチャスキーをにらむヴァレフィア。

 「わかったらもう寝ろ。ベッドは使っていい」

 あいにく部屋にはベッドは一つしかない。

 まさか参謀本部から派遣されてくる魔術師がメイドを連れてくるとは予想外だったのだろう。

 もう一つ部屋を用意させようかとも言ってもらったのだが、そこまでさせることもないだろうし、一応寝具は用意されていたので、床に寝ればいいのだ。

 「われと一緒に寝てもいいのだぞ」

 「バカ」

 ヴァレフィアの誘いに、コルチャスキーは思わず苦笑した。


                   ******


 翌朝は部屋で早々に食事を済ませて兵営を出る。

 ヴァレフィアを一人で部屋に置いておくのは不安だったし、かと言って士官食堂で同席した士官連中の好奇の目にさらすのも得策ではなかろう。

 ならば食事は二人で取ればいい。

 連隊長が士官連中に彼を紹介したかろうがそんなことはどうでもいいのだ。

 どうせこの連隊にずっといるわけではないのだから。


 問題の現場まではニコロフ軍曹が馬車を都合してくれた。

 コルチャスキー一人なら馬で行くところなのだが、さすがにヴァレフィアを馬に乗せるわけにもいかず、馬車で行くことになったのだ。

 ガタゴトと田舎道を行く馬車の中で、コルチャスキーはトランクの中の荷物を確認し、とりあえず問題がなさそうなのを見て蓋を閉める。

 「なんだ? われはチョコレートを盗み食いなどしないぞ」

 「そんな心配はしておらんよ。持ってきたものだけでなんとかなりそうだと思ってな。まあ、こっちにはお前という切り札がいるから問題はなさそうなんだが」

 馬車のシートにもたれかかるコルチャスキー。

 「われを切り札だなどと言っていると、後悔しますわよ旦那様。うふふふ」

 わざとらしくメイドとしての言葉遣いになるヴァレフィア。

 彼女は時々こういう物言いをする。

 「どうだかな。まあ、お前が俺を殺したとて、その姿から解放されるわけではないのだ」

 「わかっている。まったく……」

 忌々しそうに自分の躰を見下ろすヴァレフィア。

 とはいうものの、コルチャスキーがたまたま彼女の部屋を覗いてしまった時など、まんざらでもないように自分の躰を鏡に映していたりするので、その躰にそう悪い感情を持っているわけでもないのだろう。


 「少佐殿。差し出がましいようですが本当にそんな軽装で大丈夫なのですか? せめてロープやハンマーなどを持っていかれては? それにあの娘まで連れていかれるというのは危険ではありませんか?」

 二時間ほど馬車に揺られたのち、現場に降り立ったコルチャスキーにニコロフ軍曹が心配そうに申し述べる。

 「心配ない。彼女はこう見えても私の助手も兼ねている。それよりも、我々が二日経っても出てこないようならこの入り口を爆破してふさぐよう連隊長に伝えてくれ」

 駅に降り立った時と全く変わらぬ雰囲気で、コルチャスキーはメイドの少女を従えて洞穴の方へと歩いていく。

 あの時はニコロフ軍曹が先に立って案内する形だったが、今回はあとに残される形だ。

 「了解しました。少佐殿、ご武運を」

 軍曹は敬礼してコルチャスキーとメイドの少女を見送る。

 洞穴の入り口で監視に当たっていた数名の深緑色の軍服の兵士たちも、みな銃をささげて彼らを見送った。


 「さて、中はどんなかな……と」

 持ってきたカンテラに明かりをともす。

 入口から少し入っただけで、中からは強い魔の気配を感じる。

 なるほど。

 この気にあてられながら奥へ入ったのでは、早晩おかしくなってしまうのもうなずけるというものか。

 コルチャスキーはポケットの中に忍ばせたペンのように見せかけた魔具にスッと気を込める。

 こうすれば魔の気配にあてられることもない。

 「ヴァレフィア?」

 「わかっている。われにも充分感じるぞ。なるほど。確かにわれの同族のようだ」

 コルチャスキーの脇にやってきたヴァレフィアがいつになく厳しい表情を浮かべている。

 ほう……

 その様子にコルチャスキーは気を引き締める。

 こいつは結構手ごわい相手かもしれんな。


 カンテラをかざしながら先へ進むコルチャスキー。

 どうやらここにはもともと洞穴というか横穴のようなものがあったらしい。

 それが長年の浸食で岩盤がもろくなっていたところに地震でさらに地盤が緩くなり、地滑りによって表面が削られ、穴が外に出てきたということのようだ。

 「そして、こういうわけか……」

 コルチャスキーは顔を曇らせる。

 二人が歩いていた横穴が通じていた空間は、魔人を封じた祭壇にも達していたというわけだ。

 いつ頃封じたものかは定かではないものの、もともとは別の入り口があって本来はそちらから入ってくるものだったのだろう。

 いわばコルチャスキーらが入ってきた洞穴はいつの間にかできていた裏口のようなものなのだ。


 そこは広くなった岩の中の空間だった。

 コルチャスキーが見たところ、右手には祭壇のようなものがあり、おそらくは魔人を封じているのだろう。

 左手にはこの祭壇へとつながっている入口があり、そちらは重々しい石の扉が閉じている。

 おそらくは外側から固定され、開かなくされているに違いない。

 そして床には、十数人の兵士たちの死体が転がっていた。


 血まみれの床に転がる兵士たちの死体。

 血はすでに乾ききり、茶褐色のシミになっている。

 深緑色の軍服にもあちこちに血のシミがついて赤黒くなっていた。

 「どうやら同士打ちをさせられたようだな」

 兵士たちの死体を見たコルチャスキーがつぶやく。

 「同士打ち?」

 ヴァレフィアがコルチャスキーの顔を見る。

 「ああ、兵士は銃を構え、士官は拳銃を握っている。ある者は銃剣で突き合ってもいるようだ」

 そして兵士たちの命は吸い尽くされたというわけか。

 魔力のかけらすら残ってはいない。

 「力を取り戻すためだな」

 ヴァレフィアの言葉に無言でうなずくコルチャスキー。

 問題は、これだけの人間の命を吸ったことで、魔人がどれほど力を取り戻しているのかだ。

 まあ、この人数ならそれほどではないとは思うのだが。


 コルチャスキーは次に祭壇へと近づいていく。

 見たところ彼の習得した系統の魔術とは違うようだ。

 このあたりに土着していたものなのかもしれない。

 とはいえ、魔人の封じ方にそうバリエーションがあるわけでもない。

 封印であることは一目瞭然である。

 その封印自体はまだ破られてはいないが、すでに魔人は封印外に多少の力を及ぼせるぐらいにはなっているということだ。

 もっと力をつければ、封印自体を破壊することも可能となるだろう。

 外から人間が入ってきたことに喜び、うれしくて貪り食ってしまったがために警戒されたということだ。

 もう少し利口なら、この兵士たちを無事に返し、大規模な調査隊でも来たあたりで食らえばよかったものをとコルチャスキーは思う。


 「クッ!」

 いきなり祭壇から強烈な魔力をぶつけられるコルチャスキー。

 言いようもない恐怖感や絶望感、そして憎しみのようなものが内側から沸き起こる。

 なるほど。

 兵士たちはこれを食らったのだろう。

 これじゃみんなパニックになって手当たり次第に撃ちまくるわけだ。

 伍長だけは一目散に逃げたのかもしれない。

 だが、侵された精神は回復しようがなかったというわけだ。

 「マージェコフ! い、いえ、旦那様!」

 彼の名を呼び、改めて言い直すヴァレフィアにコルチャスキーは苦笑する。

 何もこんなところでメイドに徹しなくてもいいものを。

 いや、メイドが板についてきたのかも。


 「俺は大丈夫だ。こんなのは跳ね返せる。お前こそ大丈夫なのか?」

 ヴァレフィアの中身は確かに魔人だが、人形の中にいることで大幅に力は封じられているはずなのだ。

 千分の一、いや、一万分の一にされているといってもいい。

 そんな彼女が果たしてこの魔力に耐えられるのか?

 こんなところでヴァレフィアに狂われては目も当てられない。

 「われなら心配無用だ。この躰にもだいぶ慣れたからな。能力を発揮するのに不都合はない」

 ほう……

 改めて感心したようにコルチャスキーはヴァレフィアを見る。

 魔人を封じる入れ物にしては妙に凝ったものを作ったものだと思っていたが、どうやら彼の妹は魔人が自分の躰として使うのに問題ないほどの人形を作ったということらしい。

 リルシェバめ……とんでもないものを……

 工房で一人で黙々と人形を作る妹の姿をコルチャスキーは思い浮かべた。


 「それよりも……この感触……どこかで……」

 首をかしげるヴァレフィア。

 どうやら思い当たる節があるらしい。

 「ふふ……そうか……ははははは……しばらく見ないと思っていたら、こんなところに封じられていたのか、ミズングムよ!」

 突然笑いだすヴァレフィアを、思わず見つめてしまうコルチャスキー。

 なるほど。

 同種というだけではなく知り合いらしい。


 『そういうお前は何者か?』

 コルチャスキーの脳裏にも声が聞こえてくる。

 祭壇に封じられたヤツの声のようだ。

 まさかストレートに会話を仕掛けてくるとは予想外だとコルチャスキーは思う。


 「ふっ、われを忘れたか、ミズングムよ? ともにツァンゴイの街を滅ぼし、多くの人間どもの恐怖を食らいあった仲ではないか。ははははは……」

 祭壇に向かって仁王立ちし、腰に手を当てて胸を張っているヴァレフィア。

 その様子にコルチャスキーは一抹の不安を感じる。

 ツァンゴイの街だと?

 はるか昔の砂に埋もれた街の名だぞ?

 同種と会話をする今の彼女はメイドのヴァレフィアではなく、魔王と呼ばれたヴァレグルムの方なのかもしれないのか。


 『ヴァレグルム! まさかヴァレグルムというのか? その姿はどうしたことだ?』

 「われにもいろいろとあってな。まあ、この躰もそう悪くはない」

 『ふぁっはっはっは……面白い。その姿で俺に立ち向かうつもりか?』

 「そちらこそ、われに歯向かうつもりか? 今まで一度たりとも歯が立たなかったわれに」

 やれやれ……

 こいつらは喧嘩仲間か?

 なんだか急におかしくなるコルチャスキー。

 おそらくこいつらが全部の力を開放して喧嘩したら、この辺りどころかルザリアという国一つが滅ぶかもしれないのだろうが、やっていることはガキの言い合いだ。


 『言ったなヴァレグルムよ。俺に勝てるというならここから俺を出してみろ。俺と勝負してみるがいい』

 「はははは……いいとも。このような封印は内から壊すのこそ難しいが、外から壊すのは簡単なもの。今お前を解放し、そのうえでわれが叩きのめしてやる!」

 ずかずかと祭壇に向かっていくヴァレフィア。

 「ヴァレフィア! だめだ! それはヤツの手だ! ヤツはおまえに解放させる気だ」

 相手の意図を知ったコルチャスキーがヴァレフィアを止める。

 だが、彼女はニヤッと笑いこう言った。

 「それは聞けませんわ旦那様。同種がこのように身動きもできぬよう封じられているのですもの。解放してやるのが仲間としての務め」

 「ヴァレフィア!」

 「うふふふふ……覚悟してくださいね、旦那様」

 「ヴァレフィアァァァァッ!」

 コルチャスキーの叫びと同時に彼女の右手から魔力の塊が放出され、祭壇へとぶつけられた。


                   ******

                   ******


 「ふう……」

 屋敷の前に止まる一台の馬車。

 その車内から深緑色の軍服を着た青年将校が姿を現す。

 「ご苦労さん。気をつけてな」

 「はっ! それでは失礼いたします、少佐殿」

 ドアを開けていた同じく深緑色の軍服姿の御者が敬礼して御者台の方に戻っていく。

 通りを去っていく馬車を見送り、コルチャスキーは書類カバンを手に屋敷の門をくぐる。

 この屋敷はコルチャスキー家代々の屋敷だが、今ではもう彼ともう一人しか住む者はいないため、母屋以外は使われていない。

 そのため、見ようによっては没落した家のように見えるだろう。


 「お帰りなさいませ、旦那様」

 「お……お帰りなさいませ……だ、旦那様」

 玄関を開けて屋敷に入ったコルチャスキーを、メイド服に身を包んだ二人の少女が一礼して出迎える。

 「ただいま」

 そういえば一人増えたんだったな……

 二人を目の前にしてコルチャスキーは苦笑する。

 髪の色と目の色が違うぐらいで、ほかはそっくりといっていい二人の少女。

 片方は鮮やかな輝くような金髪に深い青い目をしており、もう片方はつややかな銀色の髪と赤い目をしている。

 二人とも黒いメイド服に白いエプロンをつけ、白い髪飾りをつけていた。


 「ミズラフィア、すぐに旦那様のカバンを」

 「は、はい」

 ミズラフィアと呼ばれた銀髪のメイドがすぐにコルチャスキーの持っていたカバンを受け取る。

 「お疲れ様でした。すぐにお飲み物の用意を」

 「ああ、頼む」

 飲み物の用意をするべく優雅に奥に向かうヴァレフィアを、ぱたぱたとまるで追いかけるかのようにコルチャスキーのカバンを持ったミズラフィアがついていく。

 その姿にまたしてもコルチャスキーは笑みを浮かべずにはいられなかった。


 ヴァレフィアによって封印を解かれたミズングムは、すぐさま彼らに襲い掛かってきた。

 しかし、封じられて力の弱っていたミズングムは、しょせんかつての魔王の敵ではなかった。

 ミズングムの攻撃をひょいひょいとかわしつつ、ヴァレフィアはまるでもてあそぶようにミズングムを翻弄し、そして叩きのめした。

 そしておもむろにコルチャスキーのところへ戻ってくると、こう言ったのだ。

 「さ、旦那様。メイドがもう一人増えますわ」


 コルチャスキーはミズングムを兵士の死体から取った水筒に再度封じ込め、そのまま洞穴を後にした。

 そしてロブチョフ連隊長に事の次第を話し、魔人を新たに封じ込めるためにスクロヴァに持ち帰る旨の了承をお願いしたのだ。

 地元から魔人がいなくなるのは大歓迎とばかりに連隊長はすぐに書類を整えてくれ、翌日にはコルチャスキーとヴァレフィアはスクロヴァ行きの汽車に乗ることができたのだった。


 スクロヴァに戻ったコルチャスキーは、彼の妹リルシェバの元へと赴き、再び人形を作ってくれるよう頼みこんだ。

 そして先日、その人形が完成し、無事にミズングムをその中に封じ込めたというわけだった。

 今ではミズラフィアという名前でコルチャスキー家の二人目のメイドとしてヴァレフィアとともに彼に仕えてくれている。

 もちろんチョコレートの味もヴァレフィアに教えられ、大のお気に入りになったことは言うまでもない。


 「旦那様ー、ワインの支度が整いました」

 奥からヴァレフィアの声がする。

 「今行く」

 とりあえずは二人の魔人は彼からチョコレートをもらえる間は彼のもとにいるだろうとコルチャスキーは思う。

 それから先は二人次第だろう。

 まあ、俺よりも有能な魔術師はいくらでもいるさ……

 コルチャスキーはそう考え、ポケットから先程買ってきたばかりの今日の分のチョコレート二枚を取り出して、彼女たちのところへと向かうのであった。


END

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