第99話 『獅子身中の蟲』
『ロオオオオオオオオオオオオォォォォーーーーーー!!!!』
あらゆる方向から聖剣に滅多刺しにされ、さすがの邪神も無反応ではいられなかったようだ。
――ドォン! ガァン!!
痛覚があるのかは定かではないが、身体に浴びせられる何千本もの聖剣から逃れようと腕という腕が暴れまわり、周囲に破壊をもたらしていく。
だが、こちらもその程度で術式を綻ばせるほどヤワじゃない。
「ぬおっ!? くそ、この期に及んで暴れるんじゃねえ!」
術式の出力を一気に強める。
聖剣の射出量と速度がグンと増した。
『ロオオオオオオオォォォォッッ!!!!』
邪神の抵抗が激しくなる。
だが、暴れれば暴れるほど聖剣が食い込み、瘴気を浄化し、力を漏出させてゆく。
肉という肉を削り取り、無数に生えていた腕がどんどんと数を減らしてゆく。
「さっさと……滅びやがれッ!!」
そして、ついに――
『オオ……オオオォ……』
力なく呻き声をあげ、やがて最後の腕が消失した。
残るは邪神に浸食されボロボロになった魔物使いの身体と、彼の顔半分を覆うように蠢く肉塊が残るのみだ。
「……セパ」
俺は腰の鞘から短剣型の聖剣をスルリと引き抜いた。
『はーい……』
セパが俺の目の前に姿を現した。
だが様子がおかしい。
なぜかツーンとそっぽを向いており、その頬はプクッと膨らませている。
「なんだセパ。ずいぶんご機嫌斜めだな」
『最近レインと遊んでばかりで私の出番が少なくないですか、ご主人?』
……なるほど。
どうやら彼女は、俺が最近レインばかり使っているせいでイジけているようだ。
とはいえ、聖剣は使いどころが肝心だ。
セパの短い刃では魔剣使いと斬り結ぶのは無理だし、邪神の暴れ狂う剛腕をいなすことはもっと無理だ。
はあ……面倒くさい性格だな、コイツは。
「主役ってのは、一番最後に美味しいところを持っていくって相場が決まってんだよ」
『……私が……主役であると。そう仰るのですね、ご主人?』
「ほかに誰がいるってんだ。お前の仕事は、最後の最後に人間から邪神を切り離すことだ。お前しかできない、お前だけの仕事だぞ」
そっぽを向いていたセパの肩が、ぴくんと動いた。
それからゆっくりと俺の方を向く。
ニマ~ッした顔が気持ち悪い。
『ふふ……そうですよね! 私こそが、主役の聖剣ですよね、ご主人!』
「ああ、そうだ。頼んだぞ、セパ」
「ふふふ……いいでしょう! さあご主人、この私の『切断』の力をもって邪神と人間を切り離して見せましょう! さあさあ早く!』
セパ、お前……本当にチョロいな……
『うわ……チョロ聖剣……』
「レインは黙ってろ」
とはいえ、彼女の『切断』の力は本物だ。
「頼むぞ、セパ」
『お任せを、ご主人!』
堂々と宣言し、セパの姿が消えた。
力を十全に振るうため、聖剣に戻ったのだ。
俺は魔物使いの側にしゃがみこむと、ヤツの顔に癒着した邪神を切り剥がした。
『――――』
力のよりどころを失ったのか、邪神だった肉塊がボロボロと崩れ、魔力の粒子と化し消滅してゆく。
最終的に、邪神の肉塊は小さな赤い宝玉になった。
俺は鞄から魔力封じの力を込めた紙片を取り出すと、宝玉をくるみ、鞄にしまい込んだ。
もしかしたら、何かの素材になるかもしれないからな。
一方、邪神から切り離された魔物使いの身体に、変化が起こっていた。
具体的には、老化だ。
今やヤツは、五十代ほどの男になっていた。
どうやらこれが、コイツの本当の姿のようだ。
「う……あ……」
どうやら魔物使いが、邪神の影響化から脱したらしい。
呻き声をあげ、うっすらと目を開いた。
とはいえ、邪神に浸食されていたせいか全身がズタズタだ。
腹から下は、原形をとどめていない。
このまま放置すれば、やがて息絶えることだろう。
「う……俺は……何を……」
「邪神に身体を乗っ取られていたようだ」
「……そうか」
なぜか納得したように、目を閉じる魔物使い。
「力が暴走した。手足の感覚がない。腰から下、も……。俺は……死ぬのか?」
「ああ」
正直、ここまでボロボロだとフレイの回復剤でも治癒不可能だ。
なにしろ補うべき肉が足りなすぎる。
「そうか……クソ……最後にとんだ報酬をくれ……やがって……」
忌々しそうに呟いて、魔物使いは動かなくなった。
◇
「よし……これで魔剣は全部回収できたな」
魔物使いの死亡を確認したあと、俺たちはいったん広間の奥にある小部屋に戻った。
冒険者たちが落とした武器や魔剣持ちたちが持っていた魔剣を回収するため、そして他に魔剣使いが潜んでいないかを確認するためだ。
結論から言うと、魔剣使いはもう残っていなかった。
どうやらボスを含め、魔剣持ち全員が肉繭に取り込まれてしまっていたらしい。
それならそれでいいのだが、捜索の時に気になるものを見つけた。
大きな蟲の死骸だ。
体長はだいたい1メートル前後。
肉繭に踏み潰されぺしゃんこになっているが、明らかに自然に生息する大きさではない。
種類としては、ヤスデかムカデだろうか。
正直肉繭や腕の邪神に匹敵する気色の悪さだが、見てしまったものは仕方ない。
「なあカミラ、このダンジョンって蟲系の魔物って出てきたか?」
「いや、ここまで見てないね」
隣のカミラが首を振る。
「なぜ、消滅していないのだろう?」
「それも謎だな」
アリスの投げ掛けた疑問ももっともである。
通常、ダンジョン内で出現した魔物は死んだあとすぐに魔力に還元され消滅する。
となれば、一つの結論が導き出される。
正直、一番そうであってほしくない答えだ。
「地上に生息する魔物だな、これは」
消去法で、そういうことになる。
「魔物使いが連れてきたものかな?」
アリスが疑問を呈した。
「どうだろうな。あいつ、肉で生成した魔物の中に、蟲系はいたっけか?」
「ふむ……いたような気もするし、いなかったような気もするね」
倒したのは百体以上の多種多様な魔物だ。
せいぜい、竜とかグリフォンなどインパクトがある魔物しか記憶に残っていない。
とはいえ、蟲系魔物はいなかったはずだ。
そもそも、ヤツが使役していたのなら肉繭に取り込むなりしているだろうから、こんなところで潰れて死んでいるわけがない。
「…………兄さま、少しいいかな」
「なんだ?」
アリスが俺たちから少し離れて、ちょいちょい、と手招きしてくる。
何やら深刻そうな表情だ。
他の連中に聞かれたくないことだけは察せられたので、彼女の側まで近寄ることにした。
「この巨大蟲に見覚えがある」
「なんだと?」
アリスの口から驚愕の事実がもたらされた。
「僕の家は王国軍部だけではなく、王都の冒険者ギルドにも多少のツテがあるのは知っているかな」
「いや、初耳だ。まあ、別に不思議はないけどな」
アリスの家――クロディス家は王国屈指の武闘派貴族である。
ゆえに軍は当然として、王都の冒険者ギルドに何かしらのパイプがあってもおかしくはない。どちらも『武』を尊ぶ組織だからな。
「それで?」
「実はオルディスに来る少し前に、王都の旧市街地で野良犬や野良猫が急に消えた事件があってね。冒険者ギルドのお偉方に協力を依頼されて、一緒に調査を行ったことがあったんだ。そのときに地下の下水溝に立ち入ることがあってね。鼠の代わりに見つかったのが、こいつらさ」
アリスが言って、つぶれた巨大蟲に目をやった。
要するに、この手の巨大蟲が王都の地下で大量発生して野良犬やら野良猫やら――おそらく地下に救う鼠もだろうが――を捕食していたという話だ。
「不幸中の幸いか人的被害は報告に上がってこなかったけれど、それはもうあちこちに巣くっていてね。駆除するのにだいぶ手間取った覚えがあるよ」
「……それは大変だったな」
それはそれはおぞましい光景だったことだろう。
「もちろん、こんな巨大な蟲が王都で突然発生するわけがない。事件を引き継いだ王都衛兵隊が、地下のダンジョン化や魔術師や魔物使いによる実験生物の廃棄なども念頭に置いて犯人を探したみたいだけど、少なくとも僕が王都を発つ前までに犯人が見つかったという報告は上がってきていない」
「…………」
彼女の話は、正直なところどう受け止めていいのか分からない。
ただ、今回の事件と王都での事件が関連している可能性がある、ということを言いたいらしい。
少なくともアリスはそう考えているようだ。
「ただ……さっきこの魔物使いは、『イェルト』とかいう人物に力をもらったと言っていた。この名前には心当たりがあってね。兄さまと離れるのは残念だけど、すぐに王都に戻って対処に当たらなければならなくなった」
そう言ったアリスの顔は、王国貴族のそれだった。
なんだ、こっちに来た当初は『当主になったから気ままにふるまうことにしたんだ』とか言っていたが……ちゃんと王国貴族、してるじゃないか。
「そうか、俺も残念だ。だが、立派になったな、アリス」
「ふふ、兄さまほどじゃないけどね」
くすぐったそうな表情で、そう言い返してくるアリス。
それから彼女はこう続けた。
「今日、確信したよ。やはり、いざという時に頼りになるのは兄さまだけだ」
それはさすがに買い被りだと思うがな。
とはいえ、彼女が困っていれば俺ができる範囲で助けてやりたいとは思っている。
何しろ、妹分だからな。
「さて、僕と兄さまとの内緒話は終わりだよ。武器の回収も終わったし、冒険者たちの意識が戻ったらすぐ地上に戻ろう」
「……ああ、そうだな」
頷き合い、俺たちは仲間のもとに戻った。
こうして、魔剣狩りの依頼は一応の決着を見たのだった。




