第96話 『圧倒的な物量』
「ああ……なるほど、思い出してきた」
コキコキと首を鳴らしながら、少年が呟いている。
「そういうことか……そうならば、先に言ってくれればいいものを。イェルト殿も人が悪い。だが……調子は悪くない。あれは、そういうものなのか? それとも、あるいは……」
何かをブツブツと呟きながら、少年が自分の身体をしげしげと眺めまわしている。
「おい、どういうことだ?」
フレイが怪訝な表情で俺に問うてくる。
「俺が知るわけないだろ」
と、少年が俺を睨みつけてきた。
「……で、お前だな? 俺の大事な使い魔を殺したのは」
なるほど。
こいつ、『ゲイザー』を使役していた魔物使いか。
だが、なぜあんな動きにくいダブダブの服を着ているんだ?
いや……まさか。
肉の繭で冒険者たちの魔力を吸収して……若返ったとでもいうのか?
「ブラッド、この少年はかなり強そうに見える」
カミラが隣で杖を構え、そう言ってくる。
「……みたいだな」
そんなことはすでに分かっている。
肉の繭から生まれたこともそうだし、そもそも子供が徒手空拳のまま強烈な瘴気を漂わせている時点で普通じゃない。
「ハッ、上等じゃねえか! さっきのじゃ、弱すぎて物足りなかったんだよ」
フレイがボキボキと首を鳴らし、啖呵を切る。
「言ってくれるねぇ、冒険者風情が。せっかくだから、遊んでやるよ。……だが、お前は先に死ね」
「……っ!」
足元から殺気。
反射的に横に飛ぶ。その瞬間。
――ドン!
床を突き破って、赤黒い肉塊が突き出てきた。
「チッ。目ざとい奴だ」
つまらなさそうに、魔物使いが呟く。
「……まだそいつも使えるのか」
それは腕だった。肉繭から生えていたやつだ。
例によって、手には剣を握っている。
……ん? あれは……
「おい、その剣はどこで拾ったんだ」
見覚えがあるその剣は、聖剣だった。
ビックス氏に渡した方だ。
……さっきの攻防では見かけなかったが、やはりヤツの手に渡っていたらしい。
「ああ、これか……多分『繭』に取り込んだ人間のものだろ……チッ、なんだこれ。持っているだけで魔力が吸われるぞ。魔剣の一種か? こんなヤツは、聞いてないぞ」
言って、顔をしかめる少年。
と、突如聖剣発光した。
同時に剣を中心に魔力障壁らしき光球が生じる。
強制的に空間から排除された肉腕が、バシュン! と弾けた。
持ち主を失った聖剣が、カランと床に落ちる。
同時に、剣の側で淡い光が瞬き、ゆらりとクラゲの像を結んだ。
どうやら聖剣の人造精霊が魔力を得たことで顕現したらしい。
「……お?」
これには魔物使いも驚いたようだ。
目を丸くして、しげしげと人造精霊を見つめる。
「面白い! まさか剣に魔物を封じてあるとは! まさに俺にあつらえ向きの武器ではないか! となると……こっちもか?」
――ドン!
今度は天井を突き破り、肉の腕が降ってきた。
手には、短剣が握られている。
見覚えのあるフォルムは、エリィに渡したものだな。
やはり腕から魔力を供給されたらしく、短剣を持った肉の腕に、子ザルが顕現している。
こっちは聖剣の力に攻撃力がないせいか、子ザルが腕を引っ搔いたり噛みついたり暴れているが、ビクともしていない。
「ふん、こっちの魔物は大した力はないな。だが、使役できるのなら使ってやろう……『隷属せよ』」
魔物使いがサッと手を振りかざし、魔術を発動させる。
…………。
何も起こらなかった。
「……む? なぜ俺の隷属魔術が発動しない? 魔力は十分流しこんだ筈だが――『隷属せよ』!」
…………。
クラゲも子ザルも、無反応だ。
まあ、それは当然なのだが。
「くくっ……何度やっても無理だよ、君。それは魔物ではないからね」
堪えきれなかったのか、カミラが失笑する。
「なんだと? じゃあ、こいつらは何だって言うんだ」
「彼らを見たうえでまだ気づかないのなら、所詮君はただ若返っただけの愚物だったということだ。くだらないな」
「……なんだと?」
ピキッ、と頬を引きつらせる魔物使い。
天井から突き出た肉の腕がこっちを向いた。
「おいカミラ、煽ってどうするんだ」
「ふん。私は少しばかり力だけを得ただけで調子に乗る、愚鈍な魔術師が嫌いなだけさ」
まあ、カミラの気持ちは分からないでもないが……無駄に相手を怒らせてどうするんだ、という話だ。
激昂すれば攻撃が苛烈になる可能性が高い。だったら、こちらを舐めてかかっているうちに倒してしまう方が効率がいいというものだ。
もちろん、彼女の煽りが戦法というのなら否定はしないが……カミラのことだ、ただ相手をバカにしただけだろう。
「はあ……まあいい。使えないガラクタならば、こいつらを殺したあとにどこかで売り払えばいい。ちょっとしたオモチャだが、好事家なら金を出すだろう……さて」
言って、聖剣を放り投げた。
カラン、と音を立て床に転がる聖剣。
「…………」
魔力の供給が断たれたのか、聖剣から人造精霊の姿が消えた。
魔物使いは酷薄な笑みを浮かべる。
「せっかくだ。新しく得た力をお前らに見せてやろう。――『来い、お前たち』」
ズズン――
地響きとともに、広間の壁や天井、床のいたるところがひび割れ、穴が空く。
そこからはい出てきたのは、肉の塊だ。
それらが徐々に魔物の形を取ってゆく。
「…………」
オークにオーガ、それにグリフォンや炎竜らしき魔物もいる。
ざっと数えただけでも、百体は下らないだろう。
すでに魔物使いの姿は魔物たちに遮られて見えなくなった。
魔物の唸り声に混じって、ヤツの哄笑が広間中に響き渡る。
「ククク……カハハハッ! どうだ、俺の力は! この力があれば、いつでもどこでも魔物の群れを瞬時に出現させることができるッッ! この国の王宮のど真ん中にでも、だッッ!! 恐れろ、泣き叫べ、命乞いをしてみろ! もっとも、そうしたところでこいつらに生きながら食われるだけだがな!」
「…………」
確かに、何もないところから肉塊を生成し魔物に変化させたうえで使役できるのならば、相当な脅威だ。彼が調子に乗るのも頷ける。
だがまあ、だからといって俺たちに勝てるとは限らないのだが。
……お前が『ガラクタ』と言った聖剣の力、見せてやろうじゃないか。
「食い殺せ!」
魔物使いが吼えた。
『『『グワアアアァァァァーーーーッッ!!!!』』』
次の瞬間、魔物たちが咆哮し、俺たち目がけて猛然と襲いかかってきた。
「…………」
全員無言だった。
喋る余裕がなかったわけじゃない。
単純に、呆れていただけだ。
まさか、あれだけ息巻いてこれなのか。
この程度の魔物、|全員が一人で殲滅できる《・・・・・・・・・・・》。
ゆえに、魔物の咆哮に混じって聞こえたのは、フレイが「ハッ!」と嬉しそうに上げた声くらいである。
奴はとりあえず竜が襲ってきたらテンションが上がる変態だからな。
―バシュン!
―ガシュッ!
―ズガン!
静寂。
一瞬ですべてが終わった。
「……………………………………………………は?」
広間の奥で、魔物使いが呆けたような声を上げた。
目は見開き、口はあんぐり。
間抜け面というのは、ああいうのを指すのだろう。
ちなみにキルスコアは、ざっと数えて俺が50体、次点でフレイとアリスが同位の25体、防御魔術担当だったカミラが15体、リンドリムはあともう少しの10体といったところだ。
心情的には魔物全部を俺ひとりで殲滅してやりたかったが、こればっかりは獲物の取り合いなので仕方ない。
まあリンドリムはフレイに得物を片っ端から取られて地団駄踏んでいたが。
そこは弱肉強食の世界、というやつである。
『むふー! やっぱりバトルはたのしーね!』
とはレインの弁である。
さっきの肉繭との戦いが消化不良だったのか、斬った端から魔物が消滅していくレベルで全力全開だったからな。大変ご満悦でいらっしゃる。
とはいえ、俺としては少々がっかりでもある。
魔物使いのイキり具合からして、もうちょっと歯ごたえのある戦いが繰り広げられると思っていたんだが。
「……さて」
すでに、俺たちとヤツを遮るモノは、何一つない。
というわけで、こっちもひとつカマしてやろうじゃないか。
俺は前に進み出て、言い放った。
「いくら何でも弱すぎるだろ。ガラクタなのか? お前の魔物どもは」




