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第93話 『最下層』

 ダンジョン攻略も終盤。


 道中何人かの魔剣持ちと戦ったが、特に苦戦することもなく最下層まで到達。


 そのまま通路を進んでいると、フレイが話しかけてきた。


「そういえばブラッド、お前が回収した魔剣ってどうするつもりなんだ?」


 この階層に入ってからというもの、まったく魔物が出現しなくなってしまった。それで彼女は暇を持て余しているらしい。


「どう、というと?」


「いや、な。聖剣ならオレもよく知ってるが、魔剣ってのは珍しいだろ? 見た感じ性能もおもしれ―し、なんとなく気になってな」


 なんだ、そんなことか。


 フレイはどうやら魔剣を自分で使ってみたいらしい。


 あまり勧められる行為ではないが、彼女クラスならば魔剣の浸食を受けることはないだろう。


 だが、彼女に魔剣を受け渡す前にやることがある。


「魔剣をいったんバラして聖剣に転用できる技術の解析をするに決まってるだろ。ただ、強力な呪詛が掛けられていても面倒だし、一応の安全が確認できたあとならお前に売ってやってもいいぞ」


「やりぃ! 約束だからな!?」


 フレイの嬉しそうな声がダンジョン内に響く。


「私も一本欲しいな。精霊魔術を強化するためのヒントが得られるかもしれないからね」


 フレイに続いて、カミラまで興味津々の様子だ。


 だが。


「カミラ、それはやめておいた方がいいと思うぞ」


「なぜだい? 私と君の仲だ。金なら言い値で払うよ?」


「そういう問題じゃない」


 コイツの創り出す人造精霊はただでさえクセが強いのに、魔剣由来の術式なんぞを転用されたら、どんなヤバい性格になるのか想像もつかない。


 聖剣の本体に術式の転用を図るのなら、性能面での向上が期待できるから別にいいのだが……御霊の方は、な。


 性格のヤバい聖剣は、今のところセパとレインで十分である。


「むう。まあ、確かにうかつに術式を転用すれば創造する人造精霊の性格に影響を(きた)す可能性がないとは言えないね。……まあ、気が変わったらで構わないさ」


 カミラも俺と同様の考えに至ったのか、別に存外あっさりと自分の意見を引っ込めた。


 ……と、そのときだった。


『――――ッ! ――――――ッッ!!』


「ん? 今何か聞こえたか?」


 なにか、階層の奥から……人の絶叫とも魔物の咆哮ともつかない、甲高い声のようなものが聞こえた気がしたのだ。


「ああ、私にも聞こえたよ。……最奥部には魔物がいるようだね」


「いや、さすがにボスは人間だろ? 他のヤツらの指揮はどう取るんだって話だ。いるのは魔剣使いだし、魔剣の鳴き声じゃねーのか?」


「フレイ、実に君らしい雑な推察だね……」


「んだと?」


「二人ともそこまでにしてくれ。もしかしたら、先行組が戦闘を始めたのかもしれない。少しペースを上げるぞ」


 二人がケンカを始める前に牽制する。


 いくら魔物が現れないからといっても、ここは最下層だ。


 油断は禁物だ。


「……ふん」


「……ちっ」


 カミラとフレイが一瞬だけ火花を散らすような視線で互いを睨みつけ、そっぽを向く。それから俺のペースに合わせて歩き出した。


「僕には、人の絶叫に聞こえたよ。あるいは、魔族かも……兄さまはどう思う?」


 少しすると、先を進む俺の隣に、アリスが小走りでやってきた。


 大人げない年長組と比べて、彼女は落ち着いている……と思ったが、表情が少々険しい。


 この件の裏で魔族が暗躍している可能性が出てきたからな。


「どうだろうな。アリスが分からないのなら、俺にも判断が付かない。いずれにしても、気を引き締めていく必要があるだろうな」


「……そうだね」


「声ガ魔物だとしてモ、少なくとモ上位のドラゴンではないと思うゾ。ワイバーンならいざ知らズ、エルダードラゴンはもっと高貴ナ声ダ」


 俺たちの会話を聞きつけて、リンドルムが背後から声を掛けてきた。


 俺にはワイバーンとエルダードラゴンの鳴き声の違いは分からないが……リンドルムが言うのなら、少なくとも魔剣使いとドラゴンを同時に相手することはなさそうだ。


「兄さま、そろそろ最奥部に到達だよ」


「ああ」


 気が付けば、通路の先が開けていた。


 ダンジョンの最奥部に到達したらしい。


 それにしては、妙に静かだった。


 そもそもこの階層に降りてからというもの、魔物どころか動くものをほとんど見かけていない。


 一度だけ、小さな羽虫が視界を横切ったので潰したくらいだろうか。


 もっとも、ここまで先行組とも出会っていないのだから、連中が魔物を排除したと考えるのが自然だろう。


 魔物の死骸そのものは、すぐに消滅してダンジョン内に残留しないしな。


 そのおかげか、特に危険もなく到達できたのだが……


 それにしても静かすぎる。


「…………」


 俺やアリスの緊張感が伝播したのか、皆無言で進んでいく。


 そして……ついに最奥部と思われる広間に到達した。


 相当に広い空間だ。天井は高く、幅と奥行きはともに50メートルほどはありそうだ。


 内装は、元砦らしく武骨な石積みの壁と石床。


 薄暗く、高い天井から吊るされた蝋燭の明かりが弱々しく広間を照らしているが、四隅には闇がわだかまっている。


「ぐ……」


 と、広間の奥で声が聞こえた。人の声だ。


「まさか……!」


 アリスが駆け出す。


 それに続いてみれば、広間の中央付近に大柄な男が横たわっているのが見えた。


 けれども、その手にはしっかりと大剣が握られている。


 側には、心配そうな様子で彼の顔を舐める、小さな犬の姿もあった。


 聖剣『風走り』の人造精霊だ。


「ガウ……! クウーン……」


 子犬は俺たちの姿を認めて一瞬唸り声を上げたが、すぐに味方だと気づいたようだ。


 助けを乞うような鳴き声を上げ、俺の足元にすり寄ってきた。


「おいあんた、大丈夫か?」


「ぐ……」


 急いで助け起こすと、男――たしかライル氏だったか――が呻き声を上げた。


「息はあるみたいだな」


 だが、傷は深い。


 彼の着込んだ鎧は肩から腹にかけて大きく裂け、大量の血で汚れていた。


 このまま放置すれば、長くはもたないだろう。


 状況からして、下手人はこの階層に控える魔剣使いだと思われる。だが、敵らしき人影は見当たらない。


 それどころか彼の仲間はおろか、他のパーティーの姿も見えない。


 ただ、広間のあちこちが激しく損壊していることから、ここで先行組と敵との激しい戦闘が行われたのは間違いなかった。


 だがそうなると、他の連中はどこに行ったんだ……?


 嫌な予感がする。


「おいオッサン、大丈夫か」


 フレイが言って、懐から薬液の入った小瓶を取り出した。


 いつも彼女が常備している最高級のやつだ。


 フレイは手際よく封を切ると、ライル氏の傷口に振りかけた。


「ぐあっ!? ……ぐっ……あ、あんた……ブラッド、殿か……」


 回復剤が効いたのか、呻きながらもわずかに目を開くライル氏。


「何があった?」


「ヤツは……奥にいる。すまない……アンタから……聖剣を預かったというのに……」


「気にするな。他の連中は? 敵は何人だ?」


「すま、ない……アンタらは……逃げろ……アレには……誰も勝てない……」


 何があったのかを聞き出そうとするが、傷が深いせいかライル氏の意識は朦朧としている。うわごとのように謝罪の言葉を口にしている。


「ジェシカ……ベイン、ロイ……」


 仲間らしき名前を口にしたところで、ライル氏の身体からガクンと力が抜けた。


 助けが来たことで緊張の糸が切れたことと、体力の限界が来てしまったようだ。


「おいオッサン眠るな! せっかく回復剤を使ってやったんだ、せめてヒントくらい出していけよ」


 フレイが残念そうな顔で悪態をついているが、彼を責めるのは酷というものだ。


「……奥、か」


 彼の言っているのは、広間の奥に見える通路のことだろう。


 もともとは扉があったようだが、派手に損壊している。


「……先に進もう」


 俺たちは視線を交わし頷きあうと、広間の奥の通路へと足を踏み入れた。

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