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第74話 『一日レンタル権 上』

 さらに数日が経った。


 リンドルムへの強化訓練を継続する傍ら、俺も彼女の聖剣を錬成するために素材集めに奔走する日々である。


 ちなみに彼女はそれなりに筋がいいことが判明した。


 たった一週間で、アリスの攻撃のうち十回に一回は回避することができるように成長したのである。


 まあ、そのあとアリスにボコボコにやられるまでがお約束ではあるが。


 とはいえ、彼女が竜とはいえ体力が無限というわけにもいかない。


 万全な調子で訓練を続けていくには、休息も必要である。


 ちなみにリンドルムは先日からウチに泊まりこみで修業を続けているのだが、連日のハードトレーニングがたたり全身筋肉痛になったらしく、ベッドから出ることができなくなってしまっている。


 まあ介抱役としてセパとレインを付けておいたから、問題はないだろう。


 今頃動けないのをいいことに煽り倒されているかもしれないが……


 というわけで。


 今日は自身の休息もかねて、アリスとの約束を果たすため商業区の中央広場にやってきていた。


 俺は今日、一日レンタル状態である。


「ごめん、兄さま! もしかして待った?」


 広場の端っこに置かれたベンチにのんびり腰かけていると、息せき切って駆け寄ってくる小柄な影が見えた。


 もちろんアリスである。


「いや、俺もちょっと前に来たところだ」


 本当である。


 時間は指定してあったからな。


 アリスも定刻通りやってきたものの遅刻寸前だったらしく、息を整えるのに少々時間を要している。


 彼女は勇者と呼ばれる程度には身体能力が高いから、もしかしたら滞在先の屋敷からここまで全力で走ってきたのかもしれない。


 あとは、珍しく女の子らしい恰好をしているから、走りにくかったのかもしれないな。


 彼女は今、純白のブラウスの上にシックな上着を羽織り、いつもより長めのスカートを穿いている。


 あと身に着けているものといえば、さりげなく胸元で主張する純銀のネックレスくらいだろうか。


 今の彼女は、お淑やかな貴族のご令嬢にしか見えない。


「アリス、今日は可愛らしい恰好だな。似合ってるぞ」


「……っ! えへへ……兄さまにそう言ってもらえるのなら、嬉しいな」


 にへら、と顔をほころばせるアリス。


 こうしてみると、昨日までオーガのような形相でリンドルムをボコボコにしていたヤツと同一人物とは思えない。


 もちろん、今の姿もいつもの姿も、アリスはアリスなのだが。


「でも……今日は僕が誘ったんだから、兄さまはエスコートされる側だからね?」


「お、おう」


 こういうのは男性の役割だとばかり思っていたから、少々調子が狂ってしまうな。今日もそのつもりではいたのだが。


 まあアリスはクロディス家の当主となる前は男性として育てられていたのだから、こういうシチュエーションは逆に主導する方が慣れているのかもしれない。


 ここは下手に出しゃばらず、大人しく彼女について回ろうと思う。


「じゃあ兄さま、行こうか」


「ああ」


 まず向かったのは、オルディスの商業区から少し外れたところにある、高級店ばかりが立ち並ぶエリアだ。


 冒険者ギルドやあるエリアや素材屋街の雑多な雰囲気とは違い、街並みそのものが大変洗練されており大変オシャレである。


 道行く人々も、心なしかみな上を向いて歩いているような気がする。


 カミラはどうか分からないが、少なくとも俺やフレイなんかは、間違っても一人で足を踏み入れることはないだろうと思われるエリアだ。


「あった! ここだよ、兄さま」


 アリスの案内でやってきたのは、これまた小洒落た喫茶店である。


 古代遺跡の遺構を利用したオープンテラスで、古い石垣や柱などを彩るように植物が飾られ、とても雰囲気がいい。


 おまけにここは街の中でも少し小高い場所になっており、店のどこテーブルからも眼下にオルディスの街並みを見下ろすことができた。


 端的に言って、素晴らしいロケーションである。


「以前この辺りを通った時に見つけてね。一度来てみたいと思っていてんだ。……でも、一人で訪れるのはさすがに憚られてね」


「まあ、確かにそうだな」


 ランチタイムのテーブルには、オシャレな格好の男女がカフェ飯を突っつきながらおしゃべりに興じている。


 いくら数万の魔族を相手に一歩も引かない胆力を持つアリスでも、ここにソロで来るのはキツいと思う。


 だが今日は、俺という最大の援軍がいる。


 今の彼女に怖いものなどない、はずだ。


「じゃあ、入るか」


「うん!」


「いらっしゃいませ~!」


 二人して店内に入ると、元気な店員が出迎えてくれた。


 そのままテーブルに案内される。


 さきほど外から見えていたオープンテラスだ。


「おお、やっぱり見晴らしがいいな」


 テラスは道から少し高めに取られているため、店外から想像するよりもずっと景色がいい。


 ここが人気になるわけだ。


「こちらへどうぞ!」


 通されたテーブルは軒下だったが、展望は悪くない。


 日陰を吹き抜ける風が心地よく、ついつい長居をしてしまいそうな席だった。


「あれ、兄さまの家かな? なんか窓から竜っぽいのが寝てるのが見えるね」


「お前、視力いくつだよ……」


 そんな会話を交わしつつ、着席。


 とりあえずテーブルに置いてあるメニューを開く。


 うん、どれもいかにもカフェ飯って感じの料理だな。


 挿絵があるのでそれを参考にして、珈琲と一緒に何皿か注文。


「お待たせしました!」


 俺が頼んだのは、失敗のしなさそうなパン挟みだ。


 ジュウジュウと油が弾ける焼きたての肉に、新鮮な野菜。そしてそれらをしっかりと包み込む厚めのパン。


 それらが皿替わりのバスケットに詰め込まれている。


 一方アリスが頼んだのは、異国風オムレツだ。


 メニューの解説には、ふんわりと焼き上げた卵の中には、エスニックハーブなどで味を付けたライスが入っているらしい。


 オムレツから漂ってくる香りは、たしかに異国情緒にあふれたものだ。


 なんというか、王国南方の大国風というか、乾いた大地だとか雄大な大河を思い起こさせる、不思議な香りだ。


 これはこれで食欲をそそられるな。


「おいしそうだね、兄さま!」


「そうだな。さっそく食べてみよう」


 アリスのオムレツも気にあるが、まずはパン挟みだ。


 両手で持って、一気にかぶりつく。


 食べなれたパンの甘み、肉の旨味、そして濃い目のソースが混然一体となり俺の舌へダイレクトアタック。


 それからやってくる野菜のシャキシャキ感が、咥内に爽やかな余韻を残してゆき、次の一口への期待感を膨らませる。これだよこれ。


 気づけばバスケットの半分が空になっていた。


「ふふ……ね、来てよかったでしょ?」


 俺の食べっぷりをニコニコ顔で眺めていたアリスに気づく。


「あ、悪い。ついがっついちまった」


「いいっていいって。兄さまの食べっぷりを見てるだけで、僕は嬉しくなってしまうからね……そうだ、オムレツも食べてみない? すごく美味しいんだよ!」


 ふと気づいたように、アリスが自分のスプーンでオムレツをさくりと(すく)、俺の目の前に差し出してきた。


「はい、あーん」


「…………お、おう」


 スプーンに載った料理を眺め、俺はすぐに動けなかった。


 当然のような流れで差し出されてしまったが……これ、パクッといっちゃっていいのか……?


 こういうのは、恋人同士でやるものではないのだろうか。


「どうしたんだい? 食べないなら、僕が食べてしまうよ」


 そうは言いつつも、アリスはスプーンを引っ込める気配はなかった。


 ニコニコと笑みを浮かべているが、彼女からはなぜか有無を言わせぬプレッシャーを感じる。さすがは脳き……武人。並々ならぬ覇気である。


 …………もしかして、これは食べないとダメなヤツなのだろうか。


 逡巡する。


 もちろん無理なことは無理ではあるが、俺だってアリスが楽しんでくれるに越したことはない。


 彼女は俺の可愛い妹分だ。年も結構離れているし、特別な感情はもっていない。けれども……言ってみれば、彼女は背伸びをしたい年頃だ。恋人ごっこなんか、憧れなんじゃないか? それに付き合ってやるのも、年上の男としての嗜み……のような気もする。


 二度目の逡巡。


 そして俺は決断した。


 大きく口をあけ、アリスが差し出したスプーンにかぶりついた。


「あむっ…………お、美味い」


 ふわとろ卵と濃いめに味付けされたライス、そしてほどよい焼き加減の肉と野菜が口の中でほどけてゆく。悠然と食材たちを包み込む、エスニックハーブの香り。


 いや、これマジで美味いなコレ!


「ふふ……言ったでしょ? でも、兄さまの食べるいつものパン挟みも気になるかも」


「じゃあ、お返しに俺のパン挟みも食べてみるか?」


「うん、食べたい! ……あーん」


「俺もそれやるのか……」


 ちなみに美味しいカフェ飯を二人で突つきながら興じた会話は、軍において聖剣をどう運用すれば魔族を効率的に殲滅できるか、だった。

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