第72話 『聖剣メンテナンス』
「よう。オレの相棒、どんな感じだい?」
フレイから聖剣『大食い』を預かった三日後のことだった。
自宅の地下工房で作業を進めていたら本人が訪ねてきた。
ずいぶんと気が早いご様子である。
「どうした? 代替の剣が合わなかったのか?」
「いや、そっちは全く問題ないぜ。今日も山でワイバーンを十頭狩ってきたしな」
言って、フレイが背嚢型の魔導鞄を逆さに持つと、ガサガサと振った。
竜のものらしき角が何本も、ゴロゴロと転がり出てきた。
どれも傷は少なく、そしてサイズも大きなものばかりだ。
素材としては、かなり上等な品質である。
「おい、ここはギルドの納品カウンターじゃないぞ」
冒険者がギルドを通さずに素材を売ることは禁止されている。
もちろんそれは等級Sだろうが順守すべき規則だ。
というか率先して守らないとダメだろ……
だがフレイは俺の視線を浴びてもどこ吹く風、といった様子である。
「まーまー、細かいこと気にすんなって! お前も素材必要だろ? ちょっとした差し入れだよ。さすがにメンテ料タダってもの、悪いからな……それとも、だ」
彼女はそこまで言ったあと、ニヤァ……と妖しい笑みを浮かべた。
「……もしかして別のものが欲しかったか? 例えば、オレの身体とか」
「俺はリンドルムじゃないぞ」
「お前だって、聖剣を造るだけじゃ息が詰まっちまうだろ。……今日は久々に竜を狩りまくったせいで、昂ってんだよ」
言いながら、作業している俺の首に背後から手を回し、豊満な胸を押し付けてくる。
「おいやめろ。ここはそういう店じゃない」
つーかこの女、セリフも態度も何から何まで性別が完全に逆だろ……
だがすぐに、フレイは俺の態度が変わらないのを悟ったらしい。
俺から身体を離すと大げさにため息を吐いてみせた。
「ハァ……つれないヤツめ。もうちょいノッてくれないとオレが恥ずかしいだろ」
「ノるか! 冗談にしても、質が悪すぎるだろ」
「昔から思ってたが、お前、女に興味ないのか?」
呆れたように、フレイが言ってくる。
たしかに、丈の短いタンクトップとショートパンツの間から覗く筋肉質かつくびれた腰回りやすらりと伸びた美しい脚のラインは、とても魅力的だ。
俺がまだ一人身だったなら、冗談だと分かっていても彼女の誘いに付き合ってしまったかもしれない。
だが、さすがに今はそういうわけにはいなかない。
「今は……間に合ってるってだけだ」
「あー、なるほど。なら、当然か…………なんだと!?!?」
フレイは合点がいったように頷き……次の瞬間、何かに頭を殴られたようにフラついた。
「待て……待て。誰だ。誰がお前みたいな朴念仁を攻略したんだ」
よほどショックだったのだろうか。
フレイの目が泳ぎまくっている。竜のブレスを喰らっても、こうはならないぞ。
ははは、冗談の意趣返しが成功していい気味だ。
「分かったぞ! やっぱりあの金髪紅眼の美少女精霊だろう! 確かにあの子は色気が凄かったからな! ……それとも冒険者ギルドのシルとかいう美人受付嬢か? あの子、オレが依頼を受けるときに夢見がちな顔でお前のことずっと語ってたし……待て……まさか、さっき素材を届けに来ていたケモっ子なのか? ……お前、そういう趣味だったのか?」
「レインは違うと言っただろう! それとステラもそういう目で見るな! シルさんはどう考えても違うって分かるだろ…………お前も昔からよく知っているやつだ。最近ちょっといろいろあってな」
ちょうど彼女が訪問した時に、カミラ邸に戻るステラと鉢合わせしたようだが……いくらなんでも人聞きが悪すぎるだろ!
「となると……まさか、カミラの奴か? クソ……なんてこった! あの魔女め、抜け駆けしやがって……!」
フレイはその場にしゃがみこむと、頭を抱えてしまった。
正解である。
ただ、俺からそう伝えてやる義理はない。せいぜい悶々としているがいい。
「はあ……まあいいや。で、コイツの調子はどんな感じだ?」
しばらく落ち込んだ様子を見せたフレイだったが、やがてガリガリと頭を掻きながら立ち上がった。
それから作業テーブルに載ったヴォーラと、その横で大人しくとぐろを巻く小さな蛇に目を向けた。
蛇は、もちろんヴォーラの人造精霊が実体化した姿である。
「まだしばらくかかる。だいぶ瘴気が溜まっていたからな。お前はヴォーラに竜の魂を食わせすぎだ。エルダードラゴンを百頭斬ってもこうはならんぞ」
「お、おう」
フレイがあいまいな返事を返してきた。
その態度に妙な違和感を覚えたが、とりあえず俺は説明を続けた。
「で、そいつを完全に抜くのには最低でも十日は掛かる。そのあとに各所の清掃や本格的な調整をする予定だ」
「そっかー。……ヴォーラのやつ、そんなに汚れていたか?」
「真っ黒だぞ。ちゃんと日ごろのメンテナンス、やってるか?」
「いや、最近忙しくてな……」
フレイが目を逸らす。
まあ、知ってるけどな。ズボラなのは昔からだ。
「瘴気の除去はヴォーラにとって大事な作業工程だ。ここまで瘴気まみれになってしまえば聖剣錬成師が対処するしかないが、普段こまめに手入れしておけば、それも不要だったはずだ」
聖剣『大食い』は剣としての攻撃力もさることながら、魔物の魂を喰らうことで自身と所有者を強化していくのが最大の特徴だ。
ただ、竜など強力な魔物になればなるほど魂に瘴気が含まれているらしく、フレイが竜を狩れば、相応に瘴気が溜まっていくのだ。
もちろん瘴気が溜まりすぎたからといってヴォーラが暴走したりすることはないが、総合的な性能は著しく低下してしまう。
「悪かったって。今後からはちゃんと面倒みるよ。大事な相棒だからな」
バツの悪そうな顔で、口をとがらせるフレイ。
こうしてみると、ちょっとヤンチャな悪ガキにしか見えないな。
まあ彼女、俺と同い年なんだが。
「それにしても、ずいぶんと竜を斬ったもんだな。十や二十じゃ、こうはならないだろ」
「いや、それがだな……」
フレイが少しだけ口ごもる。
「実は今、竜狩り以外の依頼で忙しくてな」
「ウソだろ? お前が竜以外を狩るところ見たことないぞ」
「待て。オレのこと、何だと思ってるんだよ」
どうやら不本意だったのか、ジト目で俺を睨みつけてくる。
「何だも何も、『オレは竜しか狩らねえ!』とか息巻いてただろ」
「いや……そうだが……等級Sだと、そう単純にはいかなくってな」
珍しく歯切れが悪い口調で、フレイが頬を掻いている。
「で? メンテ完了を待たずにここに来たってことは、何か相談ごとでもあるんだろ?」
そこである。
彼女は確かにフリーダムすぎる性格だが、わざわざ俺の邪魔をしに来るほど空気が読めない女じゃない。
ついでに言えば「ちゃんとしろ」とは言ったものの、彼女がヴォーラの手入れを日ごろから怠っていたとも思えなかった。
それだけヴォーラは彼女にとって大切な存在のはずだからだ。
フレイは逡巡したのち、口を開いた。
「なあブラッド。お前聖剣に詳しいよな。……じゃあ、『魔剣』の方はどうだ?」
「魔剣?」
魔剣自体は知っている。
剣に怨念が宿り、それ自体が呪詛となった存在だ。
それが人間とか魔物と一緒になると、かなり厄介である。
先日ステラと出会った時に倒したスケルトンも、そうだった。
「実は今、王国全域でで魔剣持ちの賊がちょくちょく出没するようになっていてな。まだ数は少ないが、ちょっとした問題になってるんだよ。今のところはオレみたいな冒険者とか、街の衛兵たちが対処に当たっているから問題はないだろうがな」
そこでフレイが深刻そうな顔になった。
「で、だ。ヴォーラに蓄積した大量の瘴気ってのが……連中と斬り結んだときに一気に溜まったヤツでな。まあ、ソイツらは斬り捨てたが」
「なるほど」
やはり、か。
竜を斬ったくらいでは、蓄積するうような量ではないと思っていた。
さすがに魔剣持ちの賊が跳梁しているのは初耳だが……そうなると、オルディスまで彼女がやってきた理由というのが気になるな。
「オレがこの街にやってきたのはそいつらを討伐するためだ。だから悪いが、追加の依頼をしたい。ヴォーラに瘴気の抑える加工を施すことはできないか」
そう言って、フレイは真剣な目で俺をじっと見つめたのだった。




