第71話 『アリスのブートキャンプ』
三週間という期間は、誰かを強くするにはあまりに短い。
しかも相手は等級Sの冒険者、『竜狩り』フレイディア・グリューネヴァルトだ。
彼女に勝てる者がいるとすれば……現魔族の王、ベルゼブブなど数名だけだろう。
いわんや、クソ弱のくせに性欲モンスターなエルダードラゴン・リンドルムをや。
勝利条件はフレイディア――フレイに一筋でもかすり傷を負わす……というものだが、彼女の迸る性欲ブーストを最大限考慮しても勝ち目は限りなくゼロである。
ちなみにフレイは自分が敗北したときの条件を聞いて爆笑していたが、条件自体は受け入れた。
本気だと思われていないのか、そもそも絶対に負けない自信があるからなのかは分からないが……まあ、どっちもだろう。
とにかく。
リンドルムの動機が何であれ、俺は彼女の依頼を受けた以上、彼女がフレイに勝てるよう最善を尽くすまでだ。
「またここカ……」
再び訪れたのは、リンドルムと向かった地下神殿遺跡だ。
このダンジョンの地上部分は入口部分を除いてかなりの部分が崩壊している。
おかげで適度に遮蔽物があり、そして適度な広さがある。
ちょっとした模擬戦を行うに最適な場所だった。
今回はこの場所で、聖剣を扱うために最低限必要な剣術のほか、竜化やブレス、それに幻覚魔術など使用した総合的な戦闘訓練を行いつつ、どのような聖剣が必要かを検討することになる。
ただ、今回は俺とリンドルムだけじゃない。
頼りになる助っ人を呼んである。
「ふぅぅぅぅん……最近の竜は女の子にもなれるんだぁ。そんな可愛らしい恰好で、兄さまの気でも引こうと思ったのかな? かな?」
「……ヒィッ!?」
少女姿のリンドルムを威嚇しているのは、ゆるふわな金髪をなびかせたアリスである。
ちなみに視線はまったく『ゆるふわ』していないので、今日の彼女はとても怖い。
「アリス、話はさっきしたとおりだ。リンドルムは『竜狩り』フレイと戦って負けた。その借りを返すため、強くなりたいそうだ。お前には、対フレイ戦を想定してコイツに修業を付けてやって欲しい」
もちろん剣術や戦術めいたものを教えてやることはできるが、『竜狩り』フレイとの戦闘を想定している以上、リンドルムが俺と戦ってもあまり意味はない。
俺は、聖剣と魔術、地の利、そして……相手の弱点を突く周到な準備など、その時使えるあらゆる要素を駆使して戦うタイプだが、フレイは違うからな。
ヤツは巨大な聖剣『大食い』を振るい、嵐のように純粋な『暴力』であらゆるものを問答無用で斬り裂き、叩き潰す。
究極の脳筋、ともいう。
そして、そんな戦い方の参考になる知り合いといえば……アリスしかいなかった。
もちろん俺もただ二人の模擬戦を眺めているだけでなく、適宜戦闘指導を行っていく役回りを担っている。
「……ええと、この前ダンジョンにいたドラゴンの……リンドルムだっけ? 君もとんでもない人にケンカを売ろうと思ったものだね」
アリスは呆れ顔だ。
ちなみに彼女には、リンドルムがフレイに恋慕の情(劣情100%だが、俺は空気が読める)を抱いていることは伝えていない。
「『竜狩り』フレイディアについては、もちろん僕も知っているよ。王国の英雄の一人に数えられるような冒険者だからね。僕の代わりに彼女が魔族の軍勢と戦っていたら、今『勇者』と呼ばれているのは彼女だったろうね」
アイツは竜しか興味ないから、多分魔族が襲ってきても適当にあしらって家に帰るだけだと思うけどな。
帰る方角にいた魔族はもれなくぺちゃんこになると思うが。
アリスが続ける。
「それで……王が城外の森へ狩りに出かけたときに、護衛を命ぜられてね、そのときに一緒だったんだ。馬にも乗らずただ立っていただけなのに、ものすごい覇気を感じたよ。それに、狩りの途中で隊列に襲いかかってきた魔獣がいたんだけど、彼女が聖剣を振るったら山の向こうまで吹き飛んでいったよ」
アリスは王都でフレイを見たことがあるようだ。
山とは、王都のすぐそばにある『北方山脈』のことだろう。
そのふもとに広がる大森林に王族や有力貴族の狩場があるのは有名だ。
「ところで、修行を始める前に、兄さま」
「なんだ?」
「ここに来る前に言った、僕との約束……ちゃんと覚えているよね?」
「ああ、もちろんだ。埋め合わせはちゃんとする。だが……今回の『授業料』の対価、本当にそんなものでいいのか?」
当然だが、アリスもタダで俺の頼みを引き受けてくれたわけではない。
彼女が俺に求めた『授業料』の対価は、『今度、街で買い物に付き合って欲しい』というものだった。
要するに俺の一日レンタル権である。
「ふふ……もちろんさ。商業区に、一緒に周りたいお店があってね」
「分かった。予定はあとで決めるとするか」
「うん!」
嬉しそうな顔で頷くアリス。
まあ、俺も良い気晴らしになるだろうから、別に構わない。
「おイ、ニンゲンドモ……イチャつきあってないデ、我に修業を付けてくれないカ」
ケッ、と唾を吐きそうな表情でリンドルムが急かしてくる。
「おっと、悪いな。じゃあそろそろ修業に移ろうか」
「はい、兄さま! さて……ドラゴン君。それじゃあ、もう覚悟はできたってことでいいのかな?」
「……ヒッ!?」
アリスが『刻斬り』を抜き放ち、リンドルムに向き直った。
なぜか分からないが凄まじい威圧感を放っている。
もしかして俺との会話を中断されたのが気に入らなかったのだろうか。
それならば、リンドルムは気の毒である。
「いくよ」
「ア、アア!」
二人の模擬戦が始まった。
◇
「ふう、いい汗をかいたな」
アリスが頬を流れ落ちる玉のような汗を持参したタオルで拭った。
ふぅ……と一息つく彼女の横顔は、実に清々しい表情である。
心なしか、俺たちの間を吹き抜ける風まで爽やかに感じられた。
「…………」
一方リンドルムはうつ伏せに地面に倒れたまま動かない。
満身創痍である。
もちん、彼女は頑張った。
ショートソードは開始後一秒で叩き落とされたものの、
そのあとには人の姿のまま口から目くらましのブレスを吐いてみたり、
幻覚魔術でいきなり巨竜化して間合いを狂わせたうえで爪や尻尾での攻撃を仕掛けてみたり、
あまつさえ戦いの最中にいきなり土下座して隙を見せたと思いきや、
近くにあったショートソードを拾い上げ、アリスに斬りかかったりと……本当に全力だったのだ。
だが、相手はアリスである。
リンドルムが仕掛けた作戦や戦術をことごとく見破り、回避し、そして死なない絶妙な程度で彼女をボコボコに叩きのめしたのだった。
もっとも彼女は俺からのアドバイスも素直に受け入れ、即座に戦いに反映させていた。
訓練前と今では、戦闘力が比べ物にならないほど向上している。
「ふぅん……まだまだではあるけども、僕は嫌いじゃないよ? そういう意地汚い戦い方は」
これは彼女なりの賞賛だ。
アリスは生粋の武人だが、戦場での戦いを知っている。
だから、どんな手を使ってでも勝とうとするリンドルムに悪い感情を抱いてはいない。
「さて……もう終わりかな?」
「……ぐっ……まだマダ……! 我ハ、強ク、ナル……!」
リンドルムはガクガクと膝を震わせながらも、ショートソードを支えに立ち上がった。
歯を食いしばり、鬼気迫る表情だ。
彼女の瞳は死んでいない。
「……へえ」
嬉しそうな顔を浮かべるアリス。
そういえば、彼女も脳筋だった。
こういうシチュエーション、好きそうだしな……
「我はまだまだやれル……絶対に、フレイに勝ってみせるノダ……!」
まあ、その原動力は純度100%の獣欲だけどな!
俺の立つ位置と角度からだと、リンドルムが俯きながらも口の中でひたすら(フレイと一夜フレイと一夜フレイと一夜フレイと一夜フレイと一夜……)と呟き続けているのが見えていたから分かる。
「うん……うん! その意気やよし! こうなったら、とことん付き合ってやろうじゃないか! さあリンドルム、模擬戦をあと五十本追加だ! そらそらァッ!!!」
「ごっ…………!? ギエエェーーーー!?!?」
こうしてアリスの強化訓練は、日が暮れたあとも続けられたのだった。




