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第51話 『閑話② 元不死魔族は取り戻したい』

 ブラッドたちがリグリアを去り、ファルたちが王都の様子を見て回っている、ちょうどその頃だった。


 王座の裏で、ぴくん、と影が蠢いた。


 ごくごく小さな影の欠片だ。


 それが徐々に大きくなり……人の姿をとった。


「う……ぬぐ……」


 影が呻き声を発する。


 影は少女の形をしていた。


 が、人間ではない。


 歳は十二、三歳くらいに見える。


 が、もちろん見た目どおりの年齢ではない。


 青みがかった黒髪に、死人のように青白い肌。


 だが、死んではいない。


 彼女の側頭部には、一対の羊のような巻角が生えている。


 それこそが、彼女が上級魔族である証だった。


「ぬぐ……ぐ……はっ!?」


 ビクン、と痙攣したあと、魔族の少女が上半身を勢いよく起こした。


 少女はハアハアと息を荒げたあと、ブンブンと頭を振り周囲を見回す。


「ここは、リグリア王宮か……じゃが、誰もおらぬ。それにずいぶん荒れ果てておる。どういうことじゃ、これは」


 魔族特有の黒眼紅瞳が、ぱちくりと瞬きをくりかえす。


 さきほどまで(・・・・・・)こちらを取り囲んでいたはずの近衛騎士たちも、その奥で腰を抜かし間抜け面を晒していたリグリアの愚王も……影も形もない。


 彼女の疑念に満ちた視線が、広間のあちこちを舐め回していく。


 あちこちで派手にめくれ上がった石床。


 何かがぶつかったのか、半ば折れた石柱。


 そして最終的に、彼女の視線は奥の壁に吸い寄せられた。


 まるでハチの巣のようなに無数の穴が穿(うが)たれた壁だ。


「派手な戦闘のあと……じゃろうか? 一体何が……」


 彼女の脳裏に、おぼろげな記憶がよみがえりそうになり……


「うぐ……」


 頭痛がするのか、呻き声とともに頭を押さえた。


「待て……落ち着くんじゃ(わらわ)。一つ一つ思い出してゆくのじゃ」


 大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。


「……妾の名は、ノーラ・ノスフェラトゥ。年齢千五百……二十二歳。性別は女、しがない魔王軍幹部の一人で独身。上司はルシフェル……あのクソ堕天魔族め! ちょっと暗黒騎士と職場恋愛しおるからって、ことあるごとに妾にマウンティングかましよってからに……ええい、そんなことはどうでもいい!」


 ブンブンと頭を振って、突如もたげた憤怒を追い出す。


「それよりも任務じゃ! そうじゃ、妾はリグリア王を暗殺しようと……」


 そこで動きが止まった。


「うむむ……そこから先の記憶がないのじゃ」


 その後は、たしか……背後から誰かに殴られたような衝撃を受け、何かに覆いかぶさられた……ような気がする。


 あれは近衛騎士に背後から斬られたのだろうか。


 その程度で、気絶するようなヤワな身体ではないはずだが。


 もっとも、その記憶も定かではなかった。


「ふむ……状況から鑑みるに、何者かに背後から襲われたのは間違いないじゃろう。妾としたことが……少々連中を甘く見ておったようじゃ。くそぅ! なのじゃ! ………あ痛っ!?」


 腹立ちまぎれにガン! と床を叩いた瞬間、手に鋭い痛みが走った。


 どうやら強くたたき過ぎて、割れた石の破片で切ってしまったらしい。


 見れば、手の平の横からポタポタと血が垂れていた。


「まったく、ついてないのじゃ……」


 だが自分には不死の力がある。

 

 特段気にせず、痛みもすぐに治まるだろうと思っていたのだが……


「傷が再生しない……じゃと!?」


 いつもならば、たちどころに『不死』の力が発動して傷が癒えてゆくはずだった。


 だが鋭い痛みはいつまでも引かず、いまだ血は流れ続けている。


「ど、どういうことじゃ……?」


 困惑が頭を支配する。


 今まで、こんなことはなかった。


「ま、まさか……」


 最悪の事態が頭をよぎる。


 と、そのときだった。


「…………!」


 ノスフェラトゥは広間の外に気配を感じた。


 足音、それに何人かの話し声。


 それらが近づいてくる。


「……でよ、元居た傭兵団の連中を呼び戻そうと思ってんだ」


「うむ。王都を回ってみたが……酷い有様だ。復興には相当の人手が必要だろう。私も王国や共和国に知り合いがいる。そちらに声を掛けてみようと思っている」


 話し声の主たちが広間に入ってきたのと、ノスフェラトゥが王座の裏に身を隠したのはほとんど同時だった。


「くっ……ざ、残党か!?」


 ノスフェラトゥが王座の裏にへばりつきながら、端から広間を覗き見る。


 入ってきたのは、四人の人族だ。


 白銀の剣を持った女性と、その後ろに付き従う清楚そうな少女。

 彼女らの後ろには、高貴そうな服の女性と重装鎧を着こんだ戦士風の大男が続く。


「……っ!? あやつ、生きておったのか……」


 見れば、一人は見知った顔だった。


 リグリア侵攻において最大の障害とされ、魔王軍の参謀から絶対に接触するなと念を押されていた……リグリア神聖国最強の剣、聖騎士団長ファルネーゼ・トゥルダである。


 彼女を城外におびき出したうえで大勢の魔物でこれを討ち取る……これこそがこの作戦の要だったのだが……どうやら失敗したらしい。


 三人の話は続く。


「二人とも、ありがとうございます。ゾンビになってしまった民を元に戻す手があれば、一番いいのですが……」


「…………ぱぱに聖剣を錬成してもらうのはどうですか?」


 清楚そうな少女が、高貴そうな女に提案する。


「確かにブラッド殿ならば、簡単にやり遂げてしまいそうな気もするが……」


 が、そう言って遠くを眺めたファルネーゼが、しかし首を横に振った。


「ダメだ。これは我々リグリア人が解決すべき問題だ。それにモタ殿が殺した邪神……『暗がりの御子』はノスフェラトゥを取り込み奪った『不死』の力で民たちをゾンビにしただけでなく、その魂を吸い取りその力としていたのだろう? 仮にブラッド殿が打った聖剣で彼らの呪詛を解いたところで物言わぬ死体に戻るだけだ」


「そう、でしたね……」


 シュンと肩を落とす高貴女。


「もしかしたら、と思う気持ちは痛いほどわかる。だが今は、その可能性を探る暇すらないのだ。彼らには申し訳ないが、少しばかりの間、現世を彷徨っていてもらうしかない。……今は前を向くんだ、ベティ」


 ファルネーゼは高貴女の肩にそっと手を置いた。


「……っ。ええ……そうですね」


 ベティと呼ばれた高貴女が笑みを浮かべ、目尻に溜まった涙をぬぐった。




「な……ななな…なんじゃと……!?」


 ノスフェラトゥは震えた。


 広間で話している連中によれば、自分の『不死』の力を邪神に奪われたうえ、ソイツはすでに滅ぼされているらしい。


 おまけに、力を奪われたあとは邪神に取り込まれ、三年間もソイツの中で眠り続けていたらしいのだ。


 心当たりはある。


 リグリア王と対峙した、あのときだ。


 確かに邪神――(まつ)ろわぬ神々ならば自分の背後を取ることは可能だろうし、不死の力を奪うことなど造作もないだろう。


 そんな『不死』の邪神をファルたちがどうやって殺したのかはさておいて、これで自分にその力がないのがこれで明らかとなった。


「マジか……なのじゃ」


 頭を抱えるしかなかった。


 ノスフェラトゥは上級魔族であり、魔王軍幹部の中では古参である。


 ただしそれは、『不死』の力あってこそのポジション。


 それがなければ、ただ状態異常系の魔術や呪詛に詳しいだけの、ただの魔族に過ぎない。


「あばばばばば……こ、ここをどうにかして脱出しなければ……」


 そして、不死の力を復活させる必要がある。


 奪われた『不死』を取り戻すことはできない。


 だが、新しく付与することはできる。


 ノスフェラトゥは状態異常のエキスパートだ。


 『不死の呪詛』も、彼女の得意な術式の一つである。


 ただし『腐敗の呪詛』や『石化の呪詛』などとは違い、『不死の呪詛』は魂に刻み込む強力な術式だ。


 力を得るためには相応の準備、場所、それに時間が必要となる。


 最後に付与したのはもう五百年以上前になるから……勘を取り戻す時間も欲しい。


(ぬう……とはいえ、このまま魔王城に帰還するのは危険すぎるのじゃ。妾が『不死』でないことがバレたら、ルシフェルのヤツに何をされるか分からんからのう。……待てよ、なのじゃ)


 そこで、ノスフェラトゥはさきほどファルネーゼが話していた内容を反芻した。


 彼女の話に、ノスフェラトゥの知っている名が出たのだ。


(ブラッド……あの聖剣バカのブラッドか!? じゃが、邪神を滅ぼすような力を持つのは……彼奴しか知らぬ。ブラッド……ブラッドか)


 その少年の名と姿を思い出すと、ノスフェラトゥは自分の下腹部がジンと熱を帯びるのを感じた。


(くふ……くふふ……あの(わっぱ)め。いつ襲い掛かっても袖にされていたが……まさか聖剣に選ばれていただけでなく、自身も聖剣を打つようになっていたとは。これはいい。これはいいぞ)


 ニヤァ、とノスフェラトゥのあどけなくも美しい顔が、淫猥な笑みを浮かべる。


(聖剣を打つのならば、不死の呪詛を完成させるための素材も持っておろう。人間の成長は早い……大人ならば、話もできよう。対価に快楽をくれてやれば、彼奴も素材を渡すのに嫌とは言うまい。待っておれよ、ブラッド・オスロー)


 ノスフェラトゥは声を忍ばせ笑うと、四人が広間を立ち去るのを待って、静かに王座をあとにしたのだった。

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