第5話 『淀みと聖剣の関係性』
「じゃあ、さっそく始めようか」
『傀儡の魔女』が工房奥の棚から取り出してきたのは、さきほど精霊を詰め込んだ瓶だ。
「この子がいいだろう」
「いいのか? これ、依頼受けて創造した子だろ?」
俺は渡された容器に目を落としながら、念のため確認する。
「構わないよ」
『傀儡の魔女』が肩を竦める。
「私が今取引をしているのはこの街の魔術師ギルドなのだが……せっかくとびっきりの淀みを分離したとしても、彼らは人造精霊を魔道具に組み込んでしまうから、人格なんて付与することはない。それならば、聖剣錬成師の君に渡した方が、この子だって幸せだというものさ。魔道具工房へは、もう少し淀みの少ない子を引き渡すよ」
「そうか。なら、遠慮なく使わせてもらうぞ」
人格を与えられた人造精霊を聖剣に宿す目的は、聖剣に付与された多重かつ複雑に組み上げられた術式を完璧に制御し、十全にその力を発揮するためだ。
対して、一般的な魔道具は簡単な術式で動作するものが大半だ。
そういう場合は、精霊に人格を与えて制御する必要はない。
単に魔力的なエネルギー源として使用するだけで問題ないのだ。
というか、人造精霊の本来の用途は後者だ。
だが『傀儡の魔女』は、人造精霊を一個の人格として扱うことを好んだ。
そのいい例がマリアであり、俺の聖剣だった。
『傀儡の魔女』からすれば、人造精霊に人格を与えてくれる俺はある意味代えがたい存在なのだろう。
余談だが、『還流する龍脈』に触れ、人造精霊を創造できる『精霊魔術師』は王都にもいる。
元いた工房で聖剣に宿らせていた人造精霊は彼らが生み出したものだ。
とはいえ、『傀儡の魔女』が生み出した人造精霊にくらべれば、オモチャも同然だったが。
なにしろ、疑似的な人格が与えられているとはいえ、聖剣の持つ本来の力の十分の一を制御するのがやっと、というレベルだったからな。
それはさておき。
「それじゃあ、さっそく取りかかるとするか」
俺は腰の魔導鞄から聖剣錬成に必要な素材を取り出した。
まずは聖剣の剣身を形作るための鋼材。
それから、魔力触媒。
血晶スライムの核が十五個、
ひと房分のキマイラの鬣、
銀竜の牙を三つ、
それから古代地下墳墓の最下層に葬られていた、戦士の遺灰をひとつまみ。
今回は……しばらく冒険者として活動する予定なので、対魔物戦闘に特化したものにするつもりだ。
俺は魔導鞄からさらに魔法陣を描き込んだ羊皮紙を取り出し、素材の横に広げた。
この魔法陣には、聖剣錬成に必要な様々な術式のほか、今回付与する『魔力漏出の魔術』が記述されている。
聖剣錬成師は職人に分類されるが、本質的には魔術師だ。
仕事には槌や炉ではなく、魔法陣と己の魔力を使う。
「おおー。ご主人、これが私たちの素、なんですね。なんだか不思議な気分です」
セパが俺の肩に腰掛け、感慨深げな声を上げている。
「――《起動せよ》」
俺は魔法陣に指先を触れ、魔力を流し込む。
少しすると、魔法陣が淡く光を放ち始めた。
俺の魔力が術式に浸透し、飽和した証拠だ。
あとはこのままの状態を維持しつつ、決められた手順で素材を魔法陣にくべていくことになる。
「まずは……鋼材から」
片手でテーブルを探り、鋼材を手に取る。
光を放つ魔法陣にゆっくりと載せると、鋼材は魔法陣から指一本分ほどのところで宙に浮いた。
魔法陣の内部――魔力が励起し、それが満ちた領域は、言ってみればこの世の理から外れた状態だ。
重力は意味をなさず……そして鋼材の『硬度』すらも意味をなさない。
(――形作れ)
浸透した魔力を介して、俺の意思が徐々に鋼材に作用していく。
鋼材はどろりと溶け――ちょうど腕の長さほどの、幅広肉厚の剣へと姿を変えた。
「ほう、見事な手際だな」
「すごいですね」
横から『傀儡の魔女』とセパの声が聞こえる。
「次、血晶スライムの核」
魔力励起状態を維持したまま、俺は小指のさきほどの赤い結晶を剣にまぶしてゆく。
それらの赤い結晶はすぐに剣に吸い込まれ、一瞬だけ剣身が紅く染まり――すぐに元の武骨な薄鈍色に戻った。
これは次から加えてゆく素材と剣とのなじみをよくするためだ。
この工程を経ることにより、聖剣の性能は劇的に向上する。
「次……獅子の鬣」
「次……銀竜の牙」
「ラスト……戦士の遺灰」
これら三つはそれぞれ耐久性、切れ味を保持し、そして剣に宿る人造精霊を繋ぎ留めるための触媒だ。
どれも血晶スライムの核を適量加えていたおかげで、問題なく剣に溶け込ませることができた。
「……ふう」
これで下準備は整った。
あとは、最大の難関……人造精霊の憑依だ。
ここからはさらに集中力と魔力を要する。
「すう……はあ……」
俺は額に滲む汗をぬぐい、大きく深呼吸した。
瓶を取り、一瞬だけ魔法陣から手を離し、蓋を開く。
適正な魔力飽和度を確認し、剣と各種素材の安定化を見計らい――淡い光の塊を魔法陣の上からゆっくりと注ぎ込んだ。
降り注いだ人造精霊と剣が触れ合った、その瞬間――
「今だ」
魔法陣にさらに魔力を流し込む。
すると――
バシュッ!
閃光がほとばしり――すぐに光は消え去った。
「ふう……うまくいったな」
剣の刃には、今までなかった複雑な紋様が刻まれている。
術式の転写が成功した証だ。
この転写工程は、タイミングがシビアだ。
人造精霊が剣に憑依するのと同時に転写しなければならない。
遅くても早くても、人造精霊と術式が融合せず、ただ喋るだけの剣になってしまう。
だが、うまくいったようだ。
『ん……ううん……あれ、ここどこ……?』
その証拠に、剣から声が聞こえてきた。
例によって、女の声だ。
精霊はなぜか女性の性質を帯びる傾向が強い。
これは精霊を『還流する龍脈』から分離する傀儡の魔女の性別が影響しているらしい……と本人が言っていた。
まあ、俺としては男女どっちでもいいが。
「よう、目覚めたか? 気分はどうだ、精霊……いや、レイン」
「はいはーい、レインだよー。んー……ああ、なるほどー。お兄さんがあーしのマスターね? よろー♪」
聖剣錬成時には、精霊が現世で自我を保つ助けになるよう、俺やこの世界の基本的な情報が魔法陣より転写される。
もちろん、聖剣自身の名も、だ。
俺のことをマスターとかご主人と認識するのは、聖剣錬成が成功した証拠でもある。
だが……あーし? よろー♪?
口調もだが、なんかノリがおかしい。
俺の錬成したこれ……聖剣……だよな?
「なあ『傀儡の魔女』。なんかこの人造精霊、大丈夫か?」
「もちろんだとも。この子は『還流する龍脈』の、特に淀みの濃い場所から分離した人造精霊だからね。少し性格がピーキーかもしれないけど、性能は保証するよ」
「まあ、そんなものか」
「ご主人。なぜ私を見るのです?」
「よし、レイン。実体化はできるか? できるならやってみろ」
「りょーかい、マスター。こうかな……?」
聖剣に刻まれた紋様から光が消えると同時に、俺の隣に淡い光が現れ……人間の姿になった。
十代後半と思しき、美しい少女だ。
黄金色の長い髪、紅い目。
肌は白く、女性らしい体つき。
そして……例によって露出多めの衣装を着ていた。
セパよりは多少マシだ。
多少一目は引くだろうが……表を歩けないレベルではない。
「できたっ! おお~。ここが世界! 初めましてマスター、よろしくねっ! ってか、結構イケメンじゃん! やったー!」
「ぬわっ!?」
聖剣――レインが喜色満面で、俺に飛び掛かり――いや、抱き着いてきた。
実体化した聖剣の身体は、魔素で構成されている。
だが、その感触は人間そのものだ。
つまり、レインはとても柔らかだった。
あと甘い匂いがする。
不覚にも、むぎゅっとした多幸感が押し寄せる。
主にレインが押し付けている、胸のあたりに。
「むっ……!」
「ちょっ、私を差し置いて……!!」
「いや、これは天真爛漫というか……確かにピーキーな性格だな」
なぜか不機嫌そうな視線を向けてくる『傀儡の魔女』とセパに、俺はしどろもどろでそう答えるのが精いっぱいだった。
「……ふん。あらゆる生命は、死ぬことで『還流する龍脈』に還ってゆく。人造精霊とは、その一部を汲み上げて疑似的な魂の形に加工した存在だ」
『傀儡の魔女』が不機嫌そうな口調で呟いている。
「まあ、それは知ってる」
とりあえず俺は頷いておいた。
「だから、ただの人造精霊を創りあげるのならば、どこを汲み上げても可能だ。だが、力ある人造精霊を創りあげるためにはひときわ濃い『淀み』から汲み上げる必要がある。となれば、性格が少々個性的になるのは当然さ」
自分に言い聞かせているのか、俺の話しかけているのかよく分からんが、まあそういうものだということは分かった。
俺としては、レインが期待通りの力を持った聖剣ならば別にいいが。